初日1
上演初日がやってきた。
控室で、ラダ達は衣装に着替えた後、化粧を施されている。
「……ヤルミルそっくりで、胸糞ものですね」
化粧を終えたラダを一瞥して呟いたのはイオラだ。
髪色は銀髪の鬘を被っており、男装して兵士になるというくだりで鬘の銀髪を切るので、髪の長さは背中を覆うくらいだ。それを後ろで結んでいる。
「なんだかすみません」
「謝る必要はありませんよ。俄然やる気がでましたから」
対するイオラは鬘を被っておらず、その焦げ茶の髪を結い込み、貴族令嬢としての姿だ。彼女は本物の貴族令嬢なので通常通りの格好だった。
「さて、クリス。出番が来るよ」
「は、はい!」
緊張で胸がつぶれそうになるのをどうにか堪えて彼女は控室から出た。
「……アレシュ様?」
「残念、私よ」
扉を開けると黒髪の騎士の背中を見て、思わず尋ねしまう。すると笑いながらヒューが振り向いた。
「黒髪に染めたんですね」
「ほほほ、似合う?アレシュさんっぽいでしょう?」
「……ええ」
彼の言う通り、ヒューはアレシュによく似ていた。
気が付かなかったが背丈もヒューはアレシュと同じくらいで、騎士の制服を着ていて、顔も整っているので、遠目にはアレシュと思ってしまってもおかしくないほどだった。
「化粧も頑張ったのよ」
(あんまり頑張ってほしくなった。物凄い微妙)
アレシュが傍にいるような、そんな気持ちになってラダは本当に複雑な心境に陥った。
「さて、クリス。遊びはこの辺で終わりだ。戦いにいくぞ」
けれどもがらりと表情を変えたヒューにそう言われ、ラダは気持ちを引き締めた。
(一か月頑張ってきた。団員のみんなにがっかりされないように。スラヴィナ殿下の顔を汚さないように、アレシュ様に顔向けできるように、頑張らきゃ!)
「はい。騎士様」
クリスとして彼女は返事をして、ヒューと共に舞台に向かった。
☆
ベルカ一家も今日は王女に招待された貴族として、劇場に来ていた。
騎士道一本のアレシュにとって、こうした社交の場は久々で眩い雰囲気に圧倒され、呆然としてしまった。そんな彼に対して美しいドレスを纏った令嬢たちは花に群がる蝶のように、やってくる。
「アレシュ様。ごきげんよう。フロマーの娘イザベラでございます」
「アレシュ様。お久しぶりでございます。ドレイシーの……」
耳障りとも思える高い声で挨拶をされ、アレシュは心の中ではうんざりしていたのだが、気分が害されないように適当に返事をする。
長い間スラヴィナはアレシュに執着していると思われていたため、こうしたあからさまな誘いをかけてくるものはいなかった。けれども、今日はスラヴィナの隣にケンネルが立っていた。
ケンネル曰く、スラヴィナ主催の演劇の場で彼女と共にいることを貴族たちに見せることで、婚姻の意志を知らしめるとか。
混乱が起きるのは予想できて、アレシュは反対した。
けれども家族でこの事に反対したのはアレシュだけで、ケンネルからそれなら参加するのをやめたらいいとまで言われてしまい、結局彼は折れた。
そうして迎えたこの日、公式の場でスラヴィナがケンネルと共におり、令嬢たちは今やアレシュは自由な身だと知り、我こそはと、こぞって彼へ声をかけてくる。
父は父で、ケンネルがスラヴィナにべったりなことで嫌味を言われ、ベルカ家はちょっとした災難にあっていた。
よりにもよってこの日にと、恨み言をケンネルに言いたい気持ちも抱えながら、アレシュはどうしてもラダの初日の舞台を見たかったので、問題が起きないように当たり障りないように振舞っていた。
のちのち、この曖昧な態度が余計令嬢たちの争いを熱くさせていくのだが、彼自身はまったく気が付いていなかった。
☆
スラヴィナ主催であり、王と王妃は姿を見せていないため、この場で最高位にあるのは彼女になる。
社交の場と化した談話室では、舞台が始まるまで、貴族たちは次々にスラヴィナに挨拶に訪れた。
そして隣のケンネルに目を向け、様々な感情を彼に見せる。
彼は面白そうにそれを眺めていた。
「あなたも悪趣味ね」
「こうした反応を見るのは楽しいですよ。私たちの婚姻に反対か、賛成が直ぐにわかりますから」
挨拶が途切れた間に二人はそんな会話をする。
「婚姻。そう言えば、ケンネル。あなた、私にまだ申し込んでないわよ。待っているのだけど?」
「殿下。言うようになりましたね。準備ができ次第、大きな花束を抱え、申し込みさせてください」
「……ケンネルは詰めが甘いわね。あなたは本当に不思議な人だわ」
「そうですか」
スラヴィナの緑色の瞳に見惚れながら、ケンネルは相槌を打つ。
女性が喜ぶようなことを今の彼は沢山知っていて、アレシュを追いかけていたスラヴィナに対して仕掛けてもきた。けれども今のスラヴィナには、そういう小細工をしたくない、そんな気持ちを持ってしまう。
「スラヴィナ殿下。もうすぐ開演いたします」
係の者が彼女の傍に来て、準備が整ったことを伝える。
主催者であり王女である彼女を待ってから幕は開けられ、劇は始まる。
「さあ、参りましょう。殿下」
ケンネルが手を差しだすと、スラヴィナはその手を取った。
歓談していた貴族たちは、二人の様子に息を吞んだり、溜息をついたり、様々な反応だ。
それを面白く思いながら、彼は王女の手を引いて扉へ足を運んだ。




