精霊への願い
今回の演劇は一週間に二回公演され、一か月間続く予定だった。
初日は王女と貴族のみに上演され、二日目からは平民も鑑賞可能だ。鑑賞券を事前に各店で配り、一人二枚までの入手が可能。劇場では入り口に騎士を配置して、乱暴な者に対しては的確な対応をすることになっていた。
上演初日まで三日に迫ったある夜、翌日は稽古も休みだったので、ラダは精霊に願う。
「火の精霊、水の精霊、闇の精霊、光の精霊、風の精霊……」
目を閉じて、精霊たちへの感謝の気持ちも込めた。
「いつもありがとう。稽古中もおとなしくしてくれて感謝してる。公演中、稽古中と同様何もしないで。公演が終わるまでお願いね。私の精気を対価に願う」
『願わなくてもオレッチは何もしないつもりだったのに。でも有難く精気はもらう。ちょっとだけな』
『オイラもただ見るだけにするつもりだったんダヨ。でもラダの精気はちょっぴりもらうネ』
まずは火と水の精霊の声がして、頬や肩に少し触れられた感触を覚える。
くらりと少しだけ眩暈がして、ベッドの上に座っていて、よかったと心底思った。
『ワシは爺だからのう。図々しく精気を貰っていくぞよ。影から見守っているからの』
次にラダの影が動き、ラダの髪を撫でる。優しさを感じつつも、倦怠感を覚えてラダはとうとうベッドに横になった。
『爺は遠慮なしですね。本当に。でもワタシも少しだけいただきます』
光の玉が現れ、ラダの体を少しだけ掠った後はじけて消える。とたんに眠気がやってきて、ラダは両親に明日の午前中は部屋で休むことを伝えてよかったと心底思った。
『ボクが最後だね。本当、みんな遠慮しないね。まあ、ボクもだけど。ラダの精気は美味しいからね。ゆっくり休んで。いい夢をみてね』
唇に微かな感触がして、ラダは完全に意識を失う。
風の精霊は実体化すると、ベッドで眠る彼女に毛布を被せ、煌々と輝く蝋燭の火と消した。そして窓からひょいと外に出ると、窓を外から締める。
『ラダ。おやすみ』
少年の姿を解くと風の精霊は夜空に溶ける様に消えた。
☆
「ラダちゃんは稽古ですか?」
「いえ、今日は少し休んでいます」
翌日、久々に店にケンネルが訪ねてきた。
開店前で、父イルジーと母ガリナは何事かと思わず構えてしまう。
「そういえば今日は休みでしたね」
知っていたのに確認した彼に対して、二人はますます猜疑心を高めてしまった。
「今日、私が来たのはお詫びです。ほら、当初、稽古中のお昼はこのお店の食事と伝えたのに、それができず申し訳ありません」
「そんなの気にしないでください。劇場はかなり遠いですし、ラダに頼むもの大変だと思っていたのでうちとしてはよかったことなんですよ」
「そうですか。そう言ってもらえば助かります」
ガリナは、イルジーとケンネルの会話を黙って聞いていた。
お昼の事は劇場の場所を聞いて断った。
理由はそれだけではなく、まるでお昼の注文を取る代わりに娘を劇場に行かせるようで、気分が悪かったせいもある。
劇に参加する娘を心配していたが、毎日楽しそうなので、結果として安心していた。
「ケンネル様。今日はそのお詫びだけなんでしょうか?」
「いえ、別の用事も。公演が終わりましたら、ぜひお礼も兼ねて我が家に招待したいのです。父も母もラダちゃんとあなた方夫妻に会えるのを楽しみにしております」
「そ、それは……」
「ケンネル様。それは申し訳ないが、断ってもいいかい?うちは食堂を営んでいる普通の平民なんだ。貴族様の家なんてとんでもないよ」
言葉を詰まらせたイルジーに代わり、話したのがガリナだ。
「今後のことも考えてなのですよ」
しかし、ケンネルは多少強引ともいえるくらいに言葉を続けた。
「今後……」
「考えておいてくださいね。それでは私はこれで。お昼を注文していきたいところですが、今日はアレシュが来るようですから、彼に譲ります」
ケンネルは胡散臭い笑みを浮かべると二人に手を振って、店を出て行った。
アレシュは王女の生まれ変わり、ケンネルは騎士の生まれ変わり、そして二人は王家と親しいベルカ家の人間だ。
最初はベルカが何か知らなかったが、貴族情報に詳しい客に聞いて驚いた。そうして二人はますますラダとアレシュの関係が心配になり、反対していた。ところがラダはとうとうアレシュと心を通わせしまった。
娘の幸せそうな笑みを浮かべると、反対はできない。けれども、平民であるラダがどうしてアレシュと付き合っていくのか、二人には想像ができなかった。
「母さん……」
「まあ、時が来るまで待てばいいよ。ラダはまだ十五歳じゃないか。今決めることじゃないよ」
「そうだな」
イルジーは妻の言葉に頷くと、再び厨房に戻る。
ガリナは険しい表情を一瞬外に向けたが、息を吐くと、店内のテーブルを拭き始めた。




