看板役者の名にかけて
「気持ち悪いですね。ラダさん」
「す、すみません」
翌日、いつも通りホンザに迎えにきてもらい、イオラの馬車に乗る。馬車の中でラダの顔は緩みっぱなしで、向かいに座るイオラが心底嫌そうな視線を投げてきていた。
(……しっかりしなきゃ。でも嬉しいんだもん。お母さんたちも怒ってなかったし。アレシュ様は貴族様だけど、好きでいてもいいんだ)
「ああ、早く着いてほしい」
イオラが扇子を広げ、仰ぐ。
それを横目に、ラダは昨日アレシュに抱きしめられたことを思い出して悶える。
「浮かれすぎですよ。ラダさん。役はしっかり演じてくださいね。そうじゃないと劇団の方の顔に泥を塗ることにもなりますからね」
「はい」
(そう。しっかりしなきゃ。演劇はしっかりやるって決めたんだから。昨日のことは置いといて)
ラダは初日に浴びた団員たちからの視線を思い出す。
(ふざけた演技をしたら、折角認めてもらったのにまたあの状態に戻る。それは嫌だ)
一緒に走ったり発声練習したり楽しくやれているのは、彼らが演技を真剣にするラダたちを認めているからだ。
(うん)
「やっと落ち着きましたね。もし浮かれたままだったら、一発殴ってやろうと思っていたところです」
「い、イオラ様!?」
「やるわけないじゃないですか。そんなことしようものなら、精霊にどんな報復をされるのかたまったものじゃないですからね。冗談ですよ」
イオラは澄ましてそう言うのだが、その琥珀色の瞳は輝いていてどうも冗談には思えなかった。
『ふん、やればよかったのに。ラダを殴る前に、体をぶっ飛ばしてやるから』
「風の精霊!」
「ほーら。怖い、怖い。それよりもまず、あなた。ヒューさんと顔合わせした時の対処を考えたほうがいいのではないのですか?」
(そうだった……。本人から聞いてないのだけど、バラリーさんからもアレシュ様からも、なんかヒューさんが私のことを好きだって聞いたんだっけ。うわああ、どういう顔をして会えばいいのか?)
「あーあ。また今度は……」
イオラが呆れたように声を上げるが、ラダにとってはそれどころじゃなかった。
☆
「おはよう!」
心配していたのはラダだけのようで、劇場にいたヒューはいつもと変わりがなかった。それに安堵しながら彼女の挨拶を返す。
「おはようございます。ヒューさん」
「さあて、あと一週間よね。頑張りましょう」
「はい」
走り込みを終え、発声練習と続き、休憩を挟んで稽古になる。ラダが壁の傍で体をほぐしていると、ヒューがやってきた。
「バラリーに許可をとったわ。ちょっと話があるんだけど。付き合って」
「ヒューさん?」
「長くはなんないわ。ね」
空色の瞳がいつもより暗い感じがして、ラダは心配になる。けれども断ることはできないと彼について劇場の外に出た。
「庭に出ましょう。いい天気だし」
劇場の庭には木陰があり、そこには休憩用に椅子が置かれ、ラダも時折利用させてもらったことがある。
ヒューに勧められ椅子に座り、その隣に彼がかけた。
「昨日はごめんなさいね。きっとアレシュさんから聞いたわよね。私の気持ち」
「……はい。知らなくてごめんなさい」
「まあ、その点は期待してないわ。ラダちゃん、鈍感そうだしね。そういうの。自分の気持ちだけで精一杯だったのはわかってるし。でも今日顔を見た時、安心したわ。あの人、やっと伝えたのね」
ヒューはラダから空に視線を向け、目を細めた。
「弟からアレシュさんの気持ちは聞いてたわ。最初から、弟にも怒られていたけど、役に吞まれちゃったわ。だって、ね」
ラダは何も言えずただ彼の言葉を聞いている。
「まあ、こういう恋もいいわ。芸の肥やしになるしね。さ、私の話はこれで終わり。私からちゃんと伝えなきゃと思っていたの。ラダちゃん、好きだったわ」
「ヒューさん」
「まあ、この気持ちをアレクセイに同調させて、最高の演技をしてみせるわ。だからラダちゃんもお願いね。私をアレシュさんと思い続けて、最高の演技を見せてちょうだい」
「は、はい!」
「さて、どうせなら髪も黒く染めちゃおうかしら?」
「え?そんな綺麗な銀髪なのに?」
「だって、私をアレシュさんだと思ったら、ラダちゃん、めちゃくちゃいい演技みせてくれそうじゃない。私もなりきって見せるわ!」
「いや、そんな」
「いいえ。看板役者の名にかけて、私の本気みせてあげる!」
「あ、あのヒューさん?」
ここに連れて来られるまで、ラダの心は不安で押しつぶされそうだったのが、お茶目にそう話すヒューによって救われる。
そんな彼はやっぱり凄い人だとラダは改めて思ってしまった。




