役柄
ヒューに案内され、建物の中に入ると十数人の人がいた。興味深そうに見る人が多かったが、中には痛いほどの敵意も感じて、ラダは不安を紛らわせようと自身の服の裾を掴む。
(でも決めたんだ。頑張る)
「さて、名前を呼ぶから私のところへ来てね。台本を渡すから、役と一緒に自己紹介してね」
(女の人みたい……)
みんなの前に立って、ヒューは微笑んでその場を仕切る。言葉使いが女性的なのでラダは少し驚いてしまったが、彼の容姿にはぴったりの気がした。
(アレシュ様は王女様と同じ顔しているけど、男の人って感じだから、女性的に話したらちょっとおかしいかもな)
思わず同じ美形ということで、アレシュのことを考え、そんな自分に落ち込みそうになった。
「ラダ?ラダちゃん」
「あ、すみません!」
すでに紹介は始まっていたらしく、ヒューに呼ばれてラダは慌てて立ち上がる。
「ちゃんとしてよね。あなたが主役なんだから」
「え?私が主役なんですか?」
「そんなことも知らないの?」
(聞いてない!!ケンネル様の馬鹿!)
泣き出しそうな気持ちになったが、今更断ることもできない。一段と厳しくなった視線の中、ヒューの元へ歩いていく。
「はい。台本。あなたの役は父親の代わりに兵士になった男装少女で、ある騎士について戦っているうちに恋に落ちるって訳よ。その結末はこの台本を読んでね。とてもいい役よ。頑張って」
「はい。ありがとうございます」
緊張しながらもラダは台本を受け取る。
「はい。ラダちゃん。みんなに自己紹介。そこに役名も書いているから、役名と一緒に名前を皆の前で言ってね」
「は、はい!」
台本の表紙に、ラダの名前ともう一つ名前が書かれていた。
(クリスチナ、男装名はクリス……)
おかしいぐらい場が静まりかえっていて、彼女は多くの人の視線が自身に集まっているのを感じた。緊張して体ががちがちになるが、ふわりと風が吹いてラダは肩を叩かれる。
『変な奴がいたら、ぶっ飛ばすからね』
風の精霊の言葉でラダの緊張は一気に解け、口を開いた。
「クリスチナ、クリスを演じることになるラダです。演劇は初めてなのですが、頑張ります。よろしくお願いします」
「はい。よくできました。はい、次はイオラちゃんね!」
「ちゃん付けはやめてください」
視線がラダからイオラに移り、ラダは一息つきながら、壁側に戻る。
イオラは自身の態度を変えることなく、ヒューに小言を返しながら彼の元へ歩いて行った。
「はい。あなたの台本。あなたの役はクリスによって殺される王太子の婚約者役。最後の対決が見物ね」
「面白いですね。私が……ラダさんと。楽しめそうです」
「あらら。とりあえず自己紹介してね」
「はい。王太子の婚約者のデニサ役を演じることになるイオラです。よろしくお願いします」
この場にいるのはほぼ平民のはずだった。それにも関わらず彼女はきっちりと綺麗なお辞儀をして、周りにいた人たちがどよめいたり、反感をもってみたりと色々な反応をする。
(イオラ様は強いなあ。王太子様の過去は関係ないんだろうなあ。元からきっと強い人なんだ。私とは違う)
「はい。ありがとう。次は、そうね。ホンザさん」
「はい!」
イオラに微笑みかけてから、ホンザはヒューの元へ駆けていく。
「あらあら。そんなに慌てなくても。台本は逃げないから」
ヒューがそう言うと、どっと笑いが起きるがホンザはその中で堂々としたものだった。
「勢いが大事っす!俺の役を教えてください!」
「ははは。楽しいわね。あなた。あなたの役はなんと王太子よ」
(王太子?!)
ラダも驚いたが、それは彼女だけではなかったようだ。失笑するものいて、彼女はいい気分になれなかった。そんな中イオラは不敵な笑みを浮かべてホンザを見つめている。
(イオラ様?)
ホンザの表情がすっと変わり、にやけた笑いがおさまった。
「私が王太子ルイベルト役を演じるホンザです。よろしくお願いします」
さっきまでの印象とはがらりと違って、彼は丁寧に挨拶をする。貫禄まで感じられて場が静まった。
「あなた、凄いわね!これは期待できるわ。ありがとう」
ヒューは感激したらしく、彼の肩を叩く。
「痛いっす!ヒューさん」
するといつものホンザが現れて、周りが笑いで包まれた。
(凄いなあ。ホンザさんも。うわー。どうしよう)
「ラダさん。あなたにもできますから」
「イ、イオラ様?!」
いつの間にかイオラがラダの隣に来ていて、ラダは悲鳴を上げなかった自分をほめてやりたくなった。
他の団員に台本が配られていく中、イオラは冷笑を浮かべて彼女に囁く。
「この台本、恐らくケンネル様が書いています。あなたの役はヤルミルを元に、私の役はゾルターン。ホンザさんは違いますが、きっと彼は私を参考に挨拶してみせたんでしょうね。なので、ヤルミルとして演じれば、きっとうまく演じられますよ。私はそうするつもりです。あなたと対決できるなんて楽しみです」
イオラはそう言うと、ホンザが待っている場所へ戻っていく。
次々と団員たちが呼ばれる中、ラダは彼女の言葉の意味を考えていた。
(とりあえず台本を読むことから始めよう)
「さあ、最後は私よ。今回は騎士を演じるわ。クリスが仕えることになる騎士アレクセイ。ラダちゃん、よろしくね」
「は、はい」
名前を呼ばれ、片目をつぶって微笑まれ、ラダはびっくりしながら返事をした。
(なにか、とても大変なことを引き受けてしまったんだな。でも頑張るって決めたんだから、頑張らきゃ)
不思議な雰囲気がそこにあって、ラダは期待や不安が入り混じる中、自身に気合を入れた。