初日
「やりすぎじゃないか」
第一小隊長、バジナは淹れてもらったお茶を飲みながらぼやく。
「いいんですよ。しばらく大人しくしてもらいたいので」
「まあ、いいけど。あいつがこんな風に変わるとはなあ。俺も恋したことがあるが、それほどでもない」
「まあ、積年の恋で、拗らせてますからね。だからこそ、やり方がなんだかよくない」
「ケンネル。強引なやり方だと余計拗らせるぞ。お前のほうも大丈夫なのか?」
「ああ、私の方は大丈夫です。弟のように躊躇しないですから」
「それはあまりいい事とも言えないがな。大体、お前のせいで俺はあの店に二度と入れなくなったんだぞ」
「ああ、それは申し訳ないことを」
「口先だけだろうが」
「わかりましたか」
ケンネルは悪びれもせず肩をすくめる。
「まあ、いい。お前が上に立ってくれれば、俺たちの苦労も減りそうだし。そのための対価だと思うことにするさ」
「いつか借りは返しますから」
「そうしてくれな。今のところお前は借金だらけだけどな」
「そうですね」
彼はお茶を飲み干すと立ち上がった。
「相変わらず旨いお茶だ。また淹れに来いよな」
「それで借金が帳消しになればいいのですけど」
「そこまで旨いお茶じゃない」
「そうですか。残念」
チェリンダがサイハリを自治領にしてから九十年近く、これといった紛争もなく平和な時が流れている。そのためか軍備縮小の波が訪れており、平和ボケした現国王はそれを推し進めようとしている。
バジナは他国への威嚇をする意味でも、軍備縮小には反対しており、その意志を共有するケンネルに希望を持っていた。
「じゃ、またな」
バジナがそう言うと、ケンネルは笑って部屋を出て行く。
文官でありながら、文官らしからぬ雰囲気をもつケンネル、そして騎士道を歩みながら甘さを捨てきれない弟のアレシュ。
彼はこの二人の兄弟を好ましく思っていた。
☆
「いいですか。ラダさん。素人は私たち三人だけです。敵地に乗り込むようなものですから、しっかりしてくださいね」
琥珀色の瞳はキツメだが、イオラは以前とかなり雰囲気が違った。
先ほどからラダに、劇団でなめられないようにと教示している。
馬車内はイオラと二人だけ。ホンザは外で御者の隣に座っていた。
「何がおかしいのですか?ラダさん!」
「いや、イオラ様ってこんないい人だったんですね」
「い、いい人?!私は当たり前のことをしているだけです。ここで私たちがなめられると、スラヴィナ殿下の威信にかかわります。わかりましたね」
(スラヴィナ殿下……。そう言えばアレシュ様と婚姻とか……どうなっているんだろう)
ふと忘れていたことを思い出して、ラダは落ち込んでしまう。
(毎日お店に来てくれたり、お母さんのこと、お母さんって呼んだり、私、馬鹿みたいに期待していたけど、アレシュ様は貴族様だもん。しかもスラヴィナ王女様に好かれているんだよね。……これじゃ、ヤルミルと一緒だ。だめだめ考えない。王女様はヤルミルを好きだったって言ってくれたけど、結局選んだのはマクシムだ。だから……一緒だ。アレシュ様も騎士として貴族として、結局同じ身分の方か、王族の方と結婚する。私は、ヤルミルと同じ過ちを起さないんだから)
「……どうやらアレシュ様は思っていた以上に、腑抜けだったようですね」
「はい?」
「いえいえ。こちらの話です。私はいい人ではありませんから、お手伝いなんて決してしませんから。さあ、ラダさん。気合をいれてくださいね」
「はい!」
イオラに再度言われ、ラダは返事をした。
(そう、私は新しい世界に踏み出すんだ。ラダとして)
「着きましたっす!降りてください」
馬車が止まり、ホンザが扉を開けた。
「ラダさん、何をやっているのですか。さあ、ホンザさんの手を借りて降りてください」
「あ、はい!」
どうやって降りようか戸惑っていると声を掛けられ、ホンザの手を取った。その時にラダは背中に刺さるような視線を感じて、余計緊張する。
(……イオラ様。本当にホンザさんのこと好きなんだろうなあ。だったら自分で降りたんだけど)
そう思ったが、足元はぐらついていて、やはり降りるには人の支えが必要だった。手を借りてなるべく急いで降りると、今度はイオラの番だ。
ホンザの手をとって優雅に降りてくる。
その仕草はやはり淑女だと思い、ラダは身分の差を感じて苦い気持ちになった。
「ようこそ!劇団へ。お待ちしてましたよ。えっと……」
心地よい落ち着いた声が聞こえ振り向くと、戸惑った顔をした美しい人が笑顔で立っていた。銀色の髪に空色の瞳、明るい色のシャツとズボンを着ていて、一見男か女かわからなかった。けれども胸が平らなところとその声から男性であることが判断できる。
「あなたは?名前を聞く前に名乗るのが礼儀ではないのですか?」
ラダが困惑してどう返事をしようかと迷っていると、イオラは美しい男を前にしても毅然と返す。
「失礼しました。私はヒュー。この劇団で看板役者をしております。あなたの名前を教えていただいても?」
ヒューと名乗った男は、惚れ惚れとする笑みを浮かべて自己紹介するが、イオラは琥珀色の瞳を険しくしたまま、答えた。
「私はスラヴィナ殿下の侍女のイオラ・ピーラー。この男性がホンザ。そしてあの娘がラダです」
「初めましてっす!」
「あの、初めまして」
紹介されたので、ラダはホンザに続き挨拶をする。
「はい。初めまして。さあ、中に入ってください」
ヒューは表情を緩めると、ラダたちを中に招き入れた。




