すれ違い
「君は何者のつもりだ?ラダは君の人形ではない。彼女が参加したいと言ったのだ。それを辞めさせるつもりか?」
アレシュは意気込んでケンネルに向かっていったのだが、簡単に返り討ちにあった。まだ言い募ろうとする彼に、兄は仕事の邪魔だと冷たくあしらい、宿舎に戻るとバジナ小隊長にこっぴどく怒られた。
「公私混同するな。騎士の務めを何だと思っている。女の事ばかり考えて仕事をかまけるなんて、罰則として三日の謹慎だ」
しまいにはそう言われてしまい、アレシュは悔しい思いを堪えて命令を受け入れた。
エイドリアンは申し訳なさそうな顔をしており、それに彼は首を横に振った。
(確かに俺はラダのことばかりを考えて、仕事を疎かにした。それはこのところずっとだ。だけど、筋肉馬鹿といわれようとも、前世みたいな後悔はしたくないんだ)
ウルシュアは立派な王女だった。
それこそ、王女として完璧に王族の義務を果たし、戦争においてもチェリンダに勝利をもたらせた。その後もチェリンダとサイハリの両方の民が少しでも豊かになるように尽くした。
そのために彼女は心を殺した。
兄が王位につき、彼女はマクシムの元へ嫁いだ。臣籍降嫁した時点で、彼女は王女ではなくなった。けれども王族の一人として、また最初のサイハリ自治領主の妻として務めを果たした。
(ああ、ウルシュアは立派な王女だった。そう。イオラが呆れるのもわかる。俺は違うから。聡明でもなんでもなくていい。人に尊敬されなくてもいい。ただ、もう心はもう殺したくない。二度とヤルミルを手放したくないんだ)
「アレシュ?」
「なんでもないです。先輩は気にしないでくださいね。ただラダの様子がわかれば聞かせてもらってもいいですか。俺、謹慎なので手紙でもなんでも」
「わかった。兄貴から聞いたら連絡するよ。あと、兄貴にはそれとなく気を配ってもらうように伝えておく」
「いいんですか。困っていたんじゃ?」
「大丈夫。伝えてみるよ。好きな子のことは心配だもんな」
「ありがとうございます」
「まあ、気にするな。そうだ。お礼はあの子の店の料理な。謹慎開けたら連れて行ってくれよ」
「はい!」
アレシュの返事にエイドリアンは笑うとその肩を優しく叩いた。
☆
「ラダ?」
「大丈夫だから」
翌日。
お昼すぎになり、ラダは大きな溜息をついてしまった。
それを聞きつけた母も心配そうだ。
結局今日のお昼もアレシュが現れることはなかった。
あれほど彼を邪見にしていたラダの両親も娘にどう声をかけていいのか迷うくらいだった。
(何かあったのかな。昨日隊長さんに怒られたって水の精霊が言っていたけど、関係あるのかな)
確認したいと思いながら、遅い昼食を両親と食べていると店に人が現れる。
「こんにちは!ホンザっす。お迎えにあがりました!」
それはイオラと一度この店を訪れたことがある下男風の男で、ラダは今日から劇の練習だったことを思い出す。
「そういえば、そうだったね」
「ラダ、大丈夫かい?」
両親もすっかり忘れていたらしく、不安そうな表情をしている。
(心配させたらいけない。自分で決めたんだもん)
「うん。大丈夫」
ラダはしっかり返事をするとホンザを迎えた。
☆
「イオラ様が馬車で待ってます」
「え?!」
エプロンを外して着替えたラダはホンザと共に店を出たのだが、そう言われて足を止めてしまった。
馬を使うのは貴族や裕福な商人たちが多く、一般的に平民は歩いて移動する。馬車、しかもイオラが待っているということで戸惑ってしまった。
「大丈夫です。イオラ様はちゃんとわかってますから」
「……ホンザさんは知っているんですね」
「はい。俺もこう見えて元サイハリの兵士っす」
明るくそう答えられ、ラダはさらに驚いてホンザの顔を見てしまった。
「俺は、私は王太子様を守りたかった。そう思ってはいましたが、あなたには何の恨みもありません。だから安心してくれっす!」
「でも……」
「前世は昔っす。ラダちゃん」
薄茶色の目を細め、笑顔を向けられてラダは少し泣きそうになる。
「ああ、泣かないでくれっす。アレシュ様に殺されるっす。でも。その前にイオラ様に怒られそう……。ほら、怖い顔して見てるっす!」
ホンザが指を差し、その方向に目をやると琥珀色の瞳を冷たく光らせた女性が馬車の前で待っていた。
「ラダちゃん。急ぐっす。やばいっす!」
「はい!」
慌てふためく彼の様子が面白くて、ラダの涙も引っ込む。そうして小走りにホンザと共にイオラの待つ場所へ急いだ。




