侍女の務め
「何の用なんだ。イオラ」
「あなたの兄上、どうにかしてくれませんか?」
「え?兄上?」
「そうです。あのなんていうか軽薄なところとか、どうして前世は騎士の中の騎士とも謳われたのに、あんな風になってしまうのか、理解不能です」
イオラはかなり憤慨していて、アレシュは唖然としてしまった。
(また前世のことで、嫌味か何かと思ったのだけど)
怒りが意外のところで、彼は毒気を抜かれたように彼女を眺める。
「あなたもあなたです。ウルシュアは聡明な王女と言われていたのに、なんですか?筋肉馬鹿みたいになってしまって。一時でもスラヴィナ殿下があなたを好きだと勘違いしていたことが理解できません」
(っていうか、なんだ。やっぱり嫌味か?!)
「イオラ、そういう君こそ。なんかツンケンして、なんていうか神経質だぞ。っていうか前世からそういう性格だったのか?」
「し、神経質!なんてこと言うのですか!あなたは。完璧主義といってください。王太子だった頃から私は変わっておりません」
(それは部下が苦労しただろうなあ。こんな上司欲しくない)
アレシュは少しばかりサイハリの兵士に同情しつつ、琥珀の目を吊り上げて怒っているイオラを見つめる。
「だったら、ホンザはどうなんだ?年中伸び伸びしていて、兄上より、」
「ホンザさんとあのケンネル様を比べないでください。まったく」
比べたのはよくなかったらしい、イオラはますます琥珀色の目を吊り上げた。
(これが、涼やかか?先輩たちの目は大丈夫なのか?っていうか、ホンザはこのイオラが好きなんだよな。そのために一度家を出たくらいだし。でもこのイオラ?疲れそうだぞ。かなり)
そんなことをアレシュが考えている間も、イオラはぶつぶつと何か文句を言っていたのだが、彼は聞いていなかった。
「アレシュ様。だから私が言いたいのはですね。劇とか馬鹿なことを辞めさせてくださいってことで」
「劇!」
やっとアレシュの耳に届いたのはその言葉で、彼は思い出す。
(そういえばラダを誘ってくれとか、ああ。そうだ。今日ラダの店に行ったのはその用事か。くうう。兄上め。どんなことを言うつもりなんだ)
「聞いてますか。アレシュ様」
「聞いてない」
「あー、本当。筋肉馬鹿ですね」
「筋肉馬鹿とはなんだ。イオラ」
「そのままの意味ですよ。そんなんじゃ、ラダさんにがっかりされるでしょうね。どうやったら、あのウルシュアがこんな風になるのか本当……」
「……がっかり。そんなに俺はがっかりなのか?」
「ええ」
(考えてみたこともなかった。そういえば好意は持たれている気がはしたのだけど、それはあくまでも俺の考えで……。っていうか、好意をもたれているのも、俺がウルシュアの生まれ代わりだからであって、俺自身に、というわけではない。……まずいな。あの時抱きしめたことも駄目だったかもしれない)
アレシュは急に自信を無くして、その場に座り込んでしまった。
(勝手に盛り上がっていたけど、もしかして毎日通ってるのもやりすぎか。しかも昨日はおかみさんをお母さんって呼んで調子に乗っていたし)
「ま、目的は達せられませんでしたけど。してやったりですかね。せいぜいへこんでください。それでは」
そんなアレシュに慰めの言葉もなく、イオラは薄情にもその場を去る。彼が我に返った頃にはすでに昼食時間を大幅に遅れており、バジナ小隊長が叱られた上、先輩たちに二股とからかわれることになった。
☆
「あれ、イオラはいないのですか?」
「ええ。少し用事を頼んだので。暫く戻らないかもしれないわ」
部屋に入ってくるなりイオラのことを訊ねたケンネルに、スラヴィナは少しだけ表情を曇らせた。
「殿下。嫉妬するあなたもとても可愛いですね」
「し、嫉妬?!そんなことするわけないでしょう」
実際その通りなのだが、自分の気持ちが悟られたようで恥ずかしさを誤魔化すように彼女は怒りを表した。
「本当、殿下は……」
ケンネルは顔を綻ばし、スラヴィナに近づく。そしてその髪に触れようとしたところで、控えていた侍女が口を挟んだ。
「お、お待ちください!」
同時に扉が大きく開かれ、息を切らせたイオラが姿を見せた。
「ゆ、油断も隙もない。いい動きをしました。ジェリン」
ケンネルがスラヴィナに触れる寸前で、動きを止めているのを見て、イオラはもう一人の侍女に労いの言葉をかける。
「イオラ、そんなに急いで戻ってこなくてもよかったのに」
「あなたが殿下の部屋に入っていくのを見たと聞いて、慌てて戻ってきたのです。本当にまったく!」
「イオラ、あの大丈夫だから。別に何かされたわけじゃないし」
「今はです。ケンネル様。距離を保ってください。今後、これ以上近づかないように!」
「え?これは酷いな」
「イオラ。こんなに遠くじゃ声が……」
「聞こえます。大丈夫です」
イオラは目くじらを立てて、二人の間を裂く。
ケンネルはおかしそうに笑い、スラヴィナは困ったように首を傾げるしかなかった。




