はた迷惑な金髪碧眼の紳士 2
『……ラダ。マクシムが来るよ。どうする?追い返す?』
「え?ケンネル様が?」
朝食を終え、水瓶に追加の水を足すため、裏庭の井戸で水を汲んでいると風の精霊が話しかけてきた。
(会いたくないなあ。もう前みたいに嫌な気持ちがそこまでないんだけど、ちょっと苦手なんだよね)
『どうする?』
一瞬、お願いしてしまいそうになったがアレシュの兄でもあると思い直して、首を横に振った。
「いいよ。来てもらっても。何の用事がわからないけど。また注文かな。それだったらいいんだけど」
『……ラダがそう言うなら邪魔はしないよ。じゃ、またね~』
風の精霊はそれだけ言うと風を靡かせていなくなった。
邪魔はしない、その言葉をラダはあまり深く考えていなかったのだが、店に現れたケンネルの金色の髪は鳥の巣のように散々なものになっていて、笑いを堪えるのが大変だった。
(まあ、邪魔ではないもんね)
「ケンネル様。いらっしゃいませ。今日は何の御用ですかね」
アレシュへの対応と同じく、母ガリナの態度は少しばかり硬い。それに気が付いたケンネルは苦笑しながらも店に入ってきた。
「えっと今日はラダちゃんに面白いお話を持ってきたのですよ」
「面白い話?!」
ケンネルと面白い話が結びつかず、ラダは母と二人で声をはもらせてしまった。
お店はまだ開店前なので、声を上げたところで驚くのは父イルジーぐらいだ。声に気が付き、厨房から父も出てくる。
「何事ですか?」
父も母同様以前とは違って態度が硬化している。
「まあ、まあ。そう硬くならないでください。ラダちゃんにとっていい話ですから」
そう言って話し始めた内容はトンデモナイものだった。
「娘が演技なんて、無理ですよ」
「そうそう。人前なんて」
ラダが答えるより先に父と母はケンネルに返していた。
「まあ、練習する間、役者さん全員の昼食をうちに注文してくれるというのは有難い申し出なのですが、娘が演じるというのは……」
父は態度を少し軟化させ、申し訳なさそうに答える。
その代わりに母が疑念を口にした。
「ケンネル様。もしかして、昼食を注文する代わりに娘に劇に出てもらうということですか?」
「そんなことは考えていません。疑い深いですね」
ケンネルはガリナの尖った物言いにも動じることなく、微笑みを浮かべたまま答えていた。
(この人、本当怪しいんだよね。マクシムは結構寡黙で真面目一本って感じだったからなあ。あ、また前世のこと考えちゃった。前世は昔なんだから)
「ラダちゃん、興味あるでしょう?イオラは結構やる気だよ。ほら、あの瞳は特徴あるだろう。だから役者にも合致しそうな容姿がなくて困っていたんだよ。イオラは引き受けてくれるっていったんだけど。あの場面を再現しないといけないからさ」
(あの場面。そうか、王太子様は剣を構えていたからなあ。あれが本当に劇の一部だと思ってもらうためには再現しないといけないもんね)
「ケンネル様、諦めてください。昼食の件も別の店に頼んでいいですから」
「そう?このお店の料理美味しくて残念なんだけど……」
そう言いながらケンネルはラダの父と母を交互に眺める。
(……いい儲け話だよねぇ。あの噂のおかげでちょっとお客さんが減った時もあったから……。演技なんてできるかわからないし、人前で怖いけど……。王太子様ともあれから一度も話してないし……。頑張ってみようかな)
「用事はそれだけですか」
「うちも店の開店準備をしないといけないので」
父がまず立ち上がり、それに母が続く。
「やっぱり駄目ですか。あ、今日のお昼はアレシュの隊の分を買って帰るつもりなので、注文させてください」
「そ、そうですか?」
「はい。私も久々にお店の料理を食べたいので」
とってつけたようにも聞こえたのだが、彼は熱心に品書きを見ていた。
(悪い人じゃないんだよね。うん、そうだ。きっとこの劇も私とイオラ様の間を取り持つことなんだ。まあ、イオラ様は貴族様なので会うことも今後ないと思うけど。あのままお別れするのも気になる……。ちゃんと話をしたい。もう一回詰られるかもしれないけど。私は前を向いて、ラダとして生きていくのだから)
「ケンネル様。私を劇に参加させてください」
「ラダちゃん!本当?」
「はい」
「ラダ、無理しないでいいんだよ」
「そうそう、うちはそんなに困ってないから」
「お父さん、お母さん。お昼のことでこの話を受けたんじゃないの。えっと興味があるから」
「本当かい?」
イオラに殺されかけた云々はまだ話していないので、ラダは少し誤魔化して笑う。
二人が疑わしそうに見ていたが最後には納得した。
「じゃあ、ラダちゃん。練習は明後日からだから。ホンザを迎えに寄こすよ」
「ホンザ……さん?」
「ほら、あのイオラの恋、いやまだ友達かな。うちの庭師でこの店に来たこともある……」
(ああ、あのイオラ様の隣にいた下男みたいな人か。こい?え、恋人?でもまだ友達って……)
「ははは。余計な情報だったね。とりあえず明後日の、お昼をかなり過ぎたあたりに寄こすよ」
「ラダ。本当に大丈夫なのかい?」
「うん」
(複雑な事情があるみたいだけど大丈夫。あのホンザさんは優しそうだったし)
「それじゃあ、おかみさん。注文は……」
ケンネルが自身の昼食と、アレシュたちの隊員への持ち帰りの料理を頼み、ラダの父が慌ただしく厨房に戻る。母は渋々という感じなのだが、ケンネルに水を運び、スプーンとフォークを手渡す。
(アレシュ様の隊員の分ってことは、今日はアレシュ様は来ないのかな)
ラダは少し残念に思いながらも、父を手伝うため厨房へ向かった。