22.発見
『なんじゃ! 一体何がどうなったというんじゃ! 魔法か!?』
先程まで落ち着いていたサカキさんもさすがに混乱している模様。
そりゃそうだ。
NPCはインベントリを持ち合わせていないのだから。
魔法で同じような効果のものはあるのかもしれないけど、少なくとも私は知らない。そして、この世界の住人であるサカキさんも知らないようであった。
「インベントリっていうアイテムを収納する魔法みたいなもんさ」
『そんな魔法が……その魔法は物の大きさも自在に操ることができるのか?』
「まーね」
シズクはドヤ顔で返答する。
シズクが今担いでいる包丁、実は先程の大きさのままではなく。1.5メートルほどの長さまでサイズダウンしていた。
それはなぜか?
私もうっかりしていた。
インベントリからアバターへのウィンドウ越しに行う装備方法。これには自身に適性なサイズに自動調整してくれる機能が備わっている。
そして、これは何も防具に限った話ではなく、武器でも同様の効果を及ぼす可能性があったのだ。
武器に関しては相棒しか使っていなかったため、そこまで意識していなかった。
なにせ、インベントリから直接だそうが、アバターから装備しようが同じサイズだったのだから。
思い込みってやつなのかな。
シズクはいつから気がついていたんだろう。
気づいたシズクは凄いと思う。
でも、たしかに凄いとは思うんだけどこれじゃあ……
『じゃが、そんなものを使えるのなら最初から使えばよかろうに。わざわざ、あんな真似までせんでもな』
そうなのだ。私もそれが気になった。
まさにサカキさんの言う通りで、できるのなら早々にやった方が話は早い。今回のは完全に2度手間だ。
いや、2度手間どころか、これじゃあ、さっきのがんばりは何だったのだという話にさえなってくる。
単なる関心を引くためのパフォーマンス――そうとらえられても仕方のない行為だった。
現に当のサカキさんも怪訝な表情だ。
「だってさ……」
でも、シズクは動じない。
むしろ余裕さえあった。
じっとサカキさんを見つめていたかと思えば、途端に満面の笑みになりこう言い放った。
「あれ持てたらかっこいいじゃん!」
「『……は?』」
シズク曰く「持てるならあのサイズを持ちたかった。あのときは本気で持てると思っていた。挑戦したことを無駄だとは思わないし後悔もしていない」とのこと。
それを聞き、私は呆れたが、サカキさんは何がツボに入ったのか、腹を抱えて笑っていた。
笑いながらめちゃめちゃシズクの肩や背中をバシバシと叩いている。
そして、シズクもなぜか対抗するようにニシシと笑いながら叩き返していた。
もうなんだかよくわからない世界が2人の間でできあがっている気がする。
さっき初めて顔を合わせたはずなのに、今の2人を見ていると、とてもそうとは思えなかった。
『気に入った! そいつはタダでくれてやる!』
「「えっ!?」」
いきなりの爆弾発言。
私はともかく、大概のことには動じない(ただし、お化けは除く)あのシズクでさえ目が点になっていた。
そりゃそうだ。いきなり、10万以上するものをポンとあげると言われたのだ。
ならない方がおかしい。
『元々趣味で作ってるみたいなもんじゃ。それに、気に入ったやつには今までにもあげてきた。別段珍しいことじゃないわい。それにこう見えてもワシは金には困っとらん。こんな家じゃがな! ガッハッハ!』
「いやでも、それはさすがに……」
あ、あのシズクが恐縮している!?
私、初めて見たかも。
『2万ぽっちしか持っとらん嬢ちゃんが遠慮するな。ワシからの餞別じゃ。これからあちこち行くんじゃろ?』
「あ、ああ……」
シズクはサカキさんの問いかけに答えているものの、未だ展開についていけていないのか、その口調はたどたどしかった。
『そいつの名は【碎辰】という。可愛がってやってくれ』
「【砕辰】……」
シズクは己の手にある巨大な包丁の名を呟いたあと、じっと見つめていた。まるで何かに魅入られているかのように。いや、実際に見惚れていたのだろう。
しばらく見続けていたシズクであったが、途端に我に返りサカキさんに向き直る。
「せめて今ある金だけでも!」
『いらんいらん。なんじゃ? まだ納得できんのか』
「そりゃだって――」
シズクは依然食い下がろうとしたものの、サカキさんは両手を大きく打ち合わし、それを制止した。
『よしわかった! じゃあ条件をつけよう。その包丁の素材よりいいやつを見つけたら、必ずワシのところに持って来い。それが、そいつをやる条件じゃ。これ以上は譲らんからな』
サカキさんはそう言うとにやりと笑いながらにぎり拳をシズクの前に突き出す。こ、今度は何が始まるの?
一方のシズクは、しばらくサカキさんと見つめ合っていたが、1つ頷くといつもの元気を取り戻し破顔した。
「わかった! 絶対に持ってくる!」
そう返事したかと思えば、目の前の拳に自身の拳を思いっきりぶつけた。
ゴチンとした衝突音が、部屋に鳴り響く。凄い痛そう! 大丈夫なの?
ってか、さっきからなんなのそれ! なんか2人の間で変なやり取りができあがってるんだけど! いつの間に? あのアイコンタクトの時なの!? ねぇ! どうなのよ一体! 誰か教えて!
あれ? そういえば、さっきから全然何も言わないけれど、アクアはどこに行ったの? スクショ撮ってたところまでは認識してたんだけど。
「ん~……これが1番よく撮れてるかな! でもこっちの方が大きく見えるかも……」
あ、部屋の隅っこで、屈み込んでさっきのスクショの選別してました。
ゴーイングマイウェイ。
みんな『自由』だな!
シズクは餞別を受けとって、アクアはスクショを選別。そして、私は特になんにもしてません別に。ってね!
……私は何も言ってないんだから!
「おやっさん。じゃあな!」
「お、お世話になりました」
「おじーちゃんまたねー!」
『おう!』
私達は店の前まで見送りにきてくれたサカキさんに手を振りながら【ワシ屋】をあとにした。
なんだか、シズクがどんどんサカキさんとの距離を縮めている気がする。
おやっさんて……
ま、いっか。
この店にもまた来ることになるのかな? なりそうだなぁ。
ちなみに、当初の目的であった防具屋について、サカキさんにどこかいい店は知らないかと訪ねたところ、簡単な地図を書いて渡してくれた。
どうやら、教え子の1人らしく、曰く『ワシより腕は劣るが筋はいい』とのこと。サカキさん防具も作れるんだね。さすが【ワシ屋】。
ちなみに今は手元に素材もなく、イマジネーションも沸かないため、作る気はないのだそうだ。残念。
でも、たとえ作る気があったとしても、私じゃ買えないか。2万をはした金扱いするような人だもんなぁ。一体、いくらになるのやら。
ただ、今後もしいい素材が手に入れば、シズクに限らず持ってきてもいいとのお許しはいただけた。ありがたいことだ。
素材が貯まったらまた【ワシ屋】に顔を出そう。
そう決意しながら私達は地図に書いてあるその場所に向けて出発したのだった。
「そういや、シズクはどこで気がついたの?」
「何がだ?」
「あれだよ。装備ウィンドウから装備すれば武器までサイズが変わるってやつ」
「あぁ、あれな。たしかこいつを持ち上げられなかったあとかな?」
「なにそれ! ギリギリじゃん!」
「まぁな。でも思いついたときは絶対にできるって思ったぜ?」
「なんでよ」
「んー……さぁ? わかんね。強いて言うなら勘……かな?」
「フフッ、相変わらずだね」
「まーな!」
「ねぇねぇ何の話ぃ?」
「んー秘密」
「ってか見てねぇのが悪い」
「えーいいじゃん教えてよー! いいじゃんいいじゃん! ねー減るもんじゃなしー! ねーねー!」
「わわっ! わかったから! 言うから言うから! 揺らさないでー!」
「わーい! カノンやっさしー! 大好きー!」
「わかった! わかったから離れろー!」
――ピピピピッ! ピピピピッ!
あ。
「あー……私、そろそろタイムアップだ。ログアウトしないと」
「え? もうそんな時間なのか?」
「ホントだー!」
見れば時間は12時ジャスト。一応忘れないように、タイマーもセットしていたのだ。
――12時半。
これがいつもの私の就寝時間。
別に夜更かししても構わないんだけど、そうなると朝がしんどいんだよね。お母さんにも動きでバレちゃうし。
だから、平日はこの時間で寝ると私は決めていたのだ。
「じゃあ私はこの辺で。防具屋には先に行ってていいよ」
「んー俺は別に明日でもいいぜ」
「私もー! ってかどうせなら3人で行きたい!」
「だな」
「そっか。じゃ防具屋は明日行くってことで。じゃあログアウトするね」
「おう、またな!」
「まったねー! 明日絶対何があったか教えてもらうからねー!」
「はいはい。それより、2人も早く寝るんだよー遅刻しても知らないんだから」
「任せろ!」
「大丈夫だよー!」
ホントかなぁ?
ぶっちゃけ、あまり信用できない。
特にシズク。ほどほどにしときなよ。試合も近いんだからさ。
こうして、私の『Free』2日目は終了するのであった。
うん、我ながらなかなか濃い時間を過ごせていたと思う。
ちょっと投稿時間を1時間だけ早めてみました。
今後は出来る限りこの時間帯に投稿する予定です。




