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Free 〜フライパンから始まるエトセトラ〜 作者:もじゃ
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21/51

21.条件

『なんじゃと?』

「一見の客お断りなのはわかってる! でも、それでも俺はこれが欲しいんだ! 頼む!」

 シズクは頭を下げながら、部屋中に響き渡るほどの大声で懇願した。
 スクショのベストポジションを求めて部屋の隅の方まで移動していたアクアも、何事かと振り返っている。
 普段、集中すると周りが見えなくなるゲーマー気質のアクアまで振り向かせるだなんて。さすが主将。よく通る声だ。

 一方、懇願された方のサカキさんは動じることなく、ゆっくりと顎に手をあて口を開く。

『いくら持っとる』

「……2万と少し」

 え? 昨日の今日で2万!? 稼ぎすぎでしょ!
 私とアクアで2時間くらいやっても5000Sちょっとしか稼げていないのに。
 やりすぎて体を壊さないか心配になるレベルだ。

 でも、そんなシズクの廃人宣言もサカキさんはお気に召さなかったようで、眉間の皺をより一層濃くしている。

『ふん、話しにならん。こいつを作るのにどれだけかかったと思っとるんじゃ。材料費だけで軽く10万は超えとるんじゃぞ?』

「そんな……」

 依然、お辞儀の姿勢を崩していなかったシズクではあるが、絶望的な返答に思わず顔を上げる。
 その顔は悲愴感に溢れていた。

 10万……か。
 まぁサイズを考えればそうなるのかな? 材料費でそれってことは、もし普通の店にこれがあったら一体いくらになるのやら。
 っていうか、シズクはなんで頑なにこれを欲しがるんだろう。シズクも私と一緒で耐久無限装備は武器を選択しているはず。現に本人もさっきそう言っていた。
 もう買い換えるってこと?
 ちょっと早すぎる気がするんだけど。

『あと、誤解しておるようじゃから1つ言っておく。ウチは別に一見さんお断りではない。客は選ぶがな。単純に店のナリがあんなじゃから馴染みの客以外は誰も来んだけじゃ。じゃから売るのはやぶさかではない。たしかにこいつは作るのに苦労した分、それなりに思い入れはあるが、現状こいつのお陰で次が作れんからの』

「じゃ、じゃあ!」

『まぁ待て。話は最後まで……』

「必ず払う! 今は足りねえけど5日もあれば10万は間違いなく……」

『話は最後まで聞けと言っとろうが!』

「痛ぇ!」

『ったく。落ち着きのない嬢ちゃんじゃ』

 本日2発目の拳骨。
 シズク大丈夫? 頭割れてない?
 しばらくしたらたんこぶで、頭から耳が生えたみたいになるんじゃないの?
 ハハッ! そんなわけないか。

『はぁ……あのな、もう1度言うがワシは売る客を選ぶ。つまり気に入ったやつにしか売らん。いくら積まれてもな』

 サカキさんは諭すようにシズクへ語りかける。シズクも今度は黙って話を聞いていた。といっても、目は全然諦めてないんだけどね。

『嬢ちゃんのその必死さ、ワシャ嫌いじゃない。じゃがその理由がわからん。嬢ちゃんはなんでそこまでしてこいつを欲しがるんじゃ? そのナリじゃとてもじゃないが持てないだろう? ワシとていくら邪魔だと思っとっても使ってもらえんようなやつのところには売らん。こいつが可哀想じゃからな。じゃからそこまで必死になる理由をワシは知りたい。ほれ、教えてみぃ』

「俺は……」

 シズクはそこまで言ったあと、俯いたまま答えようとしなかった。
 何か考えてるんだろうけど、いつものシズクらしくない。素直な気持ちを伝えるだけでいいんじゃないの?
 それはシズクの得意技だったと思うのだけど。

 しばらくそのままの姿勢だったシズクだが、突如顔を上げたかと思えばそのまま言い放った。

「理由なんてねぇ!」

「ないんだ!」

 思わず声に出ちゃったよ。
 しばらく静観するつもりだったのに。

『はぁ!?』

 これにはさすがのサカキさんも驚いているらしい。なにせ、つぶらな瞳が見開かれているからね!

「色々考えたんだけど。わかんなかった! だから理由なんてねぇ!」

『いや、それじゃと……』

「ただ!」

『……なんじゃ?』

「ひと目見たときから『こいつだ!』と思った。俺はこいつを使いてえと思った。できるできねえじゃねえ。俺はこいつを使えるようになる! 絶対にだ!」

『……』

 2人は見つめ合ったまましばらくそのまま動こうとしなかった。
 アイコンタクトってやつなのかな?
 何を語り合っているんだろう。

『……わかった』

「じゃあ!」

『とりあえず柄をつけてやる。それで持ってみぃ』

「わかった!」

 サカキさんはおもむろに台の下から柄を取り出すとそれをあっという間に取り付けてしまった。
 柄自体も相当な重量がありそうなのに、それを軽々と。
 シズクはそんな人の拳骨を2回も受けてるんだよね……私ならたぶんそのまま死に戻りしてそう。ありうる!

 ってか、柄が部屋から飛び出てるんですけど。ホント冗談みたいな大きさだ。

『ほれ、準備はできたぞ』

「ああ」

 この部屋の天井はそんなに高くはない。おそらく3メートル弱くらい。
 完全に持ち上げた場合、確実に天井に突き刺さると思うんだけど、おそらくサカキさんもそこまで上がるとは思っていないのだろう。私もそう思う。

 シズクは包丁の前まで行くと、丸太ほどもある柄を両腕で抱きしめた。

「ぐっ! ぐぎぎぎ……」

 シズクの額には血管が浮き出て、それと同時にギリギリと音が聞こえてくる。
 歯を食いしばっている音ってこんなに大きく出せるんだ。折れないか心配だ。

 そんな必死のがんばりにも関わらず、包丁はびくともしない。そりゃそうだ。たぶんだけど、目の前の包丁の重さは最低でも何百キロ、下手したらトンクラスなのだ。
 一介の女子高生に持ち上げられるはずがない。

『もういい。諦めい。気持ちは伝わったが、無理なもんは無理じゃ』

「ハァ……ハァ……」

 シズクは肩で息をしている。
 額にはびっしりと珠のような汗が吹き出ており、それがそのまま滝のように顔を伝い、地面へと落ちていった。
 あの一瞬でこれだけ汗をかくってことは相当がんばったんだろう。

『はぁ……ここまで必死なやつは久々に見たわい。しゃあない。こいつは嬢ちゃんのために取っといちゃる。力をつけてまたくるんじゃな。それまでは、施設のランクは落ちるが別の場所で【ワシ屋】をやるとするかのぅ。まぁ元々自分で撒いた種じゃしな! ガッハッハ!』

「最後に!」

 豪快に笑い飛ばして終わりにしようとするサカキさんを前に、汗だくのシズクは大声でそれを制止した。

『ん?』

「最後に、1つだけ! 別の方法を試してもいいか?」

『ああ、別にそれは構わんが……おそらく徒労に終わると思うぞ?』

「やれることは全部やりたいんだ……頼む」

『……わかった。好きにするがええ』

 シズクは息を整えたあとゆっくりとした動作で指を左から右に、その後、下へと振り下ろした。

 ……あ!

『なんじゃ!?』

 さっきまで目の前にあった巨大な包丁が一瞬の内に消えた。
 そして、次の瞬間――

「うん。サカキさん。やっぱり俺の思った通り、こいつは最高にいい武器だ!」

 ――そこには包丁を担ぐシズクの姿があった。


鉄換算でいくとホントは70tくらいあったりします……
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