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この晴れゆく想いの在る場所




 翌日、俺たちはテーゼの転移能力で無事エノーへ戻った。

 人数は増えたが転移の精度は問題なかった。

 エノーはテーゼがすでに”経験”した場所だからだそうだ。


 一方、各国の代表者会議の方はスムーズに進んだらしい。

 明日の昼過ぎには各国代表者が自国へ向けて発つという。

 俺がいない間カトレアのそばについていたセラスによると、


『姫さまの進行が大変、見事でございました』


 ツィーネのアシストも光っていたとか。

 おかげで、大枠はつつがなくまとまったようだ。


「残るいくつかの議題を明日の午前に話し合い、細々としたものについては後日調整するそうです」


 夜――俺は今、自室でセラスと過ごしている。

 ピギ丸とスレイはおらず、二人きり。


「それにしても驚きました。まさかエリカ殿がこちらへ来られるとは」


 セラスもエリカが一緒に来たのには驚いた。

 しかしそれ以上に、再会を喜んでいた。


「そういやエリカは、最果ての国の連中にはまだ会ってないんだったか」


 エリカとしては、


『だってゼクトがいるならともかく、エリカと面識あるのなんて一人もいないでしょ? 伝説のあの人、みたいに扱われるのもねぇ……そういうのエリカ、あんまり趣味じゃないの』


 らしい。

 なので、リィゼたちにはまだエリカを紹介できていない。


「――ところで、トーカ殿」


 セラスは両手を膝の上で揃え、背筋をのばした姿勢で椅子に座っている。

 その空気に、変化があった。

 ……表情から緊張しているのがわかる。



「戻ったら大事なお話があるとおっしゃっていましたが――それは、どのようなお話でしょうか」



 ベッドに寝転んでいた俺は、上体を起こす。

 立てた片膝の上に右腕を置き、


「おそらく明日か明後日には、勇者たちの送還の儀が執り行われる」

「はい」

「だが……」


 俺は――それを伝えた。




「俺は、こっちの世界に残る」




 セラスは、


「……え?」

「実は聖や十河には、エリカの家に行くより前にもう伝えてあった。ただ、他に伝えたヤツはいない。イヴやロキエラにも、まだ話してない」


 昨日、エリカはそこを聞こうとしたのだろう。

 異界の勇者である俺もやはり帰還するのか、と。

 しかし何かを感じてか、あのあとあれ以上の追求はなかった。


「それ、は……トーカ殿は――その……だって――」


 ……やっぱりか。

 セラスは、俺が元の世界に戻ると思っていた。

 ここ数日どこか覚悟を噛みしめる様子だったのも。

 それならば、頷ける。


「まずは、理由を聞いてくれるか?」


 俺はまず、聖に以前話した内容を伝えた。

 ぼかすところは、ぼかした。

 変なところでセラスは悩んだりするしな……。


「し、しかし……ッ! トーカ殿はっ……あなたは……」

「今日まで迷いが生じるくらいには、悩んだってことさ」

「――――、……」

「聖と十河に伝えたあともな……実を言うと、少しだけ迷ってた。だからこうしておまえに伝えるまでは、まだ決めかねてたってのが本音だ。そう……そりゃあ、会いたいさ」


 俺だって。

 あの人たちに。

 お礼を――気持ちを、伝えたい。

 一緒に、いたい。


「だけど戻るなら、あっちの世界で生活しなくちゃならない。実の親が行方不明な以上、俺は


 高校を卒業後、ひとり立ちすることはできる。

 あの人たちと、離れて暮らすことはできる。

 が――叔父さんたちと関係を完全に切れるわけではない。

 たとえばもし俺がその後の関係を拒絶すれば。

 叔父さんたちはきっと、心配する。

 心配、してくれる。

 あるいは……

 自分たちに原因があったのかと自分たちを責めるかもしれない。

 ――ありうるのだ。

 あの人たちなら。

 そんなのは――嫌だ。

 といって、俺がそばに居続ければ。


 の血を色濃く受け継いだ俺は――


 共に生きるにきっと、耐えられない。


 ならば――

 実の親と同じく三森灯河も”行方不明”のままが、最適解なのだ。


 俺があいつらの血を色濃く受け継いでいる事実。

 皮肉にもこの復讐の旅は、それを証明した。

 おかげで俺の中に確かな自覚も生まれた。

 だから、


「会いたいが……このまま会わないのが、最適解なんだよ。最善じゃないが――最適なんだ」

「トーカ、殿……」

「もちろん俺が叔父さんたちに伝えておきたいこと……俺の気持ちは、元の世界に戻った聖が伝えてくれる」


 ……ちなみに、だが。

 周囲には内緒で俺と聖が付き合ってた設定でいく予定らしい。

 まあ……そのくらいの間柄じゃないと、高雄聖である必然性は付与できないか。


「あと、聖の母方の家ってのがだいぶ特殊な家らしくてな。万が一があった時は、必要なら実の親の方の”対処”もしてくれるそうだ」

「…………」


 それでも――セラスは。

 浮かない表情をしている。

 面を伏せ気味にしたその表情は。

 罪悪感を抱いている風にも映る。

 俺は苦笑し、聞く。


「俺がこっちに残るのは、嬉しくないか?」

「! い、いえ――そんなことは! そんなことは、あ、ありえません! そんなことは……決して……決して!」


 椅子から立ち上がったセラスは、右こぶしを胸に添えた。

 握られたそのこぶしは力強いが――震えている。

 歪曲されて気持ちを受け取られるのが何より恐ろしい――

 歪んだ誤解を生まぬため弁解しなくては、と。

 必死に縋ろうとするみたいな、そんな顔をしている。


「……安心しろ。おまえの気持ちはわかってる。それにな……」


 ベッドから離れ、セラスの前に移動する。


「おまえとも色々約束しただろ? 約束は、果たさないとな」

「わ、私は――」


 俺は視線を落とし、微笑む。


「叔父さんと叔母さんのことを、俺がどんなに想ってるか……おまえはそれを、もしかしたら俺と同じくらい理解してくれてる――俺からすれば、それで充分だ」


 もう一度、言葉を重ねる。



「充分だよ」



「――ッ、トーカ、どの……ッ」


 溢れた思いが、ついに染み出してきたみたいに。

 セラスの目端に、涙が滲み出てくる。


「よろしいの、ですか……ッ? それで――あなたは……」

「あとな……叔父さんたちとは、今後も絶対に会えないわけじゃない――かもしれない」

「?」


 確証は、ない。

 ただ、こう言えばいくらか安心はするだろう。

 罪悪感があったとしても、それは薄れる。


「ヴィシスは別の次元軸の世界へ転移する研究をしてた。で、今後ヴィシスの残したその研究をロキエラが突き詰めたり発展させたりすれば、時期をずらして戻ったりとか……そういうことも、できるかもしれないだろ?」

「あ……」


 涙の伝った跡の残るセラスの頬に。

 数本、薄い蜜色の横髪が張り付いている。

 俺はそれを指先でどけてやり、


「さらにエリカが協力すれば、すごい発明をするかもしれない。他にも……【女神の解呪(ディスペルバブル)】を破壊する以外の禁呪の呪文書があっただろ。覚えてるか?」

「あ……は、はい……」


 召喚の禁呪。

 送還の禁呪。


 必要量の邪王素があれば女神に頼らずともそれらを行える。

 元々はヴィシスに頼らず帰還する手段として手に入れたものだ。


「本来なら乱発できない送還の儀。だが……あの禁呪の方は、神族を頼らずに帰還する方法として存在しているかもしれない」


 まあ仮に別モノとして使用できたとして――

 俺のいた世界に続けて戻れるかは、今はまだ不明なのだが。


「まあ、可能性くらいはあるってことだ。けど……今は――」



 セラスの目尻の涙を、親指で、そっと拭ってやる。






「俺はまだ、おまえと一緒にいたいんだよ」






 まるで、暗雲が一掃され――取り払われたみたいに。


 澄んだ晴れ空がセラスの表情に、気がした。


 見開かれた、その空色の目は。

 陽光を反射する雨上がりのあとの水たまりみたいに、煌めいて。

 やがてそこに溜まったものが――溢れ出してきた。


「――――――――トーカ、殿っ」


 セラスが、飛びついてくる。

 抱きとめるように、俺は彼女を受けとめる。

 俺の胸に、顔を埋めるセラス。



「私も……私も、一緒にっ……もっとあなたと……一緒に、いたいです……ッ! 過ごしたいです……ッ! たくさんのものを一緒に見て、もっと……たくさんのことを、一緒にしたいッ! 好きになった人と……こんなにも、好きにさせてくれた人と――――」



 セラスが顔を上げ、その曇りなきまなこがはっきりと、三森灯河()を映す。




「 この世でいちばん、大好きな人と……ッ! 」




「奇遇だな」


 セラスの頬に再び、手を添える。

 ――熱い。

 火照った、セラス・アシュレインの頬が。




「俺も、同じだ」




 こみ上げる感情を噛み締めるように。

 綺麗に揃った白い歯を噛み、そして、薄い唇を一度引き結んで。

 透明な涙が溢れたまま――


 はいっ、と。


 しっかりと、俺と目を合わせて。

 声の震えを懸命に抑えながら、セラスは言った。

 俺は自然と目もとが緩むのを自覚しながら微苦笑し、


「ま……種族の寿命差があるから、一緒に老いてはいけないだろうけどな。それでも……いいか?」


 セラスは胸の前で両手を組み合わせ、


「も、もちろんです! いえ、その時が来るのは寂しい……考えるだけで、胸が張り裂けそうです。でも今は……あなたと過ごす時を――宝物のように、大切にします。大切に、したいです」

「……そうか」


 それにだ、と俺は自分のあごに手を添える。


「普通に考えたらだぞ? こんな美人の恋人と、これからずっと一緒に暮らしていけるんだ。どう考えたって、こっちの世界での生活を選んだ方が得だろ」


 セラスは再び額を俺の胸に預けるようにして、


「――もぅっ」 


 緩く握り込んだこぶしで、ぽんっ、と。

 俺の胸を、叩く。



「あなたは、そういうところ――嘘、ばっかり……ですっ」



 セラスは泣き腫らしたあとの細く、甘い声で言った。

 それから再び、彼女が顔を上げる。



「ただ、一つだけ……一つだけ、言わせていただいてよろしいでしょうか? その……あなたを――否定することに、なるかもしれないのですが……」

「否定? なんだ?」




「違いますよ、きっと」



「違う?」

「あなたの実の親とあなたは……きっと、違います」

「けどな――」

「私は、あなたの実の親を知りません。それでも――なぜか、違うと思うのです」

「それは――」

「いいえ」


 ここは譲らぬと。

 頑なにセラスは、否定する。


「絶対に、違うはずです」


 そう言ってくれるのは。

 嬉しいっちゃあ、嬉しい。

 しかし、


「……そうすると、戻る理由ができちまうんだが」


 すると――かすかに首を傾げ、まるで俺の言葉を包み込むみたいに。

 あたたかい手で俺の気持ちを抱きしめるみたいに、


「それでは――」



 セラス・アシュレインは、微笑んだ。



「あなたがそう思えるようになった時――戻ってみては、いかがでしょう?」



「――――――――」


 ……戻る方法が、まだ確立されたわけでもないんだが。

 それでも、思う。

 何か熱いものに突き動かされたかのように、自然と、俺の口もとが綻んだ。



「…………」



 おまえが、言うなら。



 他でもないが、言ってくれるのなら――



 それでもいいのかもしれないな、と。



 思えそうに、なってしまう。



 あるのかもな……おまえには、そんな力が。



 セラス、アシュレインには。



 フン――と。

 白旗気分で微笑みを浮かべ、鼻を鳴らす。

 そして俺は、


「セラス」

「はい」


 澄み渡ったその空色の瞳に――自分を映し、言う。






「ありがとな」








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― 新着の感想 ―
(*’ω’ノノ゛☆パチパチ
勝手な感想になります。 >セラスの目尻の涙を、親指で、そっと拭ってやる。 セラスの涙を拭うシーン、張り付いた髪を除けたあと涙を拭ったのが親指以外だったら一旦トーカが髪を除けた手を離してから涙を拭っ…
こんな長編大作を無料で!! 心温まるエピソードに仕上げてくださり本当にありがとうございました!
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