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いつか咲くための笑顔



 そこで、俺はあることに気づく。

 しかしそれを指摘する前に、


「で――もしかしてそちらが、例の神族さん?」


 俺たちのそばまで移動していたエリカが、尋ねた。


「テーゼと申します。エリカ・アナオロバエルですね? そなたの話は聞いています。神族を弱体化させ、さらに、神級魔法使用に必要な器官を閉じる魔導具を作り出したとか」


 腰に右手を添えたエリカがジト目になり、冷や汗を垂らして俺を見る。


「……なに? エリカ、危険分子として消されちゃうわけ? きみたち、そのために来たの?」

「だとしたら、連れてこねぇよ」


 俺の否定にテーゼが続き、


「わたくしはそなたを評価しているのです。ロキエラも感心していました」

「あなた、偉い神族なのだったかしら?」


 いくつかの情報は使い魔のリズを通し、事前に伝えてある。


「立場上は偉いかもしれませんが、ヴィシスの悪行を見落としていたのでそんなに偉くはありませんよ。をしでかしてしまったと、反省はしていますが」

「…………」


 俺たちの沈黙に、テーゼが「?」と首を傾ける。


「……何か?」


 別に、ウケ狙いで言ったのではないらしい。

 エリカが険しい顔で、


 ”今の、どう反応すればいいわけ?”


 視線で助けを求めてくる。

 俺は、


「ともかく――リズを通してもう知ってるだろうが――その悪行三昧だったヴィシスは、ほぼ生涯と呼んでいい長い時を、死ぬほどの苦しみと共に過ごすことになった。エリカの協力のおかげでな」

「ブザマに散った?」

「ああ。死ぬほど、ブザマだった」

「そ――なら妾もがんばったかいがあったわ。イヴも、お疲れさま」

「うむ、そなたもな。それに、これでようやく”禁忌の魔女”とも呼ばれなくなるであろう」


 その時、


「あのっ……お話し中すみませんトーカ様、エリカ様っ……ニャキちゃんにおうちを案内してあげたいのですが、よろしいでしょうか?」


 エリカは手を添えた腰を軽く捻り、


「困った子ねぇ」


 そう言って、


「ここはもうリズの家と言っても過言じゃないんだし、そのくらいのことでいちいち許可なんか取らなくていいのよ?」

「エリカ様っ……、――あ、ありがとうございます! 行こ、ニャキちゃんっ」


 リズはニャキの手を取り、いざなう。


「は、はいニャ!」

「おねえちゃんも、ほら!」


 イヴが俺を一瞥。


「行ってやれ。こっちの話は、こっちで済ませておく」

「すまぬ」


 言って、階段を楽しそうに駆けのぼるリズたちを追うイヴ。

 そして俺は――さっき指摘できなかったことを指摘した。

 エリカは今、家の中へ向かう三人の後ろ姿を見ている。


「エリカ」


 視線を三人の背から外さぬままエリカが、


「ん? なぁに?」

くち

「口?」




「今、笑ってる」




 エリカが――指を二本、緩んでいた口の端に添える。


「あら……ほんと。そっか……そうね、そうだったわね。妾が笑うのは、ヴィシスが再起不能なくらいこてんぱんにされた時――きみには、そう伝えていたわね」


 自分が笑えていることに気づいていなかった。

 そんな反応である。


「ヴィシスが倒された話は、リズからすでに聞いてたんだろ?」


 エリカが、意味深な微笑みを向けてくる。


「エリカの”笑み”を最初に拝める栄誉は、ヴィシス打倒最大の立役者である蠅王殿と再会した時に、取っておいてあげようと思ってね――ってのはまあ、嘘で……って、そういえば嘘を見抜けるセラスがいないじゃないの」


「テーゼ様の力を借りた今回の転移には人数制限があってな。今回、セラスは留守番だ」


「そっか。ま、話を戻すと――ヴィシスがその浄化回廊ってのに送られたとリズに聞いた時から、もしかすると妾はもう笑うようになっていたのかも。でも……どうかしら? リズが指摘しなかったってことは……今が、初めてだったのかもね」


 リズはリズで、笑わないエリカに慣れている。

 だから違和感もなかったのだろうか。

 笑わないからといって、別に優しくないわけではないのだから。


「さっきニャキを抱き締めるリズを眺めてた時、もう微笑みを浮かべてたぞ?」

「あ、そうだった?」

「自覚、なかったのか」

「そうねぇ……でもやっぱり無意識のうちに、トーカとまた会う時までやっぱり笑うのは取っておこうと思ってたのかも?」

「その方が、いいな」

「え? なにトーカ? 急に、自意識過剰?」

「いや――ちゃんと笑えてるエリカ・アナオロバエルの方が、いいと思ってな。なんつーか……なかなか、似合ってる」

「笑止」


 俺は苦笑し、


「それはもう、いらないだろ」


 するとエリカが――くすっ、と小さく微笑んだ。

 それから顔を上げ、俺と向き合う。

 そして、





       「 確かに、そうねッ 」





 満開の――笑顔を、咲かせた。



 エリカ・アナオロバエルは。

 気兼ねなく、思いっきり心から笑うと。



 そうか……こんな風に――――笑うのか。



 どうやら、と俺は笑みを浮かべる。



「わざわざ見にきた価値は、あったらしい」





     ▽



 何よぉそれぇっ、と肘打ちで俺の脇腹を小突くエリカ。

 が、小突きつつ魔女はにやけている。

 ……照れ隠しだな。

 と、エリカが姿勢を戻す。


「ところでトーカ、きみは異界の勇者なわけだけど――、……って、あのテーゼっていう神族はあそこで何してるの?」


 見るとテーゼが聖霊樹――聖樹に手で触れていた。

 しかし俺たちの視線に気づいてか、こちらへ戻ってくる。

 テーゼはエリカの方に顔を向け、


「エリカと呼んでも?」

「あ――ええ」

「実は、そなたに頼みがあるのです。ここへ来るのが決まったあと、ロキエラというもう一人の神族と話しました。話し合いの結果――ロキエラがそなたを、補佐役として迎え入れたいと」

「妾を?」

「当然ですが、ヴィシスが消えたからといって今後の根源なる邪悪の脅威がなくなったわけではありません。すなわち、勇者召喚の儀を執り行う代わりの神族が必要となります。そして、ヴィシスの座を引き継ぐ神族をわたくしはロキエラにと考えています」


 ある程度、予想はしていたが。

 そうなるか。

 テーゼは、続ける。


「しかしロキエラはヴィシスとの戦いでかなり弱体化しており、神族としての力の行使については当面、最低限の役割を果たすのが精一杯でしょう」


 テーゼは微笑み、


「そなたの知識や知見、才能は、あのヴィシスが疎ましく思ったほどだそうですね? 特に、こたびの戦いで使われた魔導具に至ってはまさかの神族の器官にまで干渉を及ぼすものでした。わたくしとロキエラは、その才を買っているのです」


「……引き込んでおいてある日、危険な存在として突然グサリッなんてのは勘弁なんだけど。ヴィシスの時にそうだったから、ここに逃げ込んだわけだし」


「神族に干渉するほどの神器級魔導具を作れるダークエルフ……確かに、神族の中にはそれを危険視する者もいるかもしれません。ですが、天界序列二位であるわたくしの麾下という扱いであれば、いざという時に庇うことができます――いえ、必ずやそなたを守ると誓いましょう」


 コントロール下にあるから大丈夫だ、と。

 好意的に捉えるなら――

 先んじて天界から危険視される可能性を潰しておく、とも取れる。


「今回のヴィシスとの戦いについては報告が必要となるはずです。その際に神級魔法の使用の有無をつつかれた場合、隠し切れないかもしれません。その時、わたくしの目の届く範囲で”協力者”として働いてくれている……こう説明すれば、いらぬ問題視は避けられます」


「失礼ですけど――あなたたちの側に都合のいい話ね」


「あ、いえ……もちろん引き受けるつもりがなければ諦めます。そなたの存在は隠す方向での努力はしてみます。ただ――ロキエラに力を貸してもらえたら嬉しいのは、事実なのです」


 エリカが俺の方へ視線を滑らせ、


「そのロキエラって神族、信用できるんだったかしら?」

「一応、俺のお墨付きではある。あと――ヴィシスとは相性最悪だったらしい」

「……それなら、信用できそうね」


 テーゼが嬉しそうに、


「あら、それでは――引き受けてくださるのですか?」

「気持ちとしては」

「き、気持ちとしては……? 断る時の定型句……やはり、難しいですか……?」

「そうじゃなくて、ですね」


 エリカが聖樹を見上げる。


「妾はこの樹の聖霊と、とある契約をしているのです。そのためにこの地を離れられない。だからそのロキエラに協力はできますが……たとえば、使い魔を通すか、あるいはそのロキエラにこの家まで来てもらうことになります。つまり、限定的な協力しかできない」


 ふむ、とテーゼ。


「では、もし聖霊側が契約を破棄したならその問題は解決ですよね?」

「いえ……それはまあ、そうなりますけど……」

「わかりました」


 再び、テーゼが聖樹の前に立つ。

 ……ああ、もしかすると。


 


 あの広場でヴィシスと問答を繰り広げていた時、ロキエラが言っていた。



『主神のオリジン様よりテーゼ様の方が秀でている能力――それが、精霊への干渉力なんだ』



 テーゼは聖樹を見上げ、触れながら何か語りかけている。

 そして――再び戻ってきた。


「契約は、破棄させました」


 エリカはしばらく停止したのち、


「…………は?」

「ですので、そなたをこの地に縛りつけていた契約は破棄となりました」

「いや――さすがにそんな、あっさりとはっ……」


 テーゼが振り向き、聖樹を仰ぎ見る。


「この聖霊はかなり格の高い精霊である一方……とても、寂しかったようです。聖樹が長き時をかけて濾過されるまで”彼女”は遍在へんざいできない――つまり、この地から離れられない。そこへそなたのような長寿の種族が来てくれて、嬉しかったようですね。ただ、どこかで罪悪感もあったようです」


 ……意外と人間的な感性を持った精霊なんだな。

 エリカも同じく、聖樹を見上げていた。


「まあ……妾としても匿ってもらったし、いずれはここで静かな余生を過ごそうと思っていたから……納得して契約したのは、事実よ。感謝しているのも、嘘偽りない気持ち。でも――そうだったのね」


「そこでわたくしが、この聖霊と親和性の高そうなこの世界に存在する精霊との”パス”を繋いであげました。通常であれば決して開きえない種類の接続経路(パス)です。さらに、大幻術の結界の先にいる彼女と同格の精霊とも繋げてあげました。遥か昔にその精霊と”会話”できなくなったのが、何より寂しかったみたいですから」


 ……大幻術の結界の先、か。

 エリカが「え?」と、降って湧いた事実認識に戸惑った反応をする。


「本当に契約が……破棄、されてる……? 嘘でしょ……こんな、ことって……」


 聖樹に語りかけるエリカ。


「きみは、これでいいの?」


 すると、風が吹いた。

 エリカはそれによって、答えを聞いた反応をする。


「……そう。きみがそう言うなら、エリカはもうきみの決定について何も言わないわ」


 テーゼが、エリカに向き直る。



「いかがでしょう? これで――最も大きな障害は、取り払われたかと」



「……つまり、気兼ねなくアライオンの王都に来いと? あなたは、そうおっしゃっている?」

「はい。できれば、そうしていただきたく」


 テーゼ。

 なんやかやで、やっぱり天界序列二位の神族なんだよな。

 抜け目のないところは抜け目がないし、とんでもない力を持っている。

 俺は、


「どうする、エリカ? 気乗りしないなら断ってもいいとは思うぜ? 現世から距離を取って、ここで今まで通りイヴとリズと暮らすってのも、それはそれでアリだろ」

「そう、ねぇ……」


 やがて……はぁ、とエリカが肩を落とす。

 すると観念したみたいに彼女は「わかったわ」と言った。



「その話、乗ってあげる」



 ただし、と言い足すエリカ。


「イヴとリズの意思を確認してからね。二人が引き続きここでエリカと暮らしたいと願うなら、エリカはここに残る――それで、いいかしら?」


 で――ここで立ち話もなんだし、ということで。

 このあとは俺たちも家の中に入った。

 ちなみに魔法の皮袋で出した酒をいくつかストックしてあった。

 そう、ここを再訪する時のために。

 今日は手土産にそれを持ってきている。

 つーか酒類はレアというか、あまり出てこない。

 俺も飲めないしな……。

 ま、他の飲食物と比べて長持ちするのは利点ではある。

 俺が酒の土産を荷物から出すと、


「トーカ、好きよ!」


 すごい笑顔のエリカに、抱き着かれた。

 ……現金なダークエルフだな。

 そのあとは、軽く食事の準備をした。

 そして食卓を囲む中でイヴにさっきの話をすると、


「――悪くないのではないか?」


 フォークを置き、イヴはそう答えた。

 リズとニャキは隣同士の席で嬉しそうにしている。

 もっと一緒にいられるかもしれない、と思ったのだろう。


「エリカはいずれこの地に骨を埋めるつもりだったとはいえ、まだ外の世界でやりたいことがあったのであろう? ヴィシスのせいでここへ来るのが前倒しになったと、以前ぼやいていた」

「まあ――そうねぇ」

「別段、二度とここへ戻れないわけでもあるまい」


 俺はそのイヴの言葉を引き受け、


「今後一生を捧げて、ロキエラの補佐をやる必要もないだろ」


 確認的に、甘じょっぱい煎餅を食べているテーゼへ問いを振る。


「そうですよね?」

「ばり、ぼり……ウーンこれも美味ひー。あ――ええ、わらくひもほれでよいと思いまふよ?」


 ごくん、と口の中のものを飲み込んでテーゼが続ける。


「ロキエラが神族の力を半分くらい取り戻すまででも、十分です」

「テーゼ様もこう言ってる。だから、来たるべき時期がきたらまたここに戻ってくる――それでも、いいんじゃないか? つーか、ちょくちょく戻ってきてもいいしな。その方が聖霊も、別れが辛くないだろうし」


 エリカが焼酎を自分の杯に注ぎ、


「うーん、それならエリカも気が楽だけど――イヴとリズはどうしたい? エリカとしては、二人次第なところもあるのよね」


 一度、イヴはリズと顔を合わせた。

 リズが頷き、イヴがエリカに向き直る。


「我らとしては――エリカが魔群帯の外へ出るのなら、一緒にゆこうと考えている。ふふ……その場合、さよならはあえてまだ言わぬと言ったイツキが、正解だったことになるが」


 俺はリズを見て、


「今なら二人で、もうなんの気兼ねもなく外の世界で過ごせるしな」


 リズはニャキと手を繋ぎ、笑う。


「はいっ」

「……ってことは、決まりか?」


 エリカに視線をやる。

 はいはいわかったわよ、と白旗をあげるエリカ。


「ま……確かにエリカとしても、外の世界でまだ研究したいことはあるしね」


 で、この日は一泊することになった。

 エリカも出立の準備をする時間は必要だ。

 しばらく別れる聖霊とも、積もる話があるだろう。


 その夜、俺はかつてセラスと二人で過ごした部屋にいた。

 ニャキは、イヴとリズと一緒の部屋。


 テーゼはまだあの卓でエリカと飲み交わしているようだ。

 俺はエリカの酔いがかなり回ってきた辺りで退席してきた。

 エリカも嬉しいのか、今までで一番酒が進んでいた。

 で、席を離れる時に見た光景。

 ヴィシスの悪行を見過ごしていた件で、テーゼにガン詰めしているエリカ。

 テーゼは”ひぃぃいいいい……っ”と青くなっていた。


 そんなわけで今この部屋には、俺一人である。

 まあ、テーゼはエリカの部屋なりで寝るのではないだろうか。


「…………」


 ベッドで仰向けに寝ながら、天井を見つめる。

 この部屋もセラスがいないと、なんだかやけに広く感じるな……。


「……明日、か」


 そうして、俺は眠りについた。




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― 新着の感想 ―
エリカの笑顔は是非とも最終巻の挿絵で見てみたい…というかあらゆる面で考えても絶対に外せない所だと思うので期待値MAXで待ってます。 セラスは連れてこなくて正解でした。 自身がメインヒロインだとしても…
勇者の召喚って、今後も必要なんですかー(*・∀・*)ノ トラブルの元なのでは(´・ω・`)?
なんか凄く穏やか 作者の意地糞悪いかんじから推測すると 穏やかからの…
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