閑話3-大陸へ渡るまでの小話
大陸を渡るために、まず僕らが向かった場所は、一度足を踏み入れた事のあるデニアの街。
ガルドの村からそこまでの間、やっぱり借りていた馬に乗っての移動だったお陰で、本当に楽な旅が出来たと思う。
まあ、それもこれも、僕らに馬を貸してくれたアロウ達のお陰なのだから、彼に感謝しなくちゃね――なんて思ってはいても、実のところ、彼にその言葉を伝えるには当分先になりそうだ。
もちろん、気持ちだけは多大にあるものだから、デニアに着いて一番にしたのはレン神官の居る神殿へ向かう事。
そして、そこで一応の説明をしつつ、ついでにアロウ達へ感謝の手紙を預け、でもって馬を返しておいて欲しいとお願いするなんていう、とんでもなく図々しいことをしてきた僕ら。
でもね、そのくらいはしてもらわなくちゃね、レン神官さま。
貴方には、散々な目にあわされたのだから……てか、思いっきり騙してくれたでしょ?
っていうのは、心の中で呟くだけにしておいた。
もちろん、煩いガルドには餌を与えて黙らせておいたけれど。
レン神官さまは、そんな僕らの図々しいお願いを全て引き受けてくれて、尚且つ僕らに新しい薬草やら何やらをバッグに詰め込んでくれた。
このくらいの事をしてもらっても、実のところ、あんまり悪いなぁなんて思っても居なかったのは秘密だ。
と、まあ、そうこうして、僕らは南の大陸ムールスへ向かうために港へ入る事が出来たのは、王都を出てから約三週間近く経過してからの事だった。
港へ行くと、そこで役人に僕らが大陸を出る事を告げたり、申請したりしなくてはいけない用事もあったのだけれど、その辺は国王陛下からの書状やら書類やらがあったお陰ですんなりと手続きは完了できた―――のだが……その後に知らされた事実により、僕らは目を点にしてしまうことになる。
というのも、国王陛下から直々に連絡が入り、僕らが大陸を渡る際の船を用意してくれているというのだ。
し・か・もっ!
そこには、傭兵になっていたという王城の騎士達が、わんさかっっ!
何でかって!?
そんなのは判りきっている……船が無事に大陸を渡るまでの間、警護するためだっ!
なーーーんにも聞いてなかった僕らは、そんな事を港の役人に聞かされて驚かないわけもなくって……。
でもって、その船を見た時には、僕はその場で引き返そうか?って思う程だった。
何しろ、その船ったら、その辺の豪華な船と変わらないくらいの大きさなのだ。
そりゃ、そんなに豪華だったりするわけじゃないし、華美だってのでもないし、大きいだけって言えばそれまでなんだけど……なんだけどねっ!
「ちょっと……大げさなんじゃないのかな??」
「これは――軍の船か?」
「わーーーい、デケェ船っ!これに俺らが乗れちゃうわけ!?」
ってな言葉が飛び出したのだけれど、誰が何を言ったかなんて説明する必要はないことだろう。
うん――ないよね………。
「国王さまから、直々に用意するよう言い渡された船でございますから、大陸を渡るにも安心出来るような船を選ばせて頂きました」
僕の隣りでは、そんな風に役人がそれこそご満悦とばかりに説明してくれたりしてくれていた。
「メシの心配は!?」
「ああ、ご安心下さい。一ヶ月の船旅でも大丈夫なように、用意させてございます」
嗚呼、ガルド、頼むから――そんな事をわざわざ聞かないでよ……とは、僕の心の叫びだ。
それでも、他にあるだろう大陸を渡る船は、実のところ当分は停泊予定で……出港はしないと聞かされてしまえば、これに乗るしかないのだと言われたも同然で…ここで渋るわけにもいかない僕らなのでもある。
「仕方ない――私達も、早々に大陸を渡らねばなるまい?これに乗っていくしかなさそうだぞ」
なんて、ファースが僕の事を突付きながら言うもんだから大きく溜め息が出てしまうのも当然だと思う。
でもって、だ。
「アンジー、ファース、とっとと来いよ!すっげぇぞ!?」
と、既に船へ乗り込んでしまったガルドが僕らを呼んでしまえば、行かないわけにもいかないのだろう……。
はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……本気で先が思い遣られるんだけど…と思った事は、きっと誰の目にも見て取れた事だろう。
できる事なら―――僕は、もう少し穏便に……でもって、静かに旅をしたかったんだけどな……。
と、船に乗り込んだ甲板で、ひとりごちた僕なのである。
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船の旅は、そう悪いものじゃなかった――いや、当然、悪いものになるはずもなかった。
だって、凄い大きな船で――しかも、至れり尽せりな状態が毎日、続いているのだ。
悪いどころか、楽しいまでの船旅だと言っても良い。
だけど……僕にとっては、ある意味で苦痛な日々な訳で……だって、何もせずに至れり尽せりなんて、僕の性に合ってないのだもの、仕方ない。
ガルドは日々、美味しいものと新鮮なものが食べられると喜んでいるし、ファースに至っては元々の性格なのか判らないけれど、何も文句などないらしく大人しく部屋で本を読んでいたり甲板で日光浴をしてたりする。
それなのに僕だけは、この生活についていけないみたいだ。
護衛の人達は、王城で勤めていたというだけあり、礼儀正しく一歩も二歩も僕らから離れて見守っていてくれる。
時々、剣の稽古には付き合ってくれるものの、決して差し出た行動はとらない……という、本当に良く出来た人達だった。
乗組員の殆どが、王城で仕事をしていたという人達ばかりのせいか、僕には今ひとつ……たぶん、なんだけど息苦しい感じがしているんだと思う。
決して彼らが悪い訳じゃない。
訳じゃないんだけど………何ていうか……とても、堅苦しく感じてしまって……そりゃ、中にはハルみたいに陽気な性格の人もいることには居るのだ。
だけど……そういう人こそ忙しくて、僕らと一緒に居てくれる事がまずない――というか、そういう人達のところで仕事をさせてもらおうと行っても軽〜〜〜っく拒否されちゃって、まるで相手にしてもらえなかったりする。
なので……凄く居心地が悪いこともあるのだ…そう、居心地が悪い……。
元来、僕と言うのは貧乏性なのかも知れない。
何か体を動かしていないと、耐えられない…というか何ていうか……。
あ、言っておくけれど、ガルドのように『なーーんか楽しいことねぇかなぁ?』って言ってるやつとは一緒にしないで貰いたい。
あれとは別ものだから、うんっ。
だけど、本当にこんな生活が一ヶ月も続くのだって思ったら、本当にやり切れなくて。
いつ、胃に穴が開くか判ったもんじゃない!と思うのは、僕だけだろうか?
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一週間は、何事もなく過ぎていった。
毎日毎日、ずーーーっと何もする事のない僕らは、時々護衛さんにお強請りして剣の稽古をつけてもらったり、個人個人で体を鍛えてみたり、そんなことをしながら過ごしている。
だけど、僕らにそれが耐え切れるはずもないとは思っていた。
思ってたんだけどさ……。
「あーーーーーっっ!退屈!暇、暇、暇だーーーー!」
船の甲板で、手すりに凭れながら叫んでいるのはガルドである。
日々の鬱憤からか、随分と大きな声で叫んでいるのが、船の中にある個人個人の部屋まで聞えてきて、さすがに呆れながら出て行けば、乗組員さんに笑われているのにも気付かずに叫び続けていた。
でもって、その隣りには困った顔をしている護衛さん。
「だからさ!俺は別に、難しい事をさせろとは言ってないだろ?!」
「ですから――この船の乗組員は、既に充分過ぎるくらい揃っておりますから……仕事も交代でするくらい楽なんですよ」
「でーーもーー!少しくらいは、何かあるだろ!? なあ…あるだろうおーーー?!」
こらこらこら、ガルド、一体何を駄々捏ねているの?と、思わず顔を顰めて近づいていけば、護衛さんが僕に気付いてホッと溜め息を吐いているのが判った。
でもって、僕の後ろからはファースもやってきており……。
「ガルド……お前は、何をやってるの?」
「………」
漸く僕の出現に気付いたのだろうガルドは、渋い顔をしながら振り返り、そして一唸り。
「だって……」
「だってって……子供じゃないんだから」
「………暇なんだよ!」
そんな事は、言われなくても判ってるよ……部屋からでも聞えてきてたんだから、あんたの叫び声。
なんてことは言わずに、フードの奥から睨みつければ、ついっと視線を逸らすガルド。
でもって、隣りに並んだファースは呆れたように溜め息一つ。
「後一月は、この船の上だ――諦めろ」
と、事も無げに投げ捨てた言葉は、ちょっと僕でも痛かったよ、ファース。
「お前なあ!何で、そんなに何もしないで居られるんだよ!」
「私は、お前のように落ち着きなく出来る方が不思議だ」
嗚呼……ごめんなさい。と謝りたくなるのは、何でだろう?
確かに、ガルド程じゃない自覚はしてるつもりなんだけどな……それでも、ファースの言葉は僕の胸に突き刺さる。
そりゃさ……落ち着きがないのくらいは自覚してるけど……してるんだけどさ……。
「じゃあ、お前は何をしてるんだ?この船の上でっ!」
と噛み付くガルドに、ファースは鼻で笑って答えて見せた。
「午前中は体を鍛えている――今まで、剣など持った事もなかったからな。意外に楽しい事を知った以上、これをしない手はないだろうしな。午後は勉強だ。セイに言われていた精神統一やら、この世界の書を読んでいる」
そう語ってくれたファースに、僕とガルドは思わず呆けてしまった。
いや、確かにそれは――僕らもしてることなんだけれど……うん……。
それだけで、満足出来る、もんなの?ファース……。
「お前――働いた事とか、ないだろう?」
思わずという感じで零したガルドの言葉に、ファースは心外だとばかりに食いついた。
「私だとて働いてきたぞ!?後宮では、あの莫迦な女相手に、毎日毎日、下らぬ話し相手になり、占いをしてやったり」
と、自信満々に言ってくれたファースに、僕とガルドは思いっきり項垂れたのは言うまでもない。
まあね……うん、それも仕事です、間違えないです。
けど――僕らのしてきた仕事とは全然違うわけで……いや、仕事はあくまでも仕事ですから差別は致しませんけれど……。
そんな事を思いながら項垂れていると、近くに居た護衛さんが小さく咳払いをして空気を変えてくれた。
「もし、宜しければ――食堂の皿洗いと、甲板の掃除を手伝って下さっても良いそうですが……」
そう言ってくれた護衛さん。
その護衛さんの言葉に、僕とガルドが飛びついたのは言うまでもないことだろう。
嗚呼、何ていうか、ある意味で、僕とガルドは似た者同士なのかも知れない。
何ていうか…うん、そうだね、貧乏性っていうのかな?
体を動かしてないと、いられないってやつだよね。
けど、それに難色を示していたファースの顔なんか、僕らは全然気付くことなどなかった。
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この船は、一応『商船』と言う事になっているらしい。
と知ったのは、実のところ、この船に乗って三週間も経ってからの事だった。
何しろ、この立派な船だ……僕としては、ある意味で貴族の船じゃないのか?と思ってしまっていたものだから、あんまり気にも止めてなくて…。
けれど、よくよく聞いてみれば、貴族の船であるならば、もっと大きくて全ての部屋も豪華なのだと言う。
それに比べて、僕らの乗っている船は、その殆どの部屋が二人部屋だったし(僕らの部屋だけは全て個室にしてもらってるんだけど……)、船倉もかなり広く作られ、その中には様々な商品らしい物も積み込まれていたりする。
まあ、僕は船の事など何も知らないし――というか、僕だけじゃなくてガルドもファースもなんだけどさ……だから、その話を聞いた時も『ふーん』としか答えられなかった。
だ・け・ど!
そこには重要な事も隠されていたりする。
実は、僕らが陸に降り立った後、彼らも一緒に宿屋へ数日は宿泊するらしいのだ。
というのも、僕らが始めての船旅をすることもあり、船酔いが無い場合にはその後の方が怖いらしいという。
「ですから、我々が護衛としての責務として、そこまではお手伝いするよう言い付かっているのです」
そう言ったのは、護衛隊長だというディン。
彼は何かと言うと、僕らに一々助言してくれる、本当に心強い人でもある。
「だけど――そうなると、商売をしなくちゃ…なんじゃ?」
「いえ、その辺は大丈夫です。一応、この船員達は商船で仕事をしていた者達ばかり。なので、商品は彼らが請け負い、仕事をしてくれる予定になっております」
僕の問い掛けにも、本当に気遣いある言葉で返してくれる辺り、本当に良く出来た人のようで……だけど…そこまで甘えて良いものなのだろうか?とさえ、不安になる。
と――。
「せっかく違う大陸へ行くのです。少しくらい羽を伸ばす事も、観光とかもさせて下さい」
なんて苦笑交じりに言う彼には、もう何も言い返すことなど出来ないだろう。
というか、本当には早々に帰りたいのだろうに……そんな言葉にも、僕らへの気遣いを感じずにはいられない。
仕方なく、その気持ちを受け入れる事にした僕。
それを聞いていたガルドは……。
「俺も観光しまくりたいっ!なあなあ、ファース!お前の国の美味しい物は何だ?!」
「「「………」」」
これには、僕ら全員が黙りこくるしかなくて……ねぇ、ガルド、君は一体何しに行くか、忘れてないよね?
そう思う僕は、間違っているだろうか?
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「ムールス大陸は、ミードよりも気温が高いからな――私達のような人間が身を隠す為のマントは、今までのとは変えないとマズイだろう」
ファースが、そう言って僕らにムールス大陸の情報を教えてくれる。
既に商船ということもあり、多くの荷物を持ち運んでいた船の中には、それらの用意もしてくれてあって、本当に何から何までという感じ。
「春先のマントを用意したのだけれど、それでは暑いですか?」
「いや、今の時期なら大丈夫だろう――だけど、長い時間は無理だと思う。4月にもなれば、ミード大陸で言うところの夏と同じくらいの気候になるからな」
そう言いながらも、品物を検分するファースは、実に心強い存在と言える。
なるべくマントは濃い色の物が無難なのだけれど、ムールスではそっちの方がかえって目立つらしく、その土地に見合う色を探し出す。
貴族は、煌びやかな色を着る事が多く、一般の民が普段身につけているものは華やかそうな色ばかりだと言うムールスでは、ミード大陸とはまるで違っているらしい。
旅をしている者でも、着ているのは明るく華やかな色ばかりを身につけているらしいムールスとは、一体、どんな大陸なのか――。
「あの大陸は、ある意味で腐っている――神殿など、既に打ち捨てられたも同然だし、神官どももミードのように信心深くないしな……それに、神の使いとかいう竜のことなど、疾うの昔に忘れ去っているだろうな」
投げつけるように言うファースは、自分達の存在もまた打ち捨てられたも同然と嗤う。
精霊と妖魔は、ムールス大陸にとってはお飾りにも似た存在なのだ――と。
「我らの大陸では――精霊も妖魔も、子供の頃から未知なる存在だが大切な祖だと、そう教えられている。我ら人間よりも古くから存在する……と」
護衛隊長が唸るように言うと、ガルドが鼻で嗤いながら『その癖、半妖、半精霊は敵と見なすんだよな』と投げつけた。
すると、護衛隊長は渋い顔をしながらも『神殿へ出かけている者達であるなら、そんな事をする人間にはならぬ』と、そう漏らす。
それを聞いて、僕は確かにそうだろうとは思ったのだけれど……それでも、人間というのは元々が欲深く、そして狡いものだとも感じられた。
だって――元々は、僕らの祖だと言いながら、彼らを結界の森へ追いやったのは人間なのだ――そして、その大切な者達が愛した証を平気で殺すことも苦じゃないのだから。
「まあ、それは良いさ――そんな事より、ムールスの大陸では中に着る物も随分と身軽くしないとならない。お前達も、早く見繕え」
そう言うファースは、やっぱり元から人間を信じてない部分もあるらしい。
まあ、それだけの仕打ちをされてきたのだから判らないでもないけれど、それに比べてガルドは随分と気軽いなとも感じられた。
それもそのはず――彼は言ったのだ。『自分の中にも人間の血が半分入っているのだ』と。だからこそ、人間は嫌いだけれど憎みきれずにいるのだと……。
だけど――ファースも実のところ、最近ではガルドと同じように感じられる事が多くなっている。
彼女もまた、半精霊として――人の血を受け継いでいるのだから、少しずつだけれど変わってきているのかもしれない。
結局のところ、そんな話をしていたせいもあってか、僕らの洋服選びは難航しまくっていた。
大体において、僕らはあまり派手な色を好まない性質なのだ。
ガルドは『俺はこの色が好きだ』と言い張って、深い緑のマントを手放したくないようで……だけど、それは僕も一緒だったりするんだよね。
確かに、最近は船の上でもマントを着ていると少しだけ暑く感じる事がある。
それは、段々とムールスに近づいている証拠とも言えるけれど、何よりも南へとやってきたからと言える。
ミード大陸では、まるで春の季節を感じさせるような、そんな温暖な気候。
ちょっとだけ、先行きが不安になりつつある今日この頃。
出来ることなら――ファースの見た目と同じくらい、綺麗だったら良かったのに……。
「結局、その色で落ち着いたのか」
そう言われてファースを見やれば、呆れたように嘆息されてしまった。
だけど……仕方ないじゃないか……僕らは、派手な色が苦手なんだから…ファースとは違うんだよ。
と、思ってた事は、どうやら僕の表情を見ただけで理解出来たらしい。
思いっきり冷たい視線を投げられた僕とガルド。
「お前は、その容姿だから似合うかも知れないけどな――俺達は、控えめな性格と容姿をしてるんだよ」
と唸りながら言うガルドは、結構本気で言ってるつもりらしい。
けれど、それは説得力がないと思うんだけどな、ガルド。
で、僕らが選んだ服は、全てが無難な色ばっかり。
淡い緑だったり青だったり――。
それに引き換え、ファースの選んだ色はオレンジだったり黄色だったりと、明るい色とはいえ、かなり派手な色ばっかりだった。
「お前、本気でそんな色を着て旅するつもりか?」
「――言っておくが、これがムールスでは普通の事だ」
そう言ってたファースの言葉を、本気に取るものは今の船には存在しなかったけれど――港へ降り立った瞬間、僕らは真実だと知ることになる。
船乗り達でも、知らないムールス大陸――。
一体、どんな大陸なんだろう???
少し長めですが、いくつかの小話を詰め込んであります。
あと1話で、ミード大陸の蒼竜は完結となります。




