閑話4-王女の初恋?の小話
「どうしてなのかしら――」
「どうしました?ノルさま」
知らぬうちに零れていた言葉――それを聞き逃すことなく、拾って問い掛けてくれたのは、子供の頃から私に付いてくれているエイル。
何時も、何があっても、私の味方で居てくれる頼もしい人。
「私――結構、あの方の事を好いていると思っておりましたのに……」
「はあ……何の、お話でしょうか?」
「だから――アルスの王子の事ですわ……」
「あら」
「私なりに、好いているつもりでおりましたのに……婚約破棄をされてしまったというのに、まるで傷付いておりませんのよ?可笑しいと思いません?」
そう聞いてみれば、エイルは苦笑するだけで返事らしい返事はくれなかった。
それどころか、少しだけ視線を逸らしてしまって……。
本当に…もしも、判っているなら教えてくれても良いのに――。
アンジーが、この王都から離れて三ヶ月が過ぎた。
その間、本当に色んな事が一気に進んでいって……けれど、それなのに私の婚約だけは勝手に破棄される事に……。
確かに、予定であれば既にアルス国に入りお披露目会やら、結婚式やら、当然だけれど終わっていても可笑しくない頃。
ですけれど、我が国も色々とあり、その事は既に相手にも報告済みだというのに、アルスの王子は私との結婚を一方的に放棄されてしまった。
それには――彼なりの理由があるとのことでしたから、私も深く追求するつもりもなく、それなりに落ち込みはしましたけれど、それ以外の感情はまるでなくて……。
お詫びと称し、様々な金品を送り付けられはしましたが、どれもこれも興味のないものばかりだったから、父と兄に頼んで送り返してもらうことにしたのだけれど、どうやらそれで私が傷心からそうしているのだと勘違いした相手国の王や、兄達が必死に言明してきてみたり……実のところは、全然違うのですけれど――。
単に、あまりにも派手なものばかりで、私の趣味ではなかったから送り返しただけ。
それなのに――本当に、あの方達と来たら……。
「あら、ハルですわ。そろそろ、お時間のようですわね」
何時も以上の笑みを見せるエイルに、私は首を傾げつつも、ハルが来た方向へ目を向けてみた。
すると、彼は何時もの服ではなく、王城でよく見かける兵士の服装で……しかも、その胸に付けている紋章は――。
「ハル――それは……」
「本日より、正式にノル王女付きに任命されました。今後とも宜しくお願い致します」
どうやらハルは、私専用の警護兵に任命された様子で……でも、今までだって私にずっと付いててくれたのに、今さらな気がしないでもないのだけれど――。
しかも、その挨拶ときたら、今までとは違って全然気さくじゃないし……何で、そんな他人行儀な言い方をするのかしら……。
思わず膨れっ面をしてみせても、ハルの態度は変わらなくて、妙に一歩も二歩も置いた位置で私に挨拶をしたままの態勢を崩す事は無い。
それが余計に腹立たしくて……。
「ノルさま――ハルが挨拶をしてるのですから、ちゃんと返さなくては彼も顔を上げられませんですよ?」
なんて、隣りに立っていたエイルが言うのだけれど、私はそれでも返事なんかしたいとは思えなかった。
だって――いつものハルは、もっと気さくで大らかで――その場を和ます役目を持っているのに。
こんなの……全然、楽しくない……。
「ノルさま……お拗ねになるのは判りますが……今だけは挨拶を返して差し上げなくては……ね?」
こっそり耳打ちでエイルに言い聞かせられ、仕方なく『宜しく』と返事はしてみたものの、ハルは顔を上げてもどうやら態度を軟化させてくれる兆しはまったくなし。
何で、こんな態度なの……?
何時もの、あの大柄な態度はどこへ行ってしまったの……。
思わず悲しくなって、その顔を誰にも見られたくなくて、何時もではあり得ない行動に出てしまった私。
だけれど――エイルは追いかけてくることもなく、ハルに至ってはその場に立ち尽くしている状態。
もぉ……何でなのぉ……。
部屋に戻って、一頻りクッションに当り散らした後、どうにか気持ちも落ち着き始め、そうすると、どうしてそんな事をしていたのか?という疑問が湧き出した。
今まで、こんな風に自分の感情が怒りへと変わることは、そう多くなかった。
確かに――アンジーと出会った頃、兄であるアロウが取った態度に怒りを感じて、彼を怒鳴りつけてしまった事はあったけれど、それ以上には――嗚呼、無いわけでもないかしら。
けれど、それでもこんな風に何だか判らないモヤモヤとした感情を持ったのは初めての事で……。
「ノルさま――そろそろ、お夕食のお時間ですわよ?」
エイルが扉の向こうから声を掛けてきたけれど、何となくモヤモヤした感情がまだまだあって、素直に返事をすることが出来なかった。
けれど、彼女は気にすることもなく、堂々と部屋へと入ってくる。
「まったく――いつまで経ってもノルさまはお子様なのですからね」
なんて意味深な笑みを見せながら言ってくるエイル。
その言葉に、ムッとはするものの、何だか当たっているだけに言い返すことが出来なかった。
だけど――そこまでは子供じゃないつもりですのに……。
「そろそろ、ご自分のお気持ちに整理をつけなくてはなりませんね」
エイルはそう言いながら、ベッドに突っ伏している私の髪を優しく撫でてくれた。
「気持ちは、整理してありますわ……」
「それは――あのアルスの王子のことですよね?」
と言われて、普通にそうですと返せば、それとは別の気持ちですよと笑われてしまった。
だけど、私にはその時、エイルの言っていた意味がまるで理解出来ずにいたのだ。
数日後、何時ものようにハルが私の警護に付き、庭で散歩をしている際の事。
本当なら、ここ数ヶ月、ハルが隣りで楽しい旅のお話やら何やらを聞かせてくれていたのに、今では全然そんなこともなくなってしまって……すっかり変わったハルの態度に今も苛々としていた。
だけど、今日は少しだけ気持ちが違っているのも本当。
何しろ、今日は二人きりでの散歩で――私が声を掛ければハルも返事をしなくてはならないのだ。
だから、色々と質問責めにしては、様々な会話を紡ぎ出す。
ハルも、決しておしゃべりが嫌いな訳じゃないことくらい、この数ヶ月で確認済み。
だから、散々、話を振っては会話を成り立たす事が出来るのだ。
そして――つい、先日、気付いてしまった事――。
私は、あの王子に恋をしているつもりで居て、本当には決してそんな風には思っていなかったこという事実。
だって、婚約破棄を言い渡されても、それなりのショックだけで終わってしまうなど、本来ならあり得ないこと。
ましてや、大国の王女という身分の私を蹴ってしまう王子の態度に、怒りを感じても可笑しくないとも思う。
それなのに――少しだけ、ホッとしていた。
嗚呼、結婚などしなくて良いのだ――と。
そして、その代わりに気付いた、もう一つのことは―――――。
私が、どうやらハルに対して、少しだけ他の人には感じないものを持ち始めているということ。
彼が他の侍女と仲良く話をしているのを見ると、胸がキリキリと痛んだり、私には見せなくなってしまった笑顔を他の誰にでも向けている姿を見ると、ムカムカきたりする。
それが何であるのか、鈍い私にでも判るというもの。
それは――嫉妬。
気付いたのは、まだ先日の話だし、まだまだ自分が本当にはどういう気持ちでハルを見ているのかは判っていない。
だから、もう少しだけ様子を見るつもり。
だって――こんな事は初めての事だし……それに、まだ私にはハルという人を知り得るには日が浅すぎる。
それに――ほんの少しだけ、こんな風に感情が浮き沈みするのも、楽しいと思えるのだ。
今までは、こんな風に感じる余裕なんか、一つもなかったのだから……。
でも、エイルにだけは、ちょっとだけ報告しておいた。
だって――彼女は、私の大切な大親友。
だから、こっそり言っておいたのだ。
『私、もしかしたらハルの事を好いているのじゃないか?と、個人的な感情を持っているのじゃないか?と、そう思うの』
そう打ち明けた時のエイルは、もう嬉しそうに笑って『そうですか。それは素敵な事ですね』って言ってくれた。
それが余りにも嬉しくて――あまりにも幸せで……。
もっと、自分の気持ちが定まってきたなら、先に兄のアロウには報告するつもり。
けれど、本人にはまだまだ言わない。
だってね――こんな素敵な気持ちを、もう少しだけ堪能していたいのですもの。
ずっと――こんな風に幸せを感じることなどなかった自分だから…。
「ハル、ではアンジーと出会ったときのお話を聞かせてくれませんか?」
ハルは、もう何度も話したでしょうと笑いながらも、けれど嫌な顔をすることなく、アンジーとの出会いを話し聞かせてくれることだろう。
それを聞きながら、私も思うのです。
このハルと一緒に居られる時間が、どれだけ長いものになるのかは判らないけれど、その時間を惜しむことなく、大事にしていきたいと――。
アンジー、早く無事に戻っていらして。
きっと、その時には、素敵なお話を一杯聞かせられると思うから。
貴方のお話だけじゃなくて、私のお話も聞いて下さいね。
嗚呼、恋のお話も――それから、この城で起きている、たくさんのお話も――ね。
これにて、孤独な竜【第一部】ミード大陸の蒼竜を完結とさせていただきます。
読んでくださった方、本当にありがとうございました。




