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大神殿の奥、ファースの眠っている場所へ行くと、そこにはあの癒しの籠の中で、まだスヤスヤと眠る彼女が居た。
けれど、どこか――そう、大神官さまが言うように、彼女の気配が感じられるのだ。
それは――そろそろ、彼女の心が癒えているのだ、という証拠だ。
けれど、そんなに簡単にいく事なのだろうか?
元々、彼女の恨む心は根強いように思えた。
あの話を聞く限りでは、間違えなく王族を呪い殺してしまうくらいには…。だって、彼女がこの国へ来たのは二十年以上も前で、そこから計画をジワジワと始めていたのだ。そんなに長い時間を掛けても構わないとすら思えた計画は、それだけ彼女の心が恨みや憎しみで一杯だったということだろう。
それなのに――まだ、一ヶ月程度しか経ってない今、彼女が目覚めるというのだ。
余りにも、早すぎるのじゃないだろうか?と不安になっても、不思議じゃないだろう。
けれど、僕には少しだけ楽観視してる部分もある。
実は――ファースの話を竜とした事があった。
ほんの少しだったけれど……王城で、こっそりと竜の間に忍び込み、ファースの話や、ガルドの話をしたのだ。
その時に、彼女の心は癒えるのだろうか?と聞いてみた。
その問い掛けに、竜は呆気なく頷いてくれたのだ。
『あれは、元はこの世界の始まりに居た種族の進化した者――きっと、あれらを守護する者が、その者を癒すに決まっている』
竜は、そう言いながら、僕に優しい息を吹きかけてくれていた。
その息は――僕の心を癒す風。
僕もまた、その事で、少しだけ傷付いていたらしい。
それを知っているのだろう竜は、何時になく優しく温かい感じがしていた。
だから、大丈夫――と感じられたのだろう。
今、正に目の前で、その半精霊が目を覚まそうとしている。それをガルドと大神官さまが、不安そうに見つめ、僕は少しだけ楽観視。ただ、本当には不安が無いわけじゃない。
もしかしたら――目が覚めた途端に襲い掛かってくるかもしれない…とも思っているのだ。
彼女が目を覚ましたと同時に、この籠が消える。消えるという事は、彼女を拘束していたものが無くなるということなのだ。だから――不安が無いわけじゃないけれど、それでも竜の言った言葉を信じている自分が励ましてくれている。
大丈夫、大丈夫――僕らはきっと大丈夫。
あの時――王城へ行く時に思った気持ちと同じ。
大丈夫、大丈夫――彼女はきっと大丈夫。
心の中で、何度も何度も、その言葉が繰り返されている。まるで――竜が励ましてくれているかのように。
そして………。
パチリ――と、ファースが目を覚ました。
まるで、僕らが来ていることを知ってるかのように。
だから――。
「おはよう、ファース……よく眠れた?」
なんて、間抜けた言葉を掛けてしまっていた。
それなのに、彼女は少しも気にすることなどなく、パァッと綺麗な笑みを見せて『おはよう』と返事をくれた。
その笑みは、正しく天使の微笑み――と表現したくなるような、綺麗な美しい笑顔だった。
きっと、そんな彼女の笑みに、僕らは皆して見惚れていたに違いない。だって――誰一人として、言葉を発する事が無かったのだから……。
それからは、色々と大変だった。
今までにあったことや、彼女のやってきた罪、その他諸々。
アロウ達にも連絡を入れたのだけれど、彼女を見た瞬間、殴り掛かろうとするのを止めるのも、また大変だった。
王女も呼ばれてやってきたけれど、こちらは彼女を罵る言葉を必死に唇を噛み締めることで押さえ込んで――もう、本当に様々な感情が入り混じる空間という感じ。
一応、王の許へ行かなくてはいけないという話になったのだけれど、その前に彼女とゆっくりと話す時間が欲しくて、後日ということになった。
けれど――彼女の心は随分と安定していて…あの時の狂気じみた彼女からは想像がつかないほどだった。
「私は――ずっと、悪夢から開放されたかったのかも知れない――自分に起きた事を現実のものとして受け止める事が、どうしても出来ず――その癖、人間を憎むことで、どうにか生きてるという感じだったのだと思う」
そう話し始めた彼女の顔は穏やかで、自分の犯した罪すらも認めていた。
「私のしてきたことは、人間の世界でなら大罪なんだろうな――けれど、私とて許せない気持ちがあったのだ……人間というのは、残酷だ」
うん、その通りだと思うよ。
そう返事をしようとして、ガルドに止められた。
「俺は、悪いけどお前みたいには思えないぞ――俺だって、自分の家族を人間に殺されたけどな」
その告白に、ファースだけでなくアロウ達も固まっていた。
そう――彼だって、もっと傷付いているのだ。
辛く悲しい現実は、ガルドの中にも存在して、大きな傷を作っている。それは、ファースが受けた傷と同等のもの。
ううん、もしかしたらそれ以上のものかもしれない。
「お前の気持ちは判るんだ――人間が嫌いになる気持ちの方だけどな――俺も、人間を好きにはなれない。けど、半妖にだって半精霊にだっているように、人間にだって――良いやつと悪いやつがいるんだ。そのくらい、当然の事として判ってねぇってのが問題なんだよ」
ガルドは、何時になく冷静に、そして真剣にファースへと言葉を紡ぐ。
それを――アロウと王女が、痛々しい顔で見つめていた。
「悪いけど――俺はまだ、アロウの事も許してねぇし――確かに、俺達は一緒の仲間だ。けど、アンジーにしたことは、俺自身が許せてない……それでも、信頼はしてる……王女の事は、友達になったからな。人間の中でも好きだと思う。そんな風に…良いやつと悪いやつでも、上手く付き合うことが出来るんだ……それが、俺達半妖なんだよ」
ファースは、少しだけ俯きながら、けれど決してガルドの言葉を無視なんてしていなかった。
しっかりと聞き入り、そして何度も何度も頷いている。
僕は――そんなファースを少しだけ、見直していたと思う。
そして、ガルドをまた少しだけ尊敬してしまった。
「俺は――アンジーと共に旅をして、人間の中にも色んなやつがいるんだって、余計に感じるようになった。大体さ、俺達の体には、半分、人間の血が混ざってるんだ。その血は――決して、消し去ることなんか出来ない」
うん――そう頷いているファースをアロウは複雑な顔で見つめていた。
あの、怒りを露に、狂気じみた彼女じゃないのが、余計にそうさせているのだろう。
だって、今のファースは、どこから見ても天使のようで――決して、僕らに危害を加えるような存在じゃないのだから。
「お前も、少しは反省してるんだろうし――だから、これ以上は言わないけど……それと、後は俺の言う事じゃないからな……たぶん、どうなるか判らねぇけど、アロウとか王とかが決めることなんだろう?」
そんな風に言ったガルドに、アロウは渋い顔をしながら頷いていた。
だけど……彼女もまた、被害者でもあるのだ――。
確かに、王や王城の人間を操っていた事は罪だろう。
けれど、人を殺したりしていたのは、あのキリクなのだ。
しかも――彼女は、操る必要など初めからなくて……大した術も掛けてなかったという。
とすれば、一番の元凶は妾妃キリク、彼女にあるのだろうと僕は思わずにいられない。
何よりも――このファースの力を利用しようとしていたのだから……。
なんて、甘い考えだよな……と、苦笑してしまう。自分がどうこう出来る問題でもないのだ、こればっかりは。
彼ら――王城の人間だけが、その罪を問え、そして罰を与える事ができるのだろう。
彼女も、どうやら覚悟は出来ているらしい――。
「私は――まず、お前達に謝らなくちゃいけないな……本当にすまなかった……いや――ごめんなさい」
一度、くしゃくしゃにした顔を上げ、アロウと王女に向かい頭を下げたファースを彼らは辛そうな目で見つめていた。
僕は、ただ、そんな彼らを傍観しているだけ。
大神官さまですら、口出しはしていなかった。
確かに――僕らが何かを口にするのは、この状況では出来るはずもない。けれど、アロウも王女も何も返事はせずに王城へと戻って行ったのだった。ううん、何も言えなかったのだろうと思う。ファースは、そんな彼らを悲しい目で見つめていた。ガルドは、彼女のそんな姿を見て、けれど慰める事も宥めることもしなかった。と言うよりも、また僕に甘えて、肩に頭を乗せながら小さく震えていただけ――。
この二人は、似ているのだろう。お互いに、傷付いている。そして、お互いのしてきたことにも、傷付いているのだ。だから、僕はそんな二人を抱きしめて上げる手が欲しかった。何も出来ない自分が、とても歯痒くて…。
ごめんね、ガルド、ファース。
僕には、まだ君達の、本当の悲しみを知ることが出来ないでいる。
ただ、傷付いている、その気持ちしか判らないんだ。
親しい人を失う悲しみだけは――僕も知っているのだけれど……。




