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翌日の昼過ぎ、僕は王の私室で、その奥にある寝室へと招かれていた。
全ては、昨日の出来事を話しておくため。
部屋には、大神官さまを初め神殿の方々数名と、宰相さまを初めとした王城の人々数名、そしてアロウやその他諸々。
でもって、当然だけどガルドが居ないはずもなく――僕の隣りに陣取って座っている。
そんな中、僕は緊張する事もなく、竜と会えた事、話した事を皆に報告した。と言っても、 僕に関することだけは言わないでおいた。
実のところ、この事に関しては、どう説明すれば良いのか判らなかったからだ。もちろん、ある程度の説明はしないと他の大陸へ渡る手続きに困るから、その辺の所は話しておいたけれど……力とか、その辺の話はしなかった。ううん、出来なかったんだ。
何でかって?
それは――これ以上、彼らに奇異の目で見られたくなかったから――なんて言えば、少しは悲劇のヒロインっぽく感じるかも知れないけれど、実際はそうじゃなく、自分自身でも未確認の力があるなんて、皆に説明のしようがなかったから。
どっちにしても、彼らとはここで別れるわけだし、大神官さまにでも後で言えば良いか…くらいに考えている僕は、ちょっと甘いだろうか?
「では――私達は、竜との契約を自ら放棄してきた――ということか」
王が、肩を落として静かに言うと、神官さま達もまた『自分達の失態のせいですね』と、嘆くように呟いていた。
「でも――アロウを王にと、竜は言ってくれてました。彼には、王としての揺ぎ無いものがあるとも、そう言っていました」
僕が静かに言い終えると、王を初めとした部屋の中に居る人々が安心したように息を吐き出したのが判った。
そう――これだけは、絶対に伝えなくてはいけないと思ってた事。
アロウが、次代の王として認められているということ――確かに、彼の行動には少し問題がないとも言えない僕だったけれど、それが竜と同調していたのだとすれば、彼だけが悪いとは言い難い。
ううん、何よりも――アロウもまた、本当には僕の身を心配してくれていた部分もあったのだと、最近になって少しは判るようになっているんだ。
そりゃね、ちょこっとくらいは、根に持ってたりする僕もいて、時々は意地悪な事を言ってしまうこともあるけれどね――その辺は、ガルドがやってる意地悪に比べたら可愛いものだから、アロウも受け流してくれてるんだけどさ。
「あの日記に書かれたものは――竜が認めていない者が王として、この大陸を治める事になったからなのですね」
こくりと頷けば、大神官さまは眉を顰めて『私達も、もっと心を改めなくてはならないようです』と呟いた。
そう言えば――神官さま達に関して、今も竜は諦めたままなのだろうか?と聞いてくるのを忘れてた…と、今になって後悔。けれど、もう竜だって判ってくれているんだろうな――とも思える。
考えてみれば、僕と竜はどこかで繋がっていると説明されていたっけ――という事は、僕がこの大神官さまを信頼していることは、きっと竜にも伝わっている筈だ。
「これは――竜に聞いてくるのを忘れてしまったのだけれど――でも、確信めいた気持ちがあるから……伝えておきます。多分だけれど、聖域で竜を呼び出せば会う事も可能じゃないかな?と――」
そう言った途端、大神官さまの顔がパァッと明るくなった。
隣りでは、ガルドが『本当か?!んじゃ、俺も会える?』なんて聞いてきたのだけれど……。
「それは最初にも言ったけれど――竜に会えるのは、本来、この大陸の王と神官さま達だけなんだ…僕が、たまたま特別なだけで……」
「……ちぇーーー!マジかよぉ。俺も、竜に会ってみたかったのに」
ちょっと拗ねて横を向くガルドは、けれどこの場を和ますには充分で、皆の顔に笑みを蘇らせた。
そうして――王は、自身が王としての自覚が足りなかった事と、心が弱かった事を皆に告げつつ、今後はアロウが王になるため、必要な事を手助けすると宣言した。
また、大神官さまは、今後、自分達が欲に目を眩ます事のないよう、神官になる際の試験では充分に説教する事にしたという。
僕は――そんな彼らを見て、ホッと溜め息を漏らした。
何よりも、今、この心にある感情が『安堵』というものなのだとしたら、これは僕のものじゃないような気がする。
きっと――これは、竜の――あの蒼竜の感情なのだろう――と。
その後は、僕らも忙しなく行動しなくてはならなかった。
まずは、ガルドの村に戻り報告と母をどうするか決める必要性がある。
次に、南の大陸へと渡らなくてはならないということ――こちらは、既に宰相さまが書類などを発行してくれると言ってくれたので、一安心だ。
そして何よりも――あのファースの事だ。
彼女は、まだ眠りの中にあり、僕らの声が届く事は無い。
まだまだ、問題は山積みだ――。
けれど、時間は勝手に過ぎていく。
王城へ来て、既に一ヶ月以上経つ。その間、何をしていたか?と言えば、王女や正妃さまが城へ戻るための準備やら、アロウが王になる為の準備、そして竜との接見だの何だのと、色々と手助けしなくてはならなかったのだ。
何しろ、この城には、まだまだ不安が一杯。キリクの事も、完全に解決していなかったのだから。
で、この辺の説明としては――。
まず、キリク達の処分は、もう少し落ち着いてきたら決めるということで落ち着いた。
何しろ、彼女達の入っている牢屋には、古い大神官さまと今の大神官さまの術、そしてあの妖魔であるセイの術が施されていて、充分過ぎるくらい厳重なのだ。どちらにせよ、彼女達がそこから出られることはないような気がする僕である。
正妃さまと王女が、この王城へと戻ってきたのは、随分と落ち着きを取り戻し、王がベッドから出られるようになった頃のこと。
この王城を取り戻してから一ヶ月近く経ってただろう、その頃だ。
彼女達は、本来居た場所へ戻り、正妃さまに至っては、離宮ではなく本城の奥――王の私室の隣りに戻る事になった。
その部屋は、正妃さまが嫁いで来た時に入っていた場所で、残念ながら誰一人として入ることが赦されてなかった部屋。
あのキリクですら、あの部屋には入ることがなかったらしい。
王も――どんなに操られていたとしても、そこには入れさせなかったのだと言う。
でもって、王女の嫁入りはどうなったのか?と言えば――実のところ、そのまま放置されていて……けれど、王女自身、そこへ嫁ぐ事を内心では喜んでいたらしい。と言うのも、彼女と結婚する相手は、随分と仲の良い相手なのだと言う。
何度となく、王城で行われていた宴の席で、そのお相手と会い、そして好感を持ち合っていたのだと――。
ということで、近々彼女は嫁入りするらしい。
まあ、それも、もう少し城が安定するまでお預けなようだけれど……。
大神殿の、竜の間――あの聖域では、大神官さまと一緒に行き、また竜と会う事になった。
けれど、今回は別の問題――僕の事は置いておいて、彼らの、何百年振りの再会である。
その場に僕が居ても良いのか?と思ったのだけれど、大神官さまから『是非に』と言われてしまえば、断る事など出来ないだろう。
そして――新たに交わされた、彼らとの契約――。
これからは、年に一度は王と大神官さま揃って、竜と会うとのことらしい。
他にも色々と言っていたけれど、その辺は大神殿と大神官さまの問題なので、僕には判らないことだらけ、全部右から左に流してしまった。
だって――神官さま達の契約というのは、僕などに判るはずもないのだ――仕方ないじゃないか。
まあ、それでも、大神官さまと竜は、これから何時でも会えることになったらしいから、もっと友好関係を深められるだろう。
アロウは――アロウが王になるには、後一年くらい先になるとのこと。
何故なら、彼には政治のことやら何やら、勉強しなくてはならない事が多いらしいから。
けれど、竜とは接見したのだと言う。
あの、王城にある竜の間で、彼は竜自身に呼び出されたのだと言っていた。
何を話したのかは僕にも教えてはもらえなかったけれど、その顔を見れば随分と楽しいひと時を過ごしたのだろうというのが判った。
その後にも何度となく、竜と会っているみたいだけれど、一度だけ、今の王と二人で会ったらしい。
残念ながら今の王は、竜を見ることも感じる事も出来なかったというのだけれど、声だけは――うっすらと聞えたのだそうだ。たった一言だったらしいけれど――その言葉も、僕らは聞かせては貰えなかった。
まあ、それでも彼らにとっては嬉しいことだったのだろう。
ガルドは、自分も会いたいと、何度となく僕や大神官さま、そしてアロウに訴えていたけれど、残念ながら未だに実行されていない。
そして、僕らは今、ガルドの村に戻る準備へと入っている。
本当は、まだまだ手伝いたい気持ちはあるのだ。だけれど、実際、それをしていたらキリがなくて――。
僕にも僕の、まだまだ続く旅がある。
母にも、セイにも報告しなくてはならない。出来ることなら、母も一緒に――とは思うけれど、この先何があるか判らないから、出来ることなら今のまま、ガルドの村で待っていてくれないか?と思っているところだ。
そうして、どうにか準備が整ったころの事だった。
「アンジー、少し宜しいでしょうか?」
大神官さまが、予告もなしに僕の許へと訪れたのだ。その顔は、どこか不安そうに歪められている。
「何でしょうか?何か、問題でも――起こりましたか?」
「実は――あの、半精霊の事なのです――」
眉根を寄せて、ますます心配そうな顔つきになる大神官さまは、僕の顔をジッと見つめている。
そして――。
「どうやら、目覚めの時が来ているようで……最近、時々ですが、彼女の気配が強くなってきているのです」
大神官さまの言葉に、僕は息を飲む。
ガルドもどうやら同じらしく、緊張した様子で大神官さまのことを見つめていた。
「出来たら、一度大神殿の、あの半精霊のいる場所へ来てはもらえませんか?」
そう問われて、否と言えるはずはない。
僕は、その日、ガルドと二人だけで大神殿へと向かったのだった。




