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竜の話は、本当に本当に長かった。
今から、随分と――そんな簡単な言葉で置き換えられないくらいの前に起きた、彼と王族とのお話。
このミードを護る竜と、大国を誇るミードラグースの王とで結んだ契約は、この大陸の平和と安定、そして調和だったという。その代わり、竜が王に進言したのは、次代の王を決めるということ。王として相応しき者を、この大国の中から竜が選ぶ――それが、慣わしだったのだという。
何代かは、そうして竜が決めた王を大国に据え、そして繁栄させていった。
けれど―――。
『あの時の王は、自分の子供へ王の座を譲るのだ――と我に進言してきた。
本来、竜との契約は【絶対】だと、そう神官達が注進したらしいが。
けれど、あの王だけは、それを譲る事が出来なかったらしい。
だから、我は――次代の王と契約を結ばなかったのだ。
そして、それ以降も――だ。
何度となく、新しくなる王の中には、良き王も居た。
が、しかし、我の声は聞き取ることはなかった。
それは当然のこと。
我を――我らの存在を、ただの偶像だとしか思わなかったのだから――。
今の王もまた、同じだ。
我の声は遠く――まるで聞こえる事は無かった。
何度となく、忠告はいれてやったのだがな――無駄に終わった。
神官に会わなくなったのも、その頃だ。
最近では、そうでもないが――その頃の神官達は、欲に目が眩み始めていた。
何度も何度も忠告したところで、決して耳を貸さず、結局は我の声も遠く聞き及ばなくなった。
だから――諦めたのだ。
我は、彼ら人間に裏切られた――そう思ったのだよ』
裏切り――あの時、大神殿の聖域で聞こえたその言葉は、間違えなくこの竜が言った言葉だった。
この、僕達が神の使いと崇めていた存在もまた、同じように心を持つ者。
だからこそ、僕ら人間のしたことに、傷付き、苦しみ――そして、諦めたのだ。
何度も何度も、きっとこの竜の事だから、僕ら人間に語りかけてきていたのだろう。
だって、同じ心を持っていたとしても、この竜は心優しき生き物。
もしかしたら、僕らよりもずっと傷付きやすくて、そして悲しい生き物なのかも知れない。
それが――王や神官さま達の欲望で踏み躙られ、そして苦しめられた。
ある意味では、彼の方が捨てられていた存在なのじゃないかとすら、僕には思えてならなかった。
長い、長い歴史の中で、彼は埋もれていく存在になりかけていた。
それを救ったのは――どうやら、僕がこの世界へやって来たかららしい。
と言っても、僕にはそれが本当なのか理解し難い事実。
まだ、全部の答えを貰っていない僕だからこそ、そう思ってしまったのかも知れないけれど――。
けれど――そうであって欲しい――とも思う。
僕の存在で、彼らの存在が本物であるのだということを、人間達皆がもう一度受け入れてくれたなら、この世界はまた新しく生まれ変われるかも知れない――。
「一つ、聞いても?」
『いくつでも、問い掛けなさい――我は他の竜よりも寛大だ』
笑っているような返事を聞き、僕も少しだけ笑ってしまった。だって、この竜は、まるで子供をからかうように語り掛けてくるのだ。
それが嫌な気分にならないのは、きっと彼が余りにも大きな存在だからなのだと思う。ううん、それだけじゃない。彼こそが、僕の心を癒してくれる存在だったからだろう。
「今度の王は――王になろうとしているアロウは――王の器ですか?」
そう問い掛けると、竜は小さく息を吐き出した。
そして――。
『ああ――そうだな――彼ならば、この大国を生まれ変わらせる事が可能だろう。きっと――良き仲間に出会えたから』
それを聞いた僕は、偽善でも何でもなく、心から良かった――と、そう思えた。
そうか――アロウは、王に相応しい人なんだ――と。
確かに、色々とあったけれど、僕は彼の事を今ほど信じている事は無いだろう。
あの時――彼の言葉に傷付き、けれどそれが無ければこの竜と出会う事も無かったかも知れない。
そうとすら思えて――。
『物事には、全て何かしらの意味がある――あの者は、きっとお前との事が無ければ、王としての器にはならなかったかも知れぬ』
やっぱり――そうなんだね。
嗚呼、僕らは、きっと出会う運命だったんだ。
そして、それがあったからこそ、今の僕が居て、彼らが居るんだろう。
そう思ったら、心が少しだけ軽くなった気がした。
ずっと、心の中にあったんだ。アロウが王に相応しいかどうか?っていう不安が…本当には、あの時、あんな簡単に彼を赦せたのが自分でも不思議で仕方なかった。それ以上に、彼を信頼出来るかどうか?って不安も無かったわけじゃない。
それなのにも関わらず、あんな風な言い訳を聞いて、何故、簡単に赦せてしまったのかは、今だからこそ判る。
竜が――彼を認めてしまったから……だから、僕はそれに同調して赦す事が出来たんだろう。
僕自身の中に、怒りというものとは違う形だったけれど、彼に対しての不信感は間違いなくあったはず。それすらも消え失せたのは、この竜のせい――そう思うと、何だか本当にスッキリとした気持ちになれた。
『さあ、そろそろ時間だ――皆が心配して、部屋の前に集まってきている。お前の帰りを待ちわびているようだ――』
「え?」
『では、最後に――お前の求めるものは何だ?』
いきなり問われて、僕は返答に困ってしまった。
だって、まだまだ聞きたい事があったのに――。
だけど――僕の求めるものなど、既に決まっていた気がする。
だって、この竜が持ってるものなのだから――。
「大陸の平和と安定、そして調和と――後は、皆の幸せを――」
『そうか――あの王と同じものを求めるのだな――』
「はい――でも、これはきっと、皆の求めるものであり、願いであり、望みだと思います」
『良い子の答えだ――』
くすり、とからかうように笑った竜は、けれど僕を責めている風ではないらしい。だけど、その言葉に、僕は少しだけ自己嫌悪を感じてしまった。本当に、そうなのだろうか?とも――。
『傷付くな――お前が傷付くと、我も傷付く――お前と我は一体も同然。だが、こうも言っておく。お前は偽善者とは違う――もし、そうであるならば、今頃我と会う事はなかったのだから』
ゆっくりと、段々と遠くなっていく竜の声に、『時間』が来たのだと、そう素直に感じられた。
それは――僕らだけの時間の終わり。
けれど、決して二度と会えなくなるわけでもない――。
ううん、それどころか、これからは何時でも会える気がしてならない。
「ありがとう――蒼竜――僕の……」
その後、僕自身、何を言おうとしていたのか判らない。
けれど、気付けば目の前は来た時同様、真っ暗闇へと戻り、ただランプの明かりだけが床を照らしていた。
部屋から出ると、そこには大勢の人が待ち構えていた。
ガルドを先頭に、大神官さまさえその場に佇み、他の人達もまた心配そうに僕が出てくるのを待ってくれていたらしい。
扉を開けて、そっと顔を出した途端、ガルドに噛み付かれそうになった。
「ちょ――ガルド!」
「アンジーっっ!無事で良かった!」
誰の声が先だったか判らない。だけど、一番に飛びついてきたのはガルドだ。
そして、わらわらと寄って来る、人・人・人。
一体、誰が何処に居て、何を言ってるのかなんて、丸きり判らなかった。
どうにか、その騒動から逃げ出せたのは、小一時間は掛かったと思う。
その間、僕は人に揉みくちゃにされて、何がどうなってるのかなんて、全然判らなかったに違いない。
だけど、一つだけは確信している。
その間でも、ガルドが僕から離れる事がなかったってこと。
彼曰く、僕の事を守ってるつもりだったらしい――それを聞いて、ちょっとだけ嬉しい気持ちと、ちょっとだけ恥ずかしい気持ちが沸き起こった。
ついでに――最高に幸せだ――とも――。
結局、その日、彼らに竜との話を伝える事は出来なかった。と言うのも、僕が戻ってきたのが真夜中過ぎだったかららしいのだ。
随分と長い時間、竜との時間を過ごしていたせいで、皆に心配を掛けてしまったみたいで、けれど、彼らは喜んでもくれていた。だって、一応は竜と会うことが出来たと、そう伝える事が出来たから。
明日は――その全てを報告しなくちゃいけない。
これからの事も――うん、そう、これからの事も――だ。




