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「心の準備は宜しいですか?」

 

後ろから、大神官さまが背中へと手を添えた。

ガルドが、僕を心配そうに見守っているのが見えたけれど、今の僕には笑顔を作るだけの余裕はないらしい。

他の人達もまた、僕のそんな不安が判ってしまうのだろう、緊張したような顔つきで見つめている。

だから、大神官さまに聞かれた時も、コクリと頷くしか出来なかったのだ。

 

今、僕の手には、国王陛下から預かった、大きくて重い鍵が握り締められている。

目の前には、竜の間だという扉の真ん前。

僕の持っている鍵に見合う程の大きな鍵が、その扉には付いている。

それを見て――僕は、ただ緊張しているんだと思う。

これから、会えるかも知れない竜に会う為に――心の準備など、どんだけ頑張っても出来るはずはなく――だけど、どうしても会いたいという気持ちだけは真実で……。

だから僕は、彼らが見守る中、勇気を振り絞って、その鍵を回したのだった。

 

 

 

扉を開けると、僕は一瞬だけ目を瞑り、大きく深呼吸をした後、仲間に『行ってきます』と言って、ゆっくりと足を進めた。

中に入ると、そのまま扉を閉める。

そして、奥へ向かうとそこにも先ほどよりは小さいけれど、こちらもまた重層な扉が見えた。

どうやら、こちらの鍵もまた、さっきの扉と同じものを使って開けるらしく、同じような細工の鍵が付けられている。

また、同じように緊張しながら開けるのか――と、心の中でぐったりとしながらも、今度こそという思いで鍵を開けた。

そして―――。

 

中に入ってみれば、そこには空洞だけ――。

真っ暗闇の、空洞があるだけだった。

手に持つランプでは、先まで見渡す事は出来ない。

ただ、足元と、その辺りを照らすだけ――。

何か感じられるか?と思って、必死に周りへと気を張ってみたけれど、何も感じる事が出来なかった。

けれど――少しだけ違和感もある。

何だか判らないけれど、それを頼りに奥へと進んでいくことにした僕。

ランプが揺れ、足元を照らし、その度に感じるのは空虚だ。

何もない――何も感じられない。

そんな空しい感情。

それこそが、僕の求めていたものなのだと気付くまでには、多少の時間が必要だった。

気付けば――僕は、最奥なのだろう壁までやってきていた。

そうして見えたものは――――――真っ白な壁一面に、まるで殴り書きでもしたかのような、文字。

 

『裏切り者―――裏切り者―――裏切り者』

 

何重にも書き足されたのだろう、その文字は、下へ行けば行くだけ乱れているように見える。

足元の床には、そんなものが一切見えなかった。

ということは、この場にだけ書かれているのだろうか?

いや、その前に、歴代の王は、この事に気付いているのだろうか?

僕は、何時の間にかその場に座り込んでいた。

立っている場所にも、その言葉は羅列させて書かれているが、座った場所からもしっかり見える低いところにまで書き殴られた後がある。

それは、全てが同じ言葉――『裏切り者』

一体、誰が誰を裏切ったというのだろうか?

竜が?

それとも、王が?

どちらともが?

けれど、文字を書くというのだから、いつの時代かは判らないけれど、王が書き記したものなのだろう。

でも――それなら、それは誰に向けての言葉なのだろう――。

そう思った瞬間の事だった。

いきなりにも明るい光りが、僕の事を照らしたのだ。

そう――包んだのじゃない。

僕の上から、何かの一筋の光が落ちてきたのだ。

そして―――――。

 

 

 

 

気付くと、そこには辺り一面、明かりが灯されていた。

そして、見えたのは壁一面に殴り書きされた『裏切り者』という言葉。

目を見開き、僕はその文字の尋常じゃない様に、息をすることすら忘れてしまった。

まるで、その文字を書くということに意味があるかのように、文字の上にも文字を重ね、色を変えることのない文字たちが僕の目に飛び込んでくる。

気が狂ってしまうのじゃないのかと思う程の、その言葉達には恨みすら感じられて恐怖が沸き起こるほどだ。

一番上の方の字は、まだ正常に読み取る事が出来るものの、けれど下に行くに従いその字は乱れ、書いた者の心情を表しているのかも知れない。

あまりにも狂気に満ちたそれは、僕を射殺そうとでもしてるかのように思えた。

 

そうして、随分の時をその文字に支配され、漸く気付く――僕意外の、生き物が存在していることに――。

その存在のせいだろうか――必死に呼吸を整えようとする僕に、言葉の羅列があまりにも激しい感情を打ち付けてきて、思うようにはいかなかった。

けれど、それを待つかのように、僕意外の存在が静かに、ジッとしていてくれているらしい。

どうにか落ち着きを取り戻し、後ろを振り向けば――そこには、僕の三倍はあるだろう――ううん、もしかしたら五倍?もっとかも知れない――そのくらい大きな、見たこともない生き物が座っていた。

見たこともない――そう、僕はそれを見たことはない。

けれど、僕の元居た世界の――映画の中で見たことがある、そんな生き物。

 

――竜――

 

一目見て、それが何であるのかは判っていた。

綺麗な蒼い色の鱗を光らせ、大きくて綺麗な金色に近い目の色、それが僕を見据えている。

あまりにも神々しくて、あまりにも大きな存在すぎて、僕は口を開けたまま呆けてしまっていたに違いない。

だって――こんな存在を、僕は決して知らなかったのだから――。

 

どれだけ僕はそこで、呆けていただろう。

ただ、ジッと見つめてきてくれる存在に、僕はただただ見惚れて何も出来ずに居た。

竜の方は、もしかしたら、そんな僕が正気に戻るのを待ってくれていたのかも知れない。

どうにか、自己を取り戻した僕が、その竜に掛けた第一声は――。

 

「貴方が、竜ですか?」

 

そんな間抜けな言葉だった。

竜は、僕の間抜けな問い掛けにも気を悪くしたような感じはなく、その大きな大きな首をユルリと縦に振り、肯定してくれた。

そして、ゆっくりとゆっくりと、僕は竜へと近づいていく。

それも――ちゃんと立って歩いていたわけじゃない。

だって、本当に吃驚してしまっていて――きっと腰が抜けちゃってるんだ。

四つん這いになって、赤ちゃんのようにハイハイしながらの移動。

だけど、竜はそれにすら文句をつけてくることはなかった。

 

『異界の乙女よ――よく来た』

 

唐突に、声が聞えてきた――それも、セイが時々してきた、頭の中で直接語りかけてくる、あれと一緒だ。

低く、安定しているような、何ていうか――もう、こんな声をどうやって表現すればいいのだろうか。

それこそ、畏れ多くて、他のものに例えることすら出来ない。

嗚呼、神々しいとだけ言えばいいだろうか。

そんな声が、僕に話し掛けてきているのだ。

否、もしかしたら、それは勘違いなのかも知れない。

頭の中で感じる声――それは、ただの想像している声に過ぎなくて、頭の中に直接入ってくるそれは、声とは言わないのじゃないだろうか。

けれど――それでも、その感じる雰囲気は、僕の想像していたものよりも遥かに威厳があり、そして重々しくも感じる。

それでも、その声の主は、僕に話し掛けてくれているのだ―――。

 

「ぼ、僕は――」

『慌てなくて良い――時間は、余りあるほどある』

 

挨拶をしようとして、けれど喉が貼り付き、思うように声が出せなかった。

それなのに、竜はまるで何事もないかのように、そう宥めてくれる。

 

『――お前は、何を知り、何を問い、何を求める?』

 

竜は、真っ直ぐと僕を見下ろし、そしてそんな風に聞いてきた。

頭の中で、竜の言葉を反芻する。

 

何を知り――いや、僕は何も知らない。

ただ、竜に会うよう言われて来ただけ――。

竜の事も、自分の事も、何一つとして知らない。

 

何を問い――聞きたいことは山ほどある。

何故、自分が竜に会わなくてはならなかったのか。

何故、自分がこの世界に来てしまったのか。

何故、僕はここにいるのか――。

何故、竜はこの大国で姿を現さなくなったのか。

何故――――何故の問い掛けなら、どんなにだって出てくる気がする。

 

何を求める――僕は、全ての答えが欲しい。

この後、僕が生きていく為にも、全ての問い掛けに答えて欲しいと思う。

それが、僕が竜に会いに来た理由。

初めこそは、ヴェスリー神官さまに、この大陸にいる竜と会うよう言われてきた。

だけど、それを考えているうちに、僕は何時の間にか竜に会う事で、僕の存在理由が判るような、そんな気がしてきたのだ。

 

だから――僕は答えが欲しい。

求めるものは、僕の疑問に思っていることの全ての答え。

それを口にしようとして、けれど、どう伝えて良いか判らずに、自分の気持ちを整理しようと必死になった。

ここに来るまでは、きちんと整理されていた筈。

だけど、これだけ僕の想像を遥かに越えた存在に出会ってしまった瞬間、頭にあった全てが吹っ飛んでしまったのだ。

ううん、確かにまだ、この頭の中にある。

だけど、一つも漏らす事なく、聞きたくて――知りたくて――。

だから、必死に頭の中を整理していた。

それを――竜は、ただジッと僕を見据えながら待ってくれている。

まるで――僕の中で、何が起こっているのか判っているかのように―――。

 

 

 


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