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その日は、さすがにもう何かをしようとは思えず、王城での生活を許されていた僕らに用意された部屋へと戻る事にした。
大神官さまとテオ神官さまは、例え面倒でも大神殿へ戻り、次の日のお昼少し前に城へとやってくる。
随分と落ち着きを取り戻したと言っても、まだ不安の残る王城。
そこに、弱っている正妃さまと王女を迎えるには日が浅すぎ、王の体調も優れないことから、もう少し時間を置こうという話になっている。
そんな二人を神殿騎士や、アロウの信頼している者達が守ってくれてはいたのだけれど、今では王城へ足を運ぶことも多くなり、交代制で彼女達の守りをすることになったせいで、不安もかなりあるのだ。
だからと言うわけでもないのだけれど、常に大神官さまとテオ神官さまは、大神殿での務めも怠らないようにしてくれているらしい。
それと、もう一つ。
今はまだ、籠の中に眠っているファース。
彼女が、何時目を覚ましても良いように――と、彼らもまた心を砕いてくれているらしい。
王には、僕とガルドの正体が何であるのか話してある。
と言うか、あの時に正気を取り戻した王が、倒れる前には僕らの存在を見ていた。
だから、王が目を覚ました時には、しっかりとした説明を大神官さまからしてもらっている。
僕は、それを聞いてなかったのだけれど……。
そんな訳で、王から書庫に入る許可を貰い、僕らは必死に竜と会うための手立てを探していたのだけれど、結局のところは、あんな日記だけしか見つからなかった。
それは、僕自身に探し出せ――と言っているようにも思えて、少しだけ疲れを感じていた。
何しろ、王城へ入ってから既に二週間近くが経過しているのだ。
早く――出来ることなら、今直ぐにでも謎を解きたい気持ちはあるけれど、今日見つけた日記を見ただけで、何を感じろというのか、僕には理解出来なかった。
翌日、大神官さまがやってくると、今度はその日記に何か隠されているのじゃないだろうか?という話になった。
けれど、隠されたようなものは何一つとしてなく、それどころか所々破かれている部分もあって、真実を知る手掛かりらしいものが見つからない。
「この――『大神官に問い質せば、私の努力が足りぬと言う。』――部分が、大神殿との仲が悪くなったキッカケなのでしょうか?」
ヤズが、唐突にそう問い掛けてくるのを大神官さまは首を傾げつつ、返答に困っていることを伝えた。
「けれど、その程度で仲が悪くなったりするものでしょうか?」
僕がヤズに聞けば、今度はヤズが返答に困る。
そんな風に、何度となくお互いに困るような質問ばかりを繰り返すうちに、ガルドが唸りだした。
「つーーかさーーー!いっその事、もう一回、竜に会えるかどうか試してみたらいいじゃねぇかよーー!」
と堪えきれずに叫びだすガルドに、僕らは苦笑しか出てこなかった。
けれど――と、思う。
一つだけ、僕は以前、大神官さまの言っていた言葉が気になっていたのだ。
昨日、この日記を手にしてからというもの、ずっとそこだけが気になっている。
だから――。
「大神官さま――この城にあるという、竜の間には、僕が入ることも出来るだろうと仰ってましたよね?それは、今からでも行ける場所ですか?」
そう聞いてみれば、大神官さまも考えていたのだろう、僕を見ながら『行けますよ』と答えてくれた。
結局のところ、何かしらの手掛かりが見つからない以上、行動するしかないようにも思えるのだ。
もしも、その竜の間というのに行って拒否されたなら、それはそれでまた何かを考えるしかない。
けれど、やってみなくては何も判らないのじゃないかと思うのだ。
「では、行ってみたいと思うのですけれど――」
僕の言葉に、皆が大きく頷く。
大神官さまに至っては、まるでその言葉を待っていたかのようだった。
「そこには、アンジー、貴方一人でしか入ることが出来ないと考えて下さい。そこには王しか入ることが許されておりません。もちろん、大神官でも、神官でも入ることは可能なのですけれど……」
口篭もる大神官さまに、けれど僕は大丈夫と言って見せた。
だって――今までだって、どうにか出来てきたのだ。
きっと、何かしらの手掛かりを探す事が、僕にもできるはず。
それに――もしかしたら、これは僕だけで行った方が良い事なのかもしれないと、そんな風に思っていたのだ。
でも――その前に。
「その竜の間に行く前に、僕は少し、国王陛下とお話をしたいのですけれど……無理でしょうか?」
王の私室へ入ると、大神官さまに連れ添われて王が体を休めている寝室へと向かった。
アロウも心配してくれていたのだろう、一緒に来てくれている。
僕は、そんな彼らから勇気を貰いつつ、王と対峙することになったのだった。
「初めまして――僕は、ローデンの村からきたアンジーと言います。言葉遣いなど、あまり知らないものですから、無礼があったら申し訳ありません」
そう言うと、王は小さく笑ってから『気にするな』と言ってくれた。
僕の隣では、ガルドとアロウが、その反対側には大神官さまとテオ神官さまが控えてくれている。
それこそが、僕に力をくれるのだろう、心を静めて緊張などすることもなく、王と見えることが出来た。
「たくさん、聞きたいことがあるのです――竜との契約についてとか、大神殿についてとか――」
「良いぞ――いくらでも聞いてくれ。今日は気分が良いから」
「ありがとうございます」
王は機嫌よさそうに返事をしてくれて、しかもその顔には随分と赤みも戻ってきているようだ。
それに安心して、僕は様々な質問を投げかける事にした。
「まず――何故、神官さま達が王城へ入れなくなったのか――これは、歴代の王から伝えられていると思うのですが、何故なのでしょうか?」
「それは――確かに、私にも判らぬことではある――けれど、前王が言い残したのは、神官達が政治に口を挟み始めた事がキッカケだったと――神官は、神殿を守り、竜を守るためにあり、そして何よりも民を守るために存在する。それが政治にまで口を出すという事は、我らの領分を侵すという意味でもある――多分、そのせいではないか?と……」
「と言うと、互いの領分を荒らさないように――という教訓?」
「そうだな――そういうことになるかもしれない」
「――では、今後は神官さま達が、その領分を侵さない限り、王城への立ち入りは出来るようになりますか?」
「――ああ、可能だ」
その言葉に、僕よりも大神官さま達の方が大きな喜びを見せていた。
その後、大神官さまからお礼を言われる事になるのだけれど、僕は彼らのためにしたわけではない。
ただ――何となく、そうしなくてはいけない気がしただけなのだ。
「次に――竜との契約ですけれど――」
「それについては、私もあまり知らぬのだ。ただ、大神殿で戴冠式をする――ということしか記されていないし、老達もそうとしか知らされていないらしい――まあ、あの頃から貴族も移り変わり、随分と顔揃えも変わってしまっているものだから、古いことを知らない者ばかりなのだがね――」
そうですか――と返事をすれば、王も小さく『力になれずにすまぬ』と謝罪をくれた。
他にも質問はあったのだけれど、それよりも竜の間に立ち入るための許可が欲しかった僕は、他のことを無しにしてでもそれを優先させることにした。
「実は――今から竜の間に行きたいのです。どうか、お許しをもらえますか?」
「竜の、間?」
「はい――この王城にあるという、竜の間です」
僕の言葉に、王は少しだけ怪訝な顔を見せた。
けれど――。
「判った――許そう……だが、あの部屋には今、施錠がされている――鍵は………渡そう――」
そう言われてホッと溜め息を吐いた。
そして、僕に手渡された大きな鍵。
「それを使えば、中には入れるが――何もないぞ?」
王の言葉は、何だかとても悲しく聞えた。
まるで――自分もそれを残念に思っているかのように――。
とそこで思いつく――。
彼もまた、竜の間へ行き、竜に会えるか試したのだろうか?と。
「そこに行けば――アンジーの知りたいことが判るのか?」
唐突にアロウから声を掛けられ、僕は彼を見て笑いながら答える。
判らない――と。
すると、王もアロウも、大きな溜め息を吐いて返事をしてくれた。
それって――少し失礼だと思うよ、僕は……と、心の中でひとりごちる。
あんまり期待されてもね――僕も困るんだ――。
真実は知りたいけれど、何もかもを僕に頼らないでよね――。
そんな風に考えながら、僕は王から手渡された、大きくて重い鍵を握り締めていた。




