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彼女が全てを告白した後、僕ら三人が残り、彼女をどうするかという話になった。というのも、皆が皆、疲れきっていたから。ファースの告白は、確かに長いものだったし疲れて当然と言える。だけど、皆が疲れたのはその所為だけじゃない――あまりにも、身勝手な言い分と自分勝手な行動をしてきたから、その事実を知って心が苦しみに憑かれたのだ。
復讐――その二文字が、僕らに強く圧し掛かる。
裏切り――その言葉が、僕らを苛む。
だけど、彼女のしてきた事は、一番最低な事だったのだから……。
「さて、ファース。お前をこのまま放つ訳にはいかない――判るね」
「………」
「まだ、聞いてない事もある――王城の皆に掛けている術とやらだ」
「――操っただけだ……洗脳の術。簡単だったぞ?キリクなど、欲望に身を委ねただけだからな。最も、今では術など必要とすらしてないが――」
「……では、王はどうなのだ?」
「――あの男は、なかなか堕ちなくて困ったが…所詮は人間の男だ――欲望――ああ、性欲には勝てないな」
そう言って嘲る彼女に、ガルドが唸った。
「あの男とキリクの間に子が成されなかったのは、当然――何しろ、キリクと王は褥を共にしてないからな」
暗い嗤い方をする彼女の言葉に、その意味を知る。あまりの真実に、僕らは眉を寄せるしかなかった。
中でもアロウの顔はキツク、その鋭く尖らせた視線でファースを睨みつけていた。
「お陰で、充分過ぎるくらいの術を掛けられた――」
ニヤリと口角だけを上げて笑みを作る彼女は、けれどまるで泣いているようにも見える。
「王を虜に――出来たと思うのか?」
ガルドが聞くと、キッと目を見開き睨みつけてくるファース。だけど、もう、さっきまでの勢いなんか、どこにもなかった。
ギュッと噤んだ口は何も言わない――それが、答えだろう。彼女の、精一杯の虚勢。
それに気付いたのは、多分、僕だけじゃないはず――それでも、アロウとブレアンにはそんな彼女の小さな変化には気付けそうにないみたいだったけれど…。
「それなら問題はなさそうだね――けれど、キリクは元々が欲望に目が眩んでいるせいで、たぶん術など無くても同じだっただろうけど…」
「………」
彼女の沈黙に、僕らはそれが真実だと知る。
妾妃キリク――どうやら、一番の元凶はそこなのだろう。
だからこそ、ファースは彼女の傍から離れなかったのかも知れない。
「とりあえず、この者を封印します――宜しいですね?」
セイの言葉に皆は頷き、次の言葉を待つ。
ガルドは、何をすれば良いのか判っているのだろう――だけど、僕には何をすれば良いのかまるで理解出来ていない。
だって――彼らのように力があるわけじゃないのだから――。
「アンジー。まず、私の隣りで手を握ってください」
そう言われて、首を傾げつつも素直に従う。
「次に――ここからが肝心ですよ?」
大きく息を吸い込み、彼に言われるまま従う。
それは――ただ、祈るだけ。
彼女の心が癒されるように――彼女の痛みが和らぐように――そして、今は休息を取るための籠に入るように――。
イメージと祈り。
たった、それだけ。
なのに、それはとても難しくて、僕は必死に頭の中でセイに言われた通りのことをしていた。
そして―――。
彼女の体がユラリと揺れると――そのまま、小さな実際には見えない籠の中、温かそうなクッションに体を埋めて眠る姿が見えた気がした。
「これで大丈夫――。後は時間を掛けて、彼女を癒せば良いだけ――」
セイが頷くと、僕らもまた頷き、そして彼女を見つめる。
その彼女の顔は――少しだけ疲れて、けれど小さく微笑んでいるようにも見えた。
部屋に戻ると、僕らは今日一日に起きたことで疲れきっていたため、すぐにベッドへと体を沈めた。
けれど、色々とありすぎたせいなのだろうか――眠りが一向に訪れてこない。
それは、どうやらガルドも同じようで――何度となく寝返りを打っているようだった。
ふいに、ガルドが大きな溜め息を漏らした後、カタリと音がした。
けれど、残念な事にこの世界には明かりはランプのみ。それを消してしまえば暗闇で、確かに月が出ていればそれなりの明かりが窓から差し込むのだろうけれど、今夜は月もない。
そんな中、ガルドが何をしているのかなど暗闇でなれた目でも確認することは出来なかった。
けれど――。
「あのさ……」
小さな小さな声だった。
ガルドも僕が起きている事に気付いているのだろう。
思いつめているかのように、声を掛けてきた彼は――その後、また小さく溜め息を吐いて、言葉にするのを躊躇っているのが判った。
「ん??」
「やっぱ、起きてる――よな」
「うん――」
「少しだけ――俺に付き合って」
そんな風に言うガルドは、少し泣いてるのかも知れないと思えるくらいの声を出して告白を始めた。
「俺――あいつの気持ちは、判んないでもないって思ったんだ。だって、俺も人間は、あんま好きじゃねぇ……。何度も何度も、俺達の住む場所を焼かれたし、仲間を見せしめみたいに殺されたり――。そんな連中を好きなるなんて――俺には出来そうにない」
うん――そう返事をしながらも、僕は彼の気持ちを考えていた。
僕には――その気持ちを本当の意味で判ってあげる事は出来ない。
だって、自分には、そんな恐ろしい経験がなかったのだから――。
だけど、その痛みだけは――少しだけ判る事が出来る。
同情――という言葉で、だけれど………。
「けどさ――俺は、あいつの考えが判んねぇ……何で、復讐とかって考えるんだろう?」
何でだろうね――僕にも判らないから、どうにも返事は出来そうにないや。
心の中だけで返事をして、けれどガルドには伝わっている気がした。
「確かに、俺は自分の親を目の前で焼かれたし――って言っても、俺が集落を離れている間の話だし、戻ってみたら焼け焦げた親が転がってた――って感じで……今でも、母親が死んだなんて、あんまり実感ないんだよな…実のところ」
『でもさ――俺、あいつの考え方は、好きになれねぇ――。
人間のした事が許せないのは、俺も他の半妖や半精霊の中にだって、たくさん居ると思う。
だけど、俺には――俺達、半妖には復讐したいって気持ちよりも――早くその場から離れたいっていう方が強かった。
いつだって、追いかけられたり、殺されかけたり――そんな世界から逃げたいって思ってた。
だから――あいつの考え方が、判んねぇ。
あいつの、その――家族みたいな仲間が殺されたことで、傷付いたってのは判るんだ。
だって、俺もそういう目にあってきたからな。
憎んだ事もあるし、恨んだ事もある。
だけど――俺達は、人を傷つけちゃいけない――そんなことで、人を傷つけてはいけないって、そう教えられてきた。
俺にとって、母親は人間だったし――ついでに、その母親が俺のことを必死で守ってくれてたからな。
それは、俺の中で【絶対】だって思ってたんだ。
セイにも言われた――俺達は、決して自分が彼らと同じ事をしてはいけないって――。
そりゃ、どうしても仕方ない時もあるだろうって。
その時には最大限、相手を動けないようにするだけにしろって、そう言われた。
アンジーと出会ってさ――お前の戦い方を見て――ああ、人間の中でもそうやって生きてるヤツもいるんだなって思ったし。
お前――どんな戦いでも、人を殺そうとはしないもんな――いつだって、相手が死ぬような致命傷だけは与えない。
俺、だから、お前の、その戦い方を見て、自分もそうじゃなくちゃ駄目なんだろうなって、再確認ってのか?そういうのが出来たんだ。
なのに、何であいつは、そうなれなかったんだろう――。
つぅかさ――俺が、弱っちぃのかな?』
そんなことは無い――と、その時の僕は、どうして言えなかったのだろう。
ただ、凄く辛くて――悲しくて――そして、何よりも胸が苦しくて……僕は、何も言う事が出来なかった。
ガルドの抱えてる痛みを――僕は知らない訳じゃないのに……。
だけど、気付けばガルドの傍に行き、項垂れている彼を抱き締めていた。
何も言えず――何もしてあげる事が出来ず――ただ、それしか方法がないかのように。
僕は――僕だって、ガルドに言ってもらえるような綺麗な人間じゃない。
憎みもすれば恨みもする。
それに――問答無用で、人を傷つけたり、殺した事がないわけじゃない。
人を守るため――自分を守るために、盗賊を殺してしまった事だってあるのだ。
いつだって、最善を尽くしてる――だけど、そんなに簡単じゃないし、自分を守ろうとすれば牙も剥く。
そう――僕は、偽善者でしかないのだ。
だから――余計に、彼の言葉が痛くて……何も言う事が出来なかった。
僕らはその夜、ずっと抱きしめ合いながら、たぶん、泣いていたんだと思う。
大きな体をして、子供みたいに泣いているガルド。
小さな体で、そんな彼を抱きしめてあげる腕が足りなくて――ジレンマと戦いながら、僕も泣いていた。
彼の言葉が、僕の胸に重く圧し掛かかる。
だけど――それでも、彼を弱虫だなんて――弱いものだなんて思えない。
あのファースの考えよりも、僕はずっとガルドの方が愛しい。
そう――僕の方がガルドを見習いたいくらいに――。
出来る事ならば――彼女の痛みも、癒えてくれたらいいのに……。
僕には、その痛みを代わってあげる事などできはしないけれど―――。




