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僕らは一旦、大神殿まで戻る事にした。
本当なら、このまま王城へ乗り込んでいくのが一番手早いことは判っている。
けれど、それよりも先に半精霊の占術師である彼女から、話を聞きだしたかったから――。
一体、どういう理由から、何故こういう事をしてきたのか――それは、きっと皆が思っている疑問だろう。
僕もまた、このまま王城へ入り込み、例の秘密とやらを探りたかったけれど、それ以上に気になったのだ――この半精霊の事が。
だから、セイと大神官さまの提案に賛成をした。
何よりも、一番に賛成したのは言うまでもなくガルドだ。
彼曰く――かなりの力を使ったため、体力を消耗し過ぎたせいで、空腹を我慢出来ないらしい。
そうして、大神殿まで戻ったものの、半精霊を正妃さまや王女の近くへ連れて行くのは危険を伴うのじゃないか?というアロウの不安を解消させるため、神官見習い達が使うという、大神殿奥の祈りの部屋という場所に移動することにした。
そこは――さすが大神殿というだけあって、かなり広く作られているため、もしもの時には身動きも取りやすい。
と言っても、実のところ、そんな心配は不要だった。
何しろ、こちらには純血の妖魔というだけあるセイが居るから――。
彼の力で、出来る限りの防御を皆に掛けることが可能だったし、半精霊の力を封じるくらいはそんなに難しいことじゃないらしい。
けれど、だからと言って、その力に頼りきるわけにもいかない。
何が起きても良いように、皆が万全の状態を作ることが僕らの力を強くする。
それを忘れてはいなかったから――。
「それにしても、こんな簡単にいくとは思わなかった――」
アロウが感嘆しながらセイを見て言う。
それに、セイはにこりと笑みを作り答えた。
「元々――半妖や半精霊の力は不完全ですからね。純血の力とは差がありすぎる。いくら術を使えると言っても、人間の血が混ざると、どうしても力が弱まる――ほら、ガルドがしょっちゅう食事を摂るのが良い例ですよ」
「――本当だったんだ……」
つい、ガルドを見やり溜め息を吐いた。
まさか、食事量が多いのが、そのせいだなんて…誰も信じてなかったんだけどね……ごめん、ガルド。
「それにしても、随分と力の差があるものなのですね」
大神官さまが感心したように言うと、セイはクスリと笑う。
「精霊と妖魔では、本来力を使う所が違いますけれどね――元は同じなのです。ですから、同じ純血同士だと、きっと今回のようにはいかなかったでしょう。けれど、人の血が混ざると、力が分散されてしまいます。そのせいで不完全な力、不安定な力しか持ちませんので――その所為で体力を消耗するのも激しいのでしょうね。半妖、半精霊には純血の半分も力はありませんよ」
その説明には納得せざるを得なかった。
何しろ、あそこまで完全に占術師である半精霊をやり込める事が出来たのだ。
ガルドも、随分と頑張ってくれていた。
僕らの事を守るため――必死にやってくれてはいた。
だけど――セイの力を前には、半精霊の力なんか足元にも及ばなかった。
「さて――そろそろ、この方に色々とお話をしてもらいたいのですけれど――大神官、貴方にも手伝ってもらいます」
「え?」
セイが、拘束されている半精霊に向き直ると、後ろにいた大神官さまへと声を掛けた。
それには、大神官さまも驚いたらしい。
「貴方達には、守りの術が使える筈――ガルド、食事が終わったら、お前も手伝いなさい」
「……へぃへぃ」
口の中に、目一杯の食べ物を含みながら返事をするガルドは、それでも真剣らしい。
目だけは――その半精霊から離す事はなく、ジッと睨みつけているから。
「まずは――皆さんの安全を確保しましょう。それと――他に話が漏れるわけには……」
セイがそう言っている最中のことだった。
扉がバンッと勢い良く開き、そこから飛び込んできたのは言うまでもなく―――。
「私も同席させて下さいませ!」
――王女だった。
可愛らしい目を吊り上げ、綺麗に結っていたのだろう髪を振り乱し、ドレスの裾を両手で持ち上げ、ここまで走ってきたのだろう彼女は、一国の王女とは思えない程の姿で――しかも、その顔は怒りに満ちている。
「私にも同席する権利があるはずです――長の間、その者とキリクに苦しめられてきた王族の一員としてっ」
扉の入り口で、彼女は一気にそう言うと肩で息をしながら部屋の中に入ってこようとした。
けれど、近くまで来る前にその体が止まる。
「王女――残念ですけれど、ここは危険です――どうか、速やかにお部屋へお戻りください」
そう言ったのはセイ。
しかも、王女の体を術で止めたらしく、手を彼女の方へ向けていた。
セイの声は静かだけれど威厳があり、そしてその顔には――厳しい表情が作られている。
「貴方の気持ちも判りますが――後ほど、他の者に話を聞かせます。どうぞ、今はお引取りを」
セイは静かに、そして有無を言わせない強さがあった。
けれど、王女は当然だろうけれど、必死に抵抗しているようで――。
「けれどっ!」
尚も言い募ろうとする王女に、今度は大神官さまが宥めるように言った。
「王女――王族というのであれば、ここにも一人居ります。その者が、しっかりと聞き、後ほど貴方に話し聞かせることでしょう。どうか――お戻り下さい」
唇を噛み締め、それでも自分はココに居たいと、王女の目が訴えていた。
僕を見て――他の人を見て――。
だけど、誰もが彼女に味方する事はなくて……ううん、出来なかったのだ。
それでも、彼女の気持ちが判らない訳じゃない。
今までずっと苦しめられてきた。
彼女の母は、何度も殺されそうになっていた。
彼女もまた、何度となく殺されかけてきた。
そんな思いをしてきた彼女が、この半精霊を前にして、大人しくしていられるはずはないのだ。
だけど――――。
「ノル――お願い。今は部屋に戻って。貴方を――危ない目に合わせたくない……僕が、後でちゃんと話すから。だから、許して」
気付けば僕は、王女の所まで歩いていき、抱き締めていた。
彼女の、その気持ちが痛いくらい伝わってきていたから……本当には、その気持ちを全部、判ってあげられる事は出来ないけれど、それでも彼女の顔に浮かんでいる表情を見てしまえば、辛い気持ちが伝わらないはずは無くって――。
だけど、僕は彼女にもしもの事があったとしたら、きっと堪えられる自信なんかない。
もしものことなんて、万が一にもないかもしれない。
それでも、ほんの小さな危険すらも、僕は彼女に与えたくなかったのだ。
だって――初めて出来た――大切な友達なのだから……。
「お願い――ノル」
小さな体は、抱きしめなければ判らなかったくらい、小刻みに震えていた。
それは――怒りからじゃない。
今までの、その気持ちと――今、目の前に居る彼女達の苦しみを作り出した元凶への恐怖。
何故、それが判ったのかは自分でも理解できない。
けれど、何故か――そんな感情が伝わってきていた。
彼女は――それを怒りで覆い隠し、ここまで来たのだろう。
「アンジー…だけど……だけど、私は……聞かなければ……」
「大丈夫――僕らが居る。他の人も、ちゃんと聞いてる……もし、心配なら………セイに言って、聞えるようにするくらい、出来るかもしれないよ?」
こっそり、彼女の耳にだけ届くように囁くと、その小さな体が今度こそ大きく震えだした。
ふるふると――それは、小さな子供が泣き出す時によくある体の震え。
僕は、そんな彼女の背中に回した手を、あやすように宥めるように――安心させるように上下させた。
「私は―――私は……ずっと、ずっと……」
その後の王女の声は、嗚咽に消えていく――。
それは、今までずっと胸の中に隠してきた彼女の暗い部分な気がして……産まれてからずっと、恐怖と一緒に生きてきた彼女にしか、きっと判り得ないものなのだろう。
「ハル――ノルを部屋まで送ってあげて……」
僕は顔だけをそちらへ向けて言えば、ハルは小さく頷き近寄ってきた。
すると、ガクリと王女の体から力が抜け落ちる。
それは――セイが術を解いたせいでは決してなかった。
「王女――行きましょう」
ふわりと浮いた王女の体は、頑丈なハルの腕に抱かれていて……本当なら、不敬罪にも相当しそうな彼の行いだけれど、誰一人として咎める者はいなかった。
僕は、力なくハルに抱かれ、連れて行かれる彼女を、ずっと見送っていた。
ううん、きっと、その場に居た誰もがそうだったに違いない。
誰一人として、声を出す者も居らず――ただ、静かに彼女が見えなくなるのを見守っているように――。




