閑話 アロウの謝罪--その間とその後
『俺がデニアの神殿に預けられたのは今から十二年前――俺が八歳の時だった』
部屋の中からは、アロウが一人話し出した声が聞こえ出した。
扉の前、ガルドを始めとした大神官さまという人までが集まりアロウとアンジーの会話を盗み聞きの真っ最中だ。
「始まったな」
「ええ――今度こそ、恥ずかしくない謝罪をしてもらいたいものですわ」
ガルドと王女が小さく呟けば、周りの面々は渋い顔をしてやっぱり頷いていた。
ただ今、ガルドの力により、この場は結界が張られているため、部屋の中の二人には気配すら気付かれている様子はない。
「それにしても、あいつ、話が長いよな?」
「ええ、ウダウダと何を仰ってるんでしょうねぇ…本当に…」
と、今度はガルドの言葉に返事をしたのはエイルである。この二人もまた、どうやら随分と気が合う様子で、アロウ達…否、実際にはアロウ一人の独演会を貶してみせた。
その後、アロウが話し始めたのは……王女の悪口――というか、単なるアロウ一人の僻みとも言える言葉だったのだけれど……。
「ちょっ!どういうつもりですの?!あの方は…私だって、私だって…別にお母さまと一緒に生活していた訳じゃありませんのにっ!!」
「まあまあ、王女、落ち着いて」
「これが落ち着いていられますかっ!あの、馬鹿な兄には、そんな事も判りませんのっ!?」
と必死に言い募る王女に対し、それを宥めているのはテイト神官だった。
興奮し、今にも部屋へと乗り込もうとす王女を、テイト神官は平然と宥めすかしている…のだけれど、その後ろでは、ブレアン三兄弟が呆然とそんな王女を見下ろしていた。
まあ、それもその筈だろう――何しろ、ブレアンの兄弟二人は、王女を幼い頃から知っていたけれど、今までこうして感情を露にするところなど見たこともなく、精々が先日自分達へ向けた怒りぐらいで、それもアンジーを思えばこそだと信じていたのだ。それが、本格的にこうして感情を荒げ、アロウを罵らんばかりの態度を見せられたら、それは驚くべきことだったに違いない。
「それにしても本当にガキだよな、アロウってさ」
「ええ…こんな方が王になるのかと思えば、この先も不安がありますわね…ねぇ?ノルさま」
「ええっ、本当にその通りですわ!こんな兄に、どうして王位が継げるというの?悪いけれど、私は大反対ですわよ?!」
「……って、王女、興奮しすぎだろ…落ち着けよ」
「これが落ち着いていられると思いまして?!」
「まあまあ、ノルさまも…うふふ…随分とお子様ですわね?」
「……エイル……?」
「おいおいエイル、王女の気持ち、逆撫でるなよぉ?」
「……ガルド??」
「おっと……謝罪、今度こそ、始まったみたいだぞ?」
と、王女の怒りが矛先を変えそうになった途端、ガルドは上手いこと話題を変えることが出来たのは、部屋の中の雰囲気が一気に変わってくれたお陰だっただろう。王女も、今までの怒りはどこへやら、アロウの謝罪に真剣な冷静な顔つきへと戻っていった。
『俺は初めから、とか――無かった事とかには出来ない……お前にした事が、どれだけのものか、ちゃんと理解しなくてはいけないと、そう思っている……そうでなければ――父を……今の王を退かせ、自分が王位を継いでも決して人の事を思い遣れる政治など出来ないと――この大陸を守ろうなんてことも出来ないと…』
「その通りですわ……本当に、その通り」
「だよなあ…ったくさあ…アンジーの事を傷つけておいて、今更って感じだけどさあ」
「ですが…アンジーの事ですから、許しておしまいになるんでしょうねぇ……」
締め括るようにエイルが呟けば、その場に居た全員が大きく溜め息を吐いた。
けれど、その中でもブレアンだけは罰の悪そうな顔をして俯いている。それに気付いたのは、たぶん三兄弟と神官さま達のみ。アロウの話に聞き入っている他三人と王女の後ろに陣取っていたハルは、ブレアン達のことまで気が回っていなかったのだ。
「それにしても…何で素直に謝罪の言葉が出てこないのかしら…あの馬鹿な兄は」
「そうだよなあ?まったくよー。俺達だって、ちゃーんと謝ったってのによぉ」
「言い訳ばっかり先走って、肝心な事を後回しにするなど、以ての外ですわ」
と、王女が呟いた時、中でガタンという椅子を引く音が響いてきた。
そして――その後には、アロウの謝罪。
『すまなかった――アンジーの存在を軽んじた事――王女を助けてくれたと言うのに適当な礼だけで済ませ、それが当たり前のような態度を取り、その上、お前の存在を邪魔にした――この行為は、許されるべき事じゃない……だが、ちゃんとした謝罪だけはさせて欲しい』
その途端、その場に居た誰もが中で何が起こっているのか、理解出来なかった者は居なかっただろう。
何しろ、アロウの声が急に小さくなり、尚且つ先ほどの音。
「……もしかして……土下座か?」
「……ありえますわね…」
「あの、アロウが…ですか?まさか…あの馬鹿な兄が??」
ガルドの言葉にエイルが反応し、そして王女がありえないという顔を見せる。が、しかしながら、その後に聞こえてきたアンジーの声に、それがどうやら本当だと知ると、その場に居た全員が顔を強張らせていた。
「……へぇ……やるな、アロウも」
「……まさか…あの、馬鹿な兄が……」
「なかなかの気概じゃございませんかあ…」
と、各々の言葉を口にしてはいたものの、ブレアン三兄弟は固まったまま身動き一つ出来ないでいた。それもその筈だろう――何しろ、アロウは王族なのだ。そんな者が目下の者に跪くなどありえるはずは無いと信じていた。たとえ、それが伝説の中にいた乙女に向かっていたとしても――だ。
「これじゃあ…アンジーのやつ、完全に許しちまうな」
「…間違えないでしょうねぇ…あの方は、本当に心が広くていらっしゃるから」
「ええ…本当に…アンジーはどんな方でも許してしまえるくらい、真実の優しさを知ってる方ですものね…」
そんな会話を扉の前でしていれば、中ではアンジーが焦りながらアロウを宥めすかしている声が聞こえてきた。
どうやら、本当にアンジーも慌てているのだろうことが窺えるアロウの謝罪に、皆も一様に呆れはしても許す方向へと向かっていたのである。
そして――とうとう、王女がガルドへと声をかけた。
「ガルド――悪いのですが、結界を外してくださいますか?」
「え?」
「あのままでは、アンジーが可哀想ですもの……私がアロウを諌めないで、誰が諌められます?」
「…あ、ああ、そうだな…うん。そうだよな」
ニィッと笑ったガルドは、その後には結界を外し、そして王女が堂々とした態度を保って扉へと手を掛けた。
そして――。
「アロウ――お兄様……それ以上、そのままで居ては、アンジーがお困りになるだけ――お話し合いとは決して言えませんわよ?」
その後、アロウは皆に全てを聞かれていたことを少しだけ悔しそうに、そして恥ずかしそうにしていたけれど、それ以上にアンジーとの仲を心配してくれていた仲間にお礼を言ったという。
しかし――ガルドと王女だけは、その後も苦言とアンジーに対しての態度には一々文句が飛んだとの事。
そんな彼らを、ただただ呆然を見ていた傍観者、ハルはその後、王女から『アンジーを守ろうとしてくれていた貴方に、私も守って頂きたいと思います』と言われたのは、王城を取り戻してから直ぐの話だったという。
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後日談(って言うか、その日の夜)
「アンジーってさあ、ホントにお人好しだよなあ」
「…だから、何度も言うけどお人好しでも何でもないんだってば」
「じゃあ、何であんな簡単にアロウの事を許せたんだ?」
「…もぉ…何度も言うけど、許してるって気分じゃないんだよ…たださ、何時までも仲違いしてたら、ノル王女がさ…」
「王女が?」
「可哀想だろう?」
「……って言いながら、本当はアロウが可哀想だとか思ってんだろう?」
ガルドの言葉に、ちょっぴりギクリとしたのは秘密の話。だけど、本当にはそれもまた違ってたりする。
この真相は、きっとこれから先、誰にも言う事はないだろう。
本当にはあの時――少しだけ、本当に少しだけだったけれど、それでも間違えなく怒りは心の中にあったんだ。
何ていうか、アロウが跪いて謝罪をした時――そこまでするなら、何で初めから判ってくれてなかったんだ?って…何で、今更、そんな態度を取り動揺させてうやむやにしようとするんだ?って…。
だけど、何よりも腹立たしかったのは、彼の言葉の中に感じた偽善みたいなもの。
きっと、彼は僕の言葉に何がしかを感じたよりも、仲間であるブレアン達が先に謝罪をし受け入れられた事を知って、僕のところに来たんじゃないのかな?って気持ちもあったんだ。
だってさ……彼の中には、間違えなく僕の赦しを確信してる部分が見えてたんだもの。
そりゃね、僕だって偽善者めいた言葉を言ったさ。彼を許しもしたさ。
けど、それと僕の心の中に芽生えた小さな傷は、ちゃーんと残ってたりするんだよ。
なのに――あの時、ほんの一瞬だけど、僕の中に流れ込んできたものがあったんだ。何ていうか、よく自分でも説明がつかない感情っていうか――そういうものが、僕の胸の中にスゥーッと入り込んできて、それで何もかもが『ああ、もう良いよな…』って、そう思わされてしまったんだよ。
これはさ、僕の心の中だけで起こった変化だったから、誰かに言っても判ってもらえるようなものじゃないだろうって思う。ついで、アロウの言葉に嘘がないんだって事も、その時に感じてしまっていたんだ。
本当には、許したくない気持ちもあった。
本当には、彼を断罪したい気持ちも溢れていた。
それなのに――何でか知らない内に、流れ込んできたものが言ったんだ。
『もう、忘れてやりなさい』ってね。
あ、真実、それが声だった訳じゃないんだよ?ただね――そんな風に言われた気がしただけ。
「まったくよー、だからアンジーは軽く見られるんだって言うんだよ」
「何だよ、それは…僕って、そんなに軽いわけ?」
「だって、あんな事をしたヤツ、あんな簡単に許したらそう思われても仕方ないだろう?」
「でも、あそこまで反省してる人を何時までも無視するわけにはいかないだろう?」
「あれぐらいは当然だろう!?もっともっと、痛めつけて、苦しめてだなあ」
「……ガルド…顔が凶悪になってるよ?」
思わず、そんな風に言ったのは、本当にガルドの顔が意地悪そうな顔つきになっていたから。
まったく、確かにガルドの言い分は判らないわけじゃないけどさあ、何時までも引き摺るわけにはいかないじゃないか……(それは作者の問題でもあるが…)。
それにさあ…早く王城に行きたかったんだもん……それには、彼らの手も必要じゃんか…(これも作者の都合)。
「でもまあ、許しちまったもんは仕方ねぇしな」
「…本当にしつこいなあ」
「明日からは、どんどんこき使ってやる」
「って、それをガルドが言うわけ?」
「言うぜ?俺、アイツらのこと、本当には許してねぇもん」
「……それも、ガルドが言うんだ?」
「…俺は…いいのっ!」
「何で、いいんだよ」
「俺だけは言っていいの!」
「だから、何で?」
「俺は……俺はあっ」
「何さ」
「アンジーの……」
「僕の?」
「守り神だから!」
「……意味わかんないよ、それ」
その後、散々ガルドが喚き散らしていたけれど、僕は知らん顔をする事にした。
だって、本当に意味不明なんだから、この男は。
でもね――今回の事で、一つだけ信じられるものが出来たのは本当。
それは……こんなガルドが、僕にとって、大事な友人になったんだって事。
確かに、色んな意味で彼には呆れさせられる事もあるけれど、そんな彼がどんな状況になっても、僕の味方についてくれるって信じられるようになったんだ。
やっぱり、頼れる者がいるっていうのは、心強いよね。
『俺は、何があってもアンジーの味方だからな!』
うん、知ってるよ――僕も、何があったってガルドの味方につくからね。
本当に、ありがとう、ガルド。声に出す事はあんまりないかもだけど、心の中だけでは何度でも言うよ。ありがとうってね。




