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「俺がデニアの神殿に預けられたのは今から十二年前――俺が八歳の時だった」
そうして始まった彼の告白は、随分と長い時間に及んだと思う。
その間ずっと神妙な顔をして僕の事は見ようともせず、ずっと俯き加減で――だけど、彼も色々と考えた上で話をしてくれているのだろうと思う。レン神官さまに聞いた通り、彼は命が危なくなったから神殿へ来たのだと、そう説明してくれた。
「その後、母には一度も会えなかった。もちろん、ノル王女にも、だ――。だから……母がここに来たと知って、舞い上がってしまった…ノル王女と再会した時より、母に会った喜びの方が勝っていたのも本当だ――けれど、それでアンジーを忘れていた訳じゃない……後回しにしたのは――確かだし、誉められる事じゃないとは判っているが…」
そう言いながらも、彼は少しだけ愚痴を零した。
それは王女のこと。彼女に言われた事は、確かに間違えでもないけれど、酷く癇に障ったらしい。自分は、ずっと母と一緒に居られたくせに――自分は、ずっと母に甘えていられたくせに…と。それは、判らないでもないけれど、ちょっと王女が気の毒になる。だって、実際には王女もまた、母とは別の場所に居てあまり甘えたり一緒の時間を過ごしたりなどは出来なかったのだと聞いていたから…。だから、そんな彼に小さな失望をしていた僕に、けれど彼もまた寂しかったのだろうという同情くらいはあった。とは言っても、王女にまで嫉妬をしている彼は、随分と幼い部分がある事に不安が募るのも本当。こんな人が何れ王となれるのだろうか?と…。
だけどね…そんな彼に、ほんの少しだけれど親近感が湧いたのは秘密にしておこうと思う。だって、さすがにそんな事は口に出したり出来ないものね。
そんな風に、僕が思っていることなどアロウが気付く事はなく、彼も必死で話を続けていた。
「だからって、このままにするつもりもなかったのだ――」
そう言って一旦、口を閉ざしたアロウは、今度こそ僕の顔を見つめ話し掛けてきた。
「……それなのに……あの時の、アンジーの挨拶を聞いて、俺は――本当の間違えを犯したんだ、と、そう思った……お前の真実を知ってお前がしてくれた事を全て無視して……」
王女を――妹を救ってくれてありがとう――と掠れた声で彼は言った。これこそが一番に言わなくてはならなかった事なのに…と反省を込めて。そして、改めて自分が僕に対しての態度を謝罪もしてくれた。
だけど――。
「俺は初めから、とか――無かった事とかには出来ない……お前にした事が、どれだけのものか、ちゃんと理解しなくてはいけないと、そう思っている……そうでなければ――父を……今の王を退かせ、自分が王位を継いでも決して人の事を思い遣れる政治など出来ないと――この大陸を守ろうなんてことも出来ないと…」
必死に言い募るアロウは、どこかガルドのようだ、と思えた。そう、ガルドもまた、自身の行いを決して許せない――と、そう言ってくれたのだ。自分は僕の友達になるのだからと。
まあ、アロウの場合は、友達とかという存在になるには、きっと手の届かない存在になるのだろうけれど……と、そう思うと少しだけ寂しいなとも思える。
「だから――今度こそ、アンジーに恥じない人間になるためにも――」
と言った途端、アロウは急に立ち上がると、その場から少し後退して今度は直接床に片膝をつき頭を垂れた。
そして――今度こそ本当の意味で謝罪を始めたのだった。
「すまなかった――アンジーの存在を軽んじた事――王女を助けてくれたと言うのに適当な礼だけで済ませ、それが当たり前のような態度を取り、その上、お前の存在を邪魔にした――この行為は、許されるべき事じゃない……だが、ちゃんとした謝罪だけはさせて欲しい」
一瞬、本当に一瞬だったけれど、僕は固まってしまった。だって、まさかアロウがこんな風に頭を下げるなんて想像すらしてなかったんだ。それなのに、彼は僕の動揺なんか無視して、ずっとそのままで――だから、僕は慌ててアロウの傍まで走り寄り、どうか立ってくれるようにとお願いしていた。だって、こんな風な謝罪なんか、僕は求めてなかったんだから。そりゃ、彼に一度は怒りを感じた事もあったし、彼の行為に傷付きもした。だけど、その後には失望とともに彼らから何かを求めることを捨てたのは、僕の方だ。
「ちょっと待ってっ!何で、そんな……お願いだから――僕は、そんな風にされるような身分じゃない――お願いだから、頭を上げてよ…アロウのした事は、そこまでするような事じゃないだろう!?」
「いや……これは身分の高さとか、所謂、法で定められている罪の重さは関係ないんだ……お前に一度は計画を話し、一緒に行こうと言いながら、その身を案じているふりをして邪険に扱った……アンジーの心など思い遣る事もせず…自分の思いばかりを重視して。それは恥ずべき行いなどと簡単に――軽々しく言えるものじゃない。これは――正しく裏切り行為だ」
その言葉に、僕は息を呑み込んだ。
裏切り行為――そう、あの時に感じた事。
だけど…とも思う。それは、彼らが必死だったからこそなのじゃないだろうか?と……僕などという部外者が入り込むだけでも、自身が危なくなるかもしれない、そんな計画だったのじゃないか?と……。
「俺のした事は――王族であるからこそ、許されるべき事じゃない。それに俺は……俺の最終目的は、あの王城を元の姿に戻す事――今の呪われてでもいるような、悲しい王城ではなく――竜との契約を交わして王となり、あの王城を…この大陸を正常に戻す事なんだ…そんな俺が、今からこれでは先が思い遣られるというもの……そんな俺が本当の王になど、なれるはずも無い……」
唇を噛み締め苦しげに言うアロウに、僕は何も言う事は出来なかった。というよりも、圧倒されてしまって、言葉が出てこなかったのだ。ただ、彼の言葉に頷き、『判った』というような事は言っていたかもしれない。
だけど――そこまで思いつめている人に、何を言って良いのか僕には見当がつかなかったのだ。
そりゃ、彼のしたことが簡単には許せるような問題ではないことも、僕は知っている。僕だって、そんなに優しい性格じゃないし、ガルドが言うところのお人好しでもない。ただね…そんな僕自身も、偉そうに言えるようなものじゃないって、そう思うんだよ。傷つけられた――なんていうのは、勝手に感じるもの。僕自身が勝手に感じたもの。それを彼らだけに押し付けて良いものなのか?って、そう思ってしまうのだ。(それがお人好しなんだって、後からガルドに言われたけれど…)
確かに、彼は今後、この大国の王となる存在なのだから、それなりの反省は必要だとは思うんだけど…思いはしてもね、これはちょっといただけない…って感じてしまうのは、僕が小市民だからだだろうか?
「許して欲しいとは言わない――いや、言えないが……新しく始めるなどと甘い事も言えない――どうか……判って欲しい…」
「うんうん、判った…判ったから…お願いだから、立ってよ…僕は、そこまでしてもらえるような人間じゃないんだから」
必死にお願いしても、彼は断固として立とうとはしなかった。何度か僕を見上げてはいたけれど、それでも頭を上げる事すらしなかった。そんな彼にどうして良いのか判らず、ただ、必死に立つよう腕を掴む事くらいが精一杯。それなのに――彼は、決して立つ事はなかった。
だけどその時、はっきりと僕の中で変化する感情があった。
彼らに期待などしていなかった。期待しても、また裏切られるのだろうと――そう思ってしまっていた。
一緒に行動する上で、彼らに信頼もおけないし、彼らも僕の事を信頼などしていないのだろうと…そう感じていた。
それが――その気持ちが、何だかとっても小さくなっていく気がしたのだ。そんな風に思っていた僕こそが、傲慢というものじゃなかったのか?――そんな風にすら思えるようになっていった。
確かに、彼のしたことを考えたら、僕の今の考えは矛盾しているのかも知れないけれど…それでも、そう感じられるようになった僕は、決して間違っていないとも信じる事が出来た。
そうして、どのくらいの間、そのままで居たのだろうか。
「アロウ――お兄様……それ以上、そのままで居ては、アンジーがお困りになるだけ――お話し合いとは決して言えませんわよ?」
唐突に開かれた扉から王女の声がして振り向けば、そこには王女をはじめ、ここまで旅をしてきた時の仲間が立っていた。
ガルドはニヤニヤと笑い、ブレアンはあの渋い顔をし、そしてハルは困ったように僕達を見て、ブレアンの兄弟たちは――ただ呆然と見ている。その先頭にいる王女は、威厳ある態度で僕達を見ていた。
「ノル――王女……」
「私は、確かに王女ですが――兄である貴方に、そんな風に呼ばれるような人間ではありません。同じ立場にある者。そんな風に呼ばれる事が、どれだけ嫌味に聞こえるかお判りになります?」
嫌味たっぷりに言いながらも、彼女は決して怒っている様子はない。
可愛らしい顔を、ほんの少しだけ歪め、だけれどその目元には笑みすら浮かべている。
「私、少し見直しましたわ、お兄様。そこまでされる貴方を――私は少しだけですけれど、誇りに思います。だから、アンジーの為にも立って差し上げて?」
にっこり笑って言う王女に、ガルドは『いいじゃねぇか』と笑う。
「そのままで居ろよ。でもって、俺達にも平節てろ」
はあ…頼むから止めてくれ…という僕の思いなどお構いなしに、ガルドはドッカリとアロウが座っていた椅子に腰を降ろした。
そして――。
「お前らも中に入っちゃえよ。椅子、全部埋めちゃおうぜ」
なんて言い出す始末だ。
その所為で、すっかりその場が和んだのは言うまでもないのだけれど、僕はそれでも焦ったままだった。
しかも――アロウの腕を捕まえたままで……。
その後の僕達は、簡単に想像出来るはずだ。
いつものように、王女が笑い、ガルドが文句を言う。
それを宥める僕に、他の人たちの笑う声。
そう――僕達は、その時になって初めて、自分達を認め合う事が出来たんだと思う。
そして、その時に感じたもの……。
今までにない、感情と――優しくその場を包み込むような温かな空気。
けれど、それ以上に――――僕は何かを確実に感じていた。
小さな棘が抜け落ち、そして凍っていた氷が溶けていくような、そんな感じ……けれど、それは自分のものではなくて……誰かの感情が流れ込んでくるような―――。
それが一体何であるのか、僕にはその時には判らなかった。
いや、判るはずもなかったのだ。
だって――僕はまだ、この時には何も知らなかったのだから………。




