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その後、どうにか話が出来る状態に戻す事が出来たのだけれど、時間も遅くなってしまったため、改めて明日にでも話をしようということになった。
彼らとは部屋の前で別れ、王女は僕達が部屋まで送り届けた。
その間、僕達は彼女達の機嫌を取るのに必死だったのは言うまでもないだろう。
せっかく、彼女なりに考え、そして頑張って彼らを連れてきたというのに僕達は台無しにしてしまったのだから。
けれど、部屋に入る前には彼女達もどうにか機嫌を治してくれた――というより、さして怒ってもいなかったようだ。
王女の気持ちは、本当に嬉しかったのだと、部屋に入る前伝えると、それだけで笑顔になり、いつもの彼女に戻っていた。
翌日、ブレアンが大神官さまの部屋に来て欲しいと言いに来たのは、お昼少し前。
どうにか、アロウも落ち着きを取り戻したので、改めて話し合いをしたいと言い出したらしい。
――と言うのは彼なりの気遣いで、実のところ、アロウは丸きり落ち着きなんか取り戻してなどおらず、それどころか大神殿へ来た理由すら擦り返られているらしい。
頭の中では、既に正妃――母親のことで一色というか、その事しかないみたいだった。
一応、ブレアン達がそれなりの説得をし、尚且つ言い聞かせてどうにか連れ出してきたというのが真実というところ。
大神官さまの部屋に行った時、既に王女とエイルもそこに居た。
「お座りなさい、皆さん」
静かに言った大神官さまの言葉で、その場に集まった者達が勧められた椅子に腰を降ろすと、僕達はマントも脱がないままに彼らと対峙することとなったのだった。
アロウは苦虫を噛み潰したかのような顔をし、自分がここに居る事を拒否しているかのようだったし、王女は今にも怒りを爆発させるのじゃないかというほどにアロウを見据えている。
ガルドからは怒りが感じられたけれど、どうにか大人しくしてくれているが、ここも心配なところだ。
どうやら、僕と第三者である大神官さま、テオ神官さまだけが冷静というところか……。
そうして―――。
「まずは、アンジー、ガルド、君達はマントを脱ぐつもりはなさそうかな?」
大神官さまが静かに言うと、僕はマントへ手を掛けようとしてガルドに止められた。
「ないっ。悪いが、やっぱりこいつ等には何も判ってない」
「だが――彼らも動揺をしているのでしょう。いきなり色々な事が起きれば、人というのはそういう状態になってしまうもの」
「――勝手な言い分だ。俺達のことなんか、端から忘れてやがる。その程度の感情で来たってことだろう!?」
「いいえ、そういう事じゃありませんよ…ガルド、君も同じ立場になれば判らない筈は無いでしょう」
「そんな事はしねぇよ、俺は」
ガルドは大神官さまの言葉を撥ね付けると、プイとそっぽを向いてしまった。
まあ、彼の気持ちも判らないじゃないけれど――。
でも、僕でもそうなる事が容易く判る。
もし、自分の立場なら、間違えなくアロウ達と同じようになることだろう。
たった一日くらいで、彼の興奮は治まるはずは無いのだ。
会いたくて堪らなくて――毎晩、夢に見ていたかも知れない。
そんな人を目の前にしたら、誰だって何を優先すべき事なのかなんて、忘れて当然なのだから。
「お母さまに会わせるのは、どうやら後回しにした方が良かったのかも知れませんね」
アロウから視線を外すことなく、未だ睨みつけたままで言い放つ王女もまた、ガルドと同じ気持ちらしい。
だけど――。
「ノル、ガルドも落ち着いて。僕は、彼らの気持ちも判らなくないんだ」
そう――その気持ちは判る。
その時になって、真実、自分がどこへ気持ちを馳せているか判った。
嗚呼、僕は帰りたいんだ――あの、平和で温かかった自分の世界へ……。
だから、アロウの気持ちだけは判る。
だけど――彼らを見ても怒りを感じない訳も、今なら判る。
初めから、僕は彼らに何も期待なんかしてなかった。
あの日、デニアの神殿で裏切りにも似た行為をされて以来。
「アンジーは優しすぎます」
「違うよ、優しいんじゃない――僕は、彼らに元から期待なんかしてないんだ――だから、何も感じない」
そう言い放った途端、彼らの顔色が一瞬にして変わった。
王女は、顔を歪ませ、今では泣き出しそうになっている。
ハルもブレアンも、そしてその兄弟達も、顔を歪めて唇を噛み締めていた。
ただ、アロウは一人、ただ憮然としていた。
ガルドだけは――何だか納得してしまったみたいだったけれど……。
「アンジー……」
ハルが、情けない顔をしながら僕を呼び、僕はそちらへ顔を向ける。
その顔には、はっきりと心痛が現れていた。
ごめんね――と心の中で言う。
だって、ハルは僕の気持ちに逸早く気付いてくれていたんだもの。
ガルドの手が、僕から離れた事に気付き、改めてマントを脱ぐ事にした。
そして――。
「改めて――初めまして皆さん。僕の名はアンジー。ローデンという村から来ました」
何だか、思いっきり的外れな自己紹介をしながら、僕は彼らに笑いかけていた。
彼らとの話は、随分と短い時間で終わりを告げた。
王女は、アロウの態度が最後まで気に入らなかったようだったけれど、自己紹介をした僕を見たアロウもまた傷付いた顔をしていた。
あの場に居た、誰もが傷付いた顔をしていたかも知れない。
だけど――僕は、改めてあそこから始めたかったのだ。
大神官さまも気付いていたみたいで、小さく嘆息しただけで、頷いてくれていた。
ガルドは――『ふん』と鼻で笑って、彼らを嘲笑したつもりだったみたいだけれど、意味を履き違えていることは間違えなさそうだ。
王女は――彼女にも、僕の気持ちが判ったみたい。
無かった事には出来ない感情は、ここにある。
けれど、考えてみれば、本当の姿で彼らと会った時からやり直すことは不可能じゃない筈なのだ。
それを部屋に戻ってからガルドに言えば、思い切り拗ねられてしまった。
まあ、彼にしてみれば自分は必死に謝罪したのに、彼らにはそれを無しで受け入れるのかという気がしてならないのだろう。
けれど、実際は違う。
彼らの謝罪も何も、僕は全部根こそぎ、チャンスを奪ったのだ。
そう教えれば、彼は複雑な顔をしていた。
仕返しをしたい訳じゃない。
彼らのした事を許せないわけでもない。
だけど、僕もまた彼らに本当のことを全て話し聞かせた訳じゃないのに、彼らだけを責めるのは可笑しいことに気付いたのだ。
子供のような喧嘩は終わり――そう言いたかっただけ。
彼らがこれで、何かに気付いてくれたら良い。
けれど、気付けないなら、それでも良い。
そんな傲慢な態度で、僕は今日の再会を無にしたのだ。
夕刻――王女が僕達に声を掛け、一緒に食事をしようということになった。
四人集まっての食事は、やはり楽しいものがある。
確かにガルドと二人だけでも退屈はしないけれど、それでも王女やエイルが混ざるだけで、この場が華やかになるから不思議なものだ。
「それにしても――アンジー。あれで宜しかったの?」
「何がですか?」
「――意地悪はなしよ?……あの、兄達に対しての……事です」
「ああ……うん、良かった、と思いたいなって…考え中」
「でも、あれでは兄達が反省することはありません――」
少しだけ拗ねてみせる王女は、僕を上目遣いで見つめてきて、何とも可愛らしくて仕方が無い。
だけど、ここでそう言ってしまえば、きっと彼女はもっと拗ねて見せる事だろう。
だから、ちゃんと説明することにした。
「ノル…あれはね、反省する事よりも、より厳しい事を強いたって僕は思ってるんだ……アロウ達を――傷つける行為だった気もしてる」
「――でも、アンジーは初めから、ああするつもりだったのでしょう?」
「……どうかな?本当に、そうするつもりだったかは判らないんだよ、実のところ……ただね、自分もちゃんとした自己紹介って、あの時初めて彼らにしたような気がする……今までは傭兵として一緒に仕事をしたり、偶然再会して一緒に食事をしたり、様々なことがあったけれど、デニアの神殿でも、ああして自己紹介をした覚えは無い……」
「……だから?」
「そう、だから――改めて一から始めるのが良いような、そんな気がしたんだ」
「でも――それでは、彼らのした行いが正される事はありません」
きっぱりと言い切る王女の言葉に、僕も納得して頷いた。
「確かに、正される事は無い――だけど、彼らが僕のあの態度をどう取るかで、随分変わってくると思う」
「――どういう、意味でしょうか?」
「あの時の、僕の挨拶に、彼らは傷付いていたと思うんだ。それで、何を感じるかによると思うってこと」
「……何を、感じるか……」
「初めまして、からやり直して今までの事を無かった事にしてしまえるのか……それとも、それを起点として、改めて友人になれるか――ってこと……」
「まあ……」
「だから、良いも悪いもなくて――ある意味、すっごく傲慢な態度を僕は取ったって事」
そう笑いながら言うと、王女は『傲慢じゃないわ』と泣きそうな顔で笑った。
「私には判らない事が多くあります。人との付き合いは、特に判りません……だけど、アンジー。私は貴方の考えに賭けてみます」
少しだけ、悲しそうに笑う彼女は、けれど僕の気持ちにしっかりと同意してくれたようにも思える。
彼女の隣りでは、エイルが納得したらしく大きく頷き、王女の肩を抱き締めていた。
ガルドは、始終食べるだけに力を注ぎ、今回の会話には割り込んでくることはなかった。
というのも、彼には彼なりの考えがあり、けれど王女の気持ちも考慮しなくてはと――少しだけだろうけれど、考えてくれているみたいだ。
「ノル――君の事も傷つけたかな?僕は……」
「いいえ!そんなことはありませんわ!それだけは……ただ、兄達の、彼らの態度が気に入らなくて……それと、アンジーの気持ちに気付いてくれるのか……それが不安なだけです」
嗚呼、王女もまた、アロウが好きなんだな。
いや、生き別れになっていた兄なのだ、好きになって当然だろう。
だからこそ、心配して――。
「大丈夫。彼らは大人です。きっと――良い方向に話が進みますよ」
僕がそう言うと、そうでしょうか?と心配そうに笑った王女を、エイルもまた慰めるように『大丈夫』と笑って言う。
ガルドだけは――『どうでもいいよ』の姿勢を崩す気はないらしいけれど、内心では心配しているのが、ほんの少しだけ見え隠れしていた。
今、この場の誰もが、彼らの事を心配していると思えた。




