55
正妃さまが大神殿へやってきたのは、妾妃キリクの手が彼女の元にまで伸びていったからという話だったけれど、実際その話は真実で、急遽連れ出されたのは刺客が離宮に入り込んだからだと言うことだった。
夕刻にはアロウ達も大神殿へとやってきて、僕達にとって混乱の日となってしまった。
正妃さまとアロウの再会は、とても感動的ではあった。
何しろ彼らは、十数年ぶりの再会なのだというのだから、当然だとも言えるだろう。
王女とアロウが再会した時とは、雲泥の差。
元々、王女とアロウとは、あまり接触もなかったらしく、兄妹という感覚も薄いのだと言う。
けれど、正妃さまにとっては、自分の分身でもあり、お腹を痛めて産んだ子供だ。
感極まるものもあるだろうし、アロウにしてみたって、自分の命を必死に守ってくれた母親なのだから、想いも人一倍だろう。
だから、彼らの再会は、僕にとって良いものだと思えた――んだけどね………。
「これじゃ、当分、落ち着いて話なんか出来ないだろうな……」
「っつぅかさあ、何か、この大神殿が城の変わりになってねぇか?」
僕達は、早々に彼らの再会している部屋から立ち退いて、部屋で待機することにした。
と言っても、人が増えてしまったため、僕達も部屋を移動することになったのだ。
初めは王女と――と言われたのだけれど、彼女の部屋には侍女のエイルがいる為、やはり僕と同様一人で居るガルドと同室にしてもらった。というのも、ここは大神殿というだけあって、来訪者も多いため、それなりに部屋数はあるのだけれど、そのどれもが一人用か二人用。
確かにそれなりの部屋数はあっても、僕達だけで占領してしまう訳にはいかないのだ。
だって――今回、正妃がいらしたのは良いのだけれど、彼女の侍女も一緒だし、ついでにアロウ達は五人だ…。
さすがに、僕も一人部屋にのうのうと居座れる気にはなれなかったというのが本音。
で、他の人と同室になるくらいならば、安全極まりないガルドと一緒の方が良いって訳で――。
「はあ…それにしても、まさか一日でこんな劇的なことばっかり起こるなんて――」
「…劇的ってよりも、王城化しただけじゃんか……っとに、絶対、勘違いしてるぜ?あいつ等……」
「……勘違いって?…」
「アロウ達だよ!」
「ああ……」
「あいつ等の事だから、今回の騒ぎで全部消えうせてるよな、お前の事――」
「さあ…それはないんじゃ…」
「アンジーは甘いっ!あいつ等って、結構強かだぞ!?この騒ぎに便乗して、このまんま無かった事にするくらい、簡単にしちまうっての!」
って、そこまで拘る必要もないと思うのだけど…という感想は、胸に静めて、僕は「はいはい」と投げやりに返事をしておいた。
どちらにしても、このまま無かった事にはならないような気がする。
それは、ガルドも然ることながら、王女の存在……彼女も先ほどは、彼らの再会に感動すらしていたのだけれど、何時まで経っても、僕達に挨拶すらしなかった彼らを剣呑とした目で見ていたのだ。
だからこそ、こっそり僕達はその部屋を退室してきたのだ。
「でもね――ずっと会えなかった人との再会だよ?気持ちが高ぶるのは仕方ないって」
そう言いながら、少しだけ僕も考えてしまっていた。
自分の――本当の世界にいる家族の事を……。
彼らと再会したら、僕も同じようになる気がする。
ううん、それ以上かも知れない。
だって―――夢にまで見るほど、彼らの存在は大きいのだから……。
「ホント、お人好し――」
「そうでもないよ……」
「いいや、そんなことある!」
まったく言い出したら聞かないのは、相変わらずなんだから……と半ば呆れながらも、僕はそんなガルドの態度が嬉しくて仕方なかった。
きっと、僕はこれからもガルドのような友人に出会えた事を誇りにすら思えることだろう。
ただ一つ――。
「ああ、それにしても腹減った!絶対に、あの騒動で俺達のメシのことなんか、忘れ去られてるよな!?」
これさえ無ければ――ね。
翌日になっても、アロウ達が僕達に接触してくる様子はなかった。
ガルドは「ほら見ろ!」と言わんばかりに僕へと抗議をしてくる。
とは言っても、正妃の体調が良くない事も知っているから、その所為だろうと僕が言えば、どうにか大人しくはしてくれていた。
けれど――もう一人の伏兵を失念していた僕――。
「アンジー、今、お時間、ありますか?」
王女が僕達の部屋に来たのは、夕食も終わってノンビリしていた頃の事。
昨日から、食事を別々で摂っているため、顔を合わせることもなかったのだ。
扉を開けて招きいれようとして、僕はその後ろで項垂れている男数人を見て驚きを隠せなかった。
「この方たちに、自分達が何しにいらしたか、どうか思い出させて差し上げて下さい」
王女はそう言った途端、後ろに控えていた人達を突き出すように、自分の場所を譲る。
そして、彼らを先に部屋へ押し込むと、彼女達もまた部屋へ入ってきた。
「ご自分達のするべき事を忘れた愚か者達です――後一人は、自分の愚かさも気付いておりませんので、ここへ来る事がありませんでしたの」
王女は、今までになく辛辣な言い方をして、男数人を睨みつけていた。
「ノル――ちょっと落ち着いて……」
「私は落ち着いておりますわ、アンジー」
僕の言葉も最後まで言わせない辺りは、随分とご立腹なようだ。
確かに、彼女の気持ちは嬉しいけれど、何もそこまで――と思うのは僕だけなのだろうか。
だって――アロウは、自分の母と再会したばかりだっていうのに……何も、そんな風に言わなくても…。
「アンジー…悪い――俺ら、少し舞い上がってて……」
と口火を切ったのはハル。
大きな体を小さくするかのように縮めて、項垂れるだけ項垂れて――見ている僕の方が気の毒に思う程。
「舞い上がるにも程がありますっ。貴方達のご主人に、言い聞かせる事も出来ないなんて――情けないとは思いませんの!?」
「申し訳――ありません…ノル王女」
「言い訳や謝罪は、私ではなく、アンジーにこそするべきです。一体、何を勘違いなさっているのですか!」
王女の叱責に、そこに居た四人が小さな声で返事をする。
その様は、同情に値するとは思うのだけど――そんな彼らを見ているだけで、ついつい笑いが込み上げてきてしまうもので。
ともすれば、その場で笑いそうになる自分を叱咤し、どうにかマントとフードで隠れている自分の顔を元に戻そうとは思っているのだけれど、どうにも可笑しくて体が震えるのを抑えることすら出来そうにない。
それなのに――王女の叱責は、尚も続いていた。
「ノル――もう、その辺にしてあげて――可哀想だから…」
必死に言っては見たものの、声が震えているのは隠す事が出来なかった。
僕の隣りで、事の成り行きを見守っていたのか、それとも呆然としていたのか、ガルドはとうとう耐え切れなかったのだろうか、それとも僕に同調したのだろうか、大きな声で笑い出してしまった。
そして、僕もそれに釣られるように声を上げて笑い出した。
それを見た他の人達は、何事かと思ったのだろう、キョトンとした顔をして僕達を見つめている。
だけど、考えても見て欲しい。
大の男四人が、可愛らしくもある女性に叱られて小さくなっているのだ。
しかも、その大の男達は、一人を除いては剣の使い手でもあり、また力のある者達。
そんな者達が、揃いも揃って女性に叱られ小さくなり、尚且つ反論すら出来ないで棒立ちになっている姿は、あまりにも笑いを誘うものでしかないだろう。
確かに――笑ってはならないとは思ったのだけれど……。
「あ、アンジー?」
「ご、ごめん――でも、ちょっと無理――」
笑いは止まらず、ガルドもお腹を抱えて座り込んでまで笑い続ける。
そんな姿もまた、僕に笑いを止めさせてくれない要因の一つになって、更に笑う。
「――アンジー……」
とうとう、呆れたように王女が声を掛けてきて――けれど、僕達には、笑いを止める事は出来なかった。
だって――そんな王女とエイルもまた、苦笑を始めてしまうのだから……。




