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大神殿での生活は、とても快適だった。
数日は、僕達の体を気遣い、来客もほとんどないままガルドと王女、それにエイルと四人で、まったりとした時間を過ごす事が多かった。
先日、ガルドと漸く仲直りをしたお陰もあってか、今まで以上に穏やかな時間を過ごす事が出来ている。
時には、大神官さまとその補佐をしているテオ神官さまが参加される事もあったけれど、その時にガルドの本当の姿が見られるように――と、王女とエイルに術を施してくれた。
その時の二人ときたら、思い出しただけでも笑ってしまうくらいに驚いていたっけ。
エイルに至っては、本当に腰を抜かしていたほどだ。
ガルドの態度は、相変わらずで――時々恥ずかしくなる程に横柄だったりするけれど、大神官さまも、この大神殿にいる全ての人も多めに見てくれている。
もちろん、王女とエイルにしても同じで――このまま甘やかせては拙いことになるんじゃないか?って思う程だ。
けれど、誰一人として、彼の事を咎める事はしなかった。
それは――大神官さま曰く、彼の存在が大神殿を明るくさせているから。
また、もう一つには、彼の力が大神殿に齎すものが大きいとも言われた。
それが何なのか――と言えば、彼らの持つ力には難事を避けるという特殊なものがあるらしい。
本人には判らないらしいのだけれど、それは確かにあるのだと言う。
そう言えば――僕達が旅をしている間に、酷い惨事を見た事も受けた事もなかったように思う。
それを考えたら、何だか有り得ることかもしれないとさえ感じられた。
そして、本日も大神殿で、まったりな時間を送っている。
何しろ、何かを手伝うというと、言葉丁寧にお断りされてしまうのだ。
何故なら――僕達の存在がどうのという問題ではなく、彼らにとってはこれらが仕事で、そして修行なのだそうで――それを他の人に頼むことは、楽をするということになるらしく、それでは素晴らしい神官にはなれないらしい。
彼らには彼らの、それぞれ与えられた仕事というのがあるのだから――と。
ということで、僕達は仕方なく、自分達の部屋でまったりするしかないわけで――それでも、大神官さまから借りてきた本を読んだり、勉強をしたりはしているんだけれど……。
「なあ――アンジー」
「うん?」
今日も、僕の部屋に陣取るガルドは、僕の隣りに座って本を読んでいたりする。
「実はさ――ちぃっと気になる事があるんだけど――」
「うん??」
「この王都に入ってからさ――ずっと気になってる事――」
「何?」
「あの、王城を見てると――凄く禍々しいって言えばいいのか? そんな感じがしてさ、気持ち悪ぃんだよな」
「――――ああ……」
どうやらガルドも、あの王城を見てそんなものを感じ取っていたのか――と、僕は小さく溜め息を吐いた。
それは、僕もずっと思っていた事だ。
この大神殿からも見える王城は、時々、大きな黒い雲で覆われてしまっているんじゃないか?って思う程に、怪しい雰囲気がある。
「何ていうか――呪いみたいなさ……」
「ガルドも感じてたんだ」
「ってことは、アンジーもか?」
「うん――何か、人のものとは思えない、何ていうか気持ちの悪い感じ」
「そうそう!それ!」
僕達は、お互いの顔を見合わせて大きく頷いた。
「何か、気分悪いんだよな、見てるだけで……」
「うん――判る」
「妖魔の力だったら、その根源とか判るんじゃねぇかな?って思ったんだけど――まさか、こんな事でセイを呼び出す訳にもいかないし」
「というか、そんな事で呼び出そうと考える事自体、どうか?と思うよ――僕は」
僕の言葉で、何時ものように口を尖らせて拗ねるガルド。
けれど、僕も少しは考えた。
何だか判らない、あの暗い雰囲気の王城は、普通では考える事が出来ない気がするんだ。
まあ、セイを呼び出そうとまでは思っていなかったけれどね。
というか、それ以前の問題で……どうやってセイを呼び寄せるのか?ってこともあったんだけどさ。
「ああ、それとさ――」
「うん?」
「お前の謎も、まだ解明されてないよな」
悪戯っぽく笑って言うガルドに、僕は小さく肩を落としながら『ああ、そうだね』と呆れていることを隠さず頷いておいた。
確かに、それはそうなんだけどさ――。
でも、ガルドまでもが知る必要性があるのか?って話だよね。
それでも、彼が真実を知りたいという事が、悪いとは思えない。
僕もまた、本当の事を知りたいという欲求は、決して隠す事が出来ないのだから。
そんな事を考えていると、扉をノックする音が聞えてきて――。
「誰?」
「私ですわ、アンジー。少し、ノルさまが、もし良ろしければ、お茶にしませんか?と」
扉の向こうから聞えてきたのは、王女の侍女であるエイルの声だった。
「ああ――判った、今行くよ」
「ガルドもご一緒ですよね?」
「うん、ここに居ます」
「では、お二人で」
「判りました。ノル王女の所へ行けばいいですね?」
「はい、お待ちしておりますわ」
どうやらガルドにも彼女の言葉は聞えていたらしく、さっさとマントを着込み、僕にもマントを投げて寄越した。
「やっと、暇から開放された!今日は、どんな菓子が出てくるのかな!?楽しみだぜ」
と早くも食べることばっかりだ。
まったく――この前まで、あんなに大人しくしててくれたのに――この能天気男め――。
そう思いながらも、僕はそんな何時もと変わらないガルドに好感を持たずには居られなかった。
王女の部屋へ行くと、中では彼女が難しい顔をして僕達のことを迎え入れた。
「アンジー、ガルド――ようこそ」
「お邪魔します」
少し困ったように笑っている王女へ挨拶をしてから中に入ると、中では既にエイルがお茶の用意を始めていた。
僕達は、着ていたマントを脱いで自分達の座る椅子の背凭れに掛けると、王女に首を傾げることで問い掛けてみる。
すると――。
「叔父さまから連絡が来ましたの――」
「――叔父というと――宰相さま?」
「そうです……彼から、お会いしたいという、お手紙を大神官さまがお預かりして来て下さったんです」
「……そう、ですか……」
「どうやら、アロウ達も随分と反省してるという事なのですが――ガルドから以前聞いた話では、デニアの神殿で一度は反省していたものの、結局は同じ事を繰り返した――ということですし……」
それを聞いた途端、ガルドが小さく唸った。
僕は――といえば、あんまり気にもしてないらしく、胸の奥に疼くものすら感じない。
けれど、反対に王女の方が傷ついているかのように顔を歪め――いや、実際に傷ついているのだろう。
「私には、どうお返事すれば良いのか判りません――けれど、叔父さまにはお会いして、私の無事を知らせたいとも思っております……でも、その時にはアンジーにも居て欲しいと……」
「うん……別に気にしないでいいよ。僕のことは……」
「いいえ!私の命を救って下さったのは、アンジーですもの!確かに――アロウ達も来て下さったわ。けれど、あの時、私の乗っていた馬車を身を呈して守ってくださったのはアンジーです」
今にも泣きそうになりながら言う王女に、僕は怯みそうになる。
けれど、別に僕の言った事は『会いたくない』という意味じゃなかったのだけれど――どうやら誤解させてしまったらしい。
「ノル王女――僕は、別に会わないとは言ってないから――そんなに必死にならないでよ」
「……また、王女とつけた……」
と、今度は違うところを指摘して王女が拗ねる。
嗚呼、もう――どうしてこうなるんだろう……彼女もまた僕よりも年上だった筈なのに……。
「ああ、ごめん――ノル…で、僕は、宰相さまに会うことは嫌だと思っていないよ?」
「本当ですか?」
「うん――まあ、アロウ達とは会った所で分かり合える気がしないけれど――だけど、宰相さまには一度お会いして、色々と聞きたい事もあるから――」
「まあ!ノルさま、良かったじゃありませんか!アンジーは、何て心優しい方なのでしょう!」
エイルが嬉しそうに笑い、その声に反応するよう王女がふわりと微笑んだ。
唯一、ガルドだけが大人しく、一言も口をきかないでいる――と思ったら……どうやら、お茶菓子に夢中だったらしい。
「ガルド……」
「え?あ、ああ、俺は別にアンジーと一緒でいい。大体、俺はアンジーが良ければ何でもいいんだ」
「お前ね――それで良い訳?」
「おお。当たり前じゃん。俺は、アンジーを守るためにいるんだからな」
なんて偉そうにして言う割りには、口の周りにお茶菓子として出された焼き菓子のカスがついていたりして……ちょっと格好悪いと思うんだけど――と思いながら、僕は小さく吹き出してしまった。
すると、王女達も釣られるように笑い出す。
意味が判っていないガルドだけは、片眉を上げて『なんだよ』と拗ねてはいたけれど。
「それで、お聞きしたい事って、何ですの?って…私も聞いて、宜しいかしら…」
「ああ、それは――うん、構わないよ……ただね、王城の事――すんなり入れるものなのかな?って」
「まあ――それは確かにすんなりとはいきませんでしょうけれど……」
「そうだ!後さ、さっきアンジーにも言ってたんだけど、あの王城って何か呪いでも受けてんのか!?」
「「え!?」」
ガルドの言葉に反応したのは、王女とエイル。
段々と顔色を失い、そして小さく項垂れた王女は、けれど唇を噛み締めるようにして泣くのを堪えている様子。
反対にエイルは、段々と怒りを露にしながらも、体を震わせて拳を握り締めるありさま。
何か――地雷を踏んだ気がするよ、ガルド――。
と、彼を見やれば、『何だよ』と視線で返されてしまった。
嗚呼、この二人、大丈夫なんだろうか――?




