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次の日の朝、ガルドが早い時間から僕の事を起こしにやってきた。
「少し、話がしたい」と真剣な声で言う彼が、少しだけ緊張しているのだろうことが窺えて、僕は首を傾げてしまったくらいだ。
まあ、別に用事があるというわけでもないし、大神殿の手伝いは大神官さまから当分要らないと釘を指されてしまっていた為、仕方なく受け入れる事にしたのだけれど、どうにも変な感じだ。
とりあえず、僕の部屋の中へと通すと、何も言わないのにしっかり椅子を出して座り込む辺りは、さすがガルドと言える。
小さく苦笑を漏らしながら、僕は彼と向かい合って話をすることにした。
「とりあえず――ちゃんと顔を見て話がしたいから――」
そう言ってガルドは、自分のマントを脱ぎ捨てた。
彼の姿は、セイが掛けた術のせいで傷の跡があるのだけれど、僕の目にはしっかりとガルド本来の姿が見えている。
その姿は、間違えることなく何時も目にしてきたガルドで――だけれど、とても真剣な顔つきは、珍しくも思えた。
「まずは――ごめん!」
いきなりガルドはガバッと頭を下げながら言う。
僕にしてみれば、何なんだって感じなのに、彼は一向に構うことなく続けていった。
「デニアの神殿で、アンジーの気持ちも考えずに面白そうだって簡単にあいつ等の話に乗った事、それからその後に何も無かったみたいな態度を取った事――後は……レン神官と話してたの、聞いた事、全部謝る!」
頭を下げたままのガルドは、言い切った後、けれど頭を上げる事もせずに僕の言葉を待っているみたいにも見えた。
だけど、どう言えばいいのか――僕には、この時まるで判ってなかったと思う。
短いながらも一緒に旅をしてきて、お互いに信頼していた時期もあるはず。
それなのに――今は、そんなガルドを嫌いになったわけじゃないのに、信頼出来ない時もある。
全面的に、彼を信用出来なくなってきている事は確かで――だけど、だからと言ってガルドを嫌いな訳じゃない。
この気持ちをどう表現すればいいのか――。
「アンジー、許してくれ。俺――俺こそ、自分の事ばっかりだった――お前の気持ちとか全然考えてなくって――昨日、王女と友達になる時に言った、あの約束で――俺、自分のした事、全然お前に謝ってなかったって思ったんだ」
「ガルド……」
「直ぐには無理だって、そうレン神官にも言われてた――だって……一度信用を失うと、その倍以上掛けないと信用とか信頼って戻ってこないって――」
「………ガルド?」
「だけど、だけどさ!俺っ」
下げていた頭を今度は勢い良く上げたもんだから、びっくりして彼の顔を凝視してしまった。
「あれ以来、お前がマントを外さなくなって――俺の前でもそうで……すっげーー勝手な言い分だけど、悲しかった」
そう言うガルドは、苦しそうな顔つきをして僕の事を見つめていた。
その目は、本当にガルドなのかってくらいに真摯で…それだけじゃなく、傷ついているようにも見える。
「俺はさ……お前の母さんと約束したから、絶対に守るって思うけど――それはお前が女だからとか、伝説の何とかってヤツだからじゃないってこと、全然伝えてなかった気がする」
懺悔――という言葉が似合いそうなくらいの告白をしてくるガルドに、けれど僕は少しも心が動かなかったか?と聞かれれば嘘になるかも知れない。
ただ、それでも何かまだ、僕の中に渦巻く黒い靄。
単に子供みたいに拗ねているだけじゃない、何かが僕の中には確かに存在していたのだ。
「あの時――王女を助けに行くと話をしてた時――アンジーを巻き込みたくないって言うあいつ等の言葉を鵜呑みにして、でもってアンジーを傷つけるなんて思いもしなかった――レン神官と二人で話をしてるの、聞いて――俺、自分のしてた間違えに気付いた癖に、アンジーに甘えて謝りもしなくて……」
あの日の事が蘇り、ふと胸の辺りがツキンと痛む。
それに気付いたのか、ガルドまでもが痛そうな表情を浮かべて、僕をずっと見つめていた。
「お前の顔――見えないけど、雰囲気とか全部、気付けるくらいアンジーと一緒に居たのに……お前の、今の気持ちとかも…別に心とかは読めないぞ?俺――そこまで器用じゃないし、そんな術も俺にはないから――だけど、それでも気付くくらいはアンジーのこと、ちゃんと見てきた。それなのに……俺は間違えを犯した。友達だって――アンジーのことを友達だって思ってたのに、お前を傷つけて――そんなの、許されないって知ってたくせに…」
ガルドの必死な言葉は、僕の中で宙に舞う。
確かに――僕は、その言葉を欲していたのかも知れない。
それなのに、どうしてこうも空回りに聞えてくるのか……まるで他人事のように……。
彼が最近、必死に僕を守ろうとしてくれていた事は気付いていない訳じゃない。
それに――時には愚痴すら言ってた彼が、ここ数日は一切言ってない事にも、僕は気付いていた。
それなのに、どうしてなんだろう…と考えて、僕は一つの事に思い至った。
嗚呼、僕もまた彼を傷つけることで、仕返しをしていたのかも知れない――と。
だけど――僕の中にある、彼らの裏切りに似た行為は、どうしても簡単に許せるって言えなくて……。
それこそ、子供みたいだな――と、この時になって漸く僕の中で納得のいく答えが出てきてしまった。
意地になってたんだ――。
僕の気持ちに気付かないで、勝手な事ばっかりしたり言ったりして、その癖一度も謝ってくれなくて。
その弁明すらしてくれないガルドに対して――。
何だ……本当に子供みたいに拗ねてただけじゃないか、僕は――。
「あん時の――あの電気みたいなやつ――」
「え?」
「あれ――大神官に聞いたら、アンジーの心の拒絶ってヤツだって言われて、俺、本気でショック受けた」
「はあ?」
思わず大きな声を出してしまったのは、ガルドの『大神官』って言葉だった。
何時の間に、彼と話なんかしたの!?と――。
すると、それに気付いたのだろうガルドが言う。
「昨日――お前が眠っているみたいだったから、心配になって――ほら、お前って時々魘される事とかあったから…そんで部屋の前にずっと座ってたんだ、俺。そしたらさ――大神官がやってきて、少し話をして――そん時に聞いた」
嗚呼――ガルドもまた気付いていたんだ、僕が魘されているの――。
と、何故かそっちの方に気を取られてしまった。
「大神官が言うには、お前が俺達のした事に心を痛めたから――そんで、その所為で俺達を拒絶してるんだろうって――そう言ってた。だから――さ、俺――俺さあ……アンジーに拒絶されんのだけは、絶対に嫌だって思ったんだよ」
あいつ等に拒絶されるのは全然平気なのにさ、と続けたガルドの心が、少しだけ垣間見えた気がした。
彼は、何時だって人間に対し小さな恐怖と恨みを持っていた。
何しろ、自分達の仲間を殺したのは人間なのだ。
人間の勝手な思い込みで、静かに暮らしていた集落を焼かれ、自分の仲間だけじゃなく、親までも殺された。
それなのに――彼は僕と一緒に居たいと言ってくれた。
確かに、その動機は不純なものかも知れない。
だけど、それでも僕だって人間だ。
それなのに――彼は、そんな恐怖とか恨みを僕に向けたことなど一度もなかった。
ましてや――僕と僕の母を自分達のテリトリーに迎え入れさえしてくれたのだ。
何もかもを受け入れてくれて、僕を信じてくれて――なのに、僕はたった一度の彼の間違えをこんな形で責め続けて――情けなさすぎる――よね。
「ガルド――」
「俺――お前の信用とか信頼、絶対に取り戻してみせるって思ってる――けど、けどさ――拒絶だけはしないでくれよ……俺、そんなのだけは、絶対ヤダ」
そう言ったガルドの目には、大粒の涙が溢れていた。
ホント、感情表現が激しいっていうか――と、つい苦笑してしまいたくなった。
けれど、それは同時に自分にも言えることだ。
こんな風に、母以外の人と旅をする事になるとは思ってなかったし――彼が同行するという事に、少しずつ甘えていた自分――そんな彼を僕は傷つけてしまっていたんだって…素直に、この時になって感じることが出来たように思える。
彼の言葉が――あれ以来、初めて心の中にストンと入り込んで――嗚呼、そうだよね――。
「もう、いいよ、ガルド――お前の気持ち、ちゃんと伝わってるから――それに、僕もガルドに酷い事をしてたんだって、今気付いた。ごめん」
僕は、そう言いながらマントを脱いで見せた。
すると――今まで、ずっと暗い顔をして泣いていたガルドが、今度は一生懸命に笑顔を作ろうとして何度も失敗しながら泣き笑いを始めたのだった。
その顔が――何だか凄くヘンテコで――つい、笑いそうになって唇を噛むことで押し留めるのに必死だったのは秘密だ。
そうして僕達は、デニアの街以来、可笑しかった関係に終止符を打つ事が出来たのだった。
本当の意味での仲直り――だ。
けれど、だからと言って、全ての靄が晴れたかと言ったら、どうやらそうでもないみたい。
とは言っても、随分と見通しの良い、心の中になったことだけは間違えないと自分で感じる事が出来た。




