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「あの女の所為ですわ!あの女のっ!」
怒りを露に言い募るエイルを宥めるよう、王女が手を差し伸べるものの、彼女もまた傷ついているのだろう、震える手ではエイルの怒りを止める事は出来なかったようだ。
「カーナさまは、とても聡明で美しい方でしたのに。国王陛下とも幼馴染として育ち、とても仲睦ましい関係でしたのに――あの娼婦のような女が来てからというもの、王城は瞬く間に呪われていったのですわ!」
唇を震わせて、怒りに任せながら悲鳴みたいな声をあげるエイル――そして、その隣りにでは蒼白な顔をしている王女。
そんな二人を見ながら、僕は息が止まりそうになった。
「おいおい――まさか、そんな訳ねぇだろ」
「いいえ!間違えないのでございますよ!あの女が連れてきた占術師のせいとも言えますっ」
「え??占術師??」
「そうでございます。占術師、あれがあの女の隣りで並び立ち、何時も何かしら告げ口をされて――その度に人が減っていき……王城は、いつも暗い雰囲気に……」
最後の方は、涙と流しながら言うエイルに、僕達は何も返すことが出来なかった。
その隣りに座っている王女もまた、涙が溢れ落ちそうで――。
「母も――私達も無事で居られたのは、今の大神官さまがいらして下さったお陰です」
絞りだすように付け足した王女の顔は、苦しそうに歪みきっていた。
けれど、それが決して嘘や偽り、また自分達を守る為だけに言っているのじゃないということが、どういう訳か伝わってきて――それは同時にガルドも感じていたものらしい。
僕達は、そんな二人を前に、慰める言葉が出てこなかった。
だって――どうにかしてあげたくても、僕達に出来る事など高が知れていて、慰めの言葉を口にところで、彼女達を余計に傷つけてしまう可能性があるのだから。
けれど―――。
僕達にも一つだけ、出来そうなことはあったけれど……。
「ノル――僕には何も出来ないかも知れないけれど――まずは宰相さまにお会いして、どうするべきなのかお話する事は出来ると思う」
僕の言葉に同意するよう、ガルドも大きく頷き、彼女達を見つめていた。
すると、エイルが泣きながらも『お願いします』と何度も言い、それに釣られたように王女もまた『ありがとう』と言ってくれた。
とは言っても――僕には力なんて何一つとしてないに等しく、そんな自分が何か少しでも役に立てる事があるかどうかも判らなかったけれど……。
その後は、何時ものように、僕達は穏やかなお茶の一時を取り戻す事が成功した。
というのも、ガルドのお陰だと言える。
なんと言っても、あの男は、いつだって食欲を満たす事に必死で――だから、あの後もまた、お茶菓子が無くなっている事を二人に告げたためだ。
『お菓子、無くなったんだけど……お代わりとか、あるのか?』と言われた時、僕は一人で呆れ、王女とエイルは吹き出し、そして悲しみの時間は過ぎ去ったのだった。
それから数日後の事。
王女が宰相さまとやらに連絡をしたお陰で、彼が来訪するという話を大神官さまから聞かされた。
おいでになるのは、どうやら夜になってから――と言うのも、昼間には王城で仕事をしているかららしい。
本来は、お城に自分の住処を用意してもらっている筈なのだけれど、彼も何か感じる部分でもあったのだろう、家族を守るためと王城から少しだけ離れた場所に自宅を置いている。
ついで、正妃さまもまた、その近くの離宮とやらに身を置いているらしい。
まあ、その辺の所も、色々と聞かせてもらえるだろうということで、僕達は彼の訪れを待つことにしたのだった。
宰相さまがいらしたのは、食事が始まる少し前の事。
最近では、大神官さま達と一緒に夕食を摂るというのが決まりごとになりつつあり、一つの部屋に集まった頃、彼の来訪を告げられたのだった。
「初めまして――アンジーとガルドで宜しいか?」
大神官さまの部屋に入ってくるなり、彼は気さくに声を掛けてきた。
それは一国の宰相という仕事に就いている人とは思えないほどの気さくさで、緊張する事もなく彼との挨拶を交わすことが出来たほどだ。
「私のことはカールと呼んでくれたらいい」
そう言いながら手を差し出してくる仕草も、あのブレアンの父とは思えないほどだ。
どちらかというとアロウと似ている感じがするその性格は、けれどやはり年長者の貫禄があり、またこちらを気遣っての対応だと感じられる。
王女とも再会の挨拶をして――互いの無事を伝え合った後、僕達は一つのテーブルを囲むこととなった。
「まずは――我が不詳の息子達が失礼をしたこと謝罪すると同時に、王女を身を呈して守ってくれたこと感謝します」
そう言って、難なく頭を下げる彼に、僕は王女の姿が重なった。
この国の上に居る人達は、どうしてこんな簡単に頭を下げられるのだろうか――と。
けれど、決して軽く考えてないからこそ、そうできるのだろうとも思えて――。
「いいえ――どうか、そんな風に頭を下げないで下さい」
「そう言って下さるとありがたい――」
顔を上げた彼の顔は、もうすっかり笑顔に戻っていて、その顔がとても人懐こさを感じるものだったからだろうか――僕は、すっかり彼の事が気に入ってしまっていた。
「では早速、お話をさせてもらいたいのだが――その前に、食事の時間だと大神官から叱られそうだな――」
そう笑って言う彼に、大神官さまとテオ神官さまが苦笑しながら『そうですよ』と言う。
僕たちもまた、そんな彼らに釣られながら笑いはしたものの、直ぐにマントを身に着けて、食事を運んでもらう準備をした。
この大神殿においても、僕達の本当の姿は秘密なのだ。
といっても、実のところ、知らない者の方が少ないのだけれど――僕達の姿を目にしてしまうと、他の者達はそれだけで浮き足立ってしまうため、仕事にならない――ということから、僕達はいつもマントを着用するよう言われている。
もちろん、部屋の中でまで着る事はないのだけれど……。
神官見習い達が持ってきてくれた食事を、皆で口にしながらの話題は、アロウとブレアンのことが中心だった。
カール宰相は、随分と彼らを叱り付けてから、こちらへ足を運んでくれたらしい。
それも――王女からの告げ口があったからこそ――みたいだけれど……。
「まったく――自分達のことしか頭にないから、人を平気で傷つける――それでは、今の王たちと何ら変わらぬ」
「まったくですわ!アンジーが、どれだけ心を傷つけられたか――まるで見ようともなさってらっしゃらなかった――何故なのか、そんなことすら気付けないだなんて――」
カール宰相の言葉に、エイルが奮起しながら言うと、隣りで王女が嗜めるよう腕を突付く。
すると、ガルドが『俺も人のこと言えねぇからなあ』と、その場を明るくするよう言ってくれた。
「ノル王女が言ってくれなければ、私も知らぬまま、彼らを王城へ招いていたところだ――が、早々に判って良かった……あのまま、彼らを王城へ連れて行っても、それでは解決できないことが多いからな」
笑いながら言っている宰相だったけれど、その言葉の奥には呆れにも似た怒りが含まれている気がした。
「目先に捕らわれ、周りが見えなくなれば、自分達の計画など簡単に失敗する事もあるというのにな――それを咎める立場にあっただろう兄弟達も、まるで気付かぬとは情けない…それが我が息子達だと思えば、尚腹立たしいが……まあ、終わってしまった事をとやかく言っても始まらぬ――それよりも、今後あの者達がどうするのか、見ものだな――」
「まあ、叔父さま――お手を貸して差し上げるつもりでこちらへ来たのではなかったのですか?」
「まさかっ!私はそこまで優しくも甘くもないですよ?ノル王女。自分達が犯した罪は、自分達で償う――これが、成人した大人の扱い。私は見ているだけの傍観者になるつもりです。後はあの者達が、どれだけ反省をし――そしてアンジーに対して尽くすのか見ることで、今後の事を判断するつもりです」
「それが宜しいですわ、カールさま。けれど、私は何時だってノルさまとアンジー達の味方ですから……もしもの時には、二度と彼らとアンジーを会わせないことも考えておりますからね!」
エイルがそう言うと、その場に笑いが起こった。
そして――。
「そうしてくれると助かりますよ、エイル。大神官も、その辺のところを見極めてください――レン神官は、どうしてもあの子達の育て親として甘く見てしまう衒いがありましたからな」
「判りました――では、私達は 中立の立場として皆を見ることにしましょう」
穏やかに、けれど決して揺ぎ無い口調で言う大神官に、カール宰相は大きく頷くとこの話は終わりとばかりに他の話題へと移っていった。




