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デニアまでは、順調過ぎるくらい順調に進んでいった。
たとえ、ガルドがどれだけ一日中文句ばっかり言ってたとしても――たとえ、彼がどんだけ他の旅人や関係のない人達に悪戯をしていたとしても――たとえ…いや、もういいや…とにかく、ガルドの事がどうであっても、デニアまで来る事が出来たのには間違いのない事実なのだから。
デニアは、僕が思っていた以上に大きな港を抱えた街だった。
この国の玄関口なのだと教えられて、納得せざるを得ない繁栄を保った街。
それだけに、様様な問題もあるようだけれど、それはこれだけの街であるなら当然だろうとも思える。
大きな港には、今まで見た事のないくらいの(まあ、僕の村周辺には港なんかなかったから当然なんだけど)大きな船が一つや二つじゃない――港の至る所にたくさん停泊しているのだ。
隣を歩くガルドも、初めて見る光景に感動してるのか、珍しく『すっげぇ』くらいの言葉しか出てこないみたい。
いや、それは僕も同じなんだけれど――。
そうして、ある程度は港に感動したり、大賑わいの街を見ては感動していたけれど、当初の予定である神殿を探すことにした。
ガルドは神殿へ行くのが嫌だと言い張り、僕が神殿へ行ってる間、街で遊んでると相変わらず気ままで我侭なことを口にしてくれたけれど、もしも何かあっては困ると説得して、どうにか一緒に神殿へ連れ込む事に同意させた。
と言っても、毎回のことだけれど、ずーーーっと文句と愚痴を言いっぱなしだったけど……。
レン神官さまのいる神殿は、港のある方とは逆の方にあるらしく、随分と歩くことになった。
この街にある神殿は二つ。
一つは中心部にあり、外交関係にも強い神官さまがいらっしゃるとの事。
けれど、僕達の行くレン神官さまのいる神殿は、どうやら街の住人や孤児達を重点に守っているという。
そんな神殿の長をしているのだというレン神官さまは、街の人にとても人気が高いらしく、お店をしている人に聞いただけで『レン神官さまの神殿に行くなら、これをお願いしてもいい?』と、届け物まで手渡された程。
というか、それを聞いてた近くの店の店主までやってきて、あれも、これもと手渡され、僕達は今まで必死に減らしてきた荷物を増やされてしまったのだった。
どうやら人望のある方なのだと知れば、ガルドも少しは安心したのだろう。神殿へ着くころには文句も殆ど言わなくなっていたから。
そうして神殿へ着くと、門前で仕事をしていたのだろうお弟子さんが、僕達を中へと導いてくれた。
とても気さくで、しかも物怖じをしないお弟子さんは、ここに来て三年も下働きをさせてもらっているらしい。
預かってきた荷物を手渡せば、それはもう嬉しそうに『今日はご馳走が作れます』とはしゃいでいた。
レン神官さまの所へ行くまでの間、ずっとお喋りをする彼に、少しだけ好感が持てたのは、その話し方だったかも知れない。
まあ、ガルドにしては鬱陶しいの一言だったらしいけれど…本当に我侭なやつで困るよ。
「ローデンからのお使いは、君達のことかな?」
お弟子さんに連れられて通された部屋に、一人の老人が入ってきた。
それがレン神官さまだとすぐに気づいた僕達は、一旦立ち上がって挨拶をする。
「遠い所をようこそ。気にせずお座りなさい」
「ありがとうございます」
とても柔らかな口調をしたレン神官さまは、自己紹介をした後、僕達を座るように促してくれる。
その手は、老人らしく皺だらけで、けれど凄く温かみのある手に見えた。
「さて――お使いのものを見せてもらっても良いかね?」
「はい――こちらに――」
そう言って、預かっていた全ての書状を手渡すと、少しの間待つようにとレン神官さまが言う。
それに従って僕達は、目の前に出されていたお茶とお菓子に手を出した――と言っても、お菓子に手を出したのはガルドだけだけどね…うん。
僕は、ジッとレン神官さまの様子を伺っているだけ…だって、ガルドの事も心配だったから…。
もしも――ううん、神殿にいらっしゃる神官さまに限って、そんな事はないって信じたいけれど、ガルドの不安が伝染ってるのかな?凄く心配だったのだ。
だって、このレン神官さまは、随分と力のある神官さまだと聞いてきた。
きっとセイが掛けている術がどれだけの力があるか判らないけれど、ガルドの事なんか、直ぐに判ってしまうだろう――だから、ほんの少し……ううん、随分と心配になっているのだ。
「ふむ…」
神官さまは、全部の書状を順序よく読んでから、僕の方へ視線を向けて小さく頷く。
そして、今までにないくらい難しい顔をしたかと思うと、突然ニッコリと人の良さそうな笑みを見せた。
「彼らの言う通り――我らの時代に、あなたと出会えた事に感謝したい」
そう言いながら僕に伸ばした皺だらけの手に、気づけば吸い寄せられるよう手を伸ばし、やっぱり想像してた通り温かく優しい手に心が落ち着く。
ああ、この人もまた、村に居たヴェスリー神官さまと似た雰囲気があるな…と、さっきまでの不安なんかどこへやら、気付けば感動すらしていた。
厳しい時と、甘やかす時と、彼は何時だって極端なそれを使い分けてくれてた。
寂しくて泣き出すと、そっと温かい懐に仕舞い込んで慰めてくれ、悪い事をした時には徹底的に叱り付けて…たぶん、この人も一緒じゃないかな?と思える。
ほんの少しの間、僕は彼と握手をしたまま見詰め合っていた。
それを壊したのはレン神官さまの方。
「まずは術を――と言いたい所だが…母上とご一緒と書いてあったのに――どうやら、違う方のようだね」
とガルドに視線を向けて言うレン神官さま。
ああ、と慌てて紹介しようとしたのに、レン神官さまには何か気づくものでもあったのだろうか、唐突にガルドへ言葉を放った。
「君は――半妖だね?ガルド」
途端、ガルドは立ち上がると共に殺気立つ。
それと同時に、レン神官さまが優しく、諌めるように笑いながら言った。
「大丈夫――我ら神官は、君達を傷つける者ではない。判っているであろうに」
だけど、ガルドには判らないのだ。
だって、ずっと人間から追われていたんだから。
長い時間、そうして迫害された彼らが、たった一言で納得するには――と思って自分の事を思い出す。
そういえば、何でガルドは僕の事を怖がったり恐れたりせず、信用してくれたんだろう……と。
そんな事を考えていた僕に、ガルドがどうやら気付いたのか一瞬にして殺気を押し留めてくれた。
それは、嘗てない程に僕を気遣う表情と共に……。
けれど、神官さまは僕達の態度など気に掛からなかったようで、ガルドに向かって静かに言い放った。
「我ら神官は、妖魔も精霊も、そして半分だけ人間の血の混ざる者達も、自分達より大切な存在だと教えられてきたのだよ?どうして、君達を傷つけることが出来るというのか」
その言葉は、昔ヴェスリー神官さまが仰っていた言葉に似ている。
僕達もまた、彼らは世界の愛し子として、また世界を作って下さった神にも近い存在なのだと――そう教えられていた。
それは、僕達が子供の頃に見せられた童話の中でも教えられていることだ。
そのせいだったのだろうか――ガルドは、『ふん』と鼻を鳴らしたものの、先ほどまでの殺気も全て消し去って、それでもどこか悔しいのだろうドカンと音をさせながら椅子へと座った。
「とりあえず、二人とも。その大きなマントを脱いで下さるかな?」
深みのある優しさ溢れた声で言う神官に、僕は素直に従った。
ガルドは――と言えば、最初こそ文句を言っていたものの、結局の所は素直に――とも言い難いけれどマントを脱ぎ去る。
そして、僕達二人を目の当たりにした神官さまは、やはり――どの神官さまと同様に息を呑みこんだ。
「アンジー…よくぞ今まで無事で――。ここまで来て下さった事、感謝する。それから、ガルド――君も…」
涙を流しだすんじゃないか?と言う位に、顔を皺くちゃにする神官さまに、今度は僕達の方が慌ててしまった。
確かに、今までの神官さまにも手厚く出迎えられた僕だったけれど、ここまでの対応をされた事はない。
それなのに――。
「嗚呼…本当に無事で良かった……」
彼は何度も何度も、その言葉ばかりを繰り返し、吃驚している僕達のことなんか気にも留めてくれそうになかった。




