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レン神官さまが落ち着きを取り戻したのは、それから五分以上経ってからの事だった。
ガルドの、というか、半妖が今どのような目に遭っているのか、どうやら耳に入っているらしく、心が痛む思いだと話していた。
この街の住人は、彼らと出会った事がある者でも決して口外せず、神官さまにだけそっと知らせてくるのだそうだ。
それも、まるで隠してあった宝物の在り処を教えるかのように。
全ての人がそうか?と問われれば、それは判らない。
けれど、決して酷い事をする連中ばかりじゃないよ、と言ってくれた所為だろうか、ガルドは小さく頷いた。
そして、ガルドは言うのだった。
『俺も人間に悪い人と良い人が居る位は知ってる。俺達の仲間にだって、良いやつと悪いやつがいるみたいにさ』と――。
その後、レン神官さまから術を施され、尚且つ部屋まで用意してもらった僕達は、彼に言われるまま神殿で休ませて貰うこととなった。
体を休めるために貸して頂いたお部屋は、来客用の物なのだというだけあって、とても綺麗で大き目の部屋。
残念ながら、たくさんの部屋はないからとガルドと同室ではあるものの、ベッドも宿屋の小さくて硬いものじゃないのが救いだろう。
どっちにしても、ガルドが僕を殺そうとしたり何か悪さを仕掛けるということは一切出来ないから、それを聞いた神官さまも安心してこの部屋を使うよう指示してくれたのだと思う。
そうして、その日の夜は僕達に優しく過ぎていった。
次の日の朝は、お弟子さん達と同じ時間には起き出し、神殿の仕事を手伝うことにした。
ガルドは、当然だけど渋々――いや、完全に文句を言っていたけど――手伝いをしてくれ、お弟子さん達の仕事を分けてもらっていた。
そうして、お昼になった頃のこと――レン神官さまからお呼び出しがきた。
「神官さまが、お部屋に来て欲しいそうです」
そう言って声を掛けてきてくれたのは、昨日、僕達を神殿の中へ導いてくれたお弟子さんだ。
お部屋まで案内します――と言われて、僕とガルドはそのまま部屋に向かう。
あ、もちろんだけど、僕達は神殿の手伝いをする間、ずっとマントとフードで顔も体も隠してある。
一応、ここで下働きをする者達の中には、神官さまほどではないものの、それなりの力を持つ者がいるのだそうだ。
そして、僕達を見た事で混乱しないようにするためには、その方が良いだろうと神官さまから言われたのだ。
混乱――それは、特にガルドの方である。
半妖というのに、彼らはとても興味津々なんだというお弟子さん達は、きっとガルドが半妖だと知ったら興奮して何を言い出すか、何を仕出かすか判らないから――とのこと。
それだけ、神殿に関わる人達にとって、半妖はもちろんのこと、妖魔や精霊は神にも近いものなのだと、そう教えてくれた。
とは言っても、ガルドの場合は、その姿を妖魔の術で隠しているため、そうそうの力では見破ることは出来ないのだろうけれど……。
お弟子さんに神官さまの部屋まで案内してもらった僕達は、その扉を二人だけで潜った。
そして――。
「済まなかったね、わざわざ呼び出して」
「いいえ――こちらこそ、夕べは泊めて頂いて――それに食事も」
「ああ、そんなことは気にせずとも良い。ここは、様々な人達からの寄付と国家からの給付金で賄っている。それ以上に、君達は私達にとって大切な客人だよ。そのくらいは当たり前だ」
そう言うと、神官さまは優しく微笑みながら僕達に椅子を勧めてくれた。
「今からお話するのは、今後のことだ」
「あ、はい」
真剣な眼差しで言う神官さまは、僕達が預けていた書状を取り出すと、もう一つ、自分が書いたものだという書状を付け足してくれた。
「大神官さまにお会いになるには、そう難しいことではない。私からの書状もありますからな」
「はい」
「だが――その前に、どうしてもお願いしたい事がある」
「え?」
真剣な眼差しで言う神官さまは、ある種思いつめているようにも見える。
「これから、ある方達がこの街にやって来る」
「え?」
「その方達と合流して、王都へ向かって欲しいのだよ――」
僕は、一瞬聞き間違いか?と不安になった。
けれど、どうやらそれは聞き間違いでも何でもなく――。
「どうしても――君達にやって貰いたい。否、やらなくてはならんと思っておる……私にとって、その方達もまた大切な方々なのだよ――頼めるね?」
真摯な目で必死に訴えてくる神官さまの言葉には有無を言わせないものもあり、僕はどう返事をして良いのか判らなかった。
ガルドも同様だったらしく、開いた口が塞がってない。
一回、ガルドを見やれば、怪訝そうな顔つきで僕を見返した後、睨むようにレン神官さまのことを見据える。
「それって――仕事なのか?」
剣呑と言うガルドに、神官さまは目を伏せた。
それは、応とも否とも受け取れる返事で、どちらでもないとも言える返事にも思える。
そうして、ゆっくりと目を開け、そして紡いだ言葉は――。
「君達にとってもやらなくてはならない試練でもある――だからこそ、これから来る者と共に王都へ入り、そして本当の試練を受け入れて欲しい」
僕は眉根を寄せて、神官さまを見つめるしかなく、ガルドは隣で唸りだしていた。
「アンジーは、大神殿へ行くのが試練で使命じゃねぇのかよ?!」
怒鳴りつけるガルドに、それでもレン神官さまは微動だにせず、僕達の事を見つめ返すだけ。
その目が――真摯な神官さまのそれである事は間違いなく――けれど、とても悲しそうにも見えて、僕は何も言い返すことが出来なかった。
ガルドには、そんな神官さまの態度が気に入らないらしく、冗談じゃないともう一つ唸りながら言い放った。
「冗談など言うものか――これは、アンジーが受けなくてはならない試練なのだ」
試練――とは、一体何なのか……。
元々、僕にとって、大神殿へ向かい、そして竜に会うことが試練であり、使命なのだって、ずっと思ってきたのに。
それ以外の、それ以上の何を試練って言うんだろう…。
僕は、必死にレン神官さまの事を見つめていたと思う。
けれど、彼の目はどこか、まるで違う世界を見ているような気がして、少しだけ怖いとすら感じられた。
「近々来る、その方達は――君達と同じように自分達の本当を隠す方々。本当の事を言えば、きっと彼らを何らかの形で悪く取り扱ったり、自分達の利益目当てに利用するだけの価値ある方達なのだよ」
そう話し始めた神官さまは、時々悲しい目と苦しそうな顔つきで僕達の胸を締め付けた。
それというのも、ガルドの目が珍しくも真剣で、神官さまに連鎖するかのように顔を顰めたり悲しそうな顔をしたりしている姿が見えたから。
彼もまた、ただ短気だったり我が侭だったりするわけじゃない。
ちゃんと真剣な話をするときには、耳を傾けるし真摯に受け止めてくれる男なのだ。
少しだけ――好奇心が強い事を除けば――の話だけれど。
「術を――使うか?そしたら、誰にも聞かれないぞ?」
そうガルドが口にした言葉には、何かしら感じるものがあるのと同時に、思いっきり好奇心が顔を出している。
まったく――大事な話をしている時に、何を考えているのだか…。
けれど、神官さまはそれを首を振る事で断ってきた。
「大丈夫――この神殿にいる者は、皆知っている事実。封印はしてある話題ではあるけれどね」
レン神官さまは、お弟子さん達が時々通る、この部屋の外を気にするでもなく、そして僕達の事を見るでもなく立ち上がり、そして話し始めた。
「私達の神殿へ、もう十年以上も前に預けられた子供が二人おりましてな――その子達を隠して欲しいと言われたのですよ」
「え??」
「隠す??」
僕とガルドは、同時に少し高めの声を出していた。
それを見た神官さまは、ふと頬を緩め、そして話し続ける。
「普通の子供じゃない、小さな子供――けれど、間違いなく同じ人間。それなのに――出生が特別過ぎて、隠さなくてはならなかった子」
そう言って悲しそうな目をした神官に、僕達はただただ沈黙するしかなかった。




