第六話あなたこそ、王子でしょ?
婚約当初、ユートウとの未来を諦めなければならなかったアラマーは、今にも消えてなくなりそうなほど打ちひしがれていた。
食べることを拒み、どんどん痩せ細っていく。
「アラマー、頼む、食べておくれ」
「そうだよ、アラマー。母上を亡くした上、お前まで失ったら……」
父と兄がどれほど食べるように懇願しても、アラマーは、首を横に振るばかり。
「婚約を、無かったことにしていただくまでは、何も食べません」
それは、彼女の決死の抗議。
ユートウと人生を共にできないのであれば、彼女は、生きている価値を見いだせない。
宮廷医からも、再三婚姻の無効を提案された国王だが、これを許せば、もう誰もハコイーリとは婚姻を結ばないだろう。
背に腹は代えられない彼は、最後の手段として、
「何でも言って欲しい。一つだけ、どんな条件も飲もう」
と、自ら申し出た。
「『何でも』………ですか?」
「あぁ、『何でも』だ!金か?領地か?ハコイーリとの婚約を了承してくれれば、どんなことでも叶えよう」
人に頭を下げたことのない王が、10代の小娘に頭を下げた。
その横で、王妃も一緒に頭を下げている。
それがたとえ土下座であろうとも、アラマーには無意味だった。
しかし、己の人生をズタボロにされ、このまま相手の良いようにされるのは、どうしても許せない。
どんな手を使っても、一矢報いてやろうと覚悟を決めた。
「『ハコイーリ殿下と婚約をすれば』良いのですか?」
「あぁ、それ以上は、求めない」
ここで、アラマーは、思った。
『婚約をする』ことは、『婚姻を結ぶ』ことではない。
そして、『それ以上は、求めない』と言っている。
「そのお約束………魔法契約を結んでいただけますか?」
「あぁ、間違いなく、書面にも残そう」
為政者として、相手の言いなりになることなど、愚の骨頂だ。
しかし、親として、長年ハコイーリのご機嫌を取ってきたことで、物事の結論を後延ばしにしてしまう『クセ』のようなものが身に染み込んでしまっていた。
「あぁ、良かった。アラマー嬢が、理性的になってくれて。さぁ、お願いごとは、なにかな?」
作り笑顔で相手の出方を待つ王の、なんと醜悪なことか。
アラマーは、明晰な頭脳を働かせた。
ここで、もっとも効果的な杭を打ち込まなければならない。
「では、一つ、お願いがあります……」
ハコイーリの人となりは、分かっている。
奴は、この婚約が、ここまで強硬に進められる理由を分かっていない。
彼は、自分に甘く、優しい者を好む。
そして、厳しい者には、先制攻撃とばかりに当たり散らし、言葉を発する間すら与えない。
そんな男が、大人の思惑通り動くわけがない。
アラマーは、ガリガリにやせ細った姿で、国王に迫った。
その目には、確かに、生気が戻っていた。
『もし、ハコイーリ様から婚約破棄を申し出た時には、その処罰は、私に一任して下さいませ』
元より、婚約破棄などさせるつもりのなかった国王は、その条件に飛びついた。
魔法契約に、約束を違えた時は、自分の命も差し出すとサインしたのだ。
そして、今、その事を死ぬほど後悔している。
アラマーが、ハコイーリをどのように処罰したとしても、王は、不服を述べることはできない。
約束をたがえれば、自分が死ぬのだ。
もう、縋るのは、アラマーの温情のみ。
「た、頼む、ハコイーリを許し……」
ドクン
言葉を最後まで発する前に、心臓が大きく波打った。
それは、通常の脈拍とは、確実に違っていた。
ドクン……ドクン……ドクドクン…
王は、心臓を抑え、ゆっくりと玉座に座り込んだ。
「違う、違う、違う。約束を違えようとしたのではない」
必死に、誰に向かって訴えているのか分からない言い訳を繰り返す。
しかし、アラマーのなそうとしたことを止めようとした時点で、『約束を違えた』ことになるのだ。
異常な心拍が収まることはなく、王の全身は、汗でビッショリと濡れた。
その様子をチラリと見たアラマーは、
「ご安心くださいませ。王太子殿下は、素晴らしい方です。きっと、この国を今よりも素晴らしいものにするでしょう」
と微笑んだ。
その言葉は、国王にとっても、ハコイーリにとっても、最悪な言葉だった。
しかし、事情を知らないハコイーリは、勝手に話を進める二人に苛ついた。
「私は、聞いていないぞ!何の話だ!」
「えぇ、ハコイーリ様には言っていませんもの」
その時アラマーの浮かべた心底嬉しそうな微笑みに、今更ながら、ハコイーリの胸がときめく。
だが、時すでに遅し。
「自分の好きなものだけを見つめ、自分の好きなことだけをなしてきたハコイーリ殿下とナガシメーヌ嬢。その瞳に、今後も、好きなものだけが映ることを、心から願っておりますわ」
最後通告とは思えない、明るくし柔らかな声がホール内に広がる。
そこに居た全てのものが、何が起こるのかと目を凝らす。
アラマーは、バレリーナのようにクルリとターンした後、ユートウから受け取った扇を開いた。
「それでは、殿下、永遠の別れでございます。」
ゆったりと、扇が、ヒラヒラと舞う。
すると、どこからともなく良い匂いがしてきた。
動きに合わせて、フワリフワリと上下するアラマーのスカートから、足のくるぶしが見えそうで見えない。
貴族女性としては、夫となる者以外に見せない秘所。
ハコイーリは、一目見ようと、卑しくも頭を下げ、覗き込むような姿勢をとった。
クスクスクス
貴婦人達が、扇で口元を隠して笑う。
ハハハハハ
紳士達が、声を上げて笑う。
「ちょっと、殿下、格好悪い!」
ナガシメーヌは、慌ててハコイーリの耳を掴むと引っ張った。
「イテテテテ」
名残惜しげにアラマーの足元に視線を残しながら、ハコイーリは、頭を上げた。
「痛いだろ!」
「格好悪過ぎ!」
「お前、何様だ?」
「あなたこそ、王子でしょ?ちゃんとして!」
互いに互いを罵り合う二人は、いつしか、アラマーの動きが止まっていることに気づいていなかった……。




