第五話お約束は、お約束ですわ
「アラマー。いや、ビックリン嬢、どうぞ、こちらを」
アラマーが落とした扇を拾い上げ、手渡してくれたのは、ずっと心の中で慕い続けていたユートウ・セイヤ。
「ユートウ……いえ、セイヤ様、ありがとうございます」
微笑み合う二人に、まだ婚約者の居なかった男子生徒達は、出遅れたと歯噛みした。
綱渡りをするような危なっかしいアラマーの婚約事情。
いつ破棄されるかと影で賭けが行われる程、第二王子の素行は、悪かった。
それ故に、この婚約破棄を見越して、自らも婚約をせずに待ち続けた者達が何名か居た。
それも、上位貴族の中でも優良物件と言われる男子生徒達ばかり。
この一瞬の出遅れで、折角待ち続けた『アラマー・ビックリン』という得難い伴侶を手に入れることが出来なくなってしまった。
ざわつく観衆の中で、してやったりとほくそ笑むのは、ユートウの父セイント・セイヤ。
「ハハハ、ユートウ、お前の手でアラマーちゃんを取り返せ」
瞬時に状況判断をし、息子の背中を文字通り押し出したのは、彼だった。
突き飛ばしすぎて、ユートウが、転けそうになったのは計算外だった。
「なんてことだ……」
「酒などに舌鼓を打っている場合じゃなかった……」
息子の嫁にアラマーをと望んでいた親達が、無念を口にする。
その一方で、
「あらあら」
「まぁまぁ」
複数の女子生徒が、口元を扇で隠しながら、しかし、隠しきれない喜びを目に宿していた。
男子生徒にとっては、人生最大の失態だが、婚約者が決まっていない女性陣にとっては、人生最大の好機。
打ちひしがれる彼らを慰め、自分に振り向かせることが出来れば、玉の輿も夢ではない。
途端にギラギラと目を輝かせ始めた女性陣に、それを後押ししようと意気込む親達。
そんな思惑の外にいる、婚約者連れの卒業生達は、少女漫画のワンシーンのようなアラマーとユートウの思い合う姿に見惚れている。
ユートウは、わざわざ扇をアラマーの手に握らせると、そっと上から大きな手で彼女の手を包み込んだ。
「この日を、ずっと待ち望んでいたよ」
彼の思いのこもった声の甘さに影響されたのか、女子生徒達は、側に立つ将来の夫に甘えるように寄り添った。
「少し……酔ってしまったかも……」
酒など、ほとんど飲んでいない。
しかし、この雰囲気に酔ってしまった。
『国立ビーコン学院』に通う才女達なだけに、常日頃、自分を厳しく律する強さがある。
そんな彼女達が、頬を赤らめ、自分を見上げてくる。
その愛らしいギャップに、婚約者達もまた、愛しさが倍増する。
肩に手を回す者。
腰に手を回す者。
髪にキスをする者。
それぞれのやり方で愛情を伝え、一組、また一組と物陰へと去っていく。
その後の彼らのことは、皆、見て見ぬふりをしてくれるであろう。
ユートウからの熱烈な思いを受けたアラマーは、彼の手の上から、そっと自分の手を添えた。
「私を庇っては、貴方の立場が悪くなるわ」
「大丈夫、気にしないで。君は、どんな時も、心の美しい人だね。さぁ、解き放たれよう、この醜いしがらみから」
スーッとユートウの視線が、セッケンシラズに向けられた。
暗に……いや、思い切り、
『醜いのは、お前のことだ』
とユートウの目が訴えている。
「部外者が、しゃしゃり出るな!」
アラマー一人を攻撃し、優位に立とうとしていたハコイーリは、思わぬ伏兵にたじろいだ。
なにせ、ハコイーリは、剣術も、勉学も、容姿も、ユートウに勝てるものが一つもないのだ。
身長すら、頭一つ半の差があり、つま先立ちしようとも、顎を上げて見上げるようになる。
赤茶髪のハコイーリと煌めく金髪のユートウ。
どちらが王子か、分からない。
ナガシメーヌすら、ユートウの凛々しくも美しい顔に、うっとりとした視線を向けている。
どう見ても、負け戦。
「先に、しゃしゃり出たのは、ハコイーリ殿下ではないですか。元々、彼女は、私のものであり、私は、彼女のものなのです」
ユートウが、良く通る声で宣言すると、何処からともなく拍手が起こった。
完全に、役者が違った。
「ユートウ、恥ずかしいわ」
「アラマー、もう、離さないよ」
二人が寄り添う姿は、主人公以外の何者でもない。
「ふ、ふ、ふ、ふざけるな!不敬罪だ!私という婚約者がいながら、他の男に色目を使っていたのか!」
お前が言うか?と観衆の目が訴えているが、周りを見る習慣のないハコイーリには届かない。
「ふしだらな女め!婚約破棄では気が収まらない。国外追放だ!」
それを聞いた国王は、
『終わった……全て、終わってしまった…』
と、頭を抱えた。
自分ですら、そんな命令は下すことは出来ない。
議会に阻まれ、下手をすれば、公開処刑だ。
それが、ただの王子。
しかも、第二でしかない劣化版スペアのハコイーリが口にしたとあっては、どう処罰されても文句が言えない。
真っ青な顔で王座から立ち上がると、息子を止めようと一歩踏み出した。
しかし、それと同時に、
「ハコイーリ様、私、婚約時に一つだけ、特別な条件をつけさせていただいているのです」
と、アラマーが片手を上げて、ニッコリと微笑んだ。
この発言に、国王は、
「待ってくれ!ビックリン公爵令嬢!」
と叫んだ。
しかし、彼女は、首を左右に振る。
「もう、遅いのです。お約束は、お約束ですわ」
アラマーの目が微笑みで細められた。
しかし、その瞳には、強い意志の火が灯っていた。




