第四話香る匂いに、覚えがあった
『私の大切な時間を、王子妃教育等と言うつまらない授業で無駄にしたこと……恨みますわ、国王様……』
王室の身勝手な思惑で、人生を翻弄されてきたアラマー。
彼女にも、心に決めた人がいた。
それは、幼馴染にして同級生のユートウ・セイヤ。
今回の卒業式でも答辞を任されており、八つ年上の第一王子からも側近にと請われるほどの実力者だ。
侯爵家の跡取り息子と言うこともあり、公爵令嬢を娶るには家格的に下ではあったが、社交界でもお似合いの二人だと好意的に見られていた。
「アラマー、およめしゃんになってくれる?」
「なる」
「ほんと?」
「なる」
「やった!」
三歳の頃から二人は、こんなやりとりをよくしていた。
母達も幼馴染だったこともあり、そんな口約束がされていたのかもしれない。
アラマーの母サラニ・ビックリンも、ユートウの母ドーニカ・セイヤも、仲睦まじい二人を優しい眼差しで見つめていた。
「うちのユートウとアラマーちゃんが結婚したら、私達、本当の親族になるのね」
「それは、楽しみだわ。ねぇ、ドーニカ、孫ができたら、二人で、面倒を見てあげましょう」
「ふふふ、サラニったら、気が早いわね」
誰もが、この時間が、いつまでも続くと思っていた。
だから、正式な婚約を交わさないまま、悠長に時を過ごしてきた。
しかし、ある時を境に、状況が変わっていく。
アラマーが十才の春、サラニは、流行病で儚くなってしまった。
時期を同じに亡くなった者が多く、町全体が、悲しみに溢れていた。
次々に訃報が駆け巡り、連日、何処かで葬儀が行われ、神父は休む間もない。
日を選ぶことも出来ず、サラニの葬儀は、雨の中で行われた。
冷たく、凍えるような空気が漂う中、一つの傘に入り、ユートウは、アラマーに寄り添っていた。
「うぅ……お母様………お母様………」
流れ落ちる涙が、泥濘んだ地面に落ち落ちていく。
拭ってやりたくても、次々溢れ出る涙に、ユートウは、何もできなかった。
母の居ない状況に慣れなくてはならなかった彼女を支えたのは、ユートウだ。
「アラマー、一緒に食べよう」
父と兄が仕事で不在がちなビックリン家に、ユートウは、足繁く通った。
食事が喉を通らない彼女のために、喉越しの良いスープも持参した。
「アラマー、いただきます」
「ユートウ、いただきます」
大きなテーブルに小さな2人が並んで座る姿は、愛らしさの中に切なさもあった。
控えるメイド達も、皆、涙を堪えていた。
「ユートウ、どこ?ユートウ、ユートウ、えーーーーーん」
アラマーは、ユートウの姿が少しでも見えなくなると、不安になり探し回るようになった。
「アラマー、ここだよ!」
アラマーの泣き声を聞いて、ユートウが慌ててトイレから駆け出してくることも度々あった。
いつしか、二人は、二人で居ることが当たり前になった。
周りも、二人は、二人で一人だと思うようになった。
だから、うっかり忘れていたのだ。
二人の婚約が、まだ結ばれていないことを。
二人の関係に暗雲が立ち込めたのは、学院入学前の魔力検査の時だった。
初等科、中等科を卒業後、16歳から18歳まで、それぞれの特性に合わせた高等科へと進む。
ここで重要視されるのは、魔力の質もさることながら、学力だった。
今後の国の中枢を担う者は、大局を見極める胆力や冷静さも必要とされる。
しかし、女性陣に関してだけは、男性陣にはない試験科目があった。
これは、本人たちの許可なく、王家が勝手に行っている悪質な検査だった。
健康状態、魔力量、血筋。
学力とは関係のない部分で、合否が操作された。
魔力量が年々下がってきている王家は、優秀な子供を産む優秀な母体を求めていた。
ちょうどこの頃、公表はされていなかったが、第二王子と隣国の姫との婚約が破談になっていた。
ハコイーリの粗暴さに、相手方がノーを突きつけた結果だが、王家は、彼の新しい相手を探すのに血眼になっていた。
『アラマー・ビックリン 特級』
魔力量。
学力。
健康状態。
家柄。
容姿。
すべてをクリアしている上に、なんと、まだ誰とも婚約していない。
出された検査結果は、絶対である。
ビックリン公爵家とセイヤ侯爵家は、連名で抗議を行った。
事実上、アラマーとユートウは、婚約者であると。
しかし、王家とて、やっと見つけた第二王子の相手を失うわけにはいかない。
最後には、王命という伝家の宝刀で、アラマーとユートウの縁は、一刀両断されてしまった。
「いや!絶対にいや!」
自宅に届けられた死刑宣告にも等しい王家からの手紙。
そこには、王子妃教育の開始日と、準備しなければならない品物が箇条書きに書かれているだけだった。
アラマーは、部屋に籠もると泣き続けた。
食事も取らず、睡眠も取らず、心配した父が医者を呼んだ。
何もかも忘れ、眠りにつきたかったアラマーは、処方された睡眠薬を飲んだ。
意識的なのか、無意識なのか。
その量は、規定量の倍だった。
運が良かったのか、悪かったのか。
アラマーが、死ぬことはなかった。
心配したユートウは、ビックリン家の近くまで来て、アラマーの部屋が見える場所に立ち、ずっとそこを見つめ続けた。
雨が降り、びしょ濡れになり、従者が帰宅を促しても、帰ろうとはしなかった。
雨に濡れる頬を、雫が垂れる。
それは涙なのだと、従者の目には映った。
一晩。
ユートウは、高熱を出し倒れるまで、立ち続けた。
この逸話は、未だに平民の間で、悲恋として語り継がれている。
そんな愛し合う二人を引き裂いてまで結んだ婚約の最後が、この茶番である。
国王の早期退位は、間違いない。
この面白くも楽しくもない余興を終わらせる責務を一人背負わされてしまったアラマー。
『やっと、この苦しみから解き放たれるのね……』
ホッとするような、悔しいような。
どんな結果になったとしても、その後、自分が、どんな人生を歩むことになったとしても、彼女の心の支えは、たった一人。
目を閉じると、ユートウの姿が浮かぶ。
まだ、小さかったのに、一生懸命自分をエスコートしてくれた彼。
少し大きくなって、初めて自分で選んだ誕生日プレゼントを渡してくれた時の彼。
母の葬儀で、ずっと隣に立ち続けてくれた彼。
アラマーの青春のすべてが、ユートウだった。
『感情的になっている場合じゃなかったわ。さぁ、フィナーレといきましょう』
覚悟を決め、ゆっくりと瞼を開いた彼女の横に、大きな影が立った。
香る匂いに、覚えがあった。
胸が熱くなり、涙が零れそうになる。
アラマーは、キュッと唇を噛むと、その影を見上げた。




