第三話 洌鎌
結局刀剣から呼びかけを受けたことは一人で抱え込んだ。千鶴も刀也もバタバタしていて、とても話せる状況ではなかったからだ。
試練は自分一人で受けなければならない。そして――自分も早く戦わねばならないのだと、僅かに緊張感が生まれる。
言われた通り地図を見ながら闇の森を目指した。地図は近くの民家から譲り受けたものだ。数分森を進むと、霧が発生して視界は奪われた。
どこからか、すすり泣きが聞こえる。子供の泣き声だ。
「…………どこだ?」
一度聞こえてしまった以上、無視は出来ない。慎吾は声を頼りに子供を探した。だが――子供は見つからず、自分はいつの間にやら森の奥底に入り込んでしまっていた。
「……クソッ」
一体刀剣の与える試練とは何なのか。霧の立ち込める森を抜け出す術は何かないか。まさか――
「それを探すこと自体が、試練なのか?」
子供の泣き声も、慎吾を森の深くに追い込むための罠だったのか。
生憎、木に目印などはつけていないし、助けを呼ぶことも出来ない。早くも絶体絶命に思えた。
「…………いや」
抜け出すことはあくまで「目標」。同時に「目的」。だからそれを達成するのはゆっくりでいい――まずは生き延びることを考えるべきかもしれない。
慎吾は背負っていた鞄を下ろす。魔石採集の際に千鶴から受け取ったもので、斧や桶などは簡素なものが入っている。
まずは斧を使って木を切ろうとした。採集した魔石も使って簡単に加工し、火を起こしてみた。
霧が晴れるまでは無闇に移動しない方がいい。だが――食料はどうするべきか。この世界に動物はいるのだろうか。いるとしたら、どんな種類か。
この世界について何もわからない。そのことが仇となる。
「…………クソッ!!」
方向感覚が全くないわけではない。来た道をなんとなく戻ってみるべきか。例え霧に飲まれようとも。
「……ここで終わりなんてのは、嫌だ」
それは何より間違いなかった。
どれだけの時間が経っただろうか。
慎吾は仰向けに寝転がっていた。どれだけ歩いても森を抜けられる気がしないのだ。物理的に不可能なのだ。
おかしい。地図上ではこの森はそこまで大きく表示されていない。
「……なぜ抜けられない?」
考えを巡らせていく。
ふと、「仮想空間」という言葉が頭に浮かんだ。慎吾が初めに辿り着いたのは、この世界における「仮想空間」だった。千鶴はそのように言っていた。
この世界には「仮想空間」という概念がある――
それならば、これは刀剣が生み出した仮想空間ではないか?抜け出すことは最初から不可能なのではないか?
「――刀剣!」
それを声に出してみた。すると、ややあって頭に声が響いた。
「……如何にも」
慎吾は苛立ちを覚えた。だが――これで地獄の森を抜けられると思えば、安いものだった。
刀剣は慎吾の予想から少し外れた返答をした。
「――合格、だ」
「…………は?」
なんと、試練開始の合図もまだ受けていないのに「合格」の判定を貰ったのだ。
「……どういうことですか?僕は――森を抜けれませんでしたし……いや、森は抜けられないように出来ていたのか――あなたの言う試練とは何なんですか!?」
「……焦るな。矢継ぎ早に質問するでないと、千鶴殿にも言われただろう」
驚いた。千鶴のことを知っている。
「試練は二つだ。一つは――お主の覚悟を問う試練。お主は子供の泣き声を聞くや否や、真っ先に駆け出して子供を探した。素晴らしいことだ」
「子供はいなかったってことでいいんですよね?」
「如何にも。あれは演出だから安心せよ」
安堵する。
「そしてもう一つ――お主の冷静さを問うていた。この森の周囲が我の仮想空間である別の森に覆われており、抜け出すことが不可能だと察することが出来たのなら、合格としていた」
「……そこまで細かく察してはいませんよ」
「……少し甘めに判定した。何にせよ十番隊は人手不足で困っているはずだ」
この刀剣は――どういう立場なのだろう。十番隊のことは普段から見ているのだろうか。
「――どちらにせよ、我の力はお主のものだ。今後は我を――洌鎌と呼ぶことだ」
「……洌鎌」
こうして慎吾は刀剣「洌鎌」を入手するに至った。
「――シンゴ!!」
「……千鶴さん」
「どこ行ってたんだ!心配していたんだぞ!」
「すみません――ですがいい知らせですよ」
慎吾が刀剣を見せると、千鶴は見とれるように身体の力を抜いた。洌鎌は薙刀型の刀剣で、千鶴の日本刀型の刀剣とは大きく異なる。
「……美しい」
千鶴が声を出した。事実洌鎌の黄金の刀身は、光のないこの世界においても眩しかった。
「……これからは、鍛錬、受けられますか」
「…………うん?……あぁ、あぁ!もちろん!」
千鶴がまた美しい笑顔を浮かべた。慎吾も何だか嬉しくなって、釣られて笑う。




