第二話 刀剣十番隊
どれ程の時間走っただろう。体感にして一、二時間は走っている気がする。もちろん時計がないので確認する術はない。だが不思議と、人間界にいる時ほど疲れはしない。
「君はすごいな。この距離、走ってバテる転生者も多いのに」
「そう……なんですね」
もしかしたら千鶴が転生者を請け負ったことがないというのは、移動中に力尽きてしまう人間が多かったというのも理由の一つかもしれない。
「だが案ずるなよ。もうじき着くからな」
慎吾は安堵した。
見慣れた景色は消え失せた。
辺り一面に広がるのは、近代的な街並みではない。どこか逸脱した、和の空気が漂う町並み。奥に大きな建物が見える。その建物の足元に町が広がっているので、城下町の雰囲気も感じる。
「…………ここは」
「ここが真珠街。十番隊の宿舎がある町だ」
ここに着いて以来、周囲が急激に明るくなった気がする。空は依然として黒いままだが。
そして何より驚いたのは大量の人の存在だ。今の今まで人の気配がゼロだったのが嘘であるかのように、人々が歩き、談笑している。
「……町、ですね」
「だから敬語はやめろと言っているだろう」
そこから二人は宿舎へ向かった。
「戻りました。隊長」
「――千鶴、ご苦労」
宿舎の中に入り、襖を開けると、金髪の若い男が鎮座していた。背が高そうだ。
「……ところで、そちらは?」
「……偵察中に見つけました。転生者のようです」
「ほう。千鶴が連れてくるとは珍しい」
慎吾は前に出た。
「日下部慎吾です。えっと――お世話になります」
「シンゴ君か。よろしくね――俺が刀剣十番隊隊長、矢詞刀也だ」
「よろしくお願いします」
「早速、十番隊として鍛錬をするということでいいのかな」
「……え」
千鶴が口を挟む。
「隊長――シンゴはまだ刀剣を所持していません」
「あぁ、そうだったか。失礼した。それなら――刀剣が入手出来るまでは隊員の鍛錬の補佐と事務を頼もうかな」
「……是非」
正直、生前から細やかな作業は苦手だった。だが――どんなに退屈なことでも今はやりたい。自分から尋ねてみる。
「千鶴さん、何かお手伝い出来ることはありますか」
すると刀也がニヤニヤと笑いだした。
「千鶴サン、か。随分偉くなったもんだな」
「いえ!!隊長!――馬鹿、あれ程敬語は使うなと言っただろう!」
「あ……」
顔を赤らめて怒る千鶴の横で、刀也は酒の蓋を開けた。
「……魔石?」
「文字通り、魔力のこもった石だ。以前話した能力強化や刀剣の一部潜在能力の解放には必須となる。それが採れるのが、この岩窟だ」
千鶴に巨大な岩山に連れてこられたかと思うと、突如としてこんなようなことを言われた。
「あとは紫に光る石を片っ端から掘ってくればいいわけだが――一人で大丈夫か」
「は、はい」
魔石は魔石でしか壊せないからと、魔石によるコーティングがされたスコップを渡された慎吾は、岩窟へと飛び込んだ。
魔石の塊は案外簡単に見つかるし、少ない力で掘り起こせる。ノルマは袋がいっぱいになるまで。
三十分程経ったところで、袋は満杯になった。慎吾は岩窟から出るために壁に足をかけた。
その時だった。頭の深くに、声が響く。
「…………我が力を欲している者は――何処にある」
誰の声かわからず、一瞬たじろいだ。だがすぐに――以前千鶴から言われていたことを思い出す。
「刀剣――あなたは、刀剣ですか!」
「………………」
ややあって、返事は返ってきた。
「――如何にも」
「俺は、俺はあなたの力を欲しています!刀剣士として悪を滅したいです!」
本当は刀剣士のことも、滅すべき悪のことも、まだ深く理解していないし、実感すら持っていない。
だが、自分がやるべきことはわかっている。これが例え嘘偽り幻、夢の世界だったとしても。
「――良かろう」
刀剣は応えた。
「我が力がほしいのなら――半日後にこの岩山の南西にある闇の森へ足を踏み入れよ」
意外にも心の準備をする期間が短い。
「……わかりました」
そう言うと刀剣の気配は消えた。
宿舎に戻ると、何やら人だかりが出来ていた。慎吾は何となく、そこに近づかない方がいいような気がしていた。
しばらく立ち尽くしていると、人だかりは分散し始めた。そして千鶴の姿が見えた。
「……何かあったんですか」
「……敬語はよせ」
その返答に、先程までのような力強さはなかった。
「隊員が一人、儚い命の炎を消した」
慎吾は息を呑んだ。
「……化け物にやられたんですか」
「……いや、その可能性は低い。化け物は確かに化け物だが、意思はないし並の刀剣士が負けることはない」
だとしたら一体何故なのか。その問いに、千鶴はやや間を開けてから答える。
「――八岐大蛇」
「…………それは?」
「……簡単に言うなら、悪い刀剣士の集団だ」
「……目的は?」
「探究心が強いのはいいことだが、矢継ぎ早に質問するでない」
慎吾は口を閉ざした。
「シンゴ。これだけは言っておく」
千鶴が真剣な表情を向ける。
「君にとってここは死後に行き着いた世界かもしれない。だがここは決して死後の世界ではない。故に、戦闘のさなか命を落とすことは大いにある」
一拍おいた。
「……もし、この世界で君が二度目の死を果たしたのなら。今度こそ君の身体は無に帰し、どこにも行けなくなるだろう。私はそのように考えている」
その言葉は重くのしかかって消えなかった。
「……それでも、俺はここでやるべきことを果たしますよ」
どうせ失った命、一度だろうが二度だろうが関係ない。千鶴は少し驚いたような表情をしてから、笑った。
「……ありがとう」
静かで、美しい笑顔だった。




