第一話 千鶴の刀剣
「……化け物?って、千鶴さんのことじゃ?」
「だーかーら。化け猫ではないと言ってるだろ!今の地響き聞いたろ?あれが化け物によるものだと言っているのだ」
正直まだ信じ切っていなかった。
「私は刀剣士だ。刀剣十番隊副隊長、愛川千鶴」
「トウケンシ?」
「あの化け物共を打ち倒すのが、我々刀剣士の役目だ」
「でも千鶴さん、猫じゃないですか」
「案ずるな。小さい姿の方が動きやすいから変身しているだけ――本来の私は、こんな姿だ」
千鶴が黒色の雲を纏った。慎吾は思わず目を瞑る。
雲が晴れて現れたのは、綺麗な白い着物を着た美女だった。年は慎吾より少し上くらい。先程までの口調からは察することの出来ない姿に、慎吾は言葉を失っていた。
「……なんだ?君、案外いい顔をしてるじゃないか」
その千鶴にそんなことを言われたので、思わずドキッとする。
「ありがとうございます、千鶴さんもお綺麗ですね」
「ほざけ。君にそんなこと言われなくてもな、私には心に決めた人がいるのだ」
それが誰かは気にならなかった。
「さて――一先ずあの化け物を討伐してくるかな」
「え……」
「君も来るか?この世界に来たら最後、いずれ刀剣士となるだろうし。今のうちに見学しておいた方がいいかもな」
慎吾が頷くと同時に、千鶴は慎吾の腰に腕を回して抱えるように空を飛んだ。距離が近い。またドキッとしてしまう。
「うぇ……」
慎吾はその姿を目にした。大蛇だ。口を縦に開いたら丸呑みされそうなくらい、大きな蛇。
「――蛇軍か、つまらん」
「ジャグン?」
「刀剣士の敵ではない」
千鶴は降り立つ。彼女がどのようにして空を飛んだのすら最後までわからなかった。
「――行くぞ。灯蛾」
そう言って背中に装備していた剣のツカを持つ。刹那、白い光が千鶴を包む。
「……すごい」
これが刀剣の力なのか。千鶴はその大剣を振り下ろすと、大蛇を一刀両断した。
大蛇は忽ち血飛沫と化す。
「……怪我はないか」
「……はい。ありがとうございます」
こういうところは優しいのだなと、目の前の美女を評価する。
「灯蛾というのは?」
「私の刀剣の名前だよ。息を合わせて力を解放したのだ」
「かっこいい……」
「だろだろ?私に惚れたか?え?」
「言ってませんよ」
自分も刀剣士になると言われたが――実感は持てない。自分にあんな人間離れした能力はない。
「つければいいだろう?」
千鶴はそう返した。
「つけるって……」
「自分で好きな能力を選べるんだよ。まぁ選ぶにはこの世界での通貨が必要だがな、私の場合は変身魔法や跳躍魔法などだ」
どうやらこの世界は本当に――ゲーム感覚で強くなれるらしい。
「あの、刀剣はどうやって?」
「……あぁ、それが一番大変なんだ」
千鶴の話によれば、刀剣は直接購入出来ないのだと言う。
「後からカスタマイズ用品を買うことは出来るがな――刀剣自体の入手法はただ一つ、刀剣からの誘いを待つしかないのだ」
「誘い……」
「刀剣がテレパシーを使って語りかけてくるのだよ。それを感じ取り、刀剣が課す試練を乗り越えると、ようやく刀剣を仲間に出来るのだ」
これもゲームっぽい。如何せん生前引きこもりだった慎吾は、ゲームが大好きだった。
「そうそう、先程は正確なことを言っていなかったな」
「……?」
「この世界に迷い込んでくる人間の話をしただろう。以前君のようにこの世界へ転生してきた人間と話をしたことがあるのは嘘ではないのだが――それで全てを察したわけではない。この世界には伝説が語られているのだ」
「伝説……」
例の社会の宿題を思い出す。馬鹿げていると思っていたが、この先一生課題と無縁だと思うとやや寂しくなる。
「――その伝説を刀剣呪伝という」
「……どんな、伝説なんですか」
「まぁ先刻話したことがほとんどだ。人間界から転生者が現れることがある、刀剣はテレパシーを放つなどなど。この世界や刀剣にまつわる色んなことだ。良かったら本を持っておくといい。この世界にいる者はほとんどがこれを持っている」
そう言われ、白い国語辞典のようなものを受け取る。表紙には大きく「刀剣呪伝」と書かれている。
「……なんか、はっきりしないですね」
「そういうものなのだ。刀剣呪伝に意味を求めてはいけない。元来意味などないものなのだ。この世界や刀剣士の生き方を定義するモノ一つに過ぎない。」
ここで千鶴は、慎吾が最も気になっていた事象の一つに触れる。
「そうそう――ここは言わば仮想空間だから、君の暮らしていた人間界の街に似ているだろう?」
「酷似してますね。仮想空間……なるほど」
「私からしたらこの風景は何が何だかよくわからんのだがな。恐らくは君の転生をきっかけにココに創られた仮想空間だ」
腑に落ちない部分もある。だがそれは仕方ない。
話が一段落したところで、慎吾はさらに気になっていたことを尋ねてみる。
「……俺、これからどうしたらいいんでしょうか」
「知らん。勝手にしろ」
あれだけ親切に色々話しておいて、急にぶっきらぼうに突き放された。何だか悔しい。
「まぁ――転生者は、最初に出会った刀剣士の弟子となることが暗黙のルールだからな。私に着いてきたっていい」
「本当に!?」
「勝手にしろよ。あと、私は転生者を請け負ったことがあまりないから、師匠には向かないかもだぞ」
これには引っかかった。転生者の人間と話をしたことがあると言っていたのに、請け負ったことはないのか。その不自然さは無視して、話を続けてみる。
「じゃあ、千鶴さんに着いていきますね」
「あぁ。それと敬語はよしてくれ。宿舎の者が茶化す」
「……?」
宿舎という場所に向かうのだろうか。
少しだけワクワクしながら、生前のことは思い出さないよう努め、千鶴に着いて行った。




