第二十一話 不穏
千鶴はまだ、謎の多い人物だと認識していた。発言に違和感を抱くことが多い。
それでも、十番隊を思う気持ち――刀剣士への思いは、真っ当なものだ――それは慎吾にも痛いほど伝わっていた。
「……シンゴ」
千鶴が名前を呼ぶ。慎吾はその声が好きだった。
「……私は、まだ未熟なんだ。副隊長でありながら――未熟。判断力も戦闘力も、皆よりは若干劣っていると言ってもいい」
「そんなこと――」
「だけど、だ。それでも。私は私の出せる全力を今からぶつける」
千鶴の目は光っていた。慎吾は真っ直ぐに見据える。
「……やろう」
慎吾は刀剣を抜いた。千鶴も同じ。
「――洌鎌!!!」
「……灯蛾!!!」
「……良かったのか?」
「何がだよ」
「ほら……副隊長とシンゴを戦わせちまって」
極隊三人が集まっている。
「……余り物同士だし、仕方ないわね」
萌。
「……それに」
萌が続ける。
「……千鶴ちゃんは、シンゴくんが相手じゃなきゃ燃えないよ」
「――ああああああああああああ!!」
「おおおおおおおお!!」
刀剣同士がぶつかる。轟音が響く。
「……裏解放を習得する!!」
千鶴は叫んだ。
「……必ず!!隊長に!!その上に!!一歩近づいて見せる!!」
何度も打ち込んでいく。慎吾は薙刀で千鶴の斬撃を受け止める。
「――あぁ!!俺だって――千鶴に、近づいてみせる!!」
敬語はいつの間にか消え失せていた。対等な関係――ではなくとも、ライバルとして十分。
千鶴の過去は謎めいている。刀也は恐らく何か知っているのだろうが――紫香楽たちからしたら、突如現れて副隊長の座を掻っ攫った才能の塊、という印象だ。
「…………何が、千鶴を本気にさせてるんだろうな」
慎吾は、転生者。千鶴は今まで転生者の受け入れを積極的にやってきたわけではなかった。
慎吾は――千鶴の心の中の何かを、掻き乱しているのではないか。
それには千鶴の過去も関わっている――そんな気がしていた。
しばらく戦いは続いた。
突如、慎吾の身体が黒光りを始める。
「……千鶴、俺は超える――」
紫香楽たちは興奮した。
「おお――慎吾も!!あれ、裏解放の兆しじゃないですか!?百鬼隊長!!」
だが――百鬼は浮かない顔をしていた。
「……百鬼隊長?」
「……おかしい」
千鶴の方の――裏解放が始まらない。
そのことに、千鶴も気づいていた。光が生じない。慎吾も気づく。だが止められない――
空間が、爆ぜた。千鶴は大きく飛ばされ、紫香楽に受け止められる。
生身で、裏解放の術を受けた。
「……千鶴」
千鶴は意識を失っていた。
「………………」
静寂が襲う。
「……千鶴さんは、裏解放をまだ習得していない」
百鬼が、確認するかのように、淡々と告げた。
その日はなかなか寝付けなかった。
慎吾は寝床を抜け出して千鶴の部屋へ行ってみた。寝息は聞こえない。思い切って戸を二回叩く。
戸が開いて、千鶴が顔を出した。
「……シンゴ」
静かな声。強気な様子はどこにもない。
「……心配になってさ」
もちろん自分が来るべきではないとはわかっている――嫌味なしに、千鶴が劣等感を感じてしまうかもと思ったのだ。
だがその気持ちは一旦押し殺した。千鶴はそこまで弱くないと自分に言い聞かせてやってきた。
――それでも。慎吾の顔を見た千鶴は、僅かに涙を流した。
「…………千鶴」
慎吾は何も言えなかった。ただ、千鶴の背中に手を乗せる。
気づくと朝だった。慎吾は千鶴の部屋の前で眠っていた。
足音が近づいてくる。まずいと、身構える。部屋を抜け出していたことがバレたら怒られる――
だが。近づいてきたのは刀也だった。普段はこの時間、隣にある別の屋敷にいるはずだ。
「……シンゴ。千鶴を見ていないか」
「――え?千鶴の部屋ならここじゃ――」
「……そうなんだが、見ての通りいないんだ」
慎吾は戸を開けて部屋を覗く。
「……本当だ。おかしいですね」
「君がそこで寝ていたことについては深く問わないから――頼む。千鶴を一緒に探してくれないか」
「もちろんです」
二人は隊舎中を探し回り、他の隊にも確認した。
「……千鶴は、自分から出て行ったんでしょうか?」
慎吾は刀也に訊いた。もしかしたら裏解放の習得を急いで修行にでも出ているのかと――遠回しにそう尋ねるためだ。
「……部屋、よく見たか」
慎吾は首を横に振る。
「……刀剣が置いたままだったんだ」
背筋が冷える。
「……修行なら、刀剣は持っていくだろう」
確かにそうだ。
「……連れ去られた可能性が極めて高い」
慎吾の背筋が更に冷えた。
「……これから大規模捜索を開始するぞ」
慎吾は鼓動が速くなるのを感じていた。
その様子を、五十嵐禊は裏庭から眺めていた。
そして自分の部屋に戻ると、刀剣を握り締めて腰に差した。




