第十六話 穏やかに
市木センは数刻後に死亡が確認された。
禊は慎吾と絶賛稽古中だった百鬼を訪ねると、自分と市木が二人で八岐大蛇と戦った、市木が倒されたということを簡潔に伝える。百鬼と禊はすぐに現場へ向かった。禊が最後に見た通り、そこには市木が倒れているだけで、八岐大蛇の気配はなかった。二人は市木を回収し、医療隊の元へ連れていった。
死亡が確認されたのはその直後で、今に至る。隊員へは厳重注意がなされ、特別稽古も当面の間中止となった。
五十嵐禊は寝込んでしまった。ショックから体調を崩したのだろうと誰もが推測する。
「……やはり、事態は重い」
千鶴、紫香楽、将雅、萌、慎吾、コアレ、アロマ、そしてセラフ――五十嵐を除く「いつものメンバー」は、隊舎で集まっていた。
全員深刻な顔つきだ。
「……千鶴副隊長、五十嵐は何と?」
「……先程言った以上でも、以下でもない。八岐大蛇の襲撃にいち早く気がついた市木隊長と共に討伐に向かったところ――返り討ちにされたと。それだけだ」
場が静まる。
「九番隊、どうするんでしょうね」
こう訊いたのはセラフだ。
「……形式上、隊長がいなくても隊は成り立つ。副隊長不在の隊があるようにな。だが――隊長会議の存在などを考えると、副隊長以上に早急に新隊長を立てた方が良いのは間違いないな」
「……となるとやはり、小瀬シンラでしょうか」
「……そうなるかもしれないが。どうも奴は好きじゃないんだがな……」
静かな会話が続いていく。これからの事は誰にもわからない。
数日が経過した。
十番隊隊舎に百鬼隊長がやって来る。そして全隊員に向けてこのように言った。
「――悩みましたが、特別稽古を再開します」
一瞬ざわめく。
「……八岐大蛇が活発化している今だからこそ、刀剣の裏解放は必須級です。なるべく全隊員、厳しかったらその半分でも良い。裏解放を扱えなくては、八岐大蛇幹部には手も足も出ないでしょうから」
市木が殺害されたことで隊員の気も引き締まっている。八岐大蛇の強大な力は、十二分に実感している。
「だから、再開するのです。出来ることなら――これ以上隊士を死なせたくはない」
隊員は頷いた。
こうして、特別稽古は再開した。だが九番隊に配属されていた隊士たちは例外。指導者の市木がいなくなったためだ。最初は副隊長が指導者の枠を継ぐのかと思われたが、九番隊副隊長の小瀬シンラは四番隊に稽古を受けに行っている。必然的に指導者になれる者はいない。
なので千鶴をはじめとする九番隊配属隊員は、隊舎に残って事務をすることになっている。その隊の稽古の補佐が主な仕事だ。
慎吾もまた、百鬼との稽古を再開した。
彼もまた、稽古内容は極めてシンプル――如何にして、百鬼の動きを止めるか、だ。
百鬼の攻撃性能は極めて高い。両手両足を封じても、脳波で魔法陣を展開することが可能。
両手両足を封じた上で、百鬼の集中を逸らして魔法陣の展開に集中させない。その状態を作り出して一撃入れるのが、合格条件。そんな稽古だった。
「……動きが硬い」
木刀を交わしながら、百鬼は口癖のように何度もそう言う。事実、百鬼が敵だったとしたら、もう何回死んでるかわからない。
「……まだまだ!!」
慎吾は五十嵐禊の心中を想っていた。
越えるべき壁として認識していたライバル。それでいて良き指導者。アロマたちから聞いたところによれば、禊の市木に対する想いはそういうものだったらしい。
そんなライバルであり、師でもある人物を失った――哀しみは計り知れないだろう。
自分なら確実に自暴自棄になる。いや、禊も今まさにその状態かもしれない。
自分が彼の分まで、出来るうちに出来ることをやりたい。そんな想いがあった。
「……ああああああ!!」
両手、両足を打ち払った。木刀は右手。意識をそちらに集中させる。百鬼は魔法陣の展開を始める。
その時だった。慎吾は瞬時に木刀を左手に持ち替える。その速度は決して目で追えるものではなかった。左側から来ると思っていた木刀が、突如自身の右側に現れる。百鬼は僅かに目を見開いた。そして――
彼女の魔法陣が、崩れた。
「……見事」
慎吾のやり方は、未完成。それでも――状況分析し、強敵に勝つだけの潜在能力は、ある。隊長級と一概に言えなくとも、これから隊長格と並ぶ可能性は大いにある。そのようにも感じた。
「……合格、としますか」
慎吾は息を切らしながらガッツポーズをした。
「……ではここからは、裏解放の習得ですね」
ガッツポーズをすぐに解く。ここからが大変だろうと、わかっていた。




