第3話 うつけの取引
翌朝、川へ向かう道で与一を見つけた。
昨日のあぜ道にいた、一番度胸のある子だ。
「与一」
俺が呼ぶと、与一は驚いた顔をした。名を覚えられているとは思っていなかったのだろう。
「昨日魚をやった子供たちを集めろ。今すぐ。ここで待っていろ」
「……何をするのですか」
「仕事だ。急げ」
与一は一瞬だけ俺を見て、駆け出した。
俺は川へ向かい、仕掛けを確認した。潮が引いていた。小魚が十匹ほどと、両手を超える大物が二匹入っていた。笊で掬い、桶に移す。犬千代が無言で手伝った。
戻ると、与一が六人を連れて待っていた。
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「聞け」
子供たちが揃ったところで、俺は話した。
「この庄内川には、潮が引くたびに魚が残る仕掛けがある。海の水が川に押し入ってくるとき、海の魚も一緒に上がってくる。水が引けば魚は浅瀬に残る。それを取り出すだけでいい」
「潮が引く、というのは」
「川の匂いを嗅いでみろ」
与一が鼻を動かした。目を少し開いた。
「……塩の匂いがする」
「潮が入っているときだ。これが引けば魚が残る。毎日ではない。朝も夕方もある。自分たちで確認しに来い」
与一が頷いた。
「場所は教える。ただし秘密にしろ。漁場が広まれば誰でも入ってきて荒れる。おまえたちだけの仕事だ」
「取り分は」
「小魚は全部おまえたちのものだ。両手より大きい大物が出たときだけ、屋敷に届けろ。門番に俺の名を言えば台所に通してもらえる」
与一は桶の中を覗いた。大物が二匹。残りは全部小魚だ。
「小魚の方がずっと多い」
「そうだ。損はしない。親に聞かれたら、家族のために川で取ったと言え。嘘ではない」
子供たちがひそひそ話した。与一は黙って聞いていた。
やがて与一が口を開いた。
「わかった」
与一は頷いた。子供たちも頷いた。
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翌日から、大物が捕れるたびに屋敷へ届けられるようになった。
届けは当番制で回っていた。順番は与一が管理し、抜け駆けした者は翌月の取り分なし、という罰則もついていた。
俺が決めたのではない。与一がそう仕切った。
(なかなかやる)
魚を持って、俺は田のそばへ行った。
稲刈りを終えた農家の庭先に、灰が積まれていた。
かまどの灰だ。本来は畑に撒いて使うものだが、雨に濡れて固まった分は使い物にならない。
俺はその農家の男に声をかけた。
「その灰、少しもらえないか」
男は目を丸くした。
「灰、でございますか」
「そうだ」
「……なんに使いますので」
「うまいものになる」
男はしばらく黙っていた。
「いいですよ」
「魚と交換しよう」
俺は手に持っていた魚を差し出した。
今朝の大物のうち一匹だ。屋敷へ届ける分から一匹使う。それだけの価値はある。
男の目が変わった。
川魚だ。夕餉のおかずには十分なる。固まった灰と交換するには、釣り合わない。
「若君……固まった灰と、この魚を交換、でございますか」
男は首を傾げながら、固まった灰を藁でくるみ始めた。
俺はそれを受け取った。
犬千代が横でため息をついた。
「魚の方が、どう見ても高い」
「灰が欲しかった」
「なぜ灰が」
「うまいものになる、と言った」
農家の男が小声で何か言っていた。
たぶん「うつけ」という言葉が入っていた。
(ちょうどいい)
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