蝶の一族
暗い部屋に1人。
何も出来なかった、手も足も出なかった、少しは強くなったと思っていた、でも勘違いだった、思い上がりも甚だしい。
僕はなんて弱いんだ、こんな僕が誰かを救うなんて、魔族を倒すなんて、出来るわけがないだろう。
もっと、強くならないと!
パッと目を開けると、目の前に広がる光景に動揺が隠せなかった。
「レ、レイツェルさん!無事ですか!?イズミも!」
ヒロの目前にあったのは、ボロボロで全身傷だらけのレイツェルとイズミがヒロを守る様に倒れていた、意識はなく、血も多く流れているため生きているのかさえ怪しくレベルだった。
脈を…大丈夫、まだ生きてる、でもかなり弱い、ここから街までは、いやかなりの距離がある、間に合わないかも知れない、どうすれば。
必死に周囲を見渡すも、何も見つからない。
すると頭にとある考えが思い浮かぶ、が、可能なのか?そんなのはどうでもいい、成功させるしかない!
「ヨシ!」
覚悟を決めろ、成功させるしかない。
そう心で叫び、レイツェルさんに魔力を流し始める、傷口を塞ぐ様に優しく魔力を流し続ける。
そう、ヒロがダメ元でも試しているのは、【医療魔法】である。
やり方は、ミネアさんから聞いた、後は傷を治すイメージと医療魔法を使用できる魔力の有無、この2つをこの二つさえ満たしてしまえば成功する。
イメージは出来たとしても、魔力の性質の方はどうにもならない、が、今なら出来る気がする、ユドル大森林の時も瀕死の重体を治せたじゃないか、あの時の感覚を思い出すんだ。
だが、すぐに気付いてしまう、あの時の様な感覚はなく、ただ魔力を流しているだけで一向に傷が治らない。
「な、なんで、あの時と何が違うんだよっ!」
ここで、ここで成功させないと、レイツェルさんたちが、何やってるんだよ、ここで何も出来なきゃ役立たずにも程があるぞ!
焦りるだけで時間がただ過ぎていく、何の進歩もない、本当に、何のために強くなろうとしたんだろうか、誰1人、自分の力じゃ守れてないじゃないか。
ヒロは無力感に苛まれ、ただ座り込むことしかできなかった。
2人の脈が弱くなっていくのをただ見ていることしか出来なかった。
「ごめんなさい」
その言葉が出た時、ふと目の前を何かが通り過ぎるのが見えた。
ヒロはそれを知っていた、気付いた途端に、必死に声を出して懇願する。
「お願いです、君なら2人を助けらはずだ、助けてください!」
必死に頭を下げる、そんなヒロを笑うかの様に、紫を基調にした色鮮やかな蝶は言う。
「やだ」
「えっ!?」
蝶の一言に、動揺が隠せなかった、あの時は助けてくれたのに、そんなことを考えながらも諦めけれずに食い下がり続ける。
「お願いします、僕はどうなってもいい、だから2人を助けてください!」
表情は分からないが、その言葉を待っていたと言わんばかりに、蝶は嬉しそうに言う。
「本当に?“何でも”言う事聞いてくれる?」
やる気になってくれたのだろうか?必死だった為に、言葉に含まれている意味を深くは考えなかった、考えている時間がなかった。
「分かりました、何でも言う事聞きます!だから2人を助けてください!」
「絶対よ?」
一言言った後、蝶は僕の肩に留まる。
すごく良い香りがする、何の香りだろう、花?のの様な香りがする、何処か落ち着く様な安心する様な匂いがする。
「さぁ、ヒロ、2人に触れてみて」
言われるがままに触れてみると、蝶から少し魔力が流れてくるのを感じた、肩から流れた魔力は、腕を通って指先へと流れていき、2人の傷を包み込む様に優しく魔力を集中させる。
次第に傷口を塞ぎ、30秒と経たないうちに2人の傷を完治かせてしまった。
「凄い、これが治療魔法…なんだろう、ミネアさんが使っていたのとまた少し違う様な」
「まぁ、治療魔法とは少し違うけどね」
治療魔法とは違うとはどう言う意味だろう、気になり聞こうとしたが蝶が本題だと言わんばかりに話を進める。
「じゃあヒロ、行きましょうか」
「行く?」
何処にだろう、分からないので聞いてみると、蝶が魔力を帯び始めたのを感じた。
「何でも言うこと聞くって言ったじゃない?黙って着いてきてよ」
蝶が纏う魔力が徐々に大きくなっていく、色々聞きたいことがあるが約束は約束だから仕方がない、でもどうしてこんなにも魔力を纏っているのだろうか。
色々と考えていると、2人の目が覚める。
「ヒロくん、無事だったのか、ん?何でそんなに光ってるんだい?」
イズミの問いを聞いて、自分の全身も光っているのに初めて気付く。
「な、何これ!?」
「この光は、もしかして【転移魔法】!?」
レイツェルさんも動揺していた、そんな僕たちをよそに、蝶は自分の言いたいことを言い残す。
「じゃあヒロは貰って行くからね、せっかく直したんだから、無茶しちゃダメよ?」
蝶の声を聞いて、レイツェルさんが僕を持って行かれまいと手を伸ばして掴もうとする。
「待ちなさい、ヒ…」
そこでレイツェルさんの声は途絶えた、そこからは視界が暗転した後に気を失ったのか記憶が曖昧だった、ただ、飛ばされたのは僕と蝶の1人と1匹だけなのは確かだった。
ー3日後ー
「なぁ、気持ちはわかるけど部屋引きこもってへんと一旦リベラル帰って、ジールさんに相談せぇへん?」
トネールのヒロ達が泊まっていた宿屋のレイツェルの部屋の前で、アクトは慰める様な、説得する様な優しい口調でレイツェルに語りかけていた。
だが返事はなく、ただ沈黙が帰ってくる、アクトはため息を吐き部屋を後にしようとする。
「これだけは間違えるなよ?レイは何も悪いことしてへんねんからな、誰のせいでもないからな」
そう言い残すと、宿屋一階にある酒場へと足を運ぶ。
ヒロ消失から30時間ほど、まだ近くにいるかも知れないと、レイツェルは探し回った、自分がどれほどボロボロなのかも忘れるほど、だが見つかることはなかった。
そんなレイツェルを気の毒に思ったのか、アクトは気絶させてまで連れて帰った。
2人には圧倒的な実力差があり、アクトにレイツェルを気絶させる事など到底出来ないであろう、だが今回は簡単に出来てしまった、30時間の捜索と精神的に不安定な部分がレイツェルを内側からも外側からも弱らせていた。
それからと言うものの、部屋から出て探しに行こうとするレイツェルをアクトは止める、すると次第に部屋に篭る様になってしまった。
アクトは心配しつつもどうすることもできない現状にヤキモキしているが、レイツェルは一向に部屋から出てこなかった。
そうこうしているうちに、日は流れそれから4日が過ぎたある日のこと。
「なぁ、そろそろ出てきたらどうや?」
アクトはドアの前で語りかける、もちろん返事は無かった。
「これ、ご飯貰ってきたから食べとけよ?もう何日も食べてないやろ?」
お盆で持ってきた食事を部屋の入り口横のサイドテーブルに置く、そしてそのまま扉の前を離れようとする。
「ほな俺も下で飯食ってくるから……え?」
アクトが階段に向かおうと目を向けると、そこに立っていた人物が目に入り、声が漏れる。
「おぉ、よっアクト、元気してたか?」
アクトの視界に映ったのは、片手を挙げて挨拶をしているジールだった。
驚いているアクトの顔を見て、満足そうに階段を登りきる。
「いやぁ、お前達が遅いからさ、暇だし来ちまったよ、んでこれどう言う状況?」
笑顔で言うジールにアクトは、今までの事を説明する為に、一度酒場まで降りてテーブルに腰をかけて話し始める。
飯を食べながらこれまでの経緯を説明し終わると、ジールは意外と冷静に一言言う。
「ヒロ誘拐されちゃったのかよ、しかも蝶に?」
「意外と冷静やな」
飯を食べ進めるジールに、アクトはツッコミを入れる、そしてジールが一言言う。
「まぁ、ヒロは無事だから安心しろって、蝶を操る一族か…結構めんどくさいやつに好かれちまったなぁ」
その言葉を聞いて安心すると同時に、ジールが知っている事を聞こうとする。
「知り合いなん?その、蝶を操る一族って」
アクトの言葉に、何かを思い出したのか、少し苦い顔をしてジールは言う。
「実は俺も誘拐されたことある」
「はぁ!?」
ジールの言葉を聞いて、驚きのあまり席を立つ、苦笑いのジールにアクトは唖然としながらも、落ち着いて席に座り直す。
それを確認して、話を続ける。
「そん時に言われたんだが、「ここを出ていきたければ、蝶の試練を突破するか、私と結婚しなさい」って言ってたなぁ、まぁ結婚は嫌だったから試練を突破したんだけどな」
笑いながら話をして、水を飲む。
アクトはその話を聞いて、再び机を叩いて立ち上がる。
「なんやねん、その羨ましい話!それで何で結婚選ばんかったんや!?ゔうん、まぁええわ、それで試験っちゅうのは何日かかったん?」
「テンションたけぇな」
「そんなんええねん、それで何日かかったんや?」
「確かぁ、4年?いや、5年くらいだった様な」
「え、5年?」
「うん、5年」
冷静な、ジールに再び唖然とするアクトが、諦めた様に、呟いた。
「しゃあ無いなぁ、ヒロには結婚して出てきてもらおか」
「そうだな」
2人してそんな事を言っていると、テーブルがバンと叩かれ、2人してビクッと体を震わせる。
「そんなのダメに決まってるじゃ無い!蝶の一族?何処のどいつよ、2度とお日様を拝めない様にしてあげるわ!」
2人して声の方を見ると、そこには部屋に篭っていたはずのレイツェルが4日間、食事をとっていないとは思えないほどの鬼の形相で立っていた。
2人してただ、レイツェルの話を聞いていると、怒り心頭のレイツェルがジールの方を見て言う。
「それは何処にあるの?早く言いなさい、直ぐにでも殴り込んでやるわ!」
本当に今にも乗り込んで全員血祭りに上げかねないので、ジールは落ち着く様に促して、場所を伝える。
「おい、落ち着けよ、レイ、場所はユドル大森林にあるが、どうしようもねぇんだよ」
「どう言う意味?」
ジールの説明に納得できなかったのか、鬼の形相で睨みつけて理由を問いただす。
「恐ぇよ、睨まないでくれよ、あのな、蝶の一族のエリアには、外から干渉することのできない結界が貼られてるんだよ、だからヒロが結婚するか、試験をクリアするまでは出られないし助けにも行けない」
蝶の一族とは、【回復魔法】と【結界魔法】に秀でている一族であり、全員が戦闘のスペシャリストでもあると言う、戦闘民族である。
【回復魔法】に至っては、体の一部を切断されたばかりの状態なら治すことができる。
【結界魔法】の方は、現在魔族の侵攻を一時的ではあるが、封じ込めるほどの実力である。
戦闘の方も、リベラルが定める冒険者のレベルで表すと、レベル3〜5がほとんどで、族長に至ってはレベル6あると言われている。(一族内での話である)
「悪いことは言わないから、今はヒロを信じて待つしかねぇよ」
何処か悲しそうに、何処か嬉しそうに言う、ジールに、レイツェルは言葉を発しようとするも、何を言えばいいのか、どうすればいいのか分からずに言葉を詰まらせる。
「レイ、ヒロを思う気持ちは分かるけどさ、今回は相手が悪かった、それにヒロも今年で13やろ?大丈夫やって、結婚は…まぁええや、あいつなら試験は簡単に終わらせて帰ってくるかも知れへんやん、な?信じて待とうや」
アクトは、そんな説得する様な口調でレイツェルに話しかける。
俯いたまま、レイツェルは少し震えた声で言う。
「まぁ、分かったわ、ヒロを、信じ待ちましょう」
自分の感情を噛み殺して、頷くレイツェルを見て、アクトは安心すると同時に、少しレイツェルの心が心配になる。
彼女は大人な所はあるが、今年で16歳なのだから、まだ子供ではある為に、壊れてしまわないか心配になって見ていた。
すると、隣でジールが空気を読まないで発言する。
「蝶の一族かぁ、美人ばっかだったから、案外直ぐに出てくるかもな、ガハハ」
「やっぱり、血祭りの方が良いわね」
「クッソが空気読めやおっさんが!」
場を和まそうとしたのか、そんな発言をするジールに、目が本気なレイツェルとジールに怒るアクトと言う、わちゃわちゃとした空間になってしまった。
ーユドル大森林、蝶の一族の村にてー
「さぁ、どうしますか?ヒロさん、お嬢様と結婚されますか?」
広々とした屋敷の中、ヒロの周りを6〜7人ほどの蝶の一族が取り囲み、そこから少し外れた場所に、ヒロを誘拐した張本人が座っていた。
その空間で、ヒロは声を高々に言い張る。
「嫌です!」
「なっ!?何でよ!」
ヒロが言い放ち、お嬢様と呼ばれる少女が動揺して返す、それだけで会話は終わり辺りは静まり返った。
僕これ、無事に帰れるんだよね!?




