291日目④
監獄を後にした三人は、イネッサの案内で西へと進んでいた。
「そこを左……言ったとおり、安全だろう?」
本当に魔物一匹、出くわさないのだ。安全と言いつつも、被捕食者側の小型の魔物くらいは出ると思っていたので、肩透かしである。
魔導車の揺れる荷台の上、最初こそ歩きながら周囲を警戒していたイネッサとエカテリーナ。今では二人とも、魔導車の荷台に乗っている。ブランシェが借り物の野営セットを持ち帰ったので、スペースが広いのだ。
「魔物が出ない道……本当にあるんですのね」
「魔物ってのは、水が溜まりやすい場所に湧く。逆に言えば、水はけの良い岩場や湖から遠い地点を選べば、魔物との遭遇率はグッと下がる。このルートは、そういう地形を繋いでるんだろうさ」
「確かに、地図の地形を見ると、そうですわね。通常のドズルイへのルートより、どれくらい短縮できますの?」
魔境に対して、東にチェンストホ、西にドズルイと、冒険者の街がある。スーラフに戻るであろうターゲットは、ドズルイに向かっているのだ。
「半分以下さ。普通に行けば、魔法使いでも4日はかかる。このルートなら、1日半ってとこかね」
「それなら、追いつけますわね」
エカテリーナの言葉に、イネッサは頷いた。
「連中は昨日の朝に出発した。急いでも、途中で野営するはずさ。このルートを使えば、追い越して待ち伏せできる」
ウーノは魔導車の手綱を操りながら、荷台へと振り返る。
「待ち伏せするなら、どこが良い?」
「ここかね。連中はこの安全ポイントで野営するはずさ。でも安全ポイントの割に、湖が近い。アタシの魔法が、最大限に活かせる場所さ」
イネッサはウーノにも見えるように地図を掲げ、上の一点を示した。
エカテリーナは塹壕での敵兵との戦闘、そして先日仕留めそこなった流れ水の民の女性を思い返して、頷いた。
「流れ水の民ですものね。水の魔法の使い手が、水場の近くだとどれだけ強化されるか、身をもって知ってますわよ。でも、向こうにも水魔法の使い手がいたら、どうしますの?」
「アイツらの髪色は知ってる。5人の内訳は、流れ水の民1人、後は風が1人と氷が1人、雷が2人さ。1対1なら、早いもん勝ち。問題ないさ」
「それなら、作戦はこうですわね。イネッサが水で奇襲をかけて、混乱を引き起こす。それに乗じてわたくしが、ミーシャを奪取する。必ずしも敵を戦闘不能にする必要はありませんもの。直接戦闘は避けるべきですわね」
「そりゃあごもっとも。しっかし、連中には『自分たちが狙われてる』と思い込んでもらわなきゃ困るねぇ」
イネッサは人差し指を立てた。その言葉の意図を、エカテリーナは即座に理解する。
「確かに、最初からミーシャの救出目当て、と察せられると、色々面倒ですわね。それに、万が一にも奇襲が失敗した際の、二の矢が撃ちにくくなりますもの」
初回の奇襲が失敗したとき。その最悪の可能性も考えて、エカテリーナとイネッサは会話を続ける。
一方で話を聞いているウーノは、どうにももどかしい。一度でミーシャを救うのを第一に、作戦を立てて欲しい、そう思ってしまう。
しかし彼は、言葉を慎んだ。戦闘を任せきりにする以上、そこは弁えなければならない。
とは言え自分はエカテリーナの戦友なのだ。何かしら、サポート面で貢献したい。
口出しする代わりに、ウーノは奇襲の成功率を上げるアイデアを考える。正面を向き直して手綱を握り、『グラニ』を操りながら。
「……罠を仕掛けるのは、どうだろう」
「罠ですの?」
ウーノは再び振り返って、戦闘員二人を見た。今の自分に出来る、火力支援を提案する。
「ああ。落とし穴はもちろん……そうだ、ここは魔境だ!魔物が沢山いるってことは、魔石もたくさんある!手持ちの攻撃用魔導具をばらして、魔石を過剰に接続した、即席爆弾みたいなのも作れるはずだ。踏んだら爆発する、地雷を作れると思う!」
「ジライ……あぁ、地雷ですのね!」
ウーノの言葉に、エカテリーナはしばらく遠い目をしてから、ポンと手を打った。
「なんだい、そのジライってのは」
一方でイネッサはピンと来ていない様子だった。そんな彼女に、エカテリーナは口を開く。
「言ってた通りですわよ。攻撃用に限らず、魔導具はスイッチを押して起動、つまり魔石に圧力をかけて魔力を放出させて、起動しますわよね。それを地面に埋めて、侵入者……敵兵や魔物の足の重さで起動するように設計して、踏むと爆発するように仕掛けるんですの。大昔に廃れた兵器ですわね」
「え、そうなの?兵器としてすごく実用的だと思ってたけど」
エカテリーナの言葉に、ウーノは意外に思った。
この世界には電気技術や化学技術がほとんど存在しない。有線電話はもちろん、飛行機も無い。元素の分類や化学反応は、経験則以上には体系化されていない。
しかし、文明水準が劣っている訳では決してない。魔導具技術は、元の世界の家電なんかと遜色のない、小型化や携帯性と言う面では、むしろ優越している。魔法も現代技術を超越(特に医療)している面がある。
そして、政治体制や軍事的発想は、1900年代、第一次大戦期の水準が、ずっと続いている感じだ。
つまるところ、地雷という敷設型の兵器を作る技術は存在するし、戦争の形式的にも必要性があるように感じられる。それなら開発が進み、一般的な兵器として認識されていてしかるべきでは無いだろうか。
それがウーノの感じた意外性である。
首をかしげるウーノに、エカテリーナは久しぶりに得意げな顔で講釈を始めた。
「考えてみて下さいまし。地面で爆発するということは、心臓や頭と言った急所から、離れた場所から攻撃が伝わるということですわよね。だいぶ大規模な攻撃用魔導具を使わないと、死に至らしめるのは無理ですわ。つまりそれだけ高価になるということ。それなら、踏まれるのを待つ、発動するかも分からない地雷と言う形では無く、普通に運用した方が有用ですわよ」
「でも、殺さなくても足を負傷させて、動けなくするだけでも意味があるんじゃない?」
「まぁ、敵兵との交戦中の真っただ中に爆発したら、意味があると思いますわよ?でも、そんな状態で爆発するということは、自分も地雷の近くで戦っているということ。それじゃあ自分が被弾するかもしれませんもの、危険すぎますわ」
いや、後方に輸送して治療を施すとかのコストが……と思ったところで、ウーノは思い出した。
この世界の女性は、魔法使いはもちろん、普通の女性でもとても丈夫なのだ。
成人女性なら、3ヶ月で足が生えて来る。魔法使いが回復させれば数日。そこら辺に足が転がっていれば、魔法使いでなくても1日でくっつく。先ほどのエカテリーナのように、断面が焼け焦げていても、魔法使いが2人で回復を施せば、数分で元通りだ。
負傷者を作る意味が、元の世界に比べて極めて薄いのだ。
「ああ、そうか……そうだね」
納得したウーノに、エカテリーナは追加の理由を話す。
「それに、例えば戦場で地雷を埋めても……埋まってるとバレたら、土の魔法使いが一人でもいれば、全部掘り返されてしまいますもの。他の用途では、魔物対策で村や都市の周りに埋めるのもありますわね。大昔の開拓が進んでいない時代、魔物の脅威がより身近な時代には、魔物避けで作られた地雷もあったそうですわ。でもそれだと日常生活が危険になりますわ。大人の女ならともかく、子供や殿方が踏めば、十分に危険ですもの。だから今となっては、廃れた兵器ですわね」
「うん、はい」
地雷は有効では無いらしい。確かに、土の魔法使いは一人で地雷除去車両である。戦争では意味が無い。そして、日常生活で使うには危険すぎるのは、ウーノにも良く分かる。
じゃあ他に何かないか。ウーノが考え始めたところで、イネッサが口を開く。
「んま、とはいえ最初の一発が有効なのは事実さ。廃れた兵器ってことは、攻撃を受けた連中も、真っ先に疑うのは地雷じゃなくて魔法使いの襲撃さね。アタシの水の質量攻撃、雷女帝サマの雷を一発、ちらつかせる。で、地雷の攻撃の属性が火とか氷、土なら……」
「人数の誤認をさせられますわね。こちらの魔法使いの人数を一人多く、見積もらせることが出来ますわ。仮に上手いこと直撃して、一人削れたら、向こう視点では4対3。相手からしても、勝てるかどうか分からない戦いになりますもの。色々な行動の抑制が、見込めますわね」
エカテリーナがポンと手を叩く。地雷案は、どうやら戦闘員から見ても有効らしい。
自分の考えが無駄にならないことに安堵したウーノは、手持ちの魔導具で、どんな地雷を作ろうか思案し始めた。
そうして考え始めたところで、ウーノはふと思った。
「ところで……ミーシャちゃんを奪ったら、また別の捕虜が連れて行かれるんじゃないか?ミーシャちゃんを助けたことで、別の捕虜が新しい犠牲者になるのは、心苦しいというか……」
イネッサは肩をすくめた。
「妙な所まで気を回すね、アンタは。人体実験の噂は、監獄の中でも流れてた。スーラフ語が分かるのは、アタシだけじゃ無かったからね。みんな薄々、何かヤバいことに使われるんじゃないかって勘づいてたのさ」
「それでも、監獄側が……」
「一度譲歩した以上、次は断りやすいのさ。『盗まれたからもう一人寄越せ』なんて言われても、『知らねーよ』で通せる。魔法使いの暴動騒動になれば、むしろ断る口実になるさ」
他の誰かが実験の材料にされる可能性は、あるだろう。
しかし少なくとも、戦争捕虜と言う弱い立場の人間が、無理やり連れていかれて非人道的な人体実験をさせられることは無い。
イネッサの言葉に、ウーノは少し安堵した。
「……前からそうでしたけど、ウーノは責任感が強いですわね。殿方としては、驚くくらいに」
エカテリーナは微笑んで言った。
「うん?そうかな?」
「ええ。ブランシェとの別れ際での遺体の回収の話もそうでしたけど、自分の行動の影響を、よく考えていますのね。本当に、立派だと思いますわ」
男は弱い、守られる者。女性の庇護下で所有物。それがこの世界の男女間の根底だ。
だからこそ、男性に求められる責任感や行動力は低い。
『男が腐ったような奴』『雄々しい』が悪口になる世界で、エカテリーナからすればウーノはとても『女らしい』男に映った。そして、兵士であることを誇りに思うエカテリーナにとって、それは生意気では無く、好ましい人間性に思えた。
しかし、それが多数派な訳では無い。
イネッサは肩をすくめて言った。
「男はもっと、バカで儚い方が良いと思うけどねぇ。地雷ってアイデア、良いとは思ったから擁護したけど……男が戦に口出しするなんて、可愛げが足りないよ、アンタ。体はエロいけど」
「まったく、体しか見てませんのね、イネッサ。男とか女とか関係なく、人間は心ですわよ。そしてウーノは、心も素晴らしいんですの。エロいのは同意しますわ」
そこは同意するんだ。
ウーノは苦笑しつつ、どうやって魔導具を組み替えて地雷を作るか、考えをめぐらした。
その後、スーラフが通りかかるであろう安全地帯への先回りに成功した一行は、二手に分かれた。
ウーノとイネッサは安全地帯に残り、エカテリーナが偵察に赴いたのだ。
エカテリーナはウーノを長時間イネッサと二人きりにすることに、激しい抵抗感を見せたが……イネッサはウーノの半径5m以内に接近しない、という約束で、納得した。
その際の鬼気迫る表情に、イネッサは珍しくコクコクと頷くばかり。ここで軽口を叩いたら命が危ないと、察したのだろう。
と言う訳で、湖の確認をするイネッサと、魔導具をばらして即席地雷を考えるウーノ。
そうして各々が準備をして待っていると、日付の変わる直前の真夜中、エカテリーナは戻って来た。
足の速い彼女は、安全ルートを途中まで通ったのもあって、夜中とはいえ今日中に帰還を果たした。
「明日の昼頃、ここに到着する感じですわね。ところでイネッサ、5人とおっしゃいましたわよね?」
「ああ、そうさ。何だい、増えてたのかい?」
嫌そうな顔で聞くイネッサに、エカテリーナは首を振った。
「逆ですわよ。1人減って4人でしたの。流れ水の民もいるはずでしたわよね。その方が、見当たりませんでしたわ」
「もしかして、その流れ水の民の女性って、エカテリーナと戦った……」
ウーノの言葉に、エカテリーナはポンと手を叩いた。
「あり得ますわね!」
「なんだい、二人して。アタシにも事情を教えてくんない?」
イネッサに対して、エカテリーナは行きで起きた事件を説明する。ついでに、蒸発委員会の軽い説明。
「……そんな感じで、おそらく向こうには、イレギュラーが発生していると、バレているかもしれませんわね。元々別れる予定だったなら、問題は無いのですけど……」
「そうかい。まあ、やることは変わんないね」
イネッサは肩をすくめる。彼女の動きに合わせ、少し離れた湖の湖面が、盛り上がるのが見えた。準備は順調らしい。
そしてウーノは、地雷製作について、重要な情報を尋ねた。
「ところでエカテリーナ。ミーシャちゃんはどんな感じで運ばれてた?」
「直接は視認できませんでしたわ。でも、わたくしたち同様に魔導車に荷台を曳かせてましたの。その中にいると、思いますわ」
荷台に……つまり地面からは少し離れている。ウーノはその事実を知ると、どんな地雷を作るか、アイデアを固めた。




