290日目③
腕の治療が終わり、一息ついた頃。
ウーノが口を開いた。
「……ブランシェ、説明させてくれ。俺たちが何を隠してたか」
「……聞いたげる」
ブランシェは膝を抱えたまま、そっぽを向いて答えた。
まだ、完全に心を開いた訳じゃない。でも、聞く耳くらいは持ってやる。そんな態度だった。
「まず、あの氷象が魔導戦車だってこと。これは俺が観察して、さっき確信した。でも、可能性自体は……ここに来る前から、考えてた」
「……どういうこと?」
「ビウクニツとシュチェンで、俺たちは超大型魔導戦車と戦った。ジャガーノート型と、アジ・ダカーハ型。ラシスカ—ポツカ間、そしてガマニア—ポツカ間の関係を悪化させるための、工作活動だった」
ウーノは、二つの都市での出来事を簡潔に説明した。
ジャガーノートの部品が工場地帯に隠されていたこと。アジ・ダカーハがダムに沈められていたこと。そして、その背後にいた組織、蒸発委員会。
「蒸発委員会は、流れ水の民が中心になった秘密組織だ。スーラフに協力して、各地で工作活動をしてる」
「……それで、スーラフ人のあーしには、言えなかったと」
「ああ、そうだ」
頷くウーノの肩を引いて、エカテリーナが前に出た。
「ウーノは、貴女にも話すべきだと、言ってましたわよ。隠すように主張したのは、わたくしですわ。確証のない段階で、スーラフの陰謀を話して……貴女の機嫌を損ねたくなかった」
「機嫌?」
「ええ。貴女の言動に、祖国への未練を感じましたもの」
「未練なんて……!」
ブランシェの表情が強張った。エカテリーナは順番に、簡潔に説明した。
「昨日、『良い兵士』と褒めた時、嬉しそうにしてましたわ。夜の監獄の話でも、『ブランシェ特尉、報告させていただくであります!』なんて、ふざけて名乗ったりもして。軍役を誇りに思っていなければ、そんな言い方はしませんもの」
「それは……」
反論したいが、言葉が出て来ない。そんなじれったそうな様子で、ブランシェは口をまごつかせた。
「わたくし達が偏見があったと認めた時も、貴女、とっても笑顔でしたわよ。『スーラフ人』への認識を、改めさせられた、そんな喜びようで」
更なる追い打ちに、口をモゴモゴしていたブランシェは諦め、そしてため息をついた。
「ふぅーう……未練、かぁ……まだ、あったんだぁ……前の戦争の時、未練があったのは確かだけど……また国を捨て、ううん、捨てられたのに。2回も見捨てられたのに、まだ未練、かぁ……」
その声は、どこか震えていた。
俯いたブランシェの横顔を、焚き火の光が照らす。
長い沈黙が、洞穴を満たした。
「……生まれは、どうしたって、ついて回りますわ。煩わしくとも、憎んでも……こればっかりは、変えられませんわよ」
エカテリーナの慰めとも同情ともつかない言葉に、ブランシェは膝を抱え直した。
まるで、自分の中の何かを確かめるように。
「……ねぇ、話していーい?あーしに何が、聞こえたか」
「ええ。教えてくださいまし」
エカテリーナが静かに頷く。
ブランシェは、ゆっくりと語り始めた。
「昨日の夜から、ずっと声が聞こえてた。スーラフ語で、命令する声。最初は幻聴だと思った。でも、どんどんはっきりしてきて……」
「何と言っていましたの?」
「『エカテリーナを殺せ』って。『祖国への忠誠を示せ』って。『殺せば、名誉勲章と軍籍復帰を約束する』って」
名誉勲章。軍籍復帰。
それがどれほどブランシェにとって重い言葉か、ウーノには想像がついた。
「……さっき、洞窟でうずくまってた時。あの時も、声が?」
ウーノの問いに、ブランシェは頷いた。
「うん。『殺せ』って。『殺さないなら、軍籍復帰は無い』、『殺さないなら、お前も人民の敵だ』って。『殺せ、殺せ、殺せ!』……ずっと、叫んでた」
ブランシェの声が、震えた。
まだ祖国への未練があるであろうブランシェに、その言葉はどれほど響いたのか、痛んだのか。
「ブランシェ……」
エカテリーナは膝をついて、心配そうに彼女を見上げた。
その表情を見て、ブランシェは顔を上げて微笑んだ。その目には、涙の跡があった。
「でもさ。ヤダな、って思った」
「……ヤダ?」
「エカテリーナの言葉、聞きたかったのに。何を言おうとしてたのか、知りたかったのに。あの声がうるさくて、聞こえなくて。うざくなっちゃって」
ブランシェは、小さく笑った。
自嘲するような、でもどこか晴れやかな笑み。
「良かったですわ。貴女が、話したい、聞きたいと、思ってくれて」
「あはは、まあね。それに命令されるの、昔から嫌いだったんだ、あーし。『平等、進歩、団結』って唱和させられるの、窮屈で仕方なかった。でも、居場所が欲しくて、我慢してた」
「……そうでしたのね」
「あの声、聞いてて思い出した。あぁ、これだ、って。あーしが嫌いだったの、これだ、って。勝手に決めつけて、勝手に命令して、『忠誠』を求めてくる、あの感じ。それでも、認めて欲しかったから、褒めて欲しかったから、我慢してたケド……労い一つ、無いんだもん。やんなっちゃって、一度逃げ出した。あはは、なっさけないね!根性無しだね!」
そんな自虐に対して、ウーノは首を振る。
「悪いことじゃないよ。逃げるのは、生きる上で大切な判断だ」
女は強くあれ。逃げるな、戦え。そうした圧力は、本当に強い。ウーノはそれを、良く知っている。
自分自身は、むしろ積極的に自己にその圧力を、かけて来たが……しかし、他者までそうである必要はない。強要するのが悪である、そういう思想の時代で、生まれ育ってきた。
弱い『男』という存在から、そう慰められたブランシェは。嬉しそうな、恥ずかしそうな、そんな複雑な表情で鼻をこすった。
「そう、かな。ま、とにかくさ、それでもお前が必要だって、前の戦争でポツカに居たのに徴兵されて……その時は未練は、あった。でも、また見捨てられて、今度こそ断ち切った、そう思ったのに……まーだ、あったんだね、未練」
その言葉に、エカテリーナは静かに首を振った。
「未練、と呼ぶべきでは、ありませんでしたわね。貴女にあるのは、きっと愛着とかそんな感じの感情ですわよ」
「え?」
「わたくしも、似たようなものですもの」
エカテリーナは、焚き火を見つめながら言った。
「貴族の家に生まれて、でも優秀過ぎて姉と不仲で。でも、姉との確執で家を出て、修道騎士団に入りましたの。でも、そこは貴族家と違い、実力主義で貴族らしい言動が嫌われる世界。今までの良いとされていた価値観が、全部ひっくり返されましたわ。貴族的な自分、を捨てるのに、随分と苦労しましたの。今でも、話し方ばっかりは、変えられませんわね」
「……あんた、貴族なんだ。そーいや毛先、赤いもんね。苗字はなんなん?」
「もう捨てましたわよ。今はただの、エカテリーナですの。まあとにかく、受け入れるほか、ありませんわよ。わたくしだって、貴族らしい自分が嫌いでも、やろうと思えば出来ますもの、貴族的な振る舞い。染みついた言動、価値観、愛着は……それはそれで、貴女の一部ですもの」
そんなエカテリーナの自分語りと慰めに、ブランシェは小さく、ほんの僅かばかり、頷いた。
「そー、だね……ふぅー、あーしはあーし、かぁ……大人になるまで、ガマニアに居たんだけど、そっちでは毎日、石投げられたりシカトされたり、まっとうには生きられなくてさ。でもスーラフでは、ちゃんと人間扱い、してもらえたんだ。あーしの毛先、金色でしょ?クンバーカルナを食べた、祖先の血統の証なんだって。それもあって、まっとうに、人と話して人の中で、生きて行けるようになって……受け入れてもらえた恩、感じちゃってさ……捨てたし捨てられたけど……忘れらんないや、スーラフ」
「……良いですのよ、忘れなくて」
ポン、エカテリーナはブランシェの背を叩く。
ブランシェは内面を吐き出して、すっきりしたのだろう。悩みはもう無い、と言わんばかりに、立ち上がって伸びをした。
「んっー、ふぅー……それにしてもさ、良くあーしのこと、殺さなかったね。殺さないまでも、拘束するとかさ。爆弾作って脅したりした相手を、野放しにするなんて、警戒心、足りてないじゃん?」
いたずらっぽい軽口。いつもの軽薄さを取り戻した笑顔で、物騒な話題を持ち出す。
これもある種の、信用と信頼を示すコミュニケーションだ。こんな話題を扱っても、仲違いしない、そうでしょ?その確認作業。
ウーノはちょっとびっくりしてしまうが、その辺の女同士の機微が分かっているエカテリーナは、あっけらかんとした表情で肩をすくめた。
「必要ありませんわよ。わたくしがその気になれば、貴女、一瞬で壁のシミに出来ましたもの」
「えー、言うじゃん!臨戦態勢なら、あーしはそんな軽くやられたりしないし!」
シュッシュッ!ブランシェはその場でシャドーボクシングをして見せる。
エカテリーナは足に雷をまとわせて、その場で足踏みした。
「雷縮地。わたくしの必殺技ですの。反動が大きくて、一度使うとしばらく足を休ませないといけませんけど、人間相手なら一瞬で、誰であろうと殺して差し上げますわよ」
「おっそろしー!そういや、スーラフ軍最強の特殊部隊の隊長が、『雷女帝に瞬殺された!』って噂、あったケド。流石に瞬殺は盛り過ぎ、って思ってたけど、盛ってなかったんだ」
ブランシェは大げさに自分で自分を抱きしめて、ブルブルと震える。
そんな彼女に、エカテリーナは微笑んで言った。
「それに、貴女は言いましたわね。『信じてたのに』『仲間だと思ってたのに』と。あの状況で、あんな風に叫んで、嘘な訳がありませんわ。だったら、仲間として接するのが、道理ですわよ」
ブランシェはピタリと動きを止めた。少し頬を赤くして、小さく呟く。
「……それは忘れろし。ちょっとパニくっただけだし」
モジモジするブランシェ、それを見てニヤニヤするエカテリーナ。
その反応に怒って詰め寄るブランシェ、あしらうエカテリーナ。
完全に仲直りできたようで、何よりである。
「さあ、二人とも。イチャイチャするのはその辺で終わりにして、主、もとい魔導戦車、どうするか作戦立てようよ」
「イチャイチャじゃねーし!あ、でもさ、そーいや、アレが魔導戦車で人が操ってるなら……」
ブランシェが何か言いかけたその時。
洞窟内の温度が、急速に下がった。
流れ込んでくる極寒の強風に、エカテリーナはブランシェが何を言いかけたか、気が付いた。
「ああ、そうですわね。あれが魔導戦車ってことは……縄張りとか、関係なく襲って来ますわね」
言ってる間に、洞窟内は急速に凍てついて行く。入り口の方から密集した氷柱が生えて行き、入り口方向は氷で塞がれてしまう。
「どーしよっか。あーしが氷爆破して、出来た穴をエカテリーナが突撃破壊!あーしもそれに続いて突撃!って感じ?」
「そうですわね。ただ、初撃の爆破でなるべく氷を多く貫通して欲しいですわね。途中で勢いを止められると、追加のブレスで身動きが取れなくなる恐れがありますもの。最悪、先ほど言った雷縮地を使いますけど、それだとしばらく、わたくしは戦力外になりますわ」
「オッケー。んー、でも洞窟内だし、規模にも限りが……さっきは吹雪に防がれたしなぁー」
ブランシェは地面を足で突きながら、スパイク壁をアレコレといじって形成する。
うねうねと形を変えるそれを見て、ウーノはふと思いついた。
金属を爆破して飛ばす、現代兵器の存在を。その中で、もっとも貫通力に優れた、ある兵器を。
「ブランシェ、一つ提案がある」
「ん?」
「爆発の形を、変えられる?全方位じゃなくて、一方向に集中させる感じで」
「……内向きの爆破?あーしが前に、披露したやつっしょ?何するつもり?」
ウーノは、地面に図を描き始めた。
「HEAT弾、あるいは成形炸薬弾って言うんだけど。爆発のエネルギーを一点に集中させて、金属の塊を超高速で変形させて、針みたいにして飛ばすんだ」
「うーん?あーしが普段やってる熔鉱爆弾とは違うん?」
「ああ。爆破のエネルギーを、こんな感じに……円柱状の片側を漏斗状にへこませて、中心軸に向かって一点に集中させるんだ。こっちの面には、窪地に張り付くように金属板を装着させる。それが爆発すると、金属板がこんな感じに変形して、すごい貫通力が出るはずだ」
洞窟の壁に、黒鉄のレイピアでガリガリと図を刻む。ブランシェは理解してくれたようで、頷きつつ同様の物を形作る。
「こんな感じ、カナ?爆破のタイミングを全周同時ってことっしょ?うーん、まあ出来る、かなぁ?」
洞窟いっぱいの、超巨大HEAT弾。直径は2mほどある、現代世界で運用されるものよりだいぶ巨大。HEAT弾の威力は直径に比例するし、貫くのは氷だ。おそらく外まで到達できるだろう。
ウーノも只のミリオタで、金属板の角度や分厚さの効率的な数値は知らない。ブランシェの爆破の威力が、現代世界の火薬の爆破力と同等かも分からない。
しかし、明らかに失敗したなら、普段通りにブランシェが熔鉱爆弾すればよい。いざとなればエカテリーナの雷縮地もある。
試してみても、良いだろう。
「ここが歪んでる、こっちをもっと深く……よし、大丈夫だと思う。やってくれ」
ウーノが頷くと、ブランシェは作った弾頭のあちこちを叩き始める。後ろが赤熱し、白熱し、そして……
パチンッ!ドォォォン!
ブランシェが指を鳴らすと、爆破!一瞬の出来事で金属板がちゃんと変形したのかそのままの形で押し出されたか、分からない。
しかし、氷壁には細めの風穴が空いている。覗き込めば外が見える。しかも、そのまま魔導戦車に命中したらしい。
『PGUON!』
穴の向こうから、たたら踏む音が聞こえ、ドシーンと倒れこむ振動。吹雪も止んだ。妨害は無いだろう。
「……すっごい。ウーノっち、天才じゃん!」
「本当に、ウーノは!軍師も向いてますけど、兵器設計局も行けますわよ!推薦状、必要ですの?」
「いや、ハハ……やったのはブランシェだから……」
戦争を男らしい物として捉え、憧れていた過去の自分。
実際に妻が徴兵され待つしかできない身になり、そして色々な生の戦場の残酷さや人の死に触れた今となっては、恥ずべき過去だ。
ミリオタ知識が役に立つのは、どうにも気恥ずかしい。
褒められても苦笑いするしかない。そもそも自分の発見発明では、無いのだから。
「まったく、またそうやって謙遜して!ま、話はあとですわね。突撃ですわ!ブランシェ、続いてくださいまし!」
「オッケー!」
魔法使い二人は、男の知恵によって作られた風穴に向け、飛び出して行った。
氷原の上、二人の魔法使いと一頭の魔導戦車が対峙する。
氷象は先ほどのHEAT弾の攻撃の傷跡で、右前足を削り取られている。明らかに動きが鈍い。
「回り込みますわよ!」
「りょーかい!」
二人は左右に分かれ、氷象の後ろを取ろうと走り出す。氷象はそれを妨害しようと、吹雪を吹き出す。
しかし今度は、エカテリーナだけでなく、ブランシェにも攻撃が向かっている。
「あーしも標的になったか!裏切り者認定、ってことね!」
「好都合ですわ!二人で分散できますもの!」
エカテリーナは左に、ブランシェは右に。
二手に分かれて、氷象を挟み込む。
エカテリーナは黄金の雷を左右の手に握りしめ、氷象へと放つ。吹雪のガードを貫通し、氷の一部を砕いた。
氷象の意識がそちらに向き、防御の吹雪が左に偏る。その間、ブランシェは地面に手を突き、スパイク壁を展開する。
「こっちも……くらえー!」
爆音が響き、熱気と高速の棘が氷象を襲う。吹雪が薄くなった影響で、ブランシェの攻撃も氷の体を溶かし砕いた。
効果はあるが、しかし氷象は巨体。エカテリーナはブランシェに合流して話しかけた。
「ブランシェ、先ほどの……ウーノが言っていた、そう、HEAT弾、あれは作れませんの?その内倒せそうですけど、このままだと時間がかかりますわ」
「うーん、あれ作るの、時間かかんだよね。それにウーノっちに見てもらわないと、調整上手く出来ないし……いんや、ミニサイズなら出来るかも!んで、いっぱい作って、至近距離から!」
「名案ですわね。それならわたくし、しばらく無理やり氷象に張り付いて、攻撃してますわ。準備が出来たら、叫んでくださいまし」
そう言って、エカテリーナは全身に雷の鎧をまとう。アジ・ダカーハのブレスを無効化した時のあれだ。そのまま彼女は、吹雪の中に突撃し、氷象に集中攻撃を始めた。
「つっよ!一人で倒せそうじゃん!あいや、消耗が激しいのか、あれ。なるほどね、勝ち方まで拘るとは、流石は雷女帝。なら、あーしも良いとこ、見せないとね!」
ブランシェは地面に手を突き、丸い柱、直径30㎝ほどの物を、4本作り出した。
それをHEAT弾にするべく、ブランシェはコネコネ土の魔力で柱を操る。そして完成した4本を両手で脇に抱え、走り出した。
『PGUOOOONN!!』
氷象は接近するブランシェを見て、警戒を強める。吹雪を放とうと、鼻を曲げるが……
「どこ見てますのよ!オリャ!」
張り付いたエカテリーナがそれを許さない。彼女は鼻を掴んで雷撃を喰らわせる。氷象の鼻は、途中から焼き千切れられた。
「よっし、これでどうだ!」
ブランシェは十分に接近すると、柱の後端をバンと叩いた。瞬間、赤熱が伝わり、先端の金属板が爆熱により針として成形される。
氷象はそれでも吹雪を流し、防御を固めた。しかし弾頭はその吹雪を貫通する。
熱が均等に伝わらなかったので、威力は減衰してしまった。一部は針では無く、扇状に散ってしまう。
しかし、魔法氷とはいえ氷に過ぎない氷象には、かえってそれによって加害範囲が広がる。十分な火力だった。
その一撃で、氷象は体の半分近くをえぐり取られる。重心の急激な変化により、氷象は倒れ、そして動かなくなった。
ジャガーノートの最期の自爆もあり、しばらく警戒していたエカテリーナ。しかし、腹の中から、血まみれの誰かがはいずり出て来たのを見て、撃破を確信した。
操縦者が出て来たのだ。
「さ、お縄についてくださいまし」
その人物は、確か『助手』と呼ばれていた中年男性だ。近くで見ると、黒髪青目、流れ水の民の男性だ。
ブランシェの攻撃は彼まで達したのだろう。神経デバイスが装着されていた顔だけではなく、左手も血まみれだ。大怪我を負ったらしい。
「किं वयं पुरुषैः एकान्ते युद्धं प्रतिषिद्धं कुर्मः ?」
しかし、エカテリーナと男の間に、例の流れ水の民の女性が降り立った。どこに隠れていたのか、どうして戦いには助力しなかったのか。疑問はあるが、またも男を連れて脱出する気らしい。
流れ水の民の女性は、近くの湖から大量の水を持って来た。水場の魔法使いは強敵だ。エカテリーナ、そしてブランシェ相手でも、逃げるだけなら可能かもしれない。
「っ、そいつ誰よ!?エカテリーナ、新しい敵!?」
「敵ですわ、そちらの殿方連れて、逃げる気ですわね。前も、そうやって逃げられましたのよ」
中年の男は女性に担がれながら、ブランシェを見て吠えた。
「Traître ! La prochaine fois, je l’exécuterai !(裏切り者め!次こそ処刑する!)」
その声に、ブランシェは苦虫を嚙み潰したように顔をしかめた。
「声、あいつだ……」
歯ぎしりするブランシェのその呟きを聞いて。エカテリーナは、今度こそ逃がすわけには行かないと、決断した。
「ブランシェ、わたくしの話した、雷縮地。御覧に入れて差し上げますわ」
「……へー、良いの、そんな奥の手、見せてくれて」
「良いですわよ。仲間に手札を隠したままの方が、不誠実ですもの」
バチバチと、二色の雷を足に充填させ始めたエカテリーナ。さっと髪を掻き上げる彼女に、ブランシェは唇を突き出して言った。
「あっそ。まぁ、反動があるんしょ?その間は、ウーノっちはあーしが見といてあげる」
「頼もしいですわね。さて……ふっ!」
エカテリーナは踏み込んだ。氷の張った脆い地面が、大きく陥没する。
流れ水の民の女性が張った、莫大な水量を誇る水壁を一瞬で突き破り、着地したエカテリーナは2歩目を踏み出す。
地面がひび割れる。ここまでの瞬間、事態を理解できる者はまだいない。流れ水の女性の脳が情報を処理し終えるより早く、エカテリーナの拳は、彼女に届いた。
黄金の雷をまとった拳が、胸を貫く。瞬時、女性の全身に莫大な電流が流れ込む。
神経を焼き切り、筋肉を狂わせ、血を沸騰させる、死の電流。
視覚情報、あるいは痛覚が脳に信号を送り、それを処理し終えたころには。女性の瞳は電熱で濁り、耳と鼻から血が垂れて、全身に枝分かれした電流の火傷跡が走っていた。
しかしそれでも女性は、死んでいなかった。すでに交戦は不可能。すべての魔力を回復に充てても、生き残れるか怪しい瀕死の重傷。しかし、生きていた。
逃げようと身構えていたこと、全力の警戒体制であったこと、分厚い水壁が僅かながらエカテリーナの速度を減衰させたこと。
十分な防備と逃走を第一にした備えにより、女性は一命を取り留めたのだ。
反動でエカテリーナはとっさに動けなかった。ブランシェも、ウーノを守ることに意識を割いており、対処が遅れた。
彼女はエカテリーナの腕を掴んで引き抜き、準備していた大量の水で己を包んだ。女性は自らを水に包んで、湖水へと自身を引きずり込み、そして消えた。
驚くべき早業、恐るべき手際の良さである。
しかし、自分の身を逃がすだけで精一杯。担いだ男は振り落とされ、地面に取り残された。
「あぁ……逃げちゃった……」
「ぬぅ、不覚ですわね。雷縮地を使っておきながら、逃亡を許すとは……わたくしも、精進が足りませんわ」
「いや、これ以上強くなられたら、マジで誰もあんたに勝てんし。って、そうだ!Hé, mec !(おい、男ぉ!)」
自分を惑わせた声の主、傷ついた中年男性に向けて、ブランシェはズンズンと鼻息荒く近づいて行った。
しかし男性は、怯えることなく、ブランシェを睨みつけた。彼は動く右手で自身の服の下で何かゴソゴソする。
「Égalité, Progrès, Indépendance!(平等、進歩、独立!)」
そう叫んだ後、男性の体は震え、そして爆ぜた。
近づいていたブランシェの頬に、男の血肉が飛び散った。
「んぇ!?ちょ、えええ!?」
ブランシェは悲鳴と言うよりは驚きに絶叫し、自決を選んだ男だった血肉の断片に駆け寄った。
頭から胸、足先までも木っ端みじん。それを寄せ集めても、人であったとは信じられないような、バラバラ具合だった。
「今の最期の言葉、スーラフの標語でしたわね。でも、少し違うような……」
「うん……Solidarité(団結)が Indépendance(独立)になってた。独立って、何から……」
顔をしかめるブランシェに、エカテリーナは肩をすくめた。
「分かりませんわね。でも、ウーノが言ってましたの。蒸発委員会に協力している殿方は、自立志向が強く、女性の支配に不満を持っているんじゃないかと。前に戦った、蒸発委員会のメンバーの殿方が、そうだったらしいですわ。だから、女に捕まるくらいなら、自死を選ぶ……そんなところじゃ、ありませんこと?」
「自殺、かぁ……まぁ、捕まったら色々と酷いこと、されるかもって、思ったのかな。男は女より、イロイロあるし」
別に、そのつもりで捕まえようとしたわけでは無いブランシェは、微妙な顔だ。確かに怒りはあったが、辱めようとは考えていなかった。
「さて……ともかく、主は撃破しましたわね。先に進みますわよ」
足を冷やし最低限休ませると、エカテリーナは洞窟に戻り、ウーノを迎えに行った。気持ちを切り替えたブランシェも、その後を追う。男であろうと、死は死。兵士二人には、慣れた光景だ。
もうすぐ、夕暮れ前には、監獄に到着できるだろう。
この旅の終わりを、少し寂しく思いながら。しかしそれ以上に、とても嬉しく思いながら。
エカテリーナは戦友との再会、そして夫婦の再会の感動イチャコラ風景に期待しながら、氷上を踏みしめた。




