↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
魔境編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/102

289日目①

 翌朝。


 空が黒に支配されている時間。東の端が、僅かに薄紫色になり始めたころ、ウーノは静かに起き上がった。

 せめて炊事くらいは、自分の仕事にしよう。


 そう思い、ウーノは荷物から調理道具を取り出した。昨日の道中で倒した魔物の肉、採取した魔法植物、持参したスパイス。それらを使って、簡単な朝食を準備する。

 魔物の肉は、見た目こそグロテスクだが、火を通せば普通の獣肉と変わらない。むしろ、魔力を含んでいる分、滋養がある。


 村の食糧生産が農耕半分狩猟採取半分なのも、魔物肉の存在が大きい。


「……んーっ、いい匂い」


 最初に目を覚ましたのは、ブランシェだった。

 寝袋から這い出し、大きく伸びをする。プリンヘアが寝癖でボサボサになっていた。


「おはよう、ブランシェ」


「んー、おはよ。ウーノっち。もしかしてそれ、朝ご飯作ってくれてる感じ?」


「まあ、簡単なものだけど。口に合うことを願うよ。妻が出征してから食べさせる相手が居なかったし、手料理を振る舞うのは久しぶりだ」


「うん?エカテリーナには?」


「駅弁かレストランか……旅先で料理する機会は、今までなかったからね」


 ウーノは肩をすくめた。宝飾品をじゃらじゃらと持ち歩いていたし、魔導車関連の工具も持ってきていた。調理用の道具を持ち運ぶ余裕は無かったのだ。

 今回は魔導車に荷物を引かせているし、野営セットとして野外調理用の道具もレンタルしている。せっかくだから、保存食だけでは無い温かい食事を、と思ったのだ。


「ほうほう……雷女帝がほれ込んだ男の手料理を、あーしが先にいただけるとは……役得役得♪」


「何が役得ですのよ……」


 ノソノソと、エカテリーナも起き出した。

 こちらは寝癖一つなく、金髪は相変わらず艶やかだった。どういう体質なのだろうか。


「おはよう」


「おっはよーう。残念、抜け駆けしっぱーい」


「まったく……おはようですわ。あら、いい匂いですわね」


「もうすぐできるよ……さ、召し上がれ」


 三人で焚き火を囲み、朝食を取る。


 魔物肉のソテー、魔法植物のスープ、そして黒パン。

 質素だが、野営としては上々の食事だろう。


 エカテリーナが黒パンを一口齧った瞬間、その眉間に深い皺が刻まれた。


「……やっぱ酸っぺえですわね。パンを酸っぱくするの、理解できませんわ……んむぅ、ふーほほふふっは、んく、ウーノの作った料理は、美味しいですわよ」


 パンの不満を口直しするように、エカテリーナはソテーを頬張る。相変わらずわざと粗野に見えるよう、食べながら口を開くエカテリーナ。慣れたことだと、ウーノは苦笑した。


「ビウクニツでも言ってたね、それ。確かに、ラシスカのパンは白くて甘口だけど」


 ラシスカのパンに慣れた舌には、確かに酸味が強すぎるかもしれない。


「アハハ、ラシスカのパンって甘いんだ?あーしはこっちの方が好きかなー。酸っぱい方が、肉と合うじゃん」


 ブランシェは平気な顔で、黒パンを肉と一緒に頬張っている。


「国によって、食文化って違うよね。俺の故郷だと、パンより米が主食だったし」


「コメ?」


「ああ、穀物の一種。白くて、小さい粒で……」


「ああ、聞いたことありますわ。スーラフの西の端の主食でしたかしら。わたくしは食べたことありませんけど。でもウーノ、記憶喪失で故郷が分からない、と言う話でしたわね。少し思い出しましたの?」


「あぁ、少しだけ、ね。でもスーラフが故郷では無いよ、スーラフ語分かんないし」


 異世界の日本と言う国の生まれです、とは言えず。誤魔化すことしか出来ない。


「でもでも、ウーノって名前、スーラフ語っぽい響きじゃん?スーラフ語の1は、ウーノだし。あ、でも顔はガマニアの……ラパチアだっけ、その辺の人の顔立ちかも!だけど住んでるのはラシスカで、今はポツカにいる!全部混ざってんじゃん!」


 ブランシェは愉快愉快とケタケタ笑った。それに釣られて、エカテリーナもクスクスと笑っている。


「あら、言われてみれば、オホホ、面白い偶然ですわね。ウーノって響きはスーラフ語の1でしたわね。それにしても、ラシスカ人と、スーラフ人とガマニア人のハーフ、そして出所不明1人が、同じ焚火を囲んで朝食を。平和主義者が見たら、泣いて詩にしてくださいますわね、今の状況」


「はは、確かにそうかもね。平和、か。色々、きな臭い情勢だけど、しばらく戦争は起きて欲しく無いね。ミーシャちゃんをせっかく助けたのに、また徴兵ってなったら嫌だよ、俺」


 しみじみとした呟きに、エカテリーナは笑いを引っ込めて、すっと横に移動してポンとウーノの肩を叩いた。便乗するようにブランシェも、近寄ってきてウーノの肩に頭を乗せた。それをエカテリーナは小突いて落とす。


「くわっ!暴力反対!」


「だまらっしゃい!まったく、ウーノに馴れ馴れしくしないでくださいまし!」


「ラシスカ人の男資源独占を許すな―!平和のための分配をー!」


「スーラフのプロパガンダには屈しませんわよ!」


 さっきまでのゆったり平和空間はどうしたのか。しかし二人とも、言葉は強めだが目が笑っている。ある種のじゃれ合いだろう。

 もみ合う二人の間で、ウーノはスープを口に含んだ。



 腹ごしらえを終え、再び進みだした一行。遭遇するのは中型、たまに大型の魔物。しかし上位の強さの魔法使い二人に、敵う者では無い。

 ブランシェの安全なルート案内の効果もあり、特に危険を感じることも無く、進めていた。


 油断大敵。されど順調。

 そんな風に、ウーノが監獄への道のりをどこか楽観視していた時、それは在った。

 比較的安全な休憩ポイントの枯れた湖の跡地に立ち寄った時。窪地の中央に、人影が折り重なっていた。

 遠くから呼びかけても、反応が無かった。エカテリーナは警戒を強めたが、ブランシェは心当たりがあるかのように、小走りに向かって行った。


「あちゃー。誰だろう、これ。ランク章は……Dか。獲物を追って深入りしすぎて、戻れなくなった感じかな」


 危険ではないらしい。エカテリーナとウーノもそちらへ向かうと、ブランシェはその人影をゴソゴソと探っていた。

 人影、それは年若い少女たちのようだった。頬がこけ、脱力している。

 大丈夫だろうか、ウーノが心配してグラニから降りようとすると、エカテリーナがそれを引き留めた。彼女は静かに、首を振った。


「見たところ、そう日は経ってませんわね。遺体が食い荒らされていない、と言うことは……」


「うん、実力に見合わない奥の方まで来ちゃって立ち往生、水と食料が尽きて、って感じかな。ここ、有名なんだって。新米冒険者の死体が良く見つかる場所として。あーしも魔境の歩き方ガイド講習受けたとき、注意された。深入りした新米冒険者が、何とか逃げこんだ休憩ポイントから動けなくなって、そのまま……って。まあでも、共食いもせず、尊厳を守って死ねたみたい。歯形が無いし」


 ブランシェは死体を検分した後、彼女らが身に着けたランク章を回収すると、丁寧に鞄にしまった。

 亡骸を整列させて横たえる。腰に下げたアクセサリーを一つ外すと、その側に置いた。


「それは何ですの?」


「魔物避けの魔導具。安全地帯って言っても、絶対に魔物が来ないとは言い切れないから。生き物を隠すには効果が薄いけど……この子たちが綺麗なままでいるには、十分。せっかく冬に死ねて腐らずに済んでるのに、魔物なんかに穢されたら、可哀そうでしょ」


 ブランシェは何時もの軽薄な笑顔を引っ込めて、どこか憂いのある表情で手を合わせる。


「……ミーシャちゃんを助けられたら、帰り道に、回収しようか。グラニには、まだまだ荷物を積めるし」


「ウーノっち、良いの?帰路はしばらく死体と一緒に旅することになるけど」


「ああ。遺体も無しにお別れは……辛いだろうから。それに、俺だって色々見て来たんだよ。それくらい、気にならないよ」


 戦争で死体に慣れた自分たちと違って、男の彼には精神的負荷が強いだろう。そんな心配を、女性二人はしていた。

 しかしウーノは心配して制止しようとするエカテリーナに大丈夫、と断って、グラニから降りて遺体に手を合わせた。


「良い男だね、ウーノっち……ありがとう」


 ウーノは『男』。死者の尊厳を守るために、肝をつぶしている場合では無い、と言う自負があった。


「感謝されるような事じゃないよ。ブランシェこそ、優しいんだね」


「そうですわね。ギルドの冒険者の規約、ちょっと読みましたけど……魔境で死亡した冒険者を発見した場合、ランク章を提出すると、僅かばかり報償が出るとありましたわ。でも、遺体を清めたり保護する責任は、ありませんわよね」


「責任は無くても、努力義務はあるっての。なら、なるべく綺麗にしてあげたいじゃん」


 ブランシェの言葉に、エカテリーナは目を細めた。


「貴女、見かけと言動にらず、良い『兵士』ですわね」


「へへん、あの雷女帝サマに兵士として褒められちゃった!」


「ええ。頭と股の緩そうな典型的な冒険者と思ってましたけど、認識を改めますわね」


 得意げに背を反り胸を張っていたブランシェだが、続いたエカテリーナの言葉にグンッと背を曲げ前傾姿勢。顔を近づけて喚いた。


「ちょっとどーゆーことよ!褒めてくれたと思ったらさぁ!あーし馬鹿にされてたの!?」


「今はしてませんわ、今は。さて、ゆっくり休憩するのは、次のポイントにしておきますわよ。さあ、キリキリ案内、してくださいまし」


 不満を漏らすブランシェを押して、エカテリーナは歩き出す。なんだか仲が良くなってるなと、ウーノは少し微笑ましくなって、グラニに騎乗した。



 そしてまた、魔境の中を歩いて行く。

 次の休憩スポットにたどり着いた時、今更ながらウーノは思い出した。


「共食い……歯形……」


 ポツカの国境警備隊の監視をすり抜けるため、走ったあの夜見た、埋葬塚の光景。歯形の付いた手。スーラフの食人文化。

 いやいや、今考えるのは止めよう。ブランシェに悪い。


 チラリ、彼女を見る。ばっちり目が合った。


「んん?んんんー?ウーノっち、今何であーしの方見たの?共食い、って呟きながらさ」


「あ、いや、そのー……」


「ちょっと、ウーノに絡まないでくださいまし」


 エカテリーナが保護者よろしく割って入る。しかし、自分の言葉の後始末を、彼女に擦り付けるわけにはいかない。

 ウーノは彼女の肩を叩いて、前に出た。


「ごめん。前に塹壕の跡地で、歯形の付いた死体を見て。それが頭に過ってさ……その、スーラフでは……」


「うんうん、食人の文化があるって?ちなみにそれ、どこ情報?」


「わたくしですわ。倒した魔法使いの亡骸を、スーラフ兵が食したという話を、わたくしがウーノにしましたの。そしてわたくしは、上官から聞き及んだ話ですわ」


 ブランシェは両手で顔を覆い、天を見上げた。のけぞり、背を曲げる。


「あちゃー……そーいやこの前、流しちゃったけどさ、食人がキメラ魔導車がなんだって、言ってたじゃん。訂正!スーラフに食人文化なんて、ありません!」


 バーン!背筋を戻し、顔を覆っていた両手で二人を指さす。


「あ、そうなの?」「そうですの?」


「そうですとも!そりゃあ大昔は、そう言うこともあったかもだけどさぁ。今のスーラフでそんな文化、無いって!敵国を野蛮人だって決めつけて戦意高揚する、デマ、偏見、プロパガンダ!」


 ビシッ!口調はいつも通り砕けているが、表情は真剣だった。


 そうなのかな?だけど、あの時見た死体の歯形は……


「じゃあ、死体に歯形があったのは、何故ですの?」


 気になっていると、エカテリーナが口を開いた。聞きにくいことを聞かせてしまって申し訳ない。


「それだけどさ、歯形があったのって、どこよ?」


「腕でしたわね」


「腕の、どっち?内、外?」


 ウーノは記憶を探る。あまり思い出したくない景色だが、しっかり脳裏に焼き付いていた。


「親指のある方……内側だったと思う」


 今度はエカテリーナより早く、ウーノは口を開いた。


「それじゃあ多分、自分で噛んだんじゃ無い?死体ってことは、最期の直前は痛みで朦朧としていたか、恐慌状態だったはずじゃん?その状態の兵士が、痛みを誤魔化すために自分で腕を噛んだり、パニくって嚙んじゃったり、ありがちっしょ」


「……言われてみれば、そうでしたわね。そもそも歯形があるからと言って、食人の証拠とは限りませんでしたわ。スーラフには食人の文化がある、その前提で決めつけてましたわね」


「おぉ、分かってくれた!」


 朝日を浴びた蕾が一瞬で開花するような、晴れやかな笑顔。

 ブランシェは嬉しそうにエカテリーナの手を取って、ブンブン振った。次にウーノの手を取ってブンブン。ブンブン、ニギニギ……バシッ


 やたらとウーノの手を触り始めた瞬間、エカテリーナがブランシェの頭を叩いた。


「ええい!偏見があったのは謝罪しますわ!でもウーノにセクハラしないでくださいまし!」


「あたた、ちょっと!手を握ってただけじゃん!これはセクハラじゃありませーん!ねー、ウーノっち?」


「え、まあ、手だけなら別に……」


 尻を揉まれても、『こら』と口頭注意だけで済ませる貞操ラインが緩いウーノは、頷いた。


「ウーノ!そう言う所ですわよ!あー、もう!早くミーシャを助けませんと!んでもってちゃんとウーノに説教してもらいますわよ!」


 エカテリーナはヤキモキ。ウーノの誘い受け体質を性根と諦めていたが、いざ実際に他の女に良いようにされているのを見ると、腹が立つ。


「アハハ!まあともかくさ、スーラフ人は食人なんてしてません!ご理解いただけましたでしょーか!」


「分かりましたわよ、偏見で語って、失礼しましたわ」「ごめんなさい、良く調べずに決めつけてたよ」


「うむうむ、分かればよろし!」


 ブランシェは満足そうに笑う。

 スーラフとガマニアのハーフと言う彼女。しかし軍属はスーラフだったという。それはおそらく、ガマニアでは同様の偏見に、晒されていたからかもしれない。

 今もまた、同様の偏見を受けても。彼女は怒ること無く、快活に笑っている。

 しかし、『分かってくれた!』と言った時の笑顔は、今までに無いほど嬉しそうな笑顔だった。


 男だから、その言葉に苦しめられてきたが、自分も苦しめる側に、なってしまった。

 エカテリーナを見ると、彼女もバツが悪そうにしていた。貴族らしさを嫌う彼女も、自分と同じような、苦々しい罪悪感を感じているのかもしれない。


 しかし救いがあるとすれば。ブランシェが、本当に満足そうに、嬉しそうに、笑っていることだった。


 本当に満足そうだ。口角が上がり、謝られたことに気を良くして、エカテリーナの肩をバシバシ叩いている。

 後ろめたさがあるから文句を言わないエカテリーナ。しかし少々痛いのか、流石にムカついたのか、我慢ならなくなってポツリと口を開いた。


「……でも、キメラ魔導車、あれはどうかと思いますわ」


 ブランシェの手が止まる。一瞬の沈黙。彼女は深々と頷いた。


「うん。あーしもあれは、キモイと思う」


 あぁ、スーラフ人でも意見が分かれるんだ。

 何とも言えない空気の中、3人は顔を見合わせた。



 休憩終わり後、移動しながら。今度は逆に、ブランシェからラシスカへの偏見が語られた。


「……どの国も、自国の文化が他国に優越していて、離れているほど野蛮だ後進的だと、思ってますのね。っふ!」


 エカテリーナはブランシェの認識に抗議したり苦々しく頷いたりしつつ、一瞬踏み込んで、火で出来た角を持つサイのような中型の魔物の頭を拳で粉砕した。

 飛び散った頭部の残骸から、ブランシェは飛び上がってその燃える角を掴むと、戦利品袋にしまった。


「とうっ!ま、しゃーないしゃーない。ラシスカとスーラフは遠いし、情報も偏るよね」


 彼女は手をひらひらと振った。


「わたくし、巡礼で各国を回りましたから、見識が広い方だと自負してましたの。でも、まだまだ全然ですわね。ブランシェ、貴女の方が広く見れてるように見えますわ。外交官にでもなればよろしいんじゃなくて?」


「何それー。皮肉ぅー?」


 唇を突き出すブランシェに、エカテリーナは心外そうな顔をした。


「あら、本心からの賛辞ですわよ。自国の文化を偏見で語られても、頭ごなしに怒鳴らず訂正しようとするのは、素晴らしい姿勢ですもの」


「ああ、俺もそう思うよ」


 ウーノも加勢して肯定するが、当の本人は微妙そうな顔だ。


「あーし、半端もんだから。スーラフの血が流れてるけど、ガマニアで生まれて。でもガマニアには居られなくて、スーラフ軍に入って……でもそこも居心地悪くて、今はポツカで冒険者やってる。どこにも属してないっていうか……ハーフはやっぱり、半端もんだし」


「半端者なんかじゃないさ」


 ウーノは、はっきりと言った。


「え?」


「ハーフは半端者じゃない。むしろ、それぞれの文化を知ってるからこそ、見えるものがあるんだ。実際、それで俺もエカテリーナも、認識を改めさせられたしね」


 ブランシェの赤い瞳が、わずかに見開かれた。


 その場で立ち止まる。立ち止まりつつ、地面を蹴ってスパイク壁を呼び出し、赤熱させて爆破した。棘が広範囲に散らばり、こちらに走ってきていた魔物が焼き引き裂かれる。

 片手間の虐殺をしつつ、彼女は照れたように頬を掻いた。


「……あんがと」


「何でわたくしが褒めても素直に受け取りませんのに、ウーノが言うとそう照れますの、っよ」


 エカテリーナは文句を言いつつ、足に二色の雷をまとわせて、その場でサマーソルトキックを放った。飛び掛かって来た狼の魔物が爆発四散する。

 ウーノはすでに、会話中に飛び散る血肉や鳴り響く爆発音に、無感動だった。


「そりゃまあ、ねぇ?いや、エカテリーナ、アンタだってあーしの言葉とウーノの言葉じゃ、響き方違うっしょ。やっぱいい男に褒められる方が、ねぇ?」


「……まあ、そうですわね」


 エカテリーナは肩をすくめる。爆散した死体から、ブランシェは心臓を探し出し、魔石を引き抜き戦利品袋に収納。


「あーあ、エロくて、気遣いができて、クソ度胸があって……そんな男に、ここまで愛されてるんでしょ?そのミーシャって人、少し羨ましいかも」


「エロいを誉め言葉に勘定するのは、止めといた方が良いと思うな、うん。俺は嬉しいけど」


 一応の忠告。聞いているのかいないのか、ブランシェは大きく伸びをした。


「ウーノっちみたいな男、どこで捕まえられるのかなー」


「純愛に目覚めれば良いんですわ」


 エカテリーナが、どこか得意げに言った。

 ブランシェは腕をグルグル回しながら呟いた。


「純愛、ねぇ……」


「純愛を信じる者には、純愛が訪れますもの。さすれば、ウーノほどではないにしろ……いえ、ウーノみたいな殿方、この世に二人といませんけど。でも、良い殿方に巡り会えますわよ」


「改宗かぁ……ま、考えとく!」


 軽い調子の言葉。しかし、その場しのぎでも無い、そんな笑顔で、頷いた。



 もうすぐ夜。空から赤さが消え始め、星々が見え始めたころ、絶妙なタイミングで安全地帯に到着した。

 ブランシェが地図を広げ、今この辺り、8割くらい踏破したところ、と説明する。それに頷き、ではまだ太陽の残滓があるうちに野営地を、と荷物を下し始めたところで。目的地の方角から、ランタンの光と人影が見えて来た。


 エカテリーナとブランシェが、グラニの前に立つ。相手を刺激しないように、しかしいざとなったら応戦できるように。そう構えながら、待っている。

 そして向こうから5人組の女性たちが、姿を現した。3人が重武装、2人が軽装である。こちら同様に、魔導車を連れていた。


 向こうもこちらに気が付いて、距離を取って立ち止まる。エカテリーナとブランシェがアイコンタクトし、ブランシェがゆっくりそちらの集団に近づいていく。

 相手からも一人、重武装の女性が出て来た。二人は丁度中間で、言葉を交わす。声は聞こえないが、肩を叩き合っているので、和やかな遭遇で済みそうだ。


 ブランシェが戻ってきて、報告してくれた。


「あの人たちも、あーしらと同じで捕虜の解放に行って来た、帰りなんだってさ。今話したの、あーしと同じAランクの冒険者。素行は問題ないタイプだし、ここで一緒に野営しても大丈夫だよん。まあ、こっちに男がいるってのは、隠しておいたけど」


「良い判断ですわ、ブランシェ。あら、ウーノどうしましたの?」


 エカテリーナはソワソワしているウーノに、水を向けた。


「ああ。いや、あの5人の中に、捕虜だった人が混じってるんだよね。それなら、ミーシャちゃんを知ってるか、少し話を聞きたくて」


「あーね。うーん、でもなぁ……他二人の冒険者、知らない奴でさ。保証しかねるってゆーか。あ、あーしが代わりに、聞いたげるよ!」


 そう言って、再びブランシェは走って行く。野営の準備をしつつ、彼女が帰ってくるのを待った。

 盛り上がっているらしく、ワイワイ話し声が聞こえて来た。ソワソワしながら待っていると、ピューと走って戻ってくる。


「どうだった?」


「お待たせ―。こほん、ブランシェ特尉、報告させていただくであります!『相場は体重の1.5倍くらいって聞いてたけど、今は少し値下がりしてる。監獄の中は、だいぶマシな感じ。みんな魔法使いだから、暴動を起こされないようにするためか、待遇は悪くない。そりゃ自由はないし、集団部屋で窮屈だけど、十分な食事は出るし、十分な休憩時間もある、ちゃんとベッド付き。流れ水の民だから、水と風使って色々作業させられたけど、特に危険でも無かった。ぶっちゃけ塹壕とこっちじゃ、こっちを選ぶ。』」


「そっか……良かった。そこまで辛い思いは、せずに済んでるんだ」


「ええ、良かったですわね」


 ホッと胸をなでおろすウーノと、嬉しそうに肩を抱き寄せるエカテリーナ。

 そんな二人に対して、少し気まずそうにしながら、ブランシェは再び口を開いた。


「でも、ちょっと心配事項も、あんだよね。こほん、『ミーシャって兵士の噂は聞いた。終戦間際に暴れまわった兵士で、ここに収監されていると。でも、誰も姿を見たことが無い。後、最近スーラフ人が捕虜を買いたがっているって噂がある。実際、スーラフ語を話す流れ水の民が視察に来た』だって」


「誰も見たことが無い、か」


「まあ、ミーシャったら、相当な暴れようの大戦果でしたもの。独房に入れられて監視されてるのかも、しれませんわね。終戦3時間前になって、スーラフ軍の防衛線を食い破って敵司令部を急襲、4階級特……」


「えっ!?もしかしてミーシャって人、あの『禁術暴雨』!?」


 エカテリーナの言葉を遮って、ブランシェは大声で叫んだ。


「あら、そんな物騒な二つ名、付けられましたの?」


「うっわまじかー。えぇー、あの雷女帝と禁術暴雨が揃うん?スーラフ軍トラウマセットじゃん」


「エカテリーナはともかく、それ本当にミーシャちゃんの二つ名なの?俺の妻の戦場での二つ名、『曇りガラス』なんだけど」


 ウーノの突っ込みに、ブランシェは大きく頷いた。


「いや、終戦間際、勝利直前の戦線崩壊、有名な話だよん。水の禁術、『忌まわしい影の汚水』だっけ、あれを多重に呼び出して、自分の周囲に巡らせた風と水の防壁に混ぜ込んだんよ。ただの水で薄まってるから、致死率は低くなってるけど、でも触れたら魔法使いでも死ぬ可能性のある、禁術の嵐!それがどんな攻撃にもひるまず突っ込んでくるからさー、もうしっちゃかめっちゃか!」


「でも、それって……少しでも制御を違えて自分に触れたら、術者本人が死にますわよね」


「そうよ!だから普通の魔法使いは、そんな使い方しないもん!でも、やったんだよ、それを。最終的には、終戦直前、魔法使いに囲まれて禁術撃たれまくって、止まったって聞いたけど……生きてたんだ」


 ブルッ、ブランシェは自分を抱きしめて、身震いした。彼女の戦闘力を間近で見ていたウーノは、その強者が畏怖を向ける魔法使いが自分の妻だとは、どうしても思えなかった。

 臆病で、人見知りで、いつもオドオドしていた少女。あの子が、戦場で『禁術暴雨』と呼ばれるほどの活躍を?


 ……いや、それだけ追い詰められていたのだろう。会ったらまず、力いっぱい抱きしめよう。


「……そうか。ミーシャちゃん……っは、早く寝よう。早く寝て、明日朝、早く出発しよう」


 ブランシェから受けた説明、残りは全体の2割ほど。

 もうすぐ、明日中には、妻に会える。積もり積もった愛を、何も不安になる必要は無いと、全力で伝えよう。


「そうですわね……でも、スーラフが、捕虜を……ここは湖水地域、深い湖も……」


 ウーノが寝床の準備に取り掛かる中。エカテリーナは嫌な予感がした。

 ジャガーノート型魔導戦車。アジ・ダカーハ型魔導戦車。どちらも水の中に、隠されていた。そしてここは魔境。魔物の生体部品は、より取り見取りだろう。

 それと捕虜が、どう関わっているかは、分からないが……


「どうかした、エカテリーナ?」


 僅かな不安と、多大な期待の詰まった、ウーノの顔を見て。彼女はフッと、頭を振った。


「いいえ、何でもありませんわ」


 大丈夫、チェンストホで何かしらイベントがあるとは、聞いてない。おそらくは、大丈夫……

 そう自分に言い聞かせながら、エカテリーナは寝支度を始めた。



 星々が煌めく星空の下、ブランシェは身震いして身を起こした。


「……んー、トイレトイレ」


 ノソノソと寝床を出る。胸の開いたへそ出し上着にホットパンツ。冬には寒い服装でも、火の魔力を持っている彼女には平気のへっちゃらだった。


 ファサッ


 布のずれる音。そちらを見ると、エカテリーナが片目を開けてこちらに首を向けていた。身動きが聞こえたらしい。大した番犬ぶりだ。


「……どちらへ?」


「オシッコ」


 短く返事して、安全地帯の端の木へと向かう。地面を蹴って、穴を作る。

 ホットパンツと下着を下ろして、腰をかがめた。


「ほふぅー……」


 寒空の下、体温と同温の液体が野外に放出され、湯気を立てる。


「Amour ■■■ de la Patrie,■■■, soutiens ■■ vengeurs」


「え?」


 彼女はしゃがんだまま、キョロキョロと周囲を見回した。

 唐突に聞こえた、祖国の言葉。風に乗って遠くから聞こえて来たような、掠れた音。


 股間をちり紙で拭き、穴に投げる。服を着なおして、地面を蹴って埋め戻す。

 そして立ち上がり、再びグルリと視線を回す。見えるのはただ、静かな平野と疎らな木々。


 冬の魔境。人の世界から遠く離れた、その奥地。自分を見捨てたはずの国の言葉が、彼女の耳元に、かすかに響き続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。