288日目①
荷物をまとめ、準備を整えた三人は、チェンストホの街を後にした。
魔境へと向かう道中、ブランシェが先頭を歩く。その後ろを、魔導車に乗ったウーノが、その横にエカテリーナが歩く。
冒険者らとすれ違う。まだ血の乾いていない魔物の素材を担いだり、引きずる彼女たち。魔境に入る実感に、ウーノは6本足の馬型魔導車、『グラニ』の手綱を握りしめた。
村にいた頃、ミーシャが使っていたものと同じ種類だった。町へ行った時、行きはミーシャが、帰りはウーノが操縦した、あのグラニ。思い出深い魔導車と、同型のものだ。
あの頃は、こんな危険な場所に来るとは思ってもいなかった。
いや、そもそも異世界に転移して結婚して……それに比べるとそこまでか?
自身の数奇な道のりに、ウーノは一人、苦笑した。
小さな丘を登り、視界が開けた。マズールイ湖水魔境は、全体的に盆地になっている。地平線まで続く、湿地と沼地、そして点在する湖が一望できた。
「広いね……これが魔境か。あれ、なんか取り囲むように線が見える」
丘を下りながら、ウーノは首をかしげた。魔境と呼ばれる地域を囲うように、何か線のようなものが見えたのだ。
先導するブランシェが振り返って答えた。
「もうすぐ見えて来るよん。あの線の正体。答えは単純、それは堀でしたー!」
近づいていくと、確かに堀だ。
とても長大で巨大な堀。
幅は優に30メートルはあるだろうか。深さも相当なものに見える。その堀が、遥か彼方まで続いている。まるで大地そのものに刻まれた傷跡のように。
「あら、これ壕ですの?足止め用の物かしら、ここまで大規模なのは初めて見ますわね」
「お、さっすがは歴戦の兵士様!当たってるよん。そう、魔物が外に出ないようにするための堀。すごいっしょ?大昔に、めちゃんこ強い土魔法の使い手が一人で、魔境全体を囲うこの堀を作ったんだってさ。水が貯まらないように、排水路とか色々工夫までして」
彼女も初めて知った時は驚いたのだろうか。
一人で。その言葉を聞いて目を丸くするウーノとエカテリーナを見て、してやったりとニンマリ笑った。
「魔境全体を……?」「一人で、ですの……?」
ウーノは堀の端を目で追った。左右どちらを見ても、堀は地平線の彼方まで伸びている。
エカテリーナは堀に近づいて覗き込んだ。深い、10mはあるだろうか。断面も、金属のような光沢のある素材でコーティングされている。土魔法で加工されているのだ。
「マズールイ湖水魔境って、2000以上の湖があるんでしょ?それを全部囲むって……」
「それにこの加工、軍のトーチカで使うような頑丈な作りですわね。そんなものまで、全周に渡って……」
「うん、だから『めちゃんこ強い』って言ったの。伝説級の魔法使いだね」
ラシスカ初代皇帝のサテライトキャノンめいた大魔法といい、この世界の強者は、スケールが違いすぎる。
ウーノは改めて、この世界の『強さ』の基準を思い知らされた。
上には上がいる、エカテリーナも慢心しないようにと、気を引き締めたようだ。いつもより目つきがキリッとしていた。
堀にかかる橋を渡る。堀を埋め立てるのはご法度らしい。橋脚は無く吊り橋式だ。対岸とこちらに太い柱が建てられていて、金属ロープが大きな橋を支えている。
金属製の頑丈な橋だ。塹壕戦が主流のこの世界の土木建設技術は、魔法を抜きにしても元の世界と遜色無い発展具合を見せている。
橋を渡り切り、堀の内側に入場する。
その瞬間、ウーノは空気が切り替わるのを感じた。
「……なんだろう、この感じ。ああそうか、森の奥に入った時と同じ感じだ」
ウーノは周囲を見回した。
堀の外側と、景色自体はそこまで変わらない。疎らな木々、同じような地面。
しかし、何かが違う。それはそう、自宅があるタイガ森の、奥深く。魔物が多くいる地帯に足を踏み込んだ時のような、緊張感を感じるのだ。
「魔境に入った、って感じがしますわね」
エカテリーナも同じことを感じているようだった。
「そうそう。あまり景色が変わらないから、実感しにくいけど……ここはもう、人間の世界じゃなくて、魔物の世界。本当に危険なのはもっと先からだけど、だからって油断は禁物だよん」
軽薄な喋り口はそのまま、ブランシェはプリンヘアに光沢を浮かべザワザワと逆立てた。彼女が臨戦態勢に入ったのを見て、エカテリーナも体に雷を流し、金髪をパチパチと揺らす。
ウーノもまた、魔法使い二人の姿を見て、気を引き締めるのだった。
しばらく歩くと、本格的に湖水地域へと足を踏み入れた。間近に点在する湖や水草の浮いた沼地が見える。
元の世界でも見受けられるような、自然豊かな風景。しかし魔境ならではか、植生も不思議なものが多かった。
「なんだ、あれ……」
まず目についたのは、スイカくらいの半透明の球体をいくつも生やす、不思議な木だった。まるでシャボン玉が木に張り付いているかのようだ。その中には、淡く光る液体が満たされている。
「『水玉樹』だよん。魔境特有の植物。あの液体、飲めるんだけど、すっごい不味いの」
「飲んだことあるの?」
「非常時にね。二度と飲みたくない味だった。なんだろう、すっごいえぐいんだよね」
ブランシェは顔をしかめた。
さらに進むと、地面の色が変わった。
普通の土ではない。青緑色の、フカフカした地面。踏みしめると、何故だかピョーとなんだか間抜けな音が鳴る。
「これは何ですの?踏むと音が……少し風も感じますわね」
「ああ、それは『魔苔』。まあ、風の魔力をたくさん含んだ苔、ってだけだけど。でもこれを餌にする魔物が多いから、コイツが生えるようになって来たら、ソロソロってところ」
「そろそろ?」
「そ、そろそろ……ほら来た!」
ブランシェが指さす方。ピョンピョンと飛び跳ねる、小型犬くらいの何か。よく見るとそれは、大きなカエルだった。短いつららを体中に生やした、白い霜に覆われたカエル。
「なるほど、小型の魔物の生息地ということですわね」
エカテリーナは手の平に金色の雷をバチバチと形作りながら、ブランシェに目配せした。その視線に対して、彼女はクイッとアゴで指す。やってみろ、そう言う合図だ。
バチッン!
エカテリーナが手首だけを動かして軽い動作で手を振ると、雷速の矢が瞬時に着弾。弾ける音を立てて、凍り付くカエルを貫いた。
断末魔すらなく、カエルは雷に貫かれ絶命した。ブランシェが近づいて検分する。着弾面が貫通し、地面の一部が溶けて結晶化していた。
「うへ~!今の、ただの小手先の小技っしょ!?それでこの威力って、パネェー!」
「お褒め頂きありがたいですけど、わたくし、遠距離攻撃の火力調整が苦手ですのよ。だから、火加減ミスっただけですわ、恥ずかしい話ですわね」
エカテリーナは肩をすくめる。しかしブランシェは、パネェーパネェーと連呼するばかり。
仮に火加減ミスだとしても、あれだけの単純なモーションでこの威力が出るのが、凄まじいのだ。
ブランシェは、やはり雷女帝は伊達では無いと、2日前に蹴られた腹を擦った。
「でも、今のところ魔物が見えないね。初めて会ったそのカエルも、他には居なそうだし」
ウーノが馬上の高い所から見渡して言った。湖水地域は平坦で木々もまばら。視界を遮るものはあまりない。しかし、魔物の姿が見当たらなかった。小型だから見つからない、と言うのもあるだろうが。そうだとしても、何故中型大型が居ないのだろうか。
その質問に、カエルを放り投げたブランシェが答えた。
「まあね。外周に来るのは、中央で生存競争に負けて逃げて来た魔物ばかりだし。弱いから、小遣い稼ぎ冒険者が全部狩っちゃうの。半日くらいしたら、単独で戦うなら魔法使いか重武装した熟練兵じゃないと対処できない、大物とかも出て来るよん」
「そうですのね。ところで、それ。投げ捨てましたけど、良いんですの?素材を売るのが冒険者と聞きますわよ」
投げたカエルを指さしてエカテリーナが尋ねる。それにブランシェは首を振った。
「ううん、いらなーい。言ったじゃん、この辺の魔物は、小遣い稼ぎ冒険者の獲物だって。あーしみたいな高ランク冒険者は、もっと強いのしか、相手にしないのだ!」
ピース。得意げにするブランシェ。危険地帯で油断大敵と言いつつも、この調子の良さ。エカテリーナは少し不安になった。
しかし、気が付く。そんな風にしながらも、彼女の視線は常に周囲を探って動いていた。
なるほど。上澄み、と言うのは確かですわね。
エカテリーナはブランシェの評価を少し上方修正しながら、彼女の背を押して奥へと進んで行った。
しばらく歩く。相変わらず地面には魔苔があるが、小さな湖が近づいてきた。
魔物の生息地。周囲の臭いが、少し変わったように感じられた。
「3……いや、4匹ですわね」
「うん、今度はあーしがやるよ」
魔法使い二人の会話に、ウーノはキョロキョロと周囲を見回した。
どうやら二人には分かっているらしいが、ウーノはどれだけ目を凝らしても、4匹もいるという魔物が分からなかった。うん、やっぱり魔境って危険。
そんなウーノを見て、エカテリーナはグラニの側に寄ってくる。代わりにブランシェが前に出た。
彼女が地面を軽く蹴ると、少し離れたところが盛り上がる。沼地に潜んでいたらしい、先ほどより一回り大きな魔物が炙りだされた。
狼ほどの体躯に、金属光沢が光るトゲトゲしい毛皮を持ったイタチだ。サーベルタイガーの様な長い牙もある。
明らかに捕食者側の魔物である。
「シャリリッ!」
何かがこすれ合う音を立てながら、待ち伏せがバレた魔物4匹は、ブランシェを囲もうと素早く足を動かした。
「また小型かぁ。外れ―」
しかしブランシェにとってそれら魔物は脅威では無く、すでに廃材確定のゴミに過ぎなかった。
もはや生き物として扱っていない、冷淡な視線を向ける彼女は、再び地面を蹴る。今度は足元で地面が蠢いた。
土が盛り上がり、形を成していく。1メートルほどの高さの、棘だらけの壁。それも只の土製では無い。砂鉄か魔力のコーティングか、金属光沢を放つ頑丈そうな壁。
それが、魔物たちを囲むように、弧を描いて伸びていく。
「スパイク壁……防壁?」
ウーノの呟きを拾った彼女は、ニヤリと笑って指を鳴らした。
パチン!
「いんや、これでお仕舞!」
棘の壁が、赤く輝き始めた。
赤熱は次第に激しくなり、やがて白に近い赤へと変化していく。
熱い。数メートル離れているウーノにも、熱が届く。
凍った地面が溶けだし緩くなる。
囲まれた魔物たちは最早蒸し焼き状態だろう。命の危機から逃げ出そうと、必死にジャンプして顔をのぞかせた。
しかし、それに視線をくれてやるでも無く。ブランシェはウーノとエカテリーナに振り返って、ダブルピースをして見せた。
「ブランシェ?」
「これがあーしの二つ名の由来……」
ドォォォン!!
爆発。
赤熱した棘の壁が、一斉に内側へと弾け飛んだ。無数の棘が、魔物たちの体を貫く。熱で焼かれ、棘で刺され、衝撃で吹き飛ばされる。
爆煙が晴れた時、そこには原形を留めないズタズタに引き裂かれ、焼け焦げた何かが転がっていた。
「……うわぁ」
「『熔鉱爆弾』、でーす!イェイ!」
ウーノは言葉を失った。
完璧な破壊。この攻撃を喰らって無事で済む生命は居ない。まさに一撃必殺。
流石にアジ・ダカーハ型やジャガーノート型を囲むのはサイズ的に無理そうだが……逆に囲めるサイズの魔導戦車なら、原形を留めず一撃粉砕だろう。
「中々の威力ですわね。なるほど、内側に爆破する方が、むしろ破壊力があると……」
引き気味のウーノに代わって、エカテリーナは感心したように頷いていた。
「ご明察!やっぱ、雷女帝様は観察力あるねー。そうそう、戦争のときは、外側に爆破して広範囲に攻撃してたけど……あーしの本来の得意技はこっち!壁で囲んで、内側にドーン!木っ端みじん!ま、よほど頑丈な魔物相手じゃないと、素材回収できなくなるから、使いどころが難しいんだけどね」
「そうは言っても、使いこなしてますわね。ただ別々に二つの属性を使うのではなく、ちゃんと掛け合わせて独自の魔法に昇華していますわ。2属性を使える者は、希少とは言え偶に見かけますけど、ここまで見事に組み合わせる者は、そうそう居ませんもの」
エカテリーナが感心したように言った。雷女帝として名を馳せ自らを破った者から、強い賛辞を受ける。ブランシェは照れたように頬を掻いた。
「いやー、お褒め頂き恐縮恐縮……って、エカテリーナはあーしのこと覚えてくれてなかったじゃん!」
しかし照れ一変、ブランシェは不満げに叫んだ。
「今覚えましたわ。当分忘れることはありませんもの。ほら、拗ねないでくださいまし。褒めてますのよ、わたくし」
「むぅー……ま、いっか!そんなわけで、あーしは範囲殲滅が得意なタイプの魔法使いでーす。対多数戦闘なら、おまかせー」
そんなこんなで、一行は移動を再開した。
あれは何?これは何?ブランシェを観光ガイドに、珍しい光景や魔物について、説明を受ける。
そんな中、ふとウーノは疑問が浮かんだ。
「そういやエカテリーナ、目と髪の色が違うと、2種類の魔法が使えるの?そういえば、君も金髪で紫の瞳だよね。魔法で雷使ってるけど、色が違う」
エカテリーナは自分の髪を一房つまんで、見せた。
「そうですわね。一応、分類上はわたくしも2属性使いですの。ただまあ、雷被りしてるから、雷の魔力しか使えませんのよ。紫は身体強化の補助、金色は攻撃用。そんな使い分けですわね」
「よく、どっちの色の雷もまとってない?」
「ええ。紫の方は、触れてもそこまでダメージ無いですわよ。接触でダメージを与えているのは、金色の雷ですの」
なるほど、色で役割が違うのか。
ウーノは納得した。
「なるほど。そう言えばさっき攻撃したのも、金色だったね」
「なんか、ずっと一緒に居るような距離感だけど、そこら辺のこと、知らなかったん?」
前を行くブランシェは、振り返って後ろ歩きしながら首を傾げた。
転ばないかと心配になるが、彼女が足を踏み下ろし地面を叩くたび、モゾモゾと地面が動いている。もしかしたら、歩くたびに平らに整地しているのだろうか。
器用なことだ。
質問に対し、エカテリーナとウーノは顔を見合わせた。そして代表して、エカテリーナが答えた。
「出会って……まだ1ヶ月経ってませんわね」
「それでその距離感!?エカテリーナってば、肉食系!よほどオラついて積極的に行かないと、そうはならんっしょ!」
どことなく既視感のある反応。そう言えば、イネッサもミーシャとのスピード結婚を話した時、こんな感じのテンションだった気がする。
彼女は今、どうしているだろうか。あの宿に、帰っているのだろうか。
「むぐぅ……今は違いますわよ、今は。純愛大好きカプ厨草食系ですの」
ウーノがふと感慨にふける傍ら。
目を丸くするブランシェに、エカテリーナは顔を赤くして反論した。
ウーノに欲情して色々としていた苦い過去(つい最近)を思い出して、彼女は唇を噛んだ。
「へぇー、ほぉー?今は二心無く、ただのお友達だとぉ?」
「ええ。そうですわよ。わたくしは、愛し合う二人を愛している。心の底から、断言できますわ」
タチアナとの問答を通して、自分を見つめなおしたエカテリーナ。彼女は以前だったら言葉に詰まっていたであろう質問に、自信を持って答えた。
どこか疑り深い目をするブランシェに、ウーノは話題を変えることにした。
「まあ、色々あってね。ブランシェさんは、良い人いないの?」
「んー、今は居ない。付き合っても長続きしないんだよねー」
その場でクルッとターンを決めながら、彼女は答えた。
泥を蹴り上げ、手の上で棘ボールに成形した。
「遊んでそうな見かけしてますもの。イメージ通りですわよ」
「いやー、なんかこう、求めすぎって言われて……中々満足イクまで、愛し合えなくてさ」
喋りながら彼女は、ボールの中心を指で突いて熱を込める。赤熱したそれを、進行方向の沼地に投げ入れた。
少しして、爆破。水しぶきが上がる。沼の中から、バラバラ死体になったワニが浮かんできた。
「あー、いますわね、そういう方。修道騎士団の恋愛相談窓口でも、よくあるケースでしたわ」
その光景を前に、エカテリーナは特に気にするふうでも無く頷いた。
ブランシェもまた、ワニの残骸を一瞥すると価値無しと判断したのか、興味を失ったように顔を背け、何事もなかったように歩く。
ビックリしてるのはウーノだけだった。
「やっぱみんな同じなんじゃん。そうだよねー。もっともっとって迫ると、それが怖いって、逃げられちゃうんだよねー」
「難しいですわね。ウーノ、殿方から見て、どう思われるかしら。深く求められるというのは」
エカテリーナはウーノを見上げつつ、ノールックで雷の矢を前の木に投げた。
瞬時に炎上。燃え盛る木の樹上から、渦巻く水の尻尾を持ったリスが慌てて落ちてきた。それに向けて彼女は、ウーノを見上げたまま再び雷を放つ。
リス、絶命。胸を貫かれ、パタリと倒れる。
「え、俺っ!?」
散歩感覚で引き起こされる殺戮に戸惑っていたウーノは、その下手人から声を掛けられ、動揺した。
この世界は、女性の方が性欲が強い。しかしそれは、単純に逆転したわけではない。元の世界同様に、女性が恋バナ大好きなままのように、この世界では心も体も、女性の方が求めがちなのだ。
この世界では、妊娠するかどうか、女性が完全に選択権を握っている。妊娠したくなければ、身体強化魔法を解かなければいいのだ。
「もっと愛してよ、って言うと、怖いって逃げられてさー」
ブランシェは肩をすくめた。
強漢は、妊娠リスクがない。元の世界に比べて、その意味では危険が少ない。
しかし、別の危険が高い。それは、腹上死のリスクだ。
とりあえず出せば満足な男と違って、女性には限界がない。心が満足するまで、求められる。つまり無理やり襲っているのに、イチャラブ成分を強要されるのである。
その結果、殺すつもりは無かったけど男が出し過ぎで身体負荷で死んじゃった、と言う事例が起きるのだ。
口止めで殺すなどの故意の殺人を除いても、強漢の腹上死による致死率は20%とされる。
その死の恐怖を、世の男性は合意の上でのお付き合いでも、たまに感じて逃げてしまうのだ。
大変だなー。
ウーノは少し、他人事のように思った。彼も被害者(加害者はミーシャ)ではあったわけだが。
ふとウーノは、アモリア教が広まったのは、女性受けがいいだけじゃなくて、男性保護の側面もあるからでは、と思った。
純愛を推奨することで、一人の相手に心を向けさせ、イチャラブ成分の補給を助け、無制限の要求を抑制する。そういう機能があるのかもしれない。
「……まあ、うん。許すことだよ、うん。俺は、愛は許しだと思う。だからまずは、自分が愛されたいと思うんじゃなくて、自分が愛したい人を愛するのが、重要なんじゃないかな、うん。とりあえず暴力は止めてあげて」
そうやって歩いていくと、景色が変わった。
開けた場所に出た。そこには、今までで一番大きな湖が広がっていた。
水面は穏やかで、澄んだ青色。周囲には、先ほど見た水玉樹が群生している。
「あら、素敵な場所ですわね」
「ああ、いい景色だ」
「でしょー?ここは比較的安全な湖なんだよ。魔物も少ないし、水も飲める」
ブランシェは湖岸に近づいた。
「ただ、岸辺には気を付けてね。たまに……」
「あら、なるほど」
頷くエカテリーナ。またしても何も分からないウーノ。
そして水面が、盛り上がった。
「来た」
ブランシェの声に、緊張はない。むしろ、待っていたかのような口調だった。
水面から姿を現したのは、巨大な魔物だった。
亀のような外観で甲羅を背負っている。しかし尻尾があるべきところにも首がある。そしてそれぞれの首の先には、鋭い氷牙を持つ頭部。体長は、優に6、7メートルはあるだろう。
大型に分類される魔物だ。
「グォォォォォ!」
2つの首が、同時に咆哮を上げた。水飛沫が舞い、地面が震える。
「お、大きい……!」
ウーノの動揺が伝わり、グラニが半歩後退する。
ジャガーノート型、アジ・ダカーハ型の方が、より巨大ではあった。
しかしあまりにも巨大すぎて、こう、大怪獣感があり、恐怖より驚愕が勝ったのだ。
これくらいのサイズだと、驚愕より恐怖が大きい。何というか、被害や危険性が想像しやすい。
「大型だねー。やっと金になる魔物だよー。ほんじゃあ、見ててね、ウーノっち。あーしの器用なトコ」
ブランシェは両手を地面につく。
地面から、10本以上の柱がせり上がって来た。それはどれも、巨大な棘が生えている。まるで茨の森だ。
「ウーノ、もう半歩、グラニを下げてくださいまし」
「あ、う、うん」
エカテリーナの忠告を素直に受け、ウーノは操作する。
一方でブランシェはプリンヘアに金属光沢をまとわせ、ボワボワと赤熱させた。
「いっくよー」
ブランシェが腕を振った。
柱の根元が爆発し、魔物に向かって放物線を描く。棘が翼の役目を果たしているのか、安定した軌道だ。
魔物は水を波打たせ、凍らせて、それを迎撃しようとした。氷の壁に埋まる、水に飲まれる。
しかし、亀に似てるせいか動きが鈍い。迎撃をすり抜けた柱を魔物は避けられず、何本かは胴体と甲羅の隙間、あるいは口の中へと、飛び込んだ。
「グモロォォ!!」
とげが刺さり、魔物が苦痛の叫びをあげる。
危害を加えた相手を排除しようと、亀は足をばたつかせ氷の塊を形成し、ブランシェに向けた。
しかし、反撃は遅すぎた。
「あーしの熔鉱爆弾、体験してみてね」
パチン。ドスンッ!!
ブランシェが指を鳴らした刹那、魔物の体内で、爆発が起きた。棘の柱が体内で爆散し、内側から魔物の肉を全て引き裂く。
断末魔も無く。口から煙と血を吐き出し、魔物はゆっくりと、湖に沈んだ。
体内を突き破った棘が数本、岸辺に落ちて来た。ウーノの元までは来なかったが……半歩下がれという警告の通り、破片が近くまで飛んできた。
エカテリーナは技の発動の初段階で、おおよその威力を目算したのだろうか。こっちもこっちで、圧倒的な力量がある。
「えげつないですわね……内側から爆破って、対処のしようがありませんわ。それにこの殺し方なら、甲羅の素材を傷つけずに済みますわね」
エカテリーナが、どこか呆れたような声を出した。
「そーゆーこと!あーしは色々応用が利く魔法使いだからね!さてと、剥ぎ取り剥ぎ取り!」
ブランシェは躊躇なく服を脱ぎ捨てると、裸一貫で湖に飛び込んだ。
沈んだ魔物の素材を、剝ぎ取ろうというのだろう。目をつむるのが遅れ、ウーノの目に肉厚な尻が見えてしまった。
……早いとこミーシャちゃん、助けないとな。
元々小柄で大人しいタイプの女性が好きだった。小柄はともかく、大人しいという条件は希少。ミーシャはこの世界で数少ない、ウーノの性癖ドストライクなタイプなのだ。
しかし、こうして豊満肌色三昧だと、性癖が変わってしまう。それは不味い。
「……ウーノ、わたくしのケツのほくろ、数えてみませんかしら。大丈夫、戦友同士なら良くある話ですわ」
ブランシェの尻に目を奪われたのを、気が付かれたらしい。エカテリーナの言葉は、冗談には思えない声音だった。
「あー……ミーシャちゃん同伴なら」
「ちょっ!ウーノ!それは!それは流石に!3Pって道を外れてますわよ!」
よりきつい冗談で場を吹き飛ばせたことに安堵しつつ、ウーノはバシャバシャと湖を泳ぐブランシェを薄目で見た。
まったくもって、一人火薬庫のような女だ。
ウーノは少し引きつつも、頼もしく感じた。
そしてその後、更に奥地まで進んだ一行は、安全地帯に到達。グラニに運ばせた物資で野営地を設営した。
丁度湖が近くに無い、空白地帯らしい。ツルツルとした岩肌の広がるそこは魔苔も無く、それを餌にする魔物も近づかない。
日が沈むと同時に、三人は眠りについた。
「寝ずの番は要らないよん。あーしもエカテリーナも、戦場帰りでしょ?長い塹壕生活で鍛えられてるから、近づく気配があれば飛び起きれるし」
「わたくしも同意見ですわ。むしろ、交代で起きている方が疲労が溜まりますもの」
色々と超人的なこの世界の女性たち。それも、戦場を生き延びて来た歴戦の魔法使いともなると、第6感的な察知能力があるらしい。
二人の言葉に、ウーノは頷くしかなかった。




