287日目①
翌日。ウーノとエカテリーナは、資産のほとんどを金の交換手形に変えていた。
ブランシェと別れた後、その辺の冒険者に聞いて、情報屋の居場所を尋ねた。
他の街では、情報屋は見かけない。居ても簡単には接触できない。官憲以外が情報を収集しあまつさえ売買するなど、許されないからだ。
しかしアウトロー成分強めのこの街は、情報屋なんてアウトローな職業が一般的な職として存在するのだ。
そうして接触した情報屋は、最近の捕虜開放に訪れた人を紹介してくれた。
極秘情報でも無いので、料金は安く済んだ。ブランシェの名を出すと、丁寧に過去の訪問者から仕入れた話まで教えてくれた。
軽薄な感じからは想像できないが、彼女は仕事人気質らしい。情報屋からの評価も高く、追加質問にもサービスで答えてくれた。
それは、チェンストホの街で何かイベントが無いか。そして、シュチェンで摘発されたような魔導戦車のパーツが発見されてないか、など。
過去2回、立ち寄った街で偶然蒸発委員会の陰謀に居合わせたので、まさか今度も、と聞いておいたのだ。
答えはどちらもNO。これで監獄への道に、集中できる。
紹介された当事者にも話を聞いた結果、現物では無く手形で問題ないと確証を得られた。金の現物と違って重量が軽く済む。
良い情報を得られたが、しかし悪いニュースもあった。
「これくらいで十分ですわね。足元を見られたとしても」
「ああ、そうだね。聞いた話だと、吹っ掛けられて1.5倍だし」
二人は一足先にギルドの個室を借りて、手形を広げていた。
そう、正規の外交ルート上の捕虜の解放なら、体重通りの金で済む。しかし、個人事業的な民間からの特定の誰かの解放には、割高な価格を吹っ掛けられてしまうのだ。
親しい友人だったり家族を解放したい以上、皆大人しく従う他無い。自分たちも同様に。
節約して来たし、元から多めに宝飾品なりを持ち込んでいた。ナジンカから受け取ったイヤリングは、まだ質に出してない。ネックレスは換金してしまったが。
なのでその気になれば、まだ余裕がある。だから大丈夫だと思うが……
ともあれ、換金の準備は出来た。
「おっまたー。どーだった?」
しばらくして、ブランシェがやって来た。少し血なまぐさい。魔境で狩りをしてきたのだろうか。
眩しい太ももに、数滴の血痕が残っていた。
「おかげさまで。色々と情報を仕入れられましたわ」
「金は現物じゃなくて大丈夫だったよ。手形で済む。ギルドで依頼を出すってのを、やってみたかったけど。またの機会だね」
「その際は、是非ともごひーきに!ま、とにかく荷物が少なくて良いってことかー。それなら、魔導車は1台で済みそうだね。ウーノっちと荷物載せてく感じ」
持っていく荷物や装備を勘定してるのだろうか。彼女はブツブツ言いながら指を折っていた。
「依頼料とは別で、必要経費はおいくらかしら。かかる日数とか、教えて欲しいですわ」
「うん!まず監獄までは、2泊3日ってとこだね。魔境の中に、近くに湖が無い安全地帯があるから、そこに泊まっていく感じ。で、必要なのが、野営セットとか各種魔導具、それを運ぶ魔導車カナ。夏だと水牛型魔導車でノロノロだけど、冬は沼地も凍るから馬型でいーよ。野営セットも魔導車もレンタルあるし、壊さなければ、まあこんなもんかな?」
ブランシェは紙にペンを走らせ、必要物資を書き出していく。そしてその横に価格。合計で1週間分の宿代くらいだろうか。あまり掛からずに済んだ。
「これくらいなら妥当ですわね」
「感謝してよねー。あーしの私物も動員して、値段抑えてるんだから」
「ありがとう、本当に」
改まった感謝の言葉を贈ると、ブランシェは鼻をこすって笑った。
「まあね!それに見合う物、見せてもらったし受け取ったし。いやー、あーしも色々と男遊びを嗜んで来たけど、ウーノっち筋肉と汗ハンカチ、ありゃすごいよ。結構稼いでるし、ムラついたら自分で慰めずオトコ買ってたけど、久しぶりにセルフしちゃった!」
「ちょっと、もう少しオブラートに包んでくださいまし!」
「アハハ!ごめーん」
あけすけな表現に、エカテリーナは声を荒げるが、ウーノは困り笑いを浮かべるだけ。その反応に、ブランシェは『やっぱエロい奴』と笑い声をあげた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アンタも馬鹿だねぇ。6日間しか一緒に居なかった男のために、命捨てるなんてさ」
何故だか最近、イネッサの声が頭の中に響いて来る。
不満。幻聴が聞こえるにしても、なんでウーノさんじゃないのだろう。せめてエカテリーナさんが良い。よりによって、何故イネッサなんだろう。
「ウーノさんは、私の命だけじゃ釣り合わないほど、イイ男、です。優しくて、強くて、それでいて、少し泣き虫で……こんな私を、許して受け入れて、愛してくれた、すっごく素敵な奥さんですから!……今はもう、私のじゃ無くて、エカテリーナさんの、ですけど」
返事は無い。
イネッサの声が、私の無意識が作り出した声だとしたら……とても、悲しい。
だってそれは、私がウーノさんのために何もかも全て捨てたのを、心の奥底では後悔してるってことだから。
ううん、そんなはずは無い。暗闇の中、私は強くそう念じた。
本当に、本当に……ウーノさんの笑顔を思い浮かべるだけで、私は温かい気持ちになれる。
たぶん、こんな状況でも私が狂ってしまわないのは、ウーノさんが大好きだから、ウーノさんを愛してるから。
大切なあの人が、幸せになってほしい。その祈りだけで、私の心は、満たされる。
まあ、狂った方が、楽だったかもしれない。でも、良い。
私の面倒を見ている誰かが、飽きてしまうまで。そんなに長くは、かからないだろう。
それなら、短い余生の間。
幸せだった、あの日々を。
思い返して、味わおう。
私が記憶の海に沈もうとすると、また声が聞こえて来た。
「一人の男で満足するなんて、考えられないね。女の価値は、どれだけ多くの男を抱いたか、じゃないかい?」
むっ。聞き捨てならない。
「イネッサみたいなヤリ〇ンには分からないんですよ。本当の女の価値は、本当にイイ男を、どれだけ深く愛したか、です。中身が無い女が、経験人数を誇るんですから」
相変わらず、返事は無い。
たぶん、論破したんだ。そう言うことに、しておこう。
でもしばらくして、また声が聞こえて来た。
「……はぁーあ。外の連中は今頃、戦争が終わって楽しくやってんのかね。アタシらの気も知らないで」
「良いじゃないですか。そのために、戦争に行ったんです。みんなの幸せのために、ウーノさんの、幸せのために……エカテリーナさんとウーノさんが、楽しくやってるなら、それで良いんです」
あぁ、でも。出来ることなら……
嘘は無い、迷いも無い。でも、もしも叶うのなら。
エカテリーナさんじゃなくて、私が、幸せにしたかった。
私が彼の子供を、産みたかった。
幻聴は消え、闇の中、私はただ一人。まだ皮膚が残る下腹部を、捩った。




