286日目②
グッタリと気絶したブランシェを、個室の椅子に座らせる。
彼女の意識が戻る気配は無い。まるで魂が抜けたマネキンのように、だらしなく椅子にもたれかかっていた。
「さて、起こしますわね」
エカテリーナが手のひらに雷を灯す。バチバチと紫電が踊り、部屋の空気がピリつく。
その光景を見て、ウーノは慌てて口を挟んだ。
「あ、ちょっと待った。その前に、変装した方が良いんじゃないかな?髪染めるとか」
ビウクニツでマジェナに、そしてここチェンストホでもこのブランシェに、『雷女帝』とバレてしまっている。
カラコンは無いだろうから、髪色を変えるなりした方が良いのでは、と思ったのだ。
「髪を染める?布みたいにって、ことですの?無理ですわよ、そんなの。ちょっと魔力を流せば、色を付けても飛びますわよ」
エカテリーナは金髪に魔力を流して、パチパチと弾いて見せた。
そう言えば、髪の毛は魔力の通り道だった。染料程度では定着しないのだろう。
「それもそうか……うーん、変装……」
「そんなに気にする必要ありませんわよ。わたくしの姿を戦場で見て、生きて帰った者はそう多くありませんの。ビウクニツではマジェナだけでしたし、シュチェンでは誰にも。先ほどの冒険者ギルドだって、こちらの彼女以外、気が付きませんでしたもの」
確かに、雷女帝の二つ名は轟いていても、その容姿を知る者は少ないのかもしれない。なにせ目撃者の大半は、あの世に旅立っているのだから。
ウーノは暴(力的で殺伐とした)論に納得して頷く。
「それもそうか。俺の考えが甘かったね、うん」
「それにいざバレそうだったら、今みたいに口止めすれば良いですし」
口止め。先ほどの壁に人型の穴を開ける蹴りが、脳裏をよぎる。物理的な口封じである。
最早何も言うまい。ただ頷くウーノの前で、エカテリーナは気絶したブランシェの頬に手を当てた。
バチィッ!
「う、うーん……」
雷撃一発。ブランシェの瞼がゆっくりと開く。
ぼんやりとした視線が、目の前のエカテリーナを捉えた瞬間。
「ゲェッ!雷女帝!」
彼女は椅子ごと後ろにひっくり返りそうになった。
エカテリーナは風の消音魔導具を起動させながら、優雅に微笑んだ。周囲の雑音を防ぐ魔導具だが、盗聴対策にもなるのだ。盗み聞きされる心配は無いだろう。
「お久しぶりですわね。ブランシェ、と言いますのね、貴女。あいにく、わたくしはどの戦場で出会ったか、覚えてませんけど。ともあれ、わたくしの顔を見て生き残っているとは、強者ですわね、貴女。あるいは運が良かったのか」
エカテリーナは品定めするような視線を向けた。
あまりにも多くの敵と対峙し、そのほとんどを葬って来た。記憶にある強者など、そうそう居ない。そのため、覚えていないが生き残っている、と言う相手はどちらの理由で生き残ったか、力量が見定められなかった。
「……強者な方だし。あーし、強いから。で、ここどこよ?ギルドの個室?」
ブランシェは椅子に座り直しながら、負けん気の強い目でエカテリーナを睨み返した。周囲を見回して、状況を把握する。
「ええ、依頼の交渉を、と思いまして。でも、先に自己紹介をしましょうかしら。わたくしはエカテリーナ。雷女帝、と呼ばれることもありますわね。こちらはウーノ」
「初めまして、ウーノです」
ペコリ、とウーノは頭を下げた。
その丁寧な所作に、ブランシェは少し面食らったような顔をする。いきなりナンパして来て、そして撃退された女に対して、あまりにも棘が無い。
エカテリーナは、まるで宝物を見せびらかすように、ウーノの肩に手を置いた。
「彼、わたくしのとても大切な殿方で、戦友ですの。だから、彼を軽んじることはわたくしを軽んじることですし……彼にちょっかいをかけることは、わたくしに喧嘩を売ることを意味しますわ。気を付けてくださいまし」
ナンパは挑発と同義。ドスの効いた低い声でのその警告に、ブランシェは両手を上げて降参のポーズを取った。
「わーった、わーったし!もう……」
しかし、彼女の視線はウーノの全身を舐めるように這い回る。まるで競りにかけられた高級品を品定めする商人のような目つきだ。
「ははは……あのー?」
嘗め回すような視線に、ウーノは首をかしげる。
「でも、良い体、ホント。顔は60点だけど、体は100点、いや120点……ちょあっ!?」
バチィッ!
エカテリーナの指先から放たれた雷撃を、ブランシェは咄嗟に手で払った。
その手は、金属のような光沢に覆われている。土の魔法による硬質化だろう。
「あら、失敬。当てるつもりはありませんでしたの。つい手が滑って、目を狙ってしまいましたわ」
エカテリーナは口元に手を当てて、上品に微笑んだ。
「狙ってんじゃん、急所!」
「事故ですわよ、事故」
ブランシェは抗議の声を上げたが、すぐに何かを思いついたように、ニヤリと笑った。
「もーっ……まあ、考えようによっては……あの雷女帝の男を寝と……ゲフンゲフン!」
咳払いで誤魔化そうとしたところで、再び雷光が閃く。ブランシェは大きく体を反って躱した。
「失敬。今度のは故意ですわ」
「さっきのも故意でしょーが!それにまだ何も言ってないし!」
泡を食って反論するブランシェ。しかし強者を名乗るだけあるのか、エカテリーナ相手でもどこか余裕がある。
ふと、その命知らずぶりにタチアナが重なった。
タチアナちゃん、エカテリーナに一回ボコられてるはずなのに、ことあるごとに突っかかって……
「タチアナちゃん……」
まだ喪失から日が浅く、ウーノは鼻の奥が熱くなった。
しかしそんな彼を置いて、明るい声が響く。
「あっ、自己紹介ね!あーしは人呼んで、『熔鉱爆弾』のブランシェ!」
しんみりするのは、目的を遂げた後。ウーノは首を振って、ブランシェに注視した。
話題を変えるように、彼女は胸を張った。その動作で、ビキニアーマーに収まった豊満な双丘が、これでもかと揺れる。
「『熔鉱爆弾』、ですの?爆弾と言うと、火の魔法の使い手ですの、貴女?」
「ふっふー、火だけじゃないんだなこれが!何と、あーしは火と土、両方の魔力の使い手なのです!土魔法で作った鉄とかガラスを、火の魔力で柔らかくしてドーン!イェーイ!どうよ、雷女帝さん?あーしとの戦い、思い出した?」
ブランシェはギルドの床石を剝がして、土魔法で整形して棘のボールを作る。そして彼女はそれを火の魔力で赤熱させると、得意げに見せびらかした。
中心が特に赤く輝くその凶器。出力次第で、それを爆破できるのだろう。
「……ぁあー、何か思い出しましたわね。破壊力が高い広範囲攻撃。近づくまでが面倒でしたわ、確か。でもその時貴女、スーラフ語を話してましたわね。ポツカ人では無くスーラフ人ですの?」
思い出したように遠い目をしていたエカテリーナだが、その疑念を抱くと眉がピクリと動いた。
「半分正解!あーしはスーラフ人とガマニア人のハーフでーす」
「スーラフとガマニア……両国は長年、戦争状態でしたわよね」
ブランシェは肩をすくめた。ずっとハイテンションな笑顔の彼女は、一瞬だけ唇をゆがめた。
「まあね。交戦国のハーフって、なかなか居場所が無くてさー。色々あって、戦前からここで冒険者してたんだ。でもスーラフがポツカを通り越えてラシスカにも喧嘩売るってなって、徴兵されちゃったの。で、また戻って来て流れ水の民よろしく、フラフラしてる感じ」
軽い口調だが、その言葉の裏には、きっと色々な苦労があるのだろう。
「色々、大変でしたよね」
日本人の価値観を捨てられず、ラシスカ人に染まり切れず。エカテリーナの時同様に、価値観に悩むウーノには身につまされる話だ。
深い同情の籠った声音に、ブランシェは鼻をすすって笑顔で答えた。
「ま、今は楽しんでるかんね!そのうちラシスカにも行きたいなーって、思ってるし!あ、雷女帝、その時は案内してよ!」
「その呼び方しないでくださいまし。エカテリーナ、そう呼んでくださいまし。特に外では。余計な騒ぎは困りますわ」
その釘刺しに、ブランシェは軽い調子で同意した。椅子の背もたれに体を預ける。
「はいはーい。まあ、自己紹介はそんな感じ?で、依頼ってなーに?かの武勇とどろく雷女帝、エカテリーナ様の依頼って、なんだろな?大抵のことは一人で片を付けられるでしょ、アンタ」
「監獄までの道案内を頼みたいんですのよ」
「監獄って言えば、魔境の中央にあるマズールイ魔境監獄……しかないよねぇ?えー……今の季節、危ないんだけどー……」
ブランシェの顔が曇った。
「戦争で魔物が狩れてないから、危険度が増している、でしたか?」
ウーノが確認すると、ブランシェはパッと顔を輝かせた。
「ウーノっち、敬語じゃなくて良いよ!もっとフランク、フランク!こう親しみを込めてさぁ!」
ウーノっち。
色々あって女性免疫はついたウーノだが、ギャル耐性は無かった。正直、照れる。
小さくて可愛らしい、守りたくなる(ただし自分より戦闘力アリ)美少女のミーシャ。高身長ダイナマイトボディで、高貴な美しさのエカテリーナ。
しかしブランシェは、今までに交流したことが無いタイプの垢ぬけた感じの女性で、露出も激しい。
視線が、胸に吸い寄せられて仕方が無い。
ビキニアーマーに押し込められた、はち切れんばかりの果実。重力に引かれ垂れる、色っぽい造形。
いかんいかん。
なんとか視線を引き剥がし、ウーノは話を戻した。
「そ、そうかな。なら、まぁ……ブランシェと呼ばせてもらおうか。それでともかく、危険度が高いから、今は気乗りしないってこと?」
「そうそう!それに冬場は、『主』が出る季節で、元々危険だし。しょーじきオススメしないんだよね」
主。不穏な単語が聞こえた気がするが、今はそれどころではない。
なぜなら、隣の美女から、ピリピリとした殺気が漏れ出しているからだ。
エカテリーナ、不機嫌!
なぜなら、ウーノの視線が、ブランシェの胸に向いている!しかも心なしか、頬が赤い!ムムゥッ!
ウーノがミーシャに愛を向けること、それには嫉妬しない。むしろ喜んでオカズに出来る。
しかし、他の女を意識するのは、ムカつくのだ!
自分だって、だいぶ大きいのだが?形ならむしろ、自分の方が重力に負けずツンと上向く、見事な形なんだが?
そう主張するように、エカテリーナは腕を組んで胸を寄せた。
「ウーノ、ちょっと?」
ついでにウーノをチョイチョイと肘で小突く。
服の上からでも分かる、わざとらしく強調された大きなふくらみ。彼の視線は、エカテリーナの胸に!
胸の大きさの価値観は、以前の世界の男性で言うと、筋肉とチ〇長を足した感じだろうか。ある程度あった方がモテやすいが、小さい方が好きと言う人もいるだろう。
この世界でも男性は巨乳好きが主流だが、貧乳好きも決して珍しくない。
しかし女性視点では、巨乳であればあるほど、マウントが取れる。元の世界でも筋肉だってチ〇長だって、女性からはドン引きされようがあればあるほど、男の中では株が上がる。
……胸の価値観は、元の世界と変わらないかも。
しかし、もしもこの場にミーシャが居たら。
巨乳を見せびらかすブランシェとエカテリーナにガチギレして、戦いを挑んでいただろう。勝利の暁には、二人の目の前でウーノを押し倒し、見せつけるように愛の営みを始めたかもしれない。
しかし、彼女はこの場にいない。
止める者不在のデカパイ空間の中で、ウーノは本能に忠実に視線を右往左往させていた。
エカテリーナの豊満な美巨乳、ブランシェの露出過多なセクシー長乳。どちらも甲乙つけがたい逸品である。
そんなウーノの様子を、ブランシェは見逃さなかった。
ニンマリ。
悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女は、わざとらしくビキニアーマーのフックに指をかけた。
「ふー、てかこの部屋、暖房効き過ぎじゃん?胸の谷間が蒸れちゃうなー……」
ただでさえ心もとない布面積の胸当てが、引っ張られる。
豊かな双丘の肌色成分は、危険水準に突入した。今にも零れ落ちそうな、禁断の果実。
エカテリーナとブランシェの間で右往左往していたウーノの視線は、ブランシェの方へと釘付けになる。
「くっ、ダメだ!俺には愛する妻が……」
ウーノは歯を食いしばり、目を閉じた。
瞼の裏に、ミーシャの姿を思い浮かべる。僅かに肋骨の浮いたほっそりとした裸体。控えめながらも形の良い胸。恥じらいながらも愛を囁く、可憐な唇。
そうそう、これだよこれ。エロいだけじゃなくて美しいんだよ、これが。
しかし、ブランシェは『妻』という言葉を、エカテリーナだと誤解した。
ならば、と彼女は更なる挑発行動に出る。
「あっと、オチチが脱出しちゃったナ、てへぺろ」
パサリ。
セルフセクハラ親父発言と共に、何かが解放された音がした。
「……!?」
開けちゃだめだ!
いや、ちょっとくらい……。
いやいや、ダメだダメだ!何のためにミーシャちゃんの髪を燃やした!
鋼の意思で目をつむるウーノ。煩悩との激闘。精神の死闘。
しかし、突然。
むにゅん。
彼の顔は、明らかに柔らかい感触に包まれた。
こ、これは……!
布の感触がある。おそらく丸出しのブランシェでは無い。刻印も発動していない。
消去法で導き出される答えは一つ。
エカテリーナの胸だ!
雷女帝の豊満おっぱいが、ウーノの視界を完全に塞いでいた。物理的な目隠しである。
「さっさと仕舞ってくださいまし!」
エカテリーナの怒声が、頭上から降ってくる。
「エカテリーナ、とりあえず胸、胸から離し……」
頬に当たる柔らかな感触に、そろそろ理性が危ない。
しかし興奮状態のエカテリーナに、その声は届かない。彼女は大切な男を胸に強く抱き、激情のまま喉を震わせた。
「これだから、これだから野蛮なスーラフの血を引く女は!おまけにさっきから聞いてれば、危険がどうのと……冒険者とは、危険を冒す者でしょうに!ああ、そう言えば貴女、軟弱なガマニアの血も入ってましたわね!だからその臆病さ!野蛮で軟弱!二国の悪い所を引き継ぎましたのね、貴女!」
まくし立てるように、ラシスカ特有の他国を見下した形容詞が飛び出した。エカテリーナ、ガチギレである。嫉妬の炎が、彼女の理性だとか品性を焼き尽くしているのだ。
アレキサンドラに嫉妬の克服方法を語っていたのに、これである。まあ克服したのはミーシャとウーノへの横恋慕だけ。他の女に対しては、やはり独占欲を捨てられないのだ。
「はっ、はぁ!?後進国の敗戦国の分際で、チョーシ乗るなし!アンタらラシスカだって、スーラフにボコられて泣きながら講和したくせに!野蛮で軟弱って、後進国で敗戦国のラシスカ人そのものじゃん!ああ、そっか!自分が言われて嫌なことを、そのまま悪口にしてるんだ!うっわ、幼稚ィー!」
しかしブランシェも負けていない。
鋭い切り返し。ハーフで居場所が無い、とも言っていた。おそらく悪口には慣れているのだろう。言い返す言葉によどみが無い。
「このっ……!今ここで、あの時の戦争の続きを……!」
バチバチバチ!
エカテリーナの髪が、雷をまとい始めた。部屋の空気が、一気に張り詰める。
しかしその反応に、ブランシェは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
そう、言葉で勝てないから暴力。自らエスカレーションの引き金を引くのは、女の世界では敗北宣言に等しい。この後の暴力フェーズで勝利しても、一勝一敗は確実なのだ。
おかしいな、先ほどまでのセクシームードはどうしたんだろう。このままでは、個室が戦場になる。
唐突な空気の変わりように、ウーノは頭が痛かった。
しかし、この場を宥められるのは自分だけだろう。
自身を拘束するエカテリーナを引きはがすため、ウーノは胸を両手で掴み無理やり顔を上げる。
「あんっ……う、ウーノ!?」
ブランシェの方を向こうとしたが、肌色成分の多さがチラ見え。即座に目をつむる。
今はシリアスな場面だ。おっぱいに視線を向けている場合では無いのである。
「はい、ストップ!まずエカテリーナ、今のは良くない」
「……何がですの?」
「国ごとに偏見はあるだろうけど……初対面の相手にそれをぶつけるのは、ダメだよ。ビウクニツでの君はどうしたのさ。自警団のマジェナさんとか、敵対してた相手とも、敬意を持ってちゃんと話し合ってたじゃないか。あの感じ、頼むよ」
ウーノは、目をつむったまま、二人の間に割って入って諭した。
エカテリーナは唇を尖らせた。
「むぅ……ウーノに手を出されそうになって、ちょっとキレてましたわね。でも、スーラフは戦争を企む……」
「政府とその国民は、分けて考えるべきだ。その上にブランシェは、ハーフで国を離れている。それなら、なおさら分けて考えないと」
ウーノはキッパリと言った。
目を開け、エカテリーナの瞳をまっすぐ見つめる。
エカテリーナは数秒間、ウーノの瞳を見つめ返して。
ふぅ、と息を吐いた。
「……分かりましたわ。言い過ぎましたわね」
その光景を見ていたブランシェが、ケラケラと笑った。
「ウケる。男に諭されてら。雷女帝って、意外とチョロいんだ?奥さんに尻に敷かれてんじゃん」
しかしエカテリーナは、怒るどころか、自慢げに鼻の穴を膨らませた。胸を張り、ウーノの肩を抱き寄せる。
「ふんっ!男がどうのと、節穴ですわね。ウーノは確かに男性的魅力にあふれた、ドスケベですけど。でも、それ以前に、彼は人として優れた人間ですのよ。この雷女帝が、戦友と認めるほどに」
「へぇ?」
ブランシェは興味深そうに、ウーノを見た。
「ああ、ついでに、俺とエカテリーナは……あー、あの話、していいかな?」
ミーシャのことだ。
エカテリーナは少し悩んだ後、頷いた。
書類は偽装夫婦として振る舞うことを前提に作られている。真実を告げるメリットは、何もない。
しかし。
エカテリーナは、自慢したかったのだ。
ウーノを、偽りの夫としてでは無く。度胸と根性と貞操を兼ね備えた、純愛の体現者であると。ブランシェに見せつけたかったのである。
「……一つ、訂正しておきますわね。わたくしとウーノは、夫婦ではありませんの。彼の妻は、マズールイ魔境監獄に囚われている、ミーシャと言う……」
「ブランシェ、ともかく胸隠して、胸」
「アッハイ」
突然始まったラブストーリー。空気感の急激な変化に圧倒されたブランシェは、素直に応じた。
エカテリーナは蒸発委員会などの要素を端折りながらも、感情たっぷりに。
数多の恋愛小説を読み込んで来た彼女の語り口は、うっとりと甘やかだった。
しかもそれは、シュチェンで修道騎士団の三人娘にした時以上。自身の愛を悟ったエカテリーナは、それはもう耽美な語り口で、これまでの旅路を謳い上げた。
ウーノとミーシャの出会い。突然の結婚。刻印に込められた愛。
戦場での別離。捕虜となった妻。これからの人生、全てを妻に操を立てる覚悟。
それは愛する一人の女性を救うため、国境をも越えた、一人の男の物語。
ブランシェは、いつしか身を乗り出して聞き入っていた。




