286日目①
ワスフ川西岸のいくつかの都市を回り調査をした結果、ミーシャがいると思われる捕虜収容所が判明した。
マズールイ魔境監獄。
2000を超える小規模な湖があり、小型から中型の魔物が大量に生息しているマズールイ湖水魔境。膨大な魔物が天然の要害となっているその地の中央に、監獄はある。
終身刑囚や死刑囚、捕虜のような万が一にも逃亡が許されない対象が、収容されているのだという。
監獄への訪問自体は禁じられていないが、送迎サービスがある訳では無い。自力でたどり着かねばならないのだ。
その案内役を求め、冒険者を雇うために。
二人は今、マズールイ湖水魔境の近くの都市、魔物を狩って素材を売却することで生計を立てる冒険者が大勢いる、チェンストホに来ていた。
「はぁ~……悩ましいですわね。ウーノを一人でホテルに残すのも不安ですけど、冒険者ギルドに一緒に行くのも……」
「流石に留守番くらい出来るけどなぁ……過保護過ぎない?」
シュチェンの名誉市民称号で無料宿泊できるギリギリの価格、中流程度のホテルを選んだ二人。そのホテルのレストランで食事をとりながら、都市での行動計画を立てていた。
決して安宿でも無いホテルで一人留守番させるのすら不安、と言うエカテリーナに、ウーノはそれは過保護すぎると抗議した。
しかしエカテリーナは、憂鬱そうな顔をしたまま、首を振った。
「……問題ですわ。ウーノが今、口をつけているそのカップ。何回薬を入れられそうになったか、分かりますかしら?」
「っんえ?な、なんだって!?」
慌ててカップから口を離すウーノを見て、エカテリーナは再び大きなため息をついた。
「はぁ~……一回も気が付いてませんでしたのね。正解は、3回ですわ。3回も、それぞれ別の人間が、ウーノのカップに薬を入れようとしましたのよ。で、3回ともわたくしが威嚇して退散させましたの。おそらく眠り薬ですわね。何のために薬を入れようと企んだか、説明が必要かしら?」
テーブルの上に頬杖をついて、片方の手でナイフをピョコピョコ弄びながら、エカテリーナは教えてやった。
何のために。そう聞かれたウーノは首をかしげた。それを見たエカテリーナは、『マジかコイツ!?』と驚愕と絶望、そして諦観が混じった表情を浮かべた。
片目を細め、眉を寄せ、唇を噛み締める彼女を見て。ウーノは慌てて否定した。
「いや、分かってる!分かってるとも!俺を眠らせて、アレやコレやと、スルってことでしょ?いや、でもさ、俺を眠らせるよりエカテリーナを眠らせた方が、こう、成功率が上がる気がするけど……」
「女に薬を盛っても、効き目が薄いんですのよ。少し違和感を感じたら、内臓に身体強化魔法を重点的にかければ、毒も薬も、オシッコとウンチになってハイさよなら、ですもの。ウーノを眠らせて、わたくしの気を引いた隙に……ってな算段ですわね」
あぁ、だから飲み薬は無いし医者も居ないんだ。ウーノは乾いた笑いを浮かべた。この世界の女性、超人過ぎる。
「ハハ、ハハハ……な、なるほどね……うん、そうか……それにしてもホテルのレストランでそれって、治安悪すぎない?」
スラム街の屋台や場末の酒場で、世間知らずの男が一人で飯を食ってる、薬盛って攫ったろ。それなら理解できる。
しかしここは、中流程度のホテルのレストラン。一緒に食事をしているエカテリーナは旅装ながら、飛びぬけた美貌の持ち主で、ただ者では無いのは明らか。
それなのに、薬を盛られそうになるのは、流石に治安が悪すぎる。
村の近くの街では、昼なら男の独り歩きをしても何の問題も無かった。流石に夜だと危ないが。
「1つは、それだけウーノが魅力的ってことですわね。否定しないでくださいましね、マジでウーノ、ドスケベですのよ」
「アッハイ」
多少の無理は押し通してでも拉致りたくなるほど、自分はセクシーらしい。嬉しいやら悲しいやら。
照れ笑いに似た困り顔を浮かべるウーノに、そこで恐怖で青ざめない誘い受け体質だから、周囲の女が自分含め色欲に目が眩むのだと、エカテリーナはため息をつく。
しかしもうこれは性根だろう。諦めている彼女は周囲をサッと観察してから、小声で言った。
「はぁ~……そして2つ目は、冒険者が多いってことですわね。治安が悪くて当然ですわ。あそこの彼女、それにあちらの、そこの窓際にも……」
エカテリーナがナイフの刃先で、ヒョイヒョイと客を指していく。チラリとウーノが見ると、確かに中流ホテルのレストランには似つかわしくない、武骨で物騒な装いの女性たちが見受けられた。
「冒険者って、魔物を倒して素材を売る仕事でしょ?それがなんで、治安に繋がるの?」
「冒険者って恰好つけて名乗っても、実体はその日暮らしの危険な労働に従事する者達ですわよ。いるのは犯罪者スレスレのゴロツキか、軍の規律と秩序に馴染めなかった変わり者……力だけはある社会のはみ出し者の受け皿が、冒険者ですもの」
ウーノは以前の、ミーシャの言葉を思い出した。
『荒くれ者や、ギリギリ犯罪者じゃない、みたいな人が多くて、危ない』。そんなことを言っていた。
ラノベやアニメの世界だと、冒険者界隈は自由で実力主義な気風の良い世界、として描かれがちだが、ここでは違うらしい。いや、自由で実力主義だろうけど……あこがれの職業では無いのだろう。
現代っ子らしくサブカルも触れて来たウーノは、微妙なギャップを感じた。
「まあ、ミーシャちゃんも似たようなこと言ってな。自分も冒険者なのに」
「あら、そうでしたのね。まあ、ミーシャの仕事を悪く言うつもりはありませんけど……でも、相応の実力があって他所に定職が無いなら、軍に在籍していた方が、安定的ですし安全ですわよ。確かに対人戦をしたく無い、という理由で軍籍を嫌う者……ミーシャがそんな感じでしたわね」
「あとは集団生活が不安とか言ってたけど」
「あぁ……最初のころ、彼女ったら行進すら……話が逸れましたわね。ともかく、冒険者であっても戦争となれば徴兵もありますわ。軍に居ても居なくても、戦時は同じ。なのに軍籍を選ばず在野の冒険者を選択する人は、基本的にヤバい人種ですのよ。だから、冒険者が多いここチェンストホも、治安が悪いんだと思いますわよ」
そう言って、エカテリーナはナイフを置いて、カップのお茶を啜った。
なるほど、うん。少なくともこの町にいる間は、エカテリーナの指示の全てを、素直に受け入れよう。どんな内容でも、過保護では無いのだから。
ウーノはそう決意を固め、同じようにカップに口をつけた。
結論として、冒険者ギルドにはウーノも一緒に行くことにした。ホテルの部屋で一人でいるより、ゴロツキの溜まり場でもエカテリーナの横の方が安全地帯である。
魔物の血の匂いが混じる大通りを歩いて行き、冒険者ギルドに到着した。
装飾を排した実用一辺倒の、飾り気のない倉庫のような建物。その鉄扉を開けた瞬間、大通りの比では無い濃い血の臭いが漂ってきた。
「やんのかい、あぁ!?」「ぶっ殺すわよ!」「舐めんじゃないよこのアマ!」
賑やかを通り越して殺伐とした喧騒の中、びっくりしたウーノを抱き寄せて、エカテリーナはズンズンと奥へ歩いていく。
ナイフ魔導具が刺さったままのテーブル、壁の隅に追いやられた酒瓶、床に散らばったバラバラのクズ紙になった依頼書の残骸。
汗と血、アルコールの臭いが混じった剣呑な空間である。
とはいえ、そこに居るのは皆女性。汗臭いと言っても、ウーノからすると嫌悪感は湧かず。上裸で乳房を晒す女性を見ても、わぁおと思うだけ。
「あっ、男じゃん!って、女付きかい」「おうおう、エロい体してるね、あの兄ちゃん。服の上からでも分かるわよ。寝取ったろうかしら」「止めときな、横にいる女のあの足運び、戦い慣れてる奴さ。それに、顔だって随分美人だ。アンタじゃ望み薄だよ」
ああ……異性を見て舌なめずりするチンピラって、エロ漫画の世界だけかと思ってた。いるんだ、男女逆だけど。
色々と囁き声が聞こえてきても、性的な視線を向けられても、身を竦めるでも嫌そうな顔をするでもなく、ウーノはただ興味深そうにあちこちに視線を向けるだけ。
実際、力づくで襲われたら流石に恐怖が勝るだろう。ミーシャの時のように、シュチェンでのチンピラの時のように。
しかし視線だけ、言葉だけなら。なんてことない。
「……ウーノ、肝が据わってますわね、本当に」
「ん?ああ、うん。もっとひどい物とか見て来たし。塹壕での色々とか、タチアナちゃんの事とか……」
どこか呆れた声音のエカテリーナに、ウーノはシンミリして返す。
確かに色々ありましたけど、それとこれでは種類が違いますわよね?
乳房に視線が向いていることに気が付いた女性が、投げキッスをよこす。ウーノはそれに、困り笑顔で頭を下げる。
そんな調子の彼を見て、エカテリーナは心の中でため息を吐くのだった。
周囲の視線に、二人して堂々としながら。カウンターへとたどり着く。
荒くれ者の女たちの相手をしている受付は、意外にも若い男だった。まあ、異性相手の方が、下心込みで行儀良くなるのだろうか。
「いらっしゃい。依頼? それとも登録か?」
男を連れての入場に、少し目を大きくしつつも。男性は落ち着いた声音で、要件を尋ねた。
「依頼ですわ。マズールイ魔境監獄への案内を」
エカテリーナの言葉に、受付の眉がピクリと動いた。
「監獄ねぇ……面会?」
「ええ」
「それなりの長旅で危険も伴うけど、分かってる?」
ウーノが口を挟んだ。
「あの、今更なんですけど……囚人の護送とか、職員の方はどうやって出入りしてるんですか?」
男性はウーノの方に視線を向け、手元の書類を整えながら答えた。
「職員や囚人護送用の安全なルートは、秘匿されている。脱走防止のためだ。個人が面会のために訪問するのは許可されているが、それなら自力で行くしかない。案内役を雇うか、自分で道を切り開くか」
「なるほど……」
やはり冒険者を雇う必要があるのか。ウーノは納得した。
「戦争の影響で、冒険者も一部徴兵されたり傭兵に転職したりしていた。生態系においては捕食者に位置する冒険者が減ったせいで、最近のマズールイ湖水魔境は、魔物が増えて危険度が増している。しかも監獄は魔境の中央、最奥部にある。故に、案内人に足る実力を持った冒険者は、そう多くは……」
男性が広げる冒険者の名簿に、エカテリーナが視線を落とす傍らで。
「ねぇねぇ、アンチャン」
不意に、背後から声がかかった。
ウーノが振り向くと、そこには派手な格好の若い女性。
色素の明るい茶髪に毛先だけがプラチナブロンドの、プリンヘア。鮮やかな赤い瞳で、つり目がちで悪戯っぽい表情を浮かべている。
へそ出しの上着に、太ももを激しく露出したミニタイトスカート。腰にはジャラジャラとアクセサリーを下げていた。
そして何より豊満な胸が、ビキニアーマー的な胸当てに支えられ、零れ落ちそうなほど開放的に強調されていた。
ギャルだ、ギャルがいる。冬の今、外出したら寒そうだ。
「一人?あ、違うか。でもさ、その女よりあーしの方が絶対楽しいよ?ねね、ちょっとお茶でも……」
「ふっ!」
しかし女が横にいるのにナンパとは、随分と豪胆な。
ウーノが呆れつつ断ろうとした瞬間、エカテリーナの拳が風を切った。
「んなっ!?」
しかしその拳は、ギャルの手のひらに受け止められていた。パァン、と乾いた音が響く。
突然の暴力に彼女は驚きの声を上げつつも、見事にエカテリーナの不意の一撃を凌いで見せた。
「あら、今ので沈めるつもりでしたのに」
ノールックで拳を放ったエカテリーナは、首を傾けて下賤な者に侮蔑と警戒の視線を向けた。
「危なっ、ていうか速っ。え、何アンタ、メッチャ強くない?うわ、しかもメッチャ美人。んっ?その金髪と毛先の赤、それに紫の瞳……この拳の速さ、昔……そうだ戦場で……あぁ!雷じょ……ぐふっ!?」
エカテリーナのつま先が、ギャルの腹に突き刺さった。
咄嗟の口封じ。
彼女の体がくの字に折れ曲がり、そのまま吹っ飛んで……壁に激突した。
ドゴォン!
壁に人型の穴が開いた。
「「「…………」」」
ギルド内が、水を打ったように静まり返った。
全員の視線が、エカテリーナに集中する。
「……オホホ、失礼。虫を払っただけですわ」
「虫って……彼女、このギルドでも上澄み、Aランク冒険者の、『熔鉱爆弾』のブランシェですよ!?それをこんな、一撃で……あなたは、一体……」
驚愕と畏怖の視線を向ける受付に、エカテリーナは例の酷薄な貴族スマイルを浮かべて答えた。
「あら、疑問を持つことが必ずしも賢明では無いと、ご存知かしら?戦場で生き残るのは、臆病者でも勇者でも無く、運に恵まれた者ですけど……平時の世では、愚かさは死因たり得ますわよ?」
ニッコリ。美しい金髪をパチパチと雷に揺らし、トンと指先で受付のカウンターを叩く。バチンッ!その一瞬で、木製のそれは全体に稲妻の焦げ跡が走った。
「は、はい!」
日頃荒くれ者を相手にしているであろう受付の男性は、ただ乱暴なだけでは無い鋭利な暴威に、びくりと体を竦めて返事した。
それに満足したエカテリーナは、壁に埋め込まれてピクリともしない、ブランシェと言う冒険者へ、視線を向けた。
「ところで、彼女が上澄みと言うなら、案内役の力量はありますわよね。彼女と交渉させて欲しいですわね。個室の中で、じっくりと」
受付の彼は、コクコクと頷くしかできない。
冒険者の中でも上澄みのAランクのブランシェを、一撃でノシたエカテリーナ。その連れのウーノに、もはや下世話な視線を向ける者はいない。
秩序や規律から外れ、ゴロツキ同然の彼女らにも、唯一の絶対的な法はあるのだ。力こそ正義、という法が。
エカテリーナが壁にのめりこんだブランシェを回収する。
その横で、ウーノは受付の男性に声をかけた。
「あの、すみません」
「あ、は、はい!な、何でしょうか、お連れ様」
「壁の修理費用って……」
「は、払っていただけるんですか!?」
「あ、払わないとダメですよね、やっぱり」
男の方なら、話が通じそう!ホッと胸をなでおろしていた受付に、声が聞こえて来た。絶対強者の声が。
「ウーノ、行きますわよ」
「ああ、うん。すみません、また後で」
「あ、はい……」
あぁ、多分修理費の回収、無理だな。ブランシェに勝手につけとこ。
受付の男性はプランを切り替えて、帳簿に記載した。




