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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
シュチェン編

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278日目⑧

「ジャガーノート型の時は、強力なブレス攻撃がありましたわ!首の向きに、注意を払ってくださいまし!それとウーノ!」


「ああ、分かってるさ。後ろに下がって待ってる」


 エカテリーナは簡潔に伝えるべきことを伝え、警戒態勢を取った。ウーノも戦闘の邪魔にならないようにと、いそいそと後方に下がり、転がっていた大きな岩の物陰に隠れる。

 戦闘に貢献できないのは情けないが、出しゃばって迷惑をかける方がもっと情けない。彼はとっくに、割り切っていた。


 そんな彼のところに、しょんぼり顔のタチアナもやって来た。


「……ウーノ、兄さん。その、私が、守る、から」


 見習いで戦闘訓練などを受ける前に、側付きに抜擢された彼女は、ウーノ同様戦力外通告されてしまったらしい。覇気のない声で『守る』と言うが、さっきの今、頼る気にならないと言われたばかり。女として男に力があるところを見せたかった彼女は、自尊心がボロボロだった。


「ああ、うん。その、えーっと……とりあえず、一緒に見学してようか」


 ここで『頼りにしてる』と言ってしまえば、先ほど突き放したのが無駄になる。優しい嘘も、時には毒になるのだ。

 妹のように思っている少女を、慰めてやりたい衝動に駆られるが、しかし言葉を飲み込んで。ウーノはそっと、タチアナの肩を叩くのだった。



 一方こちらは戦闘部隊。歴戦の魔法使いであるエカテリーナはもちろん、アレキサンドラとて現職の伯爵家当主、貴族として戦闘の心得は一通りある。側付きの3人娘も、諜報以外に護衛も兼ねているため、それなりの戦力だ。


 ジャガーノート型の時は、地下水路の崩落を気にして暴れられなかったせいで、手間取ってしまった。しかしその制約が無ければ、何とかなる。今回は大河と言う距離制約があるが、前回に比べれば軽いものだ。

 嫌いな姉でも、男のルカよりは魔法が強いだろうし、兵士役の数こそ少ないが、戦力的には悪くない。

 それに、泳げはしないが、逆に重しをつけて川底を歩けば、向こう岸に渡る自信もある。


 そう言った理由から、エカテリーナは超大型魔導戦車に、警戒しつつもそれほど脅威を感じていなかった。


「ブレス、そして死に際の全方位への自爆を警戒すれば、そこまで凶悪な相手では無いですわ。この場の戦力で、狩りますわよ!」


「エカテリーナ、指揮官づらをするのはお辞めなさい。不快です、当主たる私が指揮します」


 しかし連携には不安がある。3人娘は顔を見合わせて、肩をすくめた。


「それで、ボス?ウチらは、どんな動きをすればいいやんな?」


「あ、川辺だし、私の水魔法、おススメですよ!」


「あ、そうね。それじゃ、ポリーナの水魔法を軸に、ミディの氷魔法で適宜防御、私の風魔法で回避行動をサポート、とかが良いかしらね?どうでしょう、ボス?」


 すぐさま作戦立案をする3人。アレキサンドラはヒラヒラと手を振って同意した。


「まあ、良い感じでやりなさい。エカテリーナ、お前もどうせ、私の言うことなど聞かないでしょうから、好きになさい」


 指揮官は私が。そう言いながら、無責任に好きにやれといて来る姉に、エカテリーナは顔をしかめた。


「……お姉さま、マジで致命的に、指揮官の才が無いですわね。政治ばかりにかまけているから、責任を取らないような立ち回りばかりで、求心力を得られませんのよ。婚約者の方に逃げられたのだって、そう言う……」


 バチッ。エカテリーナの横の川石が、爆散した。


「今、ここで8年前の勝負の続きを始めても、良いのですよ?」


 バチバチと金髪を揺らして、アレキサンドラは雷をまとった。しかしそれを見ても、エカテリーナは恐れた風も無く、軽く首をひねって鳴らした。


「あら、ごめん遊ばせ、口が滑りましたわ。ことが終わったら、付き合いますわよ。お姉さまが満足するまで……お姉さまが、命乞いを始めるまで、ね」


「ほう、では付き合ってもらいましょうか。私が満足するまで……彼、ウーノがお前を見限って、私の世話になるのを選ぶくらい、ズタボロになるまで。そしてお前の前で、彼の体を味わうとしましょうか」


 パァンッ。今度はアレキサンドラの横にあった岩が、砕け散った。


 ギンギンに殺気をぶつけ合う二人。今までこうならなかったのが、逆に奇跡だったのかもしれない。3人はただ、どちらかが折れて目を逸らすのを待つばかりだ。

 しかし、その場に声をかける者がいた。ウーノだ。


「あのーすみません。ミディさんの氷魔法って……あれ、どうしたのエカテリーナ?ちょっと、ケンカしてる場合じゃ無いでしょ?」


 自身のアイデアを発表しに来た彼は、殺気と一緒に小さな雷を飛ばしあう二人の間に割って入って、エカテリーナに声をかけた。

 その構図はまるで、かつてナジンカと対立する彼女を、ミーシャが止めた時のようだった。


 奇妙な懐かしさを覚えたエカテリーナは、美しい金髪からの放電を引っ込めて。ため息をつきながらアレキサンドラから視線を外した。


「はぁ~……そうでしたわね。ウーノ、ミディがどうとか言ってましたわね、何か思いつきましたの?」


「ああ、ミディさんの氷魔法って、どれくらいの耐久力があるのかな?氷で船を作って浮かべるとか、無理そうですか?」


 一行が話している間にも、向こう岸では3人が何かしていた。アジ・ダカーハの起動作業か何かだろう。妨害が間に合わないにせよ、渡河の手段があった方が良いには変わらない。

 強大な魔法使い二人の仲間割れの危機がいったん去ったことに安堵した3人娘は、ホッとしてウーノに返事をした。


「そうやんな、人一人分くらいなら……保証できるのは、それくらいやんな」


 ミディは自信なさげに応える。やはり魔法使いの一線を越えないと、何でも魔法で解決とはいかないのだろう。ウーノはサブプランを提案した。


「それなら、倒木を氷でつなげるとかは、出来ますか?即席イカダでも作って、リベリカさんとポリーナさんに風と水流で、向こう岸までってのは」


 ミディは難しい顔をする。初めてのことで、確証が無いのだろう。


「でも、倒木を船に、私とポリーナで風と水で向こう岸に、ってのはいいアイデアに思えるわね」


「そーだね!向こうさんも、そろそろ何か仕掛けそうだし、いっちょやってみますか!」


「木に氷を張って、面積増やすは簡単そうやんなー」


「それなら、わたくしが倒木探すなり、伐採なりしてきますわよ」


 ワイワイ、手持無沙汰になりそうだった3人娘は、降って湧いた仕事に取り掛かり始めた。エカテリーナもウーノのアイデアを実現すべく、そこに混ざっていく。

 その光景を、アレキサンドラはなんとも言えない表情で見ていた。


「指揮官は、私です。ウーノ、お前はまず、私に話を通すべきでしたね」


「あっ!す、すみません、出過ぎた真似を……」


 素直に頭を下げるウーノ。それを見て、アレキサンドラは妹と同じように、深いため息をついた。


「はぁ~……まあ、今回は多めに見ましょう。私は、男には寛容な主義なので。タチアナ!彼の手綱を、しっかり握っておきなさい!」


 岩陰で様子を伺っていたタチアナに、アレキサンドラは檄を飛ばした。ビクッとした彼女は、急いでウーノの下に駆けて来た。


「ウーノ兄さん、直ぐに危ない所に行こうとする!」


 グイグイ、手袋に包まれた手を掴んで、彼女は元の隠れ場所に連れて行こうとする。


「はは、ごめんごめん。さてと、上手くいくと良いんだけど……」


 心配そうに対岸を見るウーノを、タチアナは複雑そうに見上げた。


「……ねえ、何でウーノ兄さんは、祭祀長様とエカテリーナの喧嘩、割って入れたの?」


「え?ああ、まあ……そんなことしてる場合じゃ無かったしね」


 何でもないように答えるウーノに、タチアナは唇を噛んだ。


「私、足がすくんでた。先輩たちもそう、じっとしてた。なのに男のウーノ兄さんが、真っ先に声をかけて……私、女なのに……ウーノ兄さんより、勇気が無かった……」


『女なのに』。それはこの世界で『男らしさ』について色々と悩んだ彼からすると、身につまされる言葉だ。

 タチアナが自分に対して、未練を抱かないように突き放すのが優しさ。そう考えたウーノだが、しかし彼女の言葉に対しては、慰めを掛けずにはいられなかった。


「あまり、男だから女だからって、考えすぎない方が、良いよ。俺が勇気があるように見えるなら、それは『男なのに勇敢』じゃなくて、ただ勇敢なだけさ。まあ、そう言う俺も、自分なりの男らしさを引きずって悩んでるから、大したことは言えないけど……まあ、ともかく。タチアナちゃんはまだ子供なんだから、じっくり悩めばいいよ。俺ですら、ちゃんと結論を出せてないんだから」


 ウーノは前の世界とこの世界で矛盾する『男らしさ』について、初めての殺人とルカとの対話を通して、『悩んでも苦しんでも目的達成のために歩み続けること』、と定義した。しかしそれは、別に『男らしさ』と呼ぶ必要はない。『人としての強さ』と呼んでも差し支えないだろう。

 彼が出した結論は、『男らしさ』を極端に抽象化しただけで、こまごまとした意味づけはぼんやりしたままだ。


 だからこそ、考え続けるべきだ。自分が納得できる答えが存在する確証はないが、それでも。


 しかしそんなウーノのアドバイスは、タチアナには正確に届かなかった。彼女は『まだ子供』という言葉を耳にした途端、悔しさに心を支配されてしまった。


「……子供じゃ、ない!私は……私だって、生理が来た、子供産める!ウーノ兄さんと、結婚できるの……!あっ……ご、ごめん、なさい……ミーシャさんを助けるまで、私は、そう言うこと、考えちゃダメなのに……」


 一時激情に支配されたタチアナだが、ハッと気が付いて目を伏せた。

 自分の卑劣な行いのせいで、ミーシャは捕らわれの身になっている。彼女を助けて自分の罪を償ってから始めて、ウーノにアプローチする。

 彼女は自身の愛を、そう正当化していた。だからこそ、今の自分の言葉がそれにそぐわないものだと自覚して、謝罪を口にした。


「……確かに、タチアナちゃんは、成長したね。俺が偉そうに言うことでもないけど……君は今、自分の決めたルールを守ろうとして、自分を客観視できてる。大人に一歩、近づいた。あっ、始まったみたいだ」


『BGOOOONNN!!』


 リンゴを切らずにそのままミキサーに入れたような、ゴリゴリと水気の多い硬い物を無理やり何かを引きずり回して切り刻む、そんな不安になる水音交じりの破壊音に似た叫びが聞こえた。

 怪物は3つ首をもたげると、対岸にいる3人をパクりと飲み込んだ。暴走?死んだ?そんな困惑が、ウーノの頭をかすめる。


 しかし、それは意図した挙動であったらしい。アジ・ダカーハは、3本の首を絡め合うと、天に向かって吠え、そしてブレスを吐きだした。

 雷と炎の入り混じった、純粋なエネルギーの暴力。天に向かって放たれたその光線は、小雨を降らせていた灰色の雲を貫き、青空を覗かせた。操縦者は、外では無く中に乗り込む、そう言うことだったのだろう。


 アジ・ダカーハは絡めた首を解き、その長大な蛇の体を、くねらせ暴れだした。


 起動の妨害こそ間に合わなかったが、しかし戦闘部隊5人はすでに準備ができている。


 3つ首の汚らしい虹色の鱗の大蛇は、割れた舌を伸ばして口先から雷と炎を迸らせる。ジャガーノート型とは違い、実体のないエネルギー攻撃は射程と継続時間こそ広いが、川と言う潤沢な水源により地の利を得たポリーナの水壁で、大きく減衰させられている。

 水面にはミディが作った凍り付いた丸太が複数浮かんでいて、エカテリーナとアレキサンドラはそれを足場に魔法使いの身体能力を活かして飛び回り、怪物に痛撃を喰らわせた。

 空中にいて回避運動が取れないときは、リベリカが風で押し出し、攻撃を避けさせている。


 3人娘は魔法使いでは無いらしいが、それなりの使い手なのだろう。攻撃用魔導具が無くとも、魔法使い二人を見事にサポートしていた。


「……あの二人みたいに戦えてたら、もっと大人に近づける?」


「いや、あれを参考にするべきでは無いよ、うん」


 塹壕ではウーノを、地下水路では天井の崩落を、それぞれ守る必要のあったエカテリーナ。その枷が無くなった彼女は、17歳にして大尉に昇進し、『雷女帝』の二つ名で畏怖されたその実力を、いかんなく発揮していた。

 以前、『対人特化、タイマン最強』的なことを言っていたが、魔導戦車相手でも凶悪な戦闘力を見せていた。


 不安定な足場をものともせず、アジ・ダカーハの首に飛び乗り駆けずり回って全身をズタボロにしていく。紫と金色の二色の雷が、褪せた虹色の鱗を次々に雷撃爆破した。


 一方のアレキサンドラも、エカテリーナほどでは無いが、大立ち回りを見せていた。彼女は遠距離から雷を飛ばして魔導戦車を麻痺させつつ、雷の魔法剣を作って突き立て、肉を焦がしていた。

 心配せずとも、勝利は近いだろう。タチアナは大怪獣VS超人の戦闘から視線を離して、その場に体育座りした。


「……エカテリーナは、私と同じだと思ってた。ウーノ兄さんが好きで好きで堪らないけど、ウーノ兄さんからは同じだけの愛を返してもらえない、横恋慕仲間だって」


「あー、うん。そう、かな?」


 ウーノはタチアナの横に座りなおして、曖昧な返事をした。肯定も否定もしにくい。


「でも、アイツ、それでも良いんだって。ウーノ兄さんとミーシャさんが愛し合っているのが、嬉しいって……分かんない。何で愛してもらえないのに、平気なの?」


「……何でだろうね。俺も正直、エカテリーナがどうしてここまで良くしてくれるのか、本当に好意に甘えて良いのか、ずっと不安だった。俺とミーシャちゃんの関係性を愛してるって言ってくれたけど……ああ、でも、そうか」


「何?」


 ウーノが何かに気が付いたように顔を上げたのを見て、タチアナは首をかしげた。


「いや、エカテリーナは俺を手伝ってくれてるだけじゃなくて、本当に、ミーシャちゃんを助けたいって、思ってくれてるんだよ。俺に対してだけじゃなくて、ミーシャちゃんのことも大切に思ってくれてるから、こんなに良くしてくれてるんだ」


 ずっとエカテリーナ本人が、言っていた。ミーシャは戦友だと。

 ウーノはずっと、自分への好意がエカテリーナの原動力だと考えていたが……それはとんだ、思い上がりだ。エカテリーナは、英雌的な兵士で……本当に、戦友想いのいい女なのだ。


 自分が恥ずかしくなって、ウーノは鼻をすすった。

 トイレの窓から一人飛び出すのではなく、自分はもっと、エカテリーナと対話するべきだった。あの時は、重要な話を共有してくれなかったことや、エカテリーナの涙を見て、気が急いていたが……ちゃんと話し合えば、最初っから、エカテリーナは分かってくれたはずだ。


 彼女、年下だよな?夏に自分が19歳になって、今はエカテリーナが17歳だっけか。

 戦争観だったり仲間意識だったり……本当に、彼女は良くできた人間だ。


「ウーノ兄さん、エカテリーナの方が、好きなんだね。私よりも、ずっと……アイツのこと話すとき、楽しそうだった。村に居たころ、私と話してたよりも、ずっと」


 エカテリーナのことを考えて感動したような表情を浮かべるウーノを見て、タチアナは拗ねるように膝の間に顔を埋めた。

 ミーシャに負けるのは、仕方がない。現時点でミーシャより優先度が低いのは当然だ。自分の犯した罪への贖罪もあって、彼女はミーシャと比べて、ウーノの中で異性として劣ることには、納得していた。


 しかしエカテリーナに負けるのは、受け入れがたい。自分と同じ、横恋慕で性欲に目が眩んで、不適切な行いをした、あの女と。まだ出会って1週間ちょっとしか経っていないはずの、あの女に。半年以上、一緒に過ごした自分が負けるのは。


 ウーノはタチアナの言葉に、どう反応したらよいか分からず、ありきたりな言葉しか口から出て来なかった。


「あー、そうだな。うん、タチアナちゃん、君は新しい恋を探すべきだ。手紙でも書いたけど、俺のことは忘れてさ。世の中には男は星の数ほどいる、俺よりいい男を見つけなよ」


 こう言うのは、振られた友人を励ますときにいう言葉だが、振った本人が言うのは何とも気まずい。しかし自分に出来ることと言えば、タチアナに新しい恋を見つけてもらうのを応援するくらいだ。

 自分以外に男を見つけろ。そう言われた彼女はのっそり顔を上げて、横目でウーノを見た。


「……昼に星が見えないのは、太陽が眩しすぎるからって、本で読んだ。ウーノ兄さんは太陽、他の男なんて、いないのも同然」


 随分と熱のこもった告白だ。しかし残念かな、ウーノはその言葉に嬉しさよりは居心地の悪さを感じてしまう。と言うか、喜んでしまってはタチアナを余計に傷つけるだろう。エカテリーナにも再三言われたが、女性の好意は簡単に受け取ってはいけないのだ。自分は人夫なのだから。


「まあ、うん。俺の太陽はミーシャちゃんだから、ごめん」


「うん。知ってる。はぁ……」


 タチアナはため息をついて、再び顔を膝に埋めるのだった。ウーノはいたたまれなくなって、再びアジ・ダカーハの戦闘現場へと、視線を移した。



 さて、暢気にそんな会話をしてられる程度には、戦況は有利だった。5人は無傷のまま、アジ・ダカーハを翻弄していた。

 その状況に、怪物の体内にいるであろう3人の男は、戦い方を変えたようだ。


 アジ・ダカーハは体をくねらせ、ダムへと体当たりを始めた。

 敵対者を無視してのその行動に、戦闘部隊5人は戸惑いを見せていたが、ウーノにはその行動の意味が理解できた。


「不味い!ダムを壊させないで!この規模のダムが崩壊したら、下流のシュチェンが洪水に見舞われて大きな被害を受ける!」


 ウーノは手でメガホンを作って、川面の戦闘部隊に叫んだ。幸いにも耳の良いアレキサンドラに、声が届いたらしい。彼女は周囲に声を掛けて、攻撃をより強めた。

 より苛烈に降り注ぐ拳と蹴り、雷撃の嵐に、アジ・ダカーハは煩わしそうに首をくねらせ、自分の体すら巻き込むようにブレスを放つ。

 大蛇の体の上に乗って攻撃をしていたエカテリーナとアレキサンドラは、直撃こそ免れたものの、負傷してしまったようだ。回復のために、一時的に川の上に浮かぶ凍り付いた木の即席足場へと降りて距離を取る。


 しかし、雷撃による麻痺効果が消えた怪物は、より一層激しくダムへの破壊行動を強めた。


 ガコンッ、ドガンッ!


 岩やら土砂やらで作られた、巨大なワスフ川に置かれたダムは、アジ・ダカーハの巨体に揺らされてボロボロと構造を崩していく。ダムの崩壊は、時間の問題だ。


『平和式典の前日に、ガマニア連合を象徴する魔物であるアジ・ダカーハが暴れて、洪水を引き起こした』


 そんな噂が流れれば、例えこの場でこの超大型魔導戦車を撃破できても、平和式典の取り組みは台無しになる。仮に解剖や調査が進み、アジ・ダカーハがスーラフ人民国の技術が満載された魔導戦車である、と判明しても、一度広まった噂は無くならない。

 そうなれば、『ビウクニツでのジャガーノート騒動も、スーラフ人民国の陰謀では無く、ラシスカ帝国の失地奪還作戦だったんだ』という話にもなりかねない。そして、ポツカの反ラシスカ感情が高まり、やっぱりミーシャのような流れ水の民の捕虜は直ぐに処刑……そんな嫌な推論が、ウーノの頭の中に組み上がった。


 何とかして、損害が出る前に無力化しなくては!


 ウーノは岩陰から身を乗り出して、アジ・ダカーハを観察する。その怪物は、相変わらずダムへ体当たりしながら、戦闘部隊5人に向けて、ブレスを放ち牽制している。

 その光景を見て、彼は一つの事実に気が付いた。

 アジ・ダカーハはブレス攻撃の際、狙いをつけるために頭を大きく揺らす。しかしその行動をとってしばらく、それをした首の動きが鈍くなるのだ。ブレスを撃った反動かとも思うが、しかしあまり頭を振らずにブレスを放った時は、その反動も見られない。


 もしかして、あの3人の男たちは、アジ・ダカーハの頭部で操縦してるのでは?中に乗り込んで操縦しているとして、その操縦席は頭部にあるのでは?

 頭が動いて操縦者が酔って、動きが鈍る。頭が激しく動かない時は、それが無い……


「頭だ!頭の中に、さっきの3人が居て操縦しているはずだ!首を折るなり切るなりすれば、動きは止まる!」


 ウーノの言葉に、足場の上で体を休ませていたアレキサンドラが反応した。彼女は中央の首と左の首の又の間に飛び移り、中央の首の根元に集中攻撃を加え始めた。

 情報を共有されたか察したのか、エカテリーナも反対の又に飛び乗り、首の根本へ集中攻撃を始める。


 当然の防御反応としてブレス攻撃を吐こうと、左右の頭が二人に向けて首を揺らし向ける。

 火と雷の混ざったブレス攻撃。アレキサンドラはヒラリと飛び去って、足場へ戻る。しかしエカテリーナは、ブレス攻撃が直撃してもものともせず、攻撃を続けていた。


 エネルギーの奔流に包まれるエカテリーナ。彼女の痛ましい姿を想像して、ウーノは思わず血の気が引くが、しかしブレスが晴れた後、そこには紫と黄金の雷を全身にまとい、無傷のままのエカテリーナが居た。


「すごい……雷の魔力で、全部受け流したんだ……」


 落ち込んだ様子だったタチアナも、少女心がくすぐられたのか、いつの間にかウーノの横で戦闘を観戦していた。何がどうなっているのか分からないウーノは、物知り顔の彼女に尋ねてみた。


「タチアナちゃん、エカテリーナはどうしてブレスの直撃を受けたのに、平気そうなの?」


「たぶん、魔力を全身に張り巡らせて、ブレスを受け流したんだと思う。水とか風の魔力で、そうやって攻撃を受け流す技術があるのは知ってるけど……雷の魔力で、それを出来るなんて……魔力量もだけど、その操作の練度も、とんでもなく高いんだと思う。あのブレスは雷と火で、物理攻撃じゃないから、受け流せてるんだと思うけど、それにしたって、雷の魔力でやるなんて……私、あんな化け物に、喧嘩売ったんだ……」


 風や水は流体気体であり、それによって攻撃を受け流すのはイメージが付きやすい。しかし、雷は実体のない単純なエネルギー。それによって攻撃をいなすなど、どんな芸当をしたというのか。

 短期決戦に思考を切り替えたエカテリーナは、魔力の消費を惜しまず攻撃をし続ける。


 そんな超高等戦闘術に魅入られたタチアナは、しみじみと呟いた。

 1度目は奪うため、2度目は守るため。ウーノのためにエカテリーナを襲撃した過去のある彼女からすると、今更ながらに背筋が凍るのだろうか。いや、口角が少し上がっているから、強大な相手に挑んだ自分を誇っているのかもしれない。


「あ、アレキサンドラさんも戻って来た……あぁ、もう骨が……」


 それからは早かった。何度かアジ・ダカーハは首を曲げてエカテリーナを追い払おうとブレスを吐くが、ここで全てを出し切ると覚悟した彼女は、頑として動かず。攻撃を続けた。

 頭部は良く動くので、こんな風に集中攻撃は出来なかったが……首と首の間に踏ん張って、エカテリーナは雷をまとった拳を一点に叩き込み続けた。


 しばらくすると、エカテリーナ側は首の半分に到達し、アレキサンドラも3分の1ほど、蛇の首の肉をこそぎ取っていた。

 度々離脱していたアレキサンドラには、エカテリーナの作業の進み具合も分かっていたのだろう。妹が連撃を止め、トドメの一撃に集中しだすと、姉の彼女もまた全力の一撃を叩きこむべく雷を全身に張り巡らせた。


 喧嘩ばかりで戦闘開始直前に、殺し合い一歩手前、大喧嘩を始めようとしていた姉妹は、その仲の悪さとは反対に、完璧なタイミングで最高の一撃を、左右から放った。


 エカテリーナが骨を完全に砕き、更に反対の肉まで焼き切った。アレキサンドラも残りの肉を焦がし割く。

 汚れた虹色の鱗を持つ大蛇の、中央の首が辺りに肉が焦げる臭いをまき散らしながら、宙を舞った。

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