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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
シュチェン編

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278日目④

「……誘ってるんですの?」


「いや、そういう意図は無く、はい。ごめんなさい」


 ダンス衣装を着たままエカテリーナにホテルにお持ち帰りされて。ウーノはコンコンと説教されていた。

 自分の言動が周囲からどう見られるか自覚して、男として慎みを持ってほしいと、延々と諭された。男は女にとって被捕食者であり、周囲の女はみんな狼なのだと、彼女は語った。


 ウーノは油断していたと反省して大人しく聞いていた。しかしエカテリーナの語る内容があまりにも過去に聞いた話と酷似していて、途中で思わず笑ってしまった。


「ちょっと、なんで笑ってますのよ。今はまじめな話を……」


「はは、いや、うん。ごめんってば。その、前にミーシャちゃんにも同じように説教されたんだよね。あの時のミーシャちゃん、涙目で可愛くって……」


 エカテリーナに対して、負担にならないように、ストレスにならないように。ミーシャの名前は極力出さない。そう考えていたのに、ついついウーノは口を滑らせてしまった。その報いは、すぐに与えられた。


 ドン!


 ウーノが思い出に浸るように目を閉じると、顔のすぐ横で物音がした。

 びっくりして目を開けると、彼の目の前には壁ドンをしてのぞき込んでくるエカテリーナがいた。


「今は、わたくしが話していますのよ」


 エカテリーナはそう言って、ウーノの唇を割り開いて指を侵入させた。以前に敬称敬語を禁じた時のように、彼の口内を手袋越しにまさぐる。そしてその長いまつ毛に飾られた目を、以前同様に細めて、彼女の肉食獣を感じさせる圧力のある眼差しを向けた。


 ウーノはその美しい紫の瞳に宿る火の意味を、理解した。以前はエカテリーナがプレイガールで男性経験豊富、と思い込んでいたので察せられなかったが、今は理解できた。

 それは、初めての夜にミーシャが浮かべた火と同じ。力で男を支配したいという欲を宿した、獣の衝動だ。


「ほ、ほめん」


「クスッ。お説教中に話を脱線させたこと、反省してくださいましね」


 君の前でミーシャちゃんの名前を出してゴメン。

 そうは言えないウーノは、コクコクと頷いた。


「はんへいひまふ」


「本当に反省してますの?ウーノったら、私と初めて会った時も、ナジンカを連れてきた時も……ずっと無防備なんですもの。本当に、誘われてるのかと勘違いしちゃいますわよ。それとも、勘違いじゃ……」


 エカテリーナがウーノの頬に空いてる手を添えて、内と外から彼の口を弄っていると、バンと扉が開いた。

 彼女が振り返ると、そこにはタチアナが立っていた。


「やはり本性はケダモノ!成敗する!」


 タチアナはそう叫んで、エカテリーナに攻撃用魔導具の氷のナイフを振りかざして切りかかった。ウーノも愛用する同種のソレ。かつて彼に恋に落ちたあの日、魔物を倒した証拠として壊れた攻撃用魔導具を貰った。彼女はそれを修理して、ずっとお守りとして持っていたのだ。

 ホップステップジャンプ。最後のジャンプで、微風ながら魔法の風を受けて宙を舞うタチアナ。しかしエカテリーナは、宙にいるタチアナの手をつかんでねじり上げ、即座に制圧してしまった。

 情欲にうなされた体でも、エカテリーナは歴戦の強者だ。最初から結果は見えていた。

 しかし、タチアナは関節を決められても、絶対にナイフを手放そうとしなかった。その執着にエカテリーナは、目を丸くした。


「良いところでしたのに……反省が足りてませんわね、貴女」


 そう言って、エカテリーナは死なない程度の雷をタチアナに食らわせた。しかし小さな女戦士は悲鳴を上げず、歯を食いしばって耐えた。


「グギギギギ!ウーノ兄さん!逃げて!このケダモノは私が押さえておくから、早く!」


「抑えられてるの、君じゃないかな?」


 状況がつかめていないウーノは、呆然としつつ呟いた。

 いきなりタチアナが来て、エカテリーナに押さえつけられて。何が何だか分からなかった。


「あら、まだ舌が回りますのね。次はもっと強めにしますわよ。もう二度と、わたくしの邪魔ができないように、体に教え込んで差し上げますわ」


「うるさい嘘つき!騎士だのなんだの言って、結局ミーシャさんに嫉妬してウーノ兄さんで性欲を満たそうとしてる!そんな奴を、ウーノ兄さんの側においておけるか!」


「な、何を言って……」


 その言葉にエカテリーナが怯んだ隙にタチアナは拘束から抜け出した。しかし振りかざそうと持ち上げた氷のナイフはエカテリーナが反射的に叩き落して、タチアナの手から離れ床に突き刺さった。


「くっ、馬鹿力め……でも負けない!ウーノ兄さんは私が守る!」


 タチアナはウーノを背にエカテリーナの前に立ちふさがった。

 女には、負けると分かっていても戦わねばならない時がある。そして、命に代えても負けてはならない時がある。

 タチアナの背には、男子供を守る女の覚悟がにじみ出ていた。


「いや、うん。タチアナちゃん、大丈夫だから。前にも似たようなことあったけど、その時も何ともなかったから。だからほら、とりあえずファイティングポーズやめようか」


 そんな立派な背中をポンポンと叩いて、ウーノは臨戦態勢のタチアナをなだめた。

 エカテリーナといえば、どこか呆然とした様子で、ウーノに向って弱弱しく手を伸ばしていた。


「ウーノ、わたくしは……」


「ウーノ兄さんを呼ぶな!触れるな!近づくな!この寝取り泥棒猫!ちょっと信用したらすぐに欲情して!」


「言葉強いよタチアナちゃん、どうしたのさ」


 そう言うと、タチアナはぐるりと振り向いてウーノを見上げた。


「ウーノ兄さん、しっかりして!こいつは性欲とか恋愛感情とかないって言いつつ、ウーノ兄さんがミーシャさんの話をして嫉妬して発情して……クハッ!?」


「ちょっと席を外しますわね、ウーノ」


 エカテリーナは反射的にタチアナの腹部に拳をめり込ませると、一撃でタチアナを沈黙させた。

 そして彼女は、不穏なことを口走ろうとしたマセガキを担ぎ上げると、浴室にタチアナを投げ込んだ。


「ゲホッゲホッ……負けない、絶対に!」


「勝てませんわよ、貴女は。蛇が竜に挑むようなものですもの。それで、一度決着がついた話を蒸し返した意図は何ですの?というか、なんで来ましたのよ。良いところでしたのに」


 エカテリーナ、立場を利用してウーノに好き放題している疑惑。それはすでに、タチアナに対して弁明済みの問題だと思っていたのだ。

 だからこそ、なぜまたその話を?エカテリーナは消音の魔導具を起動しつつ、いまだに反抗の意思を宿したタチアナを見下ろした。


「ここ、私の部屋!戻ってきたら、お前とウーノ兄さんがなんか話してて……私もウーノ兄さんの言動に、忠告が必要だとは思っていたから、それは邪魔しないでいてあげた。でも、ウーノ兄さんがミーシャさんの名前を出した瞬間に!やっぱり嫉妬してる!ミーシャさんが居ない間に、ウーノ兄さんを横取りしようとしてる!」


「ち、違……わたくしは……」


「なんで私が止めに入ったか、分かる!?私は、ミーシャさんを助けてからウーノ兄さんを寝取る、それが私の筋!でもお前は、助ける前から手を出そうとしてる!それは、私より下!許せない!」


「そ、そんな、ことは……ち、違いますわよ……」


 言い募るタチアナに、エカテリーナは反論の言葉を探して、口を開ける。しかし、舌が麻痺してしまったかのように、上手く言葉が出て来なかった。


「何も違くない!お前はミーシャさんに嫉妬してるんだ!助けようとなんてしてない!ミーシャさんが居なければって、ミーシャさんが死んでいれば良かったのにって……ウッ!」


「はぁ、はぁ……言って良いことと悪いことがありますわよ!」


 パン!タチアナの言葉の途中で、エカテリーナは彼女の頬に平手打ちをした。少女の頬に、真っ赤な手形が浮かび上がる。

 只の平手打ちなのに首をもがれそうになる衝撃にタチアナは目を回した。しかし彼女は、ひりつく頬の痛みも無視して、ニィと口角を上げた。


「やっぱり、お前の負け……口で言い返せないから。本当は、自分でも分かってるのに。自分に嘘をついてるから、言葉がすぐに出てこないんだ……ねえ、楽しかった?ミーシャさんをダシに、ウーノ兄さんに抱き着くの。断れないって分かってるから、口に指を突っ込んだり、好き放題して。ねえ、楽し……ウッ」


 パン!エカテリーナは反対の頬に、平手打ちをかました。


「黙りなさい!違う!わたくしは本当に……」


 衝撃に口内が破れ、口の端から血の混ざったよだれがポタリと落ちる。しかしタチアナは、不敵な笑みを浮かべたまま言葉を続けた。


「お前は、昔の私と同じ。ミーシャさんと自分をすり替えようとしてる。ミーシャさんを消して、自分がウーノ兄さんの横に立とうとしてる。口先で何と言っても、本心ではミーシャさんをねたんで、ねたんで、うらんで、うらんで……死ねばいいのにって、思ってる」


「黙れぇ!黙れぇ!分かったような口を利いて、わたくしとお前を一緒にするな!」


 エカテリーナはタチアナの細い首筋に手を掛けた。

 子供の細首など、万力以上の握力のエカテリーナに掛かれば造作もなくねじ切れる。

 気道がふさがれ、首の骨がきしむ。しかしそれでもタチアナは、死の間際最後の抵抗で、肺と声帯に身体強化魔法を集中させて声を震わせた。


「カハッ……ウーノ兄さんが、ミーシャさんの話をしようとする時、私はそれをさえぎった。今は私と話してるのに、他の女の話をして欲しくなかったから。ねえ、なんでウーノ兄さんの話を、邪魔したの?……分かってるんでしょう?好きな人が自分以外の女との思い出を話すのが、むかついたから、嫉妬したから。ほら、もう自分に嘘をつくのやめて、素直になって。お前は、ミーシャさんに嫉妬して……ウーノ兄さんに、忘れてほしいんだ」


 エカテリーナの手から、力が抜けた。タチアナの首を押さえつけていた手は、震えながら自分の体を抱きしめた。


「ち、違う……わたくしは、ただ……違う、本当に、ミーシャを……」


 自分に言い聞かせるようにつぶやくが、エカテリーナの脳内では今までの自分の言動が思い返された。

 初めてウーノを抱きしめたときの、ゴツゴツとした体と体温。それを守ろうと決意したこと。ラシスカ首都で、口に指を突っ込んだこと。あの時は確かに性欲の暴走の結果だ。それは反省した。しかし、今自分がしたことは?


 そうだ、自分はミーシャの名前が出るたびに、モヤモヤとした気持ちになっていたのだ。そして、先ほどもまた、ミーシャの話題を遮って、口の中に指を入れた。


 否定したくても、過去の自分がそれを許さない。

 大切な戦友に嫉妬していたことを。今は自分が横にいるのに、と嫉妬していたことを。


 ブルブルと震えてうずくまるエカテリーナの肩を、息を整えたタチアナがガシッと掴んだ。


「ゼェー、ゼェー……何も、違くない。お前は、ケダモノ。昔の私と同じ、ウーノ兄さんの側に、いるべきではない人間」


 その気になれば、すぐに跳ね返せる腕を。エカテリーナはドラゴンに踏みつけられているように、重く感じた。



「話し終わった……あー、喧嘩してたの?」


 しばらくしてバスルームから出てきた二人を見て、ウーノは眉をひそめた。

 エカテリーナの目は泣きはらした後のように腫れて、タチアナの頬には真っ赤なモミジが二つある。穏便なやり取りでなかったことは明らかだった。


「……ちょっと、今後のことを話してましたのよ」


「そうなの?ああ、もしかしてタチアナちゃんも、旅に同行してくれるとか?」


「半分正解。ウーノ兄さんは、これからは……」


 言いかけたタチアナの口を、エカテリーナは手でふさいだ。そして何度か深呼吸した後、彼女は無理やり作った崩れた笑顔で、口を開いた。


「ウーノ、良い機会ですし、ラシスカに戻ってくださいまし。ここから先は、わたくし一人で、ミーシャを助けに行きますわ。貴方はタチアナと一緒に、村に帰って待っていてくださいまし」


「え?ちょ、ちょっと待ってよ!?」


「ウーノ兄さん、もう決めたことだから。一緒に帰ろう?ミーシャさんが帰ってくるまで、私が守るから」


「スーラフの陰謀の舞台になっている今のポツカは、とても危険ですわ。心配させたくないから話して無かったのですけど、舞踏会の方にも、スーラフの影がちらついていますの。ビウクニツの時のような、巨大魔導戦車による襲撃が、舞踏会で起きる可能性がありますのよ。だからウーノ、ここから先はわたくしに任せて、帰ってくださいまし」


「何でそんな重要なことを話してくれなかったんだよ!俺たちは戦友、そう言ってくれたじゃないか!それに、魔導戦車って言うなら、俺がいた方が……」


 ウーノは苛立たし気に髪を搔きむしった。

 舞踏会に参加することについて、エカテリーナが危険を隠していたこと。そして重要な話を女だけで決めて自分に従えとする姿勢。軽んじられていることが伝わって、ウーノはやりきれない気持ちになった。


「いいえ、ウーノ。帰ってくださいまし。約束でしたわね、わたくしが帰れと言ったら、帰ると。貴方が言いましたのよ」


「ああ、そうさ!いざと言うと危険な時は、君に従うとも!でもね、今がそのいざと言う時なのかい!?それにこれは俺の旅なんだ!俺がミーシャちゃんを救わないと……!ミーシャちゃんが俺のために、帰らないという選択をしたなら、俺が自分の手で連れ帰らないと、ダメなんだ!他人任せにして、家に逃げ帰るなんて、嫌なんだよ!それに、俺は役に立つよ、魔導戦車相手なら、魔導車技師の俺がいた方が良い。だからこそ、エカテリーナ一人よりも俺もいた方が……!」


「……足手まといですのよ!ウーノ、貴方を守りながらよりも、わたくしが一人で向かった方が、ずっと上手くいくんですの!国境を超えるときだって、わたくし一人なら、崩落してる中でも無理やり通り過ぎて……今回の川だって一瞬で越えられましたわ!ビウクニツでのことも、貴方が居なくても最終的にはジャガーノートを倒せたはずですの!」


 今までほめてくれたのは、ただのお世辞だったのか?頼りになる、勇敢だと評価してくれたのは、嘘だったのか?

 戦友だと認めてくれたのは、何だったんだ。

 エカテリーナの突然の否定に、ウーノは足元の地面がグラグラと揺れているような錯覚に陥った。


 ウーノは言葉を探すように、何度か口を開いては閉じ、開いては閉じた。拳を握りしめ、胸の前に掲げるが、最終的には手を開いてだらりと腕を垂らした。

 大人しく、提案を受け入れるしかないのか?そう考えて、エカテリーナと向き合おうとした時、ウーノは彼女の目が潤んでいることに気が付いた。それは、涙と呼ぶにはまだ早い輝き。しかし、それは彼女の紫の瞳の光をぼやかすには、十分な輝き。


「……本当に、それだけなのかな、エカテリーナ。俺にはどうしても、何か別の理由があるように思えてならないんだ。君がそんな顔をするだけの、よっぽどの何かが」


 初めて見る、自分よりも圧倒的強者の、泣き出す寸前の幼い少女のような表情。そんなエカテリーナの顔を、ウーノはじっと見つめた。


「べ、別に……わ、わたくしが一人で向かった方が、効率がいいってだけですわよ!口答えしてないで、とっと荷物をまとめて……」


「本当に?本当に、それが理由なのかい?」


 プイっと顔をよそに向けるエカテリーナ。しかしウーノは、そうするときの彼女が何か言うべきことを隠しているのだと、一緒に旅したここ数日で理解していた。

 そうして向き合う二人の間に、タチアナが割って入った。彼女は神妙な顔で、重々しく口を開いた。


「ウーノ兄さん。こいつは、ウーノ兄さん欲しいと思ってる。自分の物にしたいって。ウーノ兄さんと一緒にいる限り、それは消えない。ミーシャさんを助けることを、望んでいない」


「……え?」


「ウーノ兄さんから離れて、一人にならないと……こいつはミーシャさんを、救おうとは思わない」


 タチアナの言葉に目を丸くしたウーノ。彼が思わず視線をエカテリーナに向けると、エカテリーナは顔を青ざめさせて、目を伏せた。

 否定しない、ということは、事実なのだろう。


「……どういうことなの?エカテリーナ」


 ウーノの言葉に、エカテリーナは答えない。唇をギュッと嚙み締め、下を向く。代わりとばかりに、タチアナがまくし立てる。


「昔の私と一緒!こいつは、ミーシャさんからウーノ兄さんを横取りしたいって考えてる!ミーシャさんを救うのに、こいつの力がいるとしても……ウーノ兄さんが近くに居たら、その力を振るわない!だって、ミーシャさんが消えれば、自分が手に入れられるって、考えちゃうんだから……!」


 かつて、タチアナはミーシャに成り代わって、自分がウーノを手に入れようとした。エカテリーナもそれと同じように考え、ミーシャが消えることを、望んでいるのだという。


「……自惚れじゃなければ、エカテリーナが俺を良く思ってくれているのは、分かってる。そして、女と男の関係を、望んでいるとも」


「なら……!」


 詰め寄るタチアナの肩を、ウーノは押しとどめた。


「いや、でもさ……エカテリーナは、ずっと俺のことを助けてくれたんだ。それに、ミーシャちゃんが信じた人だ。俺は、ミーシャちゃんが信じるエカテリーナを、そして俺が信じるエカテリーナを、信じるよ」


 タチアナへの返事だったが、ウーノの顔はエカテリーナへと向いていた。その言葉に、タチアナはもどかしそうに唇をかみしめた。

 ミーシャに勝てないのは仕方がない。しかしこんな無様なエカテリーナにすら勝てないのは、なぜだろう。やはり顔か?胸か?それとも強さか?

 胎は大人を迎えても、まだまだ体は子供だった。そのことが、彼女には初潮を迎えた日の前夜のように、受け入れがたいほど苦しかった。


 しかし、信じると言われた方のエカテリーナも、浮かない顔をしていた。

 白目を充血させ、小さく唇を震わせる彼女は、弱弱しく頭を振った。


「わたくしに……優しくしないでくださいまし……今まで、本当に気が付いていなかったんですの。わたくしが、嫉妬していたことを。貴方がミーシャの話をするたびに、恥知らずにも、『他の女を見るな』『貴方はわたくしの男だ』と……断らない、いいえ、断れないのを良いことに、欲望を埋める道具のように扱って……」


「良いんだよ。女の人は、大変だよね。俺、女性のそこら辺の欲望というか衝動に、理解があるから」


 貞操観念が逆転したウーノには、それらは些細なことだった。肌が触れると刻印が発動してしまうが、それ以外は問題ではないのだ。

 しかし、エカテリーナには慰めにならなかった。ウーノがどう思うかではない、自分の在り方こそが、問題だからだ。


「受け入れないでくださいまし!……声がするんですの、わたくしの方がミーシャよりも長く一緒にいたと、わたくしの方がウーノを守れると……考えたくないのに、そうやって声が……だからどうか、お願いですわ。わたくしを、諦めさせてくださいまし」


 寝顔を見たときに感じた、あどけない少女のような印象。ウーノは泣きはらしたエカテリーナに、同じ幼さを見出した。


 できるだけ、傷つけないように。それでも、誤魔化さず。『キープ』するような真似は、男らしくない。

 ウーノはタチアナに向けて語るつもりだった、ミーシャを愛する理由を、エカテリーナに向けて話した。


「俺は、ミーシャちゃんの臆病なところが好きだ。嫉妬深くて、独占欲が強くて、すぐに魔法を使って俺を脅そうとする、ダメなところが好きだ。だって、ミーシャちゃんはその分、俺に歩み寄ってくれるから。ミーシャちゃんは、俺が男としては生意気にも、守りたいとか言ったのに……それを受け入れてくれた。私が守る、でもいざという時は守ってほしい、って言ってくれたんだ。興味がないことでも、俺を立てるために楽しそうに聞いてくれる。そんな女性、ミーシャちゃん以外に居ない。だから、エカテリーナ、君じゃ、ダメなんだ」


 この世界に来て時間が経ってから。この女尊男卑な世界で、男という理由で軽く扱われ続けて。生意気な男の言動をすんなり受け入れ、自分は偉そうだったと謝ってくれたミーシャがどれだけ寛容だったか、ウーノは強く思い知らされた。


 確かにDV気質なところもあるが……それに対してもすぐに謝って、女性との交流は制限しない(イネッサを除く)と譲歩してくれた。


 エカテリーナは、淑女的でウーノを尊重してくれる。戦友と呼んでくれた。それでもしかし、過保護で守るべき対象として、対等では無いのだろう。タチアナもウーノ兄さんと呼び慕っても、女としてウーノを守る支配するという意識がにじみ出ていた。


 極端に男性経験がないこと、自分の女性的魅力に自信がないこと。様々な要因が重なった結果の、ミーシャの男性への優越感のなさ。それが『異世界』の価値観を捨てられないウーノには、心から安らぐものだった。


「……良かった。本当に、良かったですわ。ウーノ、貴方がミーシャを愛していて、本当に、良かったですわ」


 エカテリーナは取り乱すでもなく、静かに微笑んだ。それは失恋に傷つく少女の無理やり作った笑顔としては、あまりにも晴れ晴れとした美しい笑顔だった。

 その笑顔に見惚れてしまいそうになったウーノは、頭を振った。


 本当にどうしようもなく危険なら、約束の通り、帰れと言われたら帰る。そのつもりだった。しかし、今回はそうでは無い。自分と一緒にいることが、エカテリーナを傷つけてしまう。

 ならば、どうするべきか。決まっている。ここから先は、一人でも進むしかない。

 ウーノは腹をくくった。


「……お茶を入れるから、二人が決めた『計画』をゆっくり教えてくれ」


 ウーノは提案を受け入れたように装いながら、しかし手荷物を自分の近くに寄せ集め始めた。


 思いのほか物分かりの良いウーノに、タチアナとエカテリーナはホッとしたように力を抜いた。


「うん。私とウーノ兄さんは、この式典が終わったらラシスカに戻るっていう計画。村のみんなウーノ兄さんには同情してるみたいだし、受け入れてくれる。帰り道は女所帯だけど、先輩はみんな修道騎士だから心配しなくていい。それに、私が守るから」


「貴女にウーノ、任せたくありませんわね。度胸は認めてあげますけど、弱っちいですもの」


「うるさい。お前は一人でマス掻いて寝てろ。私に口答えするのは、ミーシャさんを救って誠意を見せてから」


「……行動で誠意を。それは、貴女も同じですわよ。一方でわたくしは、ミーシャの戦友ですもの。友情だって、十分強力な動機ですわ。貴女と違って、動機がポジティブですの」


「まあまあ、二人とも。ほら、お茶飲んで落ち着いて」


 今までより棘の増えた会話をする二人を、ウーノは宥めながら進めた。


 これからのこと、いつラシスカに帰国するか。エカテリーナのこれからの予定。手紙を出すこと、その他色々。話を聞きながら、エカテリーナのポケットから、風の魔導具を抜き取った。風の流れを変えて、周囲の音を軽減する魔導具。


「そういうわけで、明日はホテルで……」


「ああ、分かった。ちょっとごめん、トイレに行ってくるよ。ついでに、トイレの中で、一人で手紙を書こうと思うんだ。エカテリーナにミーシャちゃんを助けてもらった時、励ましとして読んでもらう手紙を。だから、しばらくトイレを占有するね。あ、文房具とか紙とか入ってるから、鞄を持っていくね」


 ウーノはそう言って、自分の手荷物と一緒に、宝飾品の入った手荷物もそっと持ち出した。


「分かりましたわ。わたくし達は気にせず、ゆっくりしてくださいまし」


「ありがとう。あ、音は聞かないでね、恥ずかしいから!」


 ウーノはそう言って、そそくさと手荷物を持ち込んで、トイレにこもった。そして鍵をかける。

 暖房用の魔導具を取り出して、蝶番を熱した。溶けて変形したそれは、容易には扉を開かせないだろう。


「……音って、もしかして……ケダモノ!トイレに聞き耳立ててたの!?」


「うるさいですわね。聞こえちゃっただけですわよ。貴女みたいに能動的にパンツ盗もうとしてませんわよ」


 そんな喧嘩が聞こえて来た。しばらくトイレ付近には近寄られないだろう。少しくらい物音を立てても、問題ない。


 さて、と。ここは3階だから……

 ウーノはトイレの換気小窓を全開にしつつ、魔導具の確認をした。


 消音魔導具。風を吹き出す効果がある。今着ているのはピッチリしたダンス衣装だが、マントが付いている。風で膨らませれば、先ほどタチアナがして見せたように、ちょっとは揚力を得られる。

 氷の障壁を作る魔導具。ビウクニツでルキーナに返した後、また譲り受けていた。1階建てくらいの大きさの氷を出せる。下に落として踏み台にすれば、3階の高さを2階建てに軽減できる。


 ウーノは手荷物を確認し、魔導具を準備した。まだ二人は、言い争っている。

 彼は氷のナイフを取り出して、自分の前髪に当てる。身体強化魔法を学んで、多少は魔力と言うものが分かってきた。だから、これで足りるはずだ。


 刻印解除の想いを魔力と共に、髪に込めて。伸びていた前髪を、バッサリと切り落とした。袋に入れて、口を縛る。


「……じゃあね、二人とも。お元気で」


 二人への短い手紙をしたためて、髪の入った袋と一緒に壁に貼り付けたウーノは。トイレの小窓から体を捻りだし、3階の高さから飛び降りた。


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