278日目③
「……ウーノ、結構ビッチ?」
「え、いや……でも俺、妻一筋だよ?」
「裸見られたり、ボディタッチされて何も言わないの、ビッチ。ウーノ、娼夫の才能あるヨ。嫌味じゃなく、マジ」
ヘンリクの異常者を見る目に、ウーノはちょっと傷ついた。ヘンリクが妙に聞き上手なものだから、ウーノはエカテリーナとの関係を暴露してしまったとき同様、色々と赤裸々に語ってしまっていた。その結果が、ビッチ認定である。
確かにこの世界の男性と貞操観念が逆だから、自分はビッチかもしれないが……一応ミーシャに操を立てて貞淑に生きているつもりのウーノは、不服であった。
「……まあ、うん。でも俺は本当に、浮気とかしてないし。刻印も一番激しい貞淑な淫紋だし。うん、清楚系だから」
「清楚『系』は清楚じゃないネ」
そんな風に語らっていると、扉がノックされた。返事をすると、頬を引きつらせたエカテリーナが顔を出した。
「ウーノ、そろそろ戻りますわよ。あら、汗かいてますわね。何かしてましたの?」
「ああ、ヘンリクから身体強化魔法を教わっていたんだ」
「あら!?身体強化魔法を!?」
素っ頓狂な声を上げるエカテリーナ。
その反応に首をかしげているウーノの横で、ヘンリクはため息をついた。
「アーア……ウーノ、知らないネ?男は身体強化魔法使えるの、女に秘密にしといたホウが良いネ」
「え、何で?」
ヘンリクはウーノの耳に顔を寄せて、呟いた。
「……バレたら、ヤル時にも使えって、強要されるネ。んでもって、絞り殺されるネ」
身体強化魔法は、股間にも掛けられる。この世界でも、男は連続で出せても3回だが、身体強化魔法を重点的に股間に掛けると、何度も出せてしまう。
そして女性には、明確な限界が無い。満足するまで求めて来る。男性が、もう嫌だと思っていても。
女が男を襲うのが当たり前の世界では、何度もできるのは長所ではなく、自らを危険に晒す可能性を増やす短所なのだ。
そんな風なことを、ヘンリクはウーノに説明した。
「……お、おう。いや、エカテリーナとはそんな関係じゃないから、うん。大丈夫大丈夫。あー、ほら!エカテリーナこそ、何かあった?」
「……何でもないですわ。お姉さまと話していて、むかついただけですの」
エカテリーナは少し迷うようにして汗の伝うウーノの腕をとった。
「あ、ごめんごめん。汗、汚かったね。今拭くよ」
「あ、嫌とかそういう意味じゃないんですの。むしろありがたい……げふんげふん!」
「あ、ふーん」
ウーノは察した。彼は理解ある男だった。
「ビッチ……」
二人のやり取りを見て、ヘンリクの唇が小さく動いた。
ずっとホテルの中にいたから気が付かなかったが、雨が降っている。傘をさすかささないか、悩んだ末に結局さす程度の、そこそこの雨だ。
相合傘では無く、二つ傘をさして。しかし手は繋いで。ウーノはエカテリーナと共にシュチェンの街並みを歩いていた。
「舞踏会か……俺そういうの詳しくないから、不安だな……」
「ウーノは心配しないでいいですわよ。わたくしがエスコートしますもの」
ウーノはエカテリーナから、明日の舞踏会に急遽参加するということを説明されていた。貴族の責務的に、参加しなければならないのだと。スーラフの陰謀の話は伏せて。
代わりにアレキサンドラは、ウーノとエカテリーナが川を渡るのに助力すると、約束したらしい。気乗りはしないが、1日の貢献で安全に川を渡れるなら、とエカテリーナは了承したのだ。
約束を破ったら一生かけて本気で命を狙う、と脅しつけて。
何の陰謀も無い、その可能性もある。よってエカテリーナは、ウーノには陰謀の危惧を伝えずにいた。
「まあ、エカテリーナにおんぶ抱っこも情けないし、君と一緒に踊って恥ずかしくない程度には上達したいな。せっかくレッスンの機会も設けてくれた訳だし」
そう、二人は明日の舞踏会用のダンスレッスンが行われるダンスホールに向けて、歩いていたのだ。
「そうですわね……でも、こんなことしてる場合では、ありませんのに……」
「そうは言っても、ダンスを踊ってるだけで検問のアレコレとか、融通してくれるんでしょう?安全の代わりに仕事を手伝う、必要な時間投資だよ」
よって、ウーノが知っていることは。高度に政治的な都合で首都行きが中止されたこと、そしてダンスを踊れば安全に川が渡れる、と言うことだ。
これから行くダンスレッスンも、本当の目的は会場に紛れる参加者に扮した警備員との打ち合わせである。しかしもちろんそれは、ウーノは知らされずにいた。
「……そう、ですわね。ウーノ、迷惑をかけますわね」
「なんでエカテリーナが謝るのさ。迷惑をかけてるのは、俺の方だよ。本当に、エカテリーナにはお世話になってばっかりで」
「そんなこと言わないでくださいまし。わたくしは……ウーノを守る義務がありますもの。そう、義務が、あるんですもの……」
歯切れの悪いエカテリーナの言葉に、ウーノは不安になった。
義務。自分が好意に応えられないから、それだけがエカテリーナの献身を支える動機なのだろうか。
しかし、その義務という鎖は本当に脆いものだ。なぜなら、それを義務足らしめているのは、何かしらの強制力ではなく、エカテリーナの心持だけだからだ。
言ってしまえば、自分を見捨てたところで、エカテリーナに損することは何もない。せいぜい、投じた私財が無駄になるだけだが……それも今なら、自分から奪って逃げれば解決してしまう。
彼は自分にエカテリーナを繫ぎ止められるだけの魅力があるとは、思っていなかった。エカテリーナは信じられても、彼女の献身が無条件で永遠の物だとは、自惚れられなかった。
いつもよりどこか距離感を感じるエカテリーナの態度に。ウーノは少し怯えていた。
しばらく歩いた先、目的のダンスホールへとウーノ達はたどり着いた。とりわけカラフルな建物だ。色とりどりの色ガラスで飾られた建物は、花束のように鮮やかである。
中に入ると、色ガラスを通して彩色された日差しが差し込む、幻想的な空間だった。
「おお、すごいね!こんな所初めて来たよ」
ウーノは紳士帽のつばを弄りながら、感嘆の声を上げた。
「あら、舞踏会はともかく、ダンスホールも初めてですの?ミーシャとは……」
「ミーシャちゃんと一緒にいられたの、6日だけだからさ。デートらしいデートは、一回しかできなかったんだよ。服を買って、レストランに行って……はは、君とダンスホールで踊ったってミーシャちゃんに知られたら、嫉妬されちゃうかもね。秘密にしておこうか」
初めて。それを聞いたエカテリーナは、少し嬉しそうに、しかしどこか落ち着かないように、微笑みながら前髪を触っていた。
その表情を見て、ウーノは一つ、気付きを得た。
ミーシャの名前を出すたびに、エカテリーナがたまに見せた何かを言いかけるような仕草。それはもしかして、嫉妬の感情だったのではないか、と。
そう考えたところで、ウーノは背筋が寒くなった。
エカテリーナの目の前で、タチアナにミーシャをどれだけ愛しているか、どんなところが好きか説明していたら。
彼女の不機嫌は、より強くなってしまったのではないか。
「考えてみれば、わたくしの方がミーシャよりも長くウーノと……いえ、何でもないですわ。さあ、衣装を借りに行きますわよ!」
強く首を振るエカテリーナ。小声の呟きを聞いてしまったウーノは、自分の考えが間違っていないだろうと察した。
そうしてホール内に足を踏み出したわけだが、エカテリーナの豪奢な金髪は、色とりどりの光を乱反射させ、ミラーボールのように輝いていた。
その光につられて視線を向ける人々は、みなその光源の美しい容姿に目を奪われていく。
何度も味わっても居心地の悪さを感じる視線に晒されながらも、なるべく堂々とウーノは歩いた。なんたって、当のエカテリーナがちっとも気にしていないのだ。その横にいる自分がオドオドしては、男らしくない。
そうしてカウンターについたところで、エカテリーナが受付に声をかける。するとすぐさまウーノの採寸が始まった。
針子が少し調整すると、ダンス用の体のラインが出やすい服が渡された。
「あれ、エカテリーナは良いの?」
「ええ、わたくしは後でペアレッスンの時に合流しますわね。その時まではダンス教室の方は男女別ですから心配いりませんし、ホール内にはいますもの。何かあれば、すぐに魔導具を鳴らして教えてくださいまし。駆けつけますわよ」
「そっか。分かったよ」
ウーノは軽く頷いてエカテリーナから離れ、係の男性から案内された方へと向かった。
伸ばされた彼女の指先を振りほどいて。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……以上が共有事項になります。スーラフ人民国の介入は確実です。ポツカ共和国、ガマニア連合、ラシスカ帝国、3国の平和と友好のためには、何としても式典と舞踏会を無事に開催しなければなりません」
ポツカのアモリア教関連者がそう締めくくり、会議は終了した。状況証拠から陰謀の可能性を見出したエカテリーナは、ポツカの治安当局からもたらされた新情報に、頭を悩ませた。
正体不明の魔導車の部品と見られる品が、検問で発見されているのだ。ビウクニツで起きた巨大魔導戦車騒動が、ここでも起きるかもしれない。
ダンスホールの一部、小さな個人指導室から、警備に参加する者たちはゾロゾロと出ていく。
雑用係として議事録を作っていたタチアナと共に、エカテリーナも部屋を出た。
「はぁ……本当にウーノを参加させなくてはなりませんの?襲撃される可能性がある会場に殿方を連れて行けとか、鬼畜の所業ですわよ」
「ウーノ兄さん連れて行けとは、祭祀長様も言ってなかった。別にホテルで待っててもらえば?」
アレキサンドラは別に、ウーノを連れて舞踏会に出ろ、と言ってない。しかし、エカテリーナはウーノから目を離すのが嫌なので、連れていく選択をしたのだ。
それをアレキサンドラに責任転嫁するのは、難癖であった。姉相手だと認知が歪むエカテリーナ。
「この危険な情勢下でウーノから離れる方が不安ですわよ」
「自信過剰すぎ。危険な場所に連れてく方が不安」
「ああ、貴女は弱いからそう思うんですわよ。わたくしくらい強いと、どんな場所でも自分の隣の方が安全だと胸を張って言えますの」
「私、弱くない!」
そうやって言い争いながら歩いていくと、騒ぐ女性の一団が目についた。
「あの筋肉、エッロ……」「おっほ、見た今の?ケツに食い込んだレギンス直すとこ」「汗で張り付いて……あー、嗅ぎたい!ううん、飲みたい!」
騒ぐ彼女らの視線の先には、ダンス教室で踊るウーノの姿があった。
相変わらず女性からの視線に無防備で無警戒な彼は、ラッキースケベを連発して周囲の女たちの獣欲を掻き立てているようだった。
「……ウーノ兄さん、またやってる。罪な人。あの無防備な仕草で、村の子供の性癖が年上好きになった」
「貴女以外にも不埒な女がいるんですの!?ちょっと不安になってきましたわね、村に帰すのが」
「む、聞き捨てならない。ミーシャさんを助けた後も、ウーノ兄さんの側に居座るつもり?それ以上介入しようとするのは、ただの寝取り願望」
ミーシャを救い、二人をタイガ森寄り村に返したら。そうしたら、自分はウーノの下を去らなくてはならない。騎士としてウーノを支え守る、そう決めたのだから、それは必然だ。
しかしエカテリーナは、いずれ訪れる旅の終わりを想像して、唇をかみしめた。
「……分かってますわよ、そんなことは。それにしてもウーノったら、その気がないのに誘うようなことばかりして……はぁ~……辛抱たまりませんわね。ちょっと行ってきますわ」
やり場のない感情を無防備すぎるウーノへの怒りに変えて。青筋を立てたエカテリーナはジャンプしウーノの痴態に鼻息を荒くする群衆を飛び越えると、ダンス教室の中に割り込んでいった。
「だ、誰だ君は!このクラスは男子専用!女性は立ち入り禁止だ!」
トレーナーの言葉を無視して、エカテリーナはウーノに歩み寄っていく。
広いダンスホールは、暖房があっても温まりきらない。冬場の今は、ホール内は少しひんやりしていた。その室温のせいで、ウーノは運動でかいた汗から湯気を出していた。
「あれ、エカテリーナ、用事は終わったの?まだレッスンの途中だから……ちょ、エカテリーナ?」
「ウーノ、帰ったらお説教ですわよ」
首を傾げるウーノにも答えず、エカテリーナは彼を抱きしめ捕獲した。汗から立ち上る湯気に乗って香る体臭は、彼女のケダモノの部分を強く刺激した。
深呼吸したい衝動を必死に抑えて。エカテリーナはウーノを抱いたまま再びジャンプすると、ホールを走り去るのだった。




